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星蒼玉  作者: 秋月 忍
第一部 市井の封魔士
8/61

第八話 桃楼郭 壱

6/5 サブタイトル および、誤字等一部訂正しております。(内容に変更はございません)

 和良比の西にある最大の花街、『雪思路(ゆきしろ)』は、東西に流れる水路沿いに面して作られており、門と堀で周囲の街から隔離されている。『雪思路』の廓は、お上の公認を受けた女郎屋だ。

 お上が廓を公共事業化するには意味がある。

 廓は人身売買をはじめ、犯罪の温床になりやすい。しかも、愛憎が渦巻き、虚冥のものを引き寄せやすく、魔の巣窟になる危険を秘めている。

 そこで、売春行為を『公認』することで、和良比の治安を維持しているのだ。

 『雪思路』の周りにめぐらされた堀は、女郎たちの脱走を防ぐと言う意味以上に、封魔の結界として作られたものだ。

 まだ夕刻には早いため、門は開いてはいるものの客足はほとんどない。龍之介と晃志郎は連れだって、雪思路の大門をくぐった。龍之介は、パリッとした服装を粋に着崩して、やや遊び人ふうに装っているが、晃志郎は、例によっていつものままである。

 堀沿いに植えられた桜の木の蕾が日中の暖かさに誘われて、柔らかさをみせはじめていた。

「桃楼閣は、大門から一番遠い老舗です」

 晃志郎は、慣れた足取りで、龍之介を案内した。

「よく知っているな」

 龍之介の言葉に、晃志郎は肩をすくめた。

三月(みつき)ほど、住み込みで用心棒をしたことがあります」

 生家から出たばかりのころ。晃志郎は桃楼郭に一時、身を置いた。

「ほう」

「……もう、三年も前の話です。それに、俺はあまり女郎たちと接触しませんでしたから、お蝶という女郎がいたかどうかも記憶にありません」

「赤羽どのなら、商売抜きで言い寄る女も多かっただろう?」

「ご冗談を」

 晃志郎は苦笑する。

(あるじ)庄治郎(しょうじろう)は、寛容ではありますが、商品に手を出したりしたら、寝首を掻くことも厭わない人物です」

 桃楼閣は他の女郎屋に比べて女郎の扱いは良い方で、下男たちの給金も悪くない。ただし庄治郎は、店の規律にとても煩い男であった。

「そいつは恐いな」

 面白そうに龍之介が頷く。

「庄治郎は、役人が嫌いです。もちろん、それを表に出して、役人に反抗するような阿呆ではありませんが」

「ふうん。では、土屋を置いてきたのは正解だったな」

 あの男は役人臭くていかん、と龍之介は笑った。

「四門の名を出さぬ、ということでしたら、俺の仕事仲間ということでご紹介してよろしいですか?」

「そうだな。では、水内の名は伏せよう。そこから邪推されても困る」

 封魔奉行である水内家の名は、和良比全土に鳴り響いている。

「俺のことは、龍之介と呼べ。俺も、赤羽殿を晃志郎と呼ぶ。敬称は不要だ」

「……では、大門を出るまでは、そのように」

 晃志郎は頷いた。名門の跡取りでありながら、龍之介の柔軟な考え方に舌を巻く。

「あれが、桃楼郭です」

 立ち並んだ女郎屋の奥の大きな古い建物を晃志郎は指さした。まだ客引きの下男の姿はない。夜の顔見せの時間になっていないため、女たちの姿も見えない。

 晃志郎は、龍之介を伴い、ためらいもなく裏口に回った。

 ちょうど、出入りの商人が品物を届けに来ていたらしい。その商人を見送りに出た若い男に、晃志郎は見覚えがあった。

一郎太(いちろうた)

 晃志郎の呼び声に、胡乱そうな目つきでみあげた男は、視界の先に晃志郎の姿を認めると、目を丸くした。

「晃志郎さまではありませんか!」

「久しいな。変わりはないか」

「へい。晃志郎さまも、お元気そうで」

 にこやかに旧交を温めると、晃志郎は、奥へと目をやった。

「早速だが、庄治郎殿にお会いしたい」

「少々お待ちください」

 一郎太は、慌てて奥へと引っ込んでいった。

「いきなり主に会うのか? 俺は、てっきり女たちに聞き込みをするのかと思ったが」

 龍之介は、晃志郎の顔を見た。

「庄治郎の許可なしに女たちに会うのは、客として上がらねば無理ですよ」

 晃志郎は苦笑した。桃楼郭の格式は高い。女と酒を酌み交わすだけでも、大金が必要だ。

「俺はそれでもかまわんが……真面目だな、晃志郎は」

 にやり、と龍之介は笑った。

「しかし。廓で、晃志郎も一緒に飲んだなどと沙夜に知られると厄介か」

 龍之介はそっと肩をすくめる。

 晃志郎は、龍之介の言葉の意図がわからず、ふうとため息をついた。

 裏口から見える井戸端には、夕餉の用意の為に米をといでいる下男の姿がある。華やかな表通りからは消し去られている生活臭。毎日が祭りのような賑やかな雪思路でも、人々は日々を生きているのだ。

 不意に、井戸の向かいにある窓が気になった。障子にうつった影が、ゆらいだように見える。

――ん? 何だ?

 不審に思って確認しようとすると、ちょうど一郎太が戻ってきた。

「晃志郎さま、旦那様がお会いになるそうです」

「すまんな」

 晃志郎は、一郎太に礼を言うと、裏口の引き戸をくぐった。




「こちらです」

 一郎太に案内されながら、龍之介は晃志郎に連れられて、板敷きの曲がりくねった通路を進む。

「……見事な、魔封じだな」

 ほぅ、と龍之介は感嘆した。建物の構造そのものが、魔封じの陣を描いている。これは、建物の中で生じた魔性が外へ出て行かないように作られているのだ。遊里の建物は、そのような造りであることをお(かみ)が奨励している。だが、全ての店が守っているわけではない。

 それだけにとどまらず、ところどころの柱に、古い浄化の札が張られていた。

「この札は、晃志郎が書いたものか?」

 龍之介に問われ、晃志郎が小さく頷いた。

「……毎年、張り替えろと、俺は言ったのですが」

 晃志郎は苦い顔をした。札というのは、文字や紋様に念を込めて紙に書いたものだが、経年劣化は避けられない。

「しかし、未だ効力は残っている様だぞ」

 龍之介は苦笑する。目の前のこの古い札より、霊力を感じない札を売りつける術者はいくらでもいる。札を張り替えない庄治郎という男は、ケチや怠惰でこの古い札を使用しているわけではなさそうだ。そもそも約束もないのに、ふらりと訪ねてきた封魔士に、大店(おおだな)の主が簡単に会うこと自体、異例であろう。

「旦那さま、晃志郎さまをお連れしました」

 一郎太が襖の向こうに声をかけると「そうか、こちらへ」と、中から声がした。

 ついっと一郎太が襖を開けると、日の光が差し込んだ明るい部屋で、恰幅の良い初老の男が待っていた。

 分厚い座布団が上座にふたつ用意されている。

――歓迎されているらしい。

 龍之介は横目で晃志郎を見た。晃志郎は、懐かしそうに表情を和らげている。

 それに応えるように庄治郎は、笑顔を張り付けてはいるものの、内心の読めない面構えだ。いかにも曲者といった匂いがする。

「晃志郎さま、よくおいで下さいました」

 庄治郎は頭を下げた。

「久しぶりだな」

 晃志郎は、きまり悪そうに座布団に座りながら、庄治郎に龍之介を紹介する。

「ほう。晃志郎さまのお仲間ですか。それは相当な手練れでいらっしゃるのでしょうねえ」

 晃志郎の桁外れな腕は当然知っているらしい庄治郎は、値踏みするように龍之介を見た。

「樹鱗流の使い手だ。札は、俺より良いものを作る」

 龍之介は顔をしかめた。札を作ったところなど、見せたこともないはずだ。厄介ごとを押し付けられそうな気がする。

「妖魔退散の札は、晃志郎には敵わぬ」

 龍之介は、じとりと、晃志郎を睨み付けた。必要以上に自分に高値をつけられても困る。

「……少なくとも、俺より頭が良い」

 しかし、龍之介の非難がましい目を無視して、晃志郎は紹介を続けた。

「それで、今日はどのようなご用件で?」

 庄治郎の目がすぅっと細められた。

「その前に、庄治郎殿の方が、俺たちに話したいことがありそうだが?」

 晃志郎の問いに、「かないませんなあ」と庄治郎は頭を掻いた。








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