和解
街中のコーヒーショップ。向かい合って座るエヴァンとバネッサがいた。
「見られちゃった」
ちょっと照れて言うバネッサの額や首筋にはまだ汗が光っていた。
「いや、驚いたよ、すごいよ。思わず拍手してしまったよ。ゆうべの敵に」
「ゆうべはごめんなさい。私のほうがずっと前からのラルフの知り合いなのにって、意味もなく張り合ってしまったの。幸せそうなあなたたちに嫉妬もしたの。私って歪んでるわね」
「いや、僕も大人気なかった。それよりさっきの歌だけどあのバンドのメンバー?」
「違うわ。私かなりへこんでてね、人を傷つけたことにへこんでてね、ほんと勝手よね」
バネッサは自分にうんざりしたような表情で肩をすくめた。
「で、目的もなく街をぶらぶらしてたら音楽が聞こえたの。吸い寄せられるように近づいたら彼らが演奏してた。大好きなデスメタルバンドのレパートリー持ってるってことで思わず飛び入り。でもおかげですっきりしたわ。歌うのはやっぱり最高!」
「あんなにすごいのに歌やらないの?」
「やりたいわよ、それで親と大喧嘩。大学出した娘にそりゃあ親はそんなバクチな生活させたくないわよね。ましてや親の理解を越えたデスメタなんて」
「まあそうかもしれないけど」
会社を辞めて物書きというこれまたバクチな世界に飛び込んだエヴァンの心がちょっと痛んだ。
「パパはね、隣のラルフを見習いなさいって。笑えない?」
「あははは! 笑える笑える! でさ、キミはラルフがゲイって知ってたわけ?」
「故郷で知ってるのは、たぶん私と姉さんだけよ。姉さんラルフの同級生だけど」
「ああ、ゆうべ言ってたね」
「あとでミスジョージアに選ばれるんだけど、その姉さんが彼に告って撃沈したんだもの。そりゃあゲイ疑惑だって浮上するでしょ?」
「あはは、なるほど」
「で、姉さんがふられて泣いてるの見て私、許せなくって。だからラルフ呼び出して糾弾したの。姉さんふるなんてバカじゃない? それともゲイ? ってつい勢いで言っちゃったの。そしたらねラルフったら」
「もしかして泣いた? しくしくと」
「そうなの! 小さい女の子みたいに泣くの。あのヒーローのラルフ・アンダーソンがよ? 私まるでいじめっ子じゃない。さすがに私だってわかっちゃったわよ」
「あいつ泣き虫なんだよなぁ、かわいかったろうなラルフ」
「バカバカしい! やってらんない! また意地悪したくなってきた」
自分の知らない頃の恋人の話を聞けてエヴァンはすっかり楽しい気分になっていた。そして悪魔声のバネッサに対する嫌悪感も消えていた。
「ねえ、バネッサ。さっき故郷でラルフがゲイだって知ってるのキミたち姉妹だけって言ってたよね?」
「そうだけど?」
「じゃあもちろんラルフの家族も知らないわけだ」
「もちろん。知ったらラルフ、おじいさまに射殺されるわよ。確実に」
思わず現実というハンマーで頭を殴られたようなエヴァンだった。