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苦手な方はご注意ください。

キジトラ兄貴の半生と、シマグレ子分の一生

作者: 深月 涼

キジトラの兄貴はなあ、そりゃあ強くてカッコよかったんだぞう

シマグレ子分はよう、体ばっかり大きいけれど気弱での~んびりしたやつだったなあ

2匹はいつも一緒でよう

キジトラ兄貴がまだ若かったころ、ほんの子供だったシマグレ子分を、捨てられたばかりだった子分を見つけたのが、最初だったなあ

そうさあ、2匹はいつも一緒だったんだ



雨の日はよう、濡れるのが嫌なキジトラ兄貴は、商店街の路地裏にある細い細い隙間に隠れていたかったんだけどな

……だってよう、濡れたらイイオトコになるんだろ?

これ以上イイオトコになったら、そりゃあよう、女どもがだまっちゃいないだろう?

けどよう、小さかったシマグレ子分はちっとも静かになんてできなくてなあ、飽きてみゃーみゃーなくもんだからよう、結局店のおやじに「こんの、野良どもが!勝手に入ってくんな!」っておんだされちまった


風の日はよう、こまっかい砂粒が目に入って痛いからよう、おとなーしくじーっとしてたかったんだけどよう

だってよう、キジトラ兄貴はほれ、カッコいいだろう?

カッコイイ男の涙なんてのはよう、女をころっとイかせちまうほど危険なもんなんだぜ?

それによう、ホコリまみれになちまったら、色男も台無しさあ

だのによう、シマグレ子分はよう、ちったあでっかくなったその体でよう、ホコリとか追っかけてっちまう訳よ

まだまだ子猫だったからなあ

おかげで2匹とも泥だらけさあ


暑い夏の日は、2匹とも木陰でだるーーーーっとしてたっけなあ

いやもう本当、最近の暑さってなあ異常だよなあ

温暖化ってやつのせいなのかねえ


そうこうしてる内によう、嵐の日んなってよう、いやはやせわしねーわ、この国は

キジトラ兄貴もシマグレ子分もよう、何日もねぐらから外に出らんなくてよう

すきっ腹抱えてキューキュー言ってたなあ

けどよう、隣に猫がいるっていうのはいいもんだぜ?

1匹じゃねえもんなあ

外には出らんなかったけどよう、たーっくさんしゃべってよう

んでよう、力の余ったシマグレ子分がよう、取っ組み合いしようってかかってくるんだよう

余計腹減ったけどよう、悪くねえさ、だって笑ってたもんなあ

ああ、あの頃は楽しかったなあ


そうやってよう

2匹はよう

雪の、

さむいさむいあの冬の日まで、ずっと一緒だったのさ



決して人様に迷惑かけたかった訳じゃねえ

だってキジトラ兄貴は、義理と人情に生きるコウケツな猫だからな

けどよう、猫が1匹で生きていくのは、難しいようで簡単なんだけどよう

2匹分のおまんまは、こりゃあ本当に難しいやなあ

けどよう、キジトラ兄貴は義理がたいからよう

絶対にシマグレ子分を見捨てたりなんかしなかったんだぜ

……ニンゲンなんかとは違ってさあ


冬も近くになって街ん中もうっすら寒くなって、食べ物も減ってきたある日のことさ

食い物探しばっかしてたキジトラ兄貴はイライラしててよう、ついカーッとなっちまってよう、とーうとう、やっちゃあいけねえ事に手を出しちまったのさ


盗んだのよ

おまんまを


商店街の魚屋親父に、見つかんねえようにしたはずがよう

どういう訳かバレちまってよう

親父のヤツ、でっけえ包丁ぶんまわしてきやがってよう

ありゃあ、おめえさんにも見せてやりたかったぜ

振り回される包丁を、華麗にかいくぐって逃げようとするキジトラ兄貴!く~っ、しびれるねい!

けどよう、あれだぁな、猫っつーのはよう、あぶねえあぶねえと思うとよう、思わず足がすくんじまうもんなんだなあ

目の前にぎらぎらしてこっち向かってくる包丁があってよう

キジトラ兄貴は、それ見つめながら固まっちまったのさ


そんな時よ

シマグレ子分が突っ込んできやがったのはよう



結局魚屋のおやじも本気で猫殺すつもりはなかったんだろうなあ

ほらよう、猫は殺すと祟るって言うじゃねえか

……祟るんでも恨むんでもいいからよう

……もいっぺん位は会いに来たって罰は当たらんと思うがねい

ともかくよう、シマグレ子分は死にゃあしなかったんよ

けどなあ、頭の後ろにでっけえコブ、しこたまつくってよう

そいつがよう、しばらくすると膿んでよう、ぶよぶよしていやーな臭いさせんだよ

シマグレ子分はへーきだすぐ直るって、へらっと笑って言ったがよう

こんとき気づいて医者行ってりゃよかったんだよなあ

知ってんだぜぇ?ニンゲンも医者に通うみてぇに、猫や他の生き物も通う病院があるっつーことくらいはよう


けがは結局治ったり治らなかったりでなあ

それからずーっとシマグレ子分の頭に張りっついていやがった

調子いい時もあるんだけどよう

頭掻いたりすると、ぽたぽたと真っ赤なしずくが落ちてきたりするんさ

キジトラ兄貴は最初こそ気にしてたけどよう、野良の世界じゃ、けがなんか日常だろう?

実際俺の知ってるやつでも足のけがが悪化して、先っぽ無くしたやつとかいるしなあ

そいつは近所のニンゲンから「ケンケン」なんて言われていたっけ

まったくよう、あいつらはよう、他猫事なんだからよう

けどよう、キジトラ兄貴のほうこそ、他猫事だったのかもしんねえなあ

だってよう、ただでさえのんびりだったシマグレ子分は、けがを抱えながらゆっくりゆっくり弱っていったのに、キジトラ兄貴は最後の最後まで気づいてやれなかったんだからよう



ところでよう、猫社会にも上司と部下がいるのは知ってるよな?

商店街の顔だったボスが、寒くなったころに急に姿を消してよう

ありゃあもう、大分歳だったからなあ

んでよう、春になったら新しいボス決めようぜってなったわけよ

その話聞いて、キジトラ兄貴は飛び上がるくらい喜んださ

なんせその頃のシマグレ子分は、ほとんど寝てるか、起きててもとろーんとした返事しかしやがらなかったからなあ

おかげで、キジトラ兄貴は毎日の飯を捜すのにも一苦労さ

シマグレ子分がまだしゃっきりしてた頃は、子分だって自分で飯を捜しに行けてたんだぜ?

けどよう、ほらよう、キジトラ兄貴は男義にあふれてんだろう?

絶対にシマグレ子分を見捨てたりなんかしなかったんだぜ


シマグレ子分は、そりゃあ毎度毎度涙を浮かべて喜んださ

「兄貴ありがとう」「役に立てなくてごめんな」「このおまんまうめえなあ」ってよう

もうすっかり冬でよう、飯もニンゲンの残飯くらいしかねえのをよう、商店街の野良どもで取り合いでよう、それをシマグレ子分と分けるんだから、そんなに大したもんはねえのよ

食えねえもんが入っていたりしててよう、それはキジトラ兄貴が責任もって処分してたけどよう

……ただでさえ弱ってんのに、そんなっぽっちじゃ、元気になんかなれねえよなあ

だからよう、そこでよう、カッコよくってアッタマいいキジトラ兄貴はひらめいたのさ

ここらのボスになれば、おまんま食い放題

そうすりゃあ、甘やかしたせいか寝てばっかですーっかり怠け癖がついちまったシマグレ子分にも、うんめえもんたーっくさん食わせてやれる、ってな


商店街から少し離れた住宅街によう、小さな小さな野っぱらがあるんだよ

おおきかないけどよう、木とか植わってるんだよう

古い古い木でよう、根っこの方によう、穴っぽこが開いてんだな

キジトラ兄貴とシマグレ子分は、寒いのを我慢してそこで寝起きしてたのさ

キジトラ兄貴はよう、眠そうに眼をしぱしぱさせてる図体ばっかでっかくなりやがったシマグレ子分に、自慢のあいでぃあを胸張って言ったのさ


「おう子分、俺様はボスになるぞ!そうしたら、お前にもうんめえもんたーくさん食わせてやっからな!何がいいか?かつぶしがけごはんか?ねこまんまか?ばたーがはいっているやつだといいな!あとにくな!にくだ、にく!さかなでもいいぞ!しってるか~?脂の乗ったさんまほど、この世にうめえもんはねえのさ!大根おろしのぴりっとしたあれもたまらん!」

「……それは……すごいねえ……たのしみだねえ……あにきぃ……ねえ、あにきは……あにきじゃなくて……おやぶんになるの……?そうしたら……もう、おいらの……あにきじゃ……なくなるのかなあ……」

「ばっかいえ!お前と俺様は、ずーっとずーっと兄貴と子分のままだ!だからよう、ぜったいよう!期待してろよう!!」

「うん……おいしいもの……へへへ……おなか、いっぱい……」

「うん?なんだ?久しぶりにいっぱいしゃべったから疲れたのか?なんだ、しょうがないやつだな」

キジトラ兄貴はやれやれとため息をついたさ

口に端っこに、ほんのちょっぴり笑顔を浮かべてな

だってよう、あのちびがよう、キジトラ兄貴よりでっかくなってよう、それでも甘えん坊はずっと治らなかったんだからよう

……最後の、最後までよう

キジトラ兄貴は眠っちまったシマグレ子分のそばで寝る体勢になった

腰を下ろしてよう、頭をよう、シマグレ子分の腹のあたりにくっつけてよう

「じゃあな、おやすみ」

返事はよう、返ってこなかったんだなあ






翌朝になってキジトラ兄貴が目を覚ますと、シマグレ子分はもうすっかり冷たくなっていて、動かなくなってたのさ


冬の寒い日だったなあ

シマグレ子分の頭には、最後の日にもあの大きな傷があって、まるでたった今切れたばかりの様によう、真っ赤な血と肉が見えていたのさ


キジトラ兄貴はそれを知ってよう、おいおいと泣いたさ

周りにだあれもいなかったのは、不幸中の幸いだったかもなあ

見られてたら、ちっとは恥ずかしかったかもしれねえや

だって、大の男がだぞ?もうすっげー号泣だったんだからなあ


くやしかったさあ

かなしかったさあ

だってよう、それはよう、キジトラ兄貴がもっとはやくに気づいていたら、どうにかできたかもしれねー事だっただろう?


痛かったろうなあ

つらかったろうなあ

気がつけなくて、ごめんなあって

ずーっとずーっとキジトラ兄貴はあやまってた

だってよう、あいつはよう、あんなふうに、さびしく消えていく奴じゃあ、なかったんだよう

いっつも何が楽しいんだか、にこにこにこにこしてやがってよう

兄貴、兄貴って、ついて回っててよう

さびしいじゃねえかよう

悪かったよう



キジトラ兄貴は面倒見のいい兄貴だからな

それからずーっと、ずーっと、自分の事を責めてたんだぜ

気前のいいニンゲンが自分の家の軒先を貸してよう、キジトラサン、キジトラサンって言ってて、飯も恵んでくれてもよう


けどまあ、もう俺様もトシだしな

面倒見のいい兄貴は卒業だ

後は若ぇもんに任せるよ

いいかおめえら

喧嘩すんのはいいけどよう

けがと病気にゃ気をつけるんだぜ

そっからよう、大事な仲間がいるんならよう、最後までちゃあんと気ぃ使ってやるんだなあ



キジトラ兄貴みたいによう、後悔したくなきゃあなあ








ふぁああああ、ああ、日差しがあったけえなあ……






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― 新着の感想 ―
[一言] なんだろうなあ 諸行無常というか、世の中ままならないというか キジトラ兄貴と深月さんと、どんなご縁があったんでしょうね なんだか不思議なものを感じます 短編更新お疲れ様です、長編のほうも楽…
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