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冒険者になった男  作者: 夏月
第二章「出会い」
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パーティー結成後の一日

「ふーっ。これで、四体目か」

 絶命したチーブを見下ろし、そう呟く。時間的にも今日の討伐はこれでお終いだな。

「お疲れ様、クロード」

「お、おう」

 ハンカチを手にしたクリスが汗を拭ってくれる。

 どうにも慣れない、っていうか本日四回目に思う事なのだが、何だこれ?


「チーブ四体の討伐かぁ。ねえクロード、一人の時よりも順調?」

「ん? ああ、勿論」

「そっか、良かった」

 クリスは安心した様に顔をほころばした。


 今日を振り返る。

 パーティーを組んでも討伐する魔物も戦い方も変わらない。

 しかしクリス加入により明らかに戦闘は楽になった。

 スキルライズの効果は絶大だ。


 チーブ討伐の前にクリスと情報を交換した。

 クリスによると、唯一の魔法であるスキルライズは一日に十五回使用する事が可能らしい。

 試しにクリスにスキルライズをかけて貰い、持続効果とその効果の程を調べてみた。

 すると効果時間は大よそ五分であり、その間の俺のナイフ捌きは魔法がかかっていない時とは比べ物にならない程に的確になった。


 具体的に言えば、今までチーブの片手を使えなくさせる確率は十回に一回、大よそ一割程度の成功率だったのだが、スキルライズがかかっている時は四割程度の確率で片手を使えなくする事が出来る様になった。

 つまり、チーブ一体に二十回前後ナイフを振るっていたのが、クリスの魔法により五回程度振るえば討伐出来る様になった。

 それは必然的にチーブの攻撃を二十回躱さなければならないところを五回躱せばいいという、体力的にも精神的にもありがたい恩恵を被る事でもある。


「よし、じゃあ行こうか」

「うん」

 クリスによる汗拭きが終わり、チーブを二人で抱えてギルドに向かう。

 この作業もクリスのお蔭で大分楽になった。


 一人で討伐をしていた時は、まあ当たり前の事だが、一人でチーブを担いでギルドまで行っていた。

 カントの町からチーブがよく出没するこの平原までは遠くはない。

 だがそれでもチーブを一人で担いでギルドまで運ぶというのは少々骨が折れる。


 魔物を楽に討伐出来る様になり、俺が戦っている最中にはクリスが周囲を警戒してくれているので安全性も確保され、運搬も楽。万々歳な結果だ。なんというか、文句が無い。


 どの職業だってそうだろうが、労働力、いわゆるマンパワーの投入によって、それが適材適所、或いは分業がしっかり出来た時には効率が上がる。図らずも今日の魔物討伐では身を以てそれを知る事が出来た。




「「いただきます」」

 手を合わせ、食事を開始する。

 目の前にある献立はパンと野菜スープにチーブの肉を少々。

 銅貨五枚程度の食事であればこんなものだ。だが、

「わっ、美味しい!」

 と、クリスが言う様に、ここの食事は非常に旨い。

 素材が良いのか料理人の腕が良いのか分からないが、献立は別としても味は文句が無い。


「出来れば献立にも文句は言って欲しく無いのですが」

 料理を運んできた料理人兼ホール兼店長というマルチプレイヤーのロスさんが俺にそう言う。

 全く関係の無い話なのだが、「忙しい時はクイックライズをかけているのですよ」、との言は本当なのだろうか。謎だ。


「嫌だなあ。文句なんて言っていませんよ」

「それは失礼」

 あまり信じてくれた感じでは無かったが、さりとて気分を害している訳でもなさそうだった。


 このカントの町の商売人は良い人しかいないのだろうか。

 冒険者宿の女性店主、ジェニファーさんも最初は怖かったが、今では普通に話し掛けられるし、助言も少々頂く。愛想は勿論無いが。

 商売人であろうと何であろうと俺をゴミ扱いしていたあの村の住人達とはまるで違った。

 いや、村という小さなコミュニティ故の扱いだったのかもしれない。

 この町に来て少しそう思う様になった。

 同業者には相変わらずの扱いを受けるが、それはいい。ある意味でのステータス至上主義の最たる職業なのだから。


 そんな事を考えていたら食事の手が止まっていた。

 既にクリスは半分以上食べている。俺も早く食べないと。


「こんなに美味しいお店があるなんて、知らなかったな」

 ぽつりとクリスが呟く。

 この食事処・クルーズは冒険者専用の食事処では無いし、裏道にある訳でも無い。

 ここは誰しもが通るであろう商業区なので、この町に住む人間だったら知ってそうなものだが、違うのか?


「クリスはこの町出身じゃないのか?」

「ううん、この町に住んでいたよ」


 って事は、ただ単に利用した事が無かっただけか。

 いや、それよりも過去形って事はもしかして。


「今は住んでいないのか?」

「うん。二年ぐらい前にこの町を出たんだ。それで色々あって、二日前にこの町に帰って来たんだよ」

「成程」


 紆余曲折を経た結果クリスのステータスで冒険者になろうとするなど、余程の事があったのだろう。その『色々』の詮索は野暮だな。


「クロードはイスタ国出身だよね。オルガニスタンの隣接国とはいえ、どうしてここまで?」

 何気無い様子でクリスが俺に聞いてきた。


 いやー、住んでいた村が深刻な凶作に遭って食うものにも困ってさー。口減らしの為にステータスがゴミだった俺を家族が殺そうとして、でも殺されるぐらいだったら逃げようと思って、こっそりと狩猟用ナイフと幾らかの金を拝借して逃げたんだよー。国を跨げば追っても来ないかなって。でもまあ今まで散々コキ使われていたし、それぐらいいいよねー。あっはっはっは。


 言えるか! 絶対に引かれるぞ!


 ウィットに富んだ感じで言っても、この過去話は駄目だろう。

 折角のパーティー結成が僅か一日で解散の危機に陥る。

 その辺はぼかすしかないな。そう決意し、話そうとするも既に食事は殆ど終えている。

 居座ってロスさんに迷惑を掛ける訳にもいかないので、話はまた今度に、という事にして食事処・クルーズを後にした。




「阿呆か」

「えっ?」


 大衆浴場を出た後、俺達は冒険者宿に向かった。

 クリスはこの町に家が無いらしいので俺と同じく冒険者宿泊まり。

 で、女を連れるなんて良い身分になったものだなと言うジェニファーさんのあらぬ誤解を解いた後、二人分の共同宿泊を申し出たら突然阿呆呼ばわりされた。


「そのツラの良いお嬢ちゃんを共同宿泊させる気かい」

「……もしかして、マズいですか?」

「まあ、三日以内に襲われるだろうね」

 ひっ、とクリスは自分の体を抱く。

 女の子にとってここは凄まじい環境だった事を今更ながらに知った。


 でも、言われれば確かにそうだ。

 冒険者の敷居は低い。申請すれば余程の事が無い限り冒険者になれる。

 それ即ち、倫理性やモラルの低い人間も多分にいるという事になる。

 クリスは可愛い。そんな子がそいつらの近くにいれば、何をされるか分かったものじゃ無い。


 となるとすべき事はただ一つ。


「個室と共同宿泊を一人ずつに変更して下さい」

「はいよ」

 これしか無いだろう。


「でもクロード。個室って高いんじゃ……」

 と、心配そうにクリスが俺に言う。

「安全第一だ。気にするな」

 クリスのお蔭で魔物討伐による収入は増えた。

 多分、赤字という事は無いだろう。……無いよな。いや、後で計算してみよう。


「ほら、これが個室の鍵だよ」

 と、ジェニファーさんが鍵をクリスに突き出す。

 クリスが俺を見てきたので、それに頷いた。


「あの、私だけゴメンね、クロード」

 鍵を受け取ったクリスが、申し訳無さそうに俺にそう言ってきた。

「さっきも言ったけど、安全第一だ。本当に気にするな」

 金を使うべきところは使う。これは正しくそういう事だろう。


「よし、じゃあクリス。今日はこれで体を休めて、明日また魔物の討伐に行こう」

「……うん。分かった」

 ようやく個室の件に納得したのか、申し訳無さそうな表情が消えた。


「お休み、クロード」

「え? ああ」

 他人にお休みと言われる事があまり無かったから、一瞬戸惑った。

「お休み、クリス」

「うん」

 と、微笑みながら胸の前でクリスが手を振る。

 何と言うか、少しこそばゆかった。


 クリスに手を振り返し、共同宿泊の部屋に行く。

 ベッドの布団に入りながら、パーティーを組めた事、望む結果を得られた事、クリスが良い子である事を思う。気分は非常に良い。


 よし、明日も頑張ろう!


 そう思いつつ目を閉じ、一日を終えた。


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