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冒険者になった男  作者: 夏月
第一章「冒険者へ」
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一日の終わり

「ふむ、チーブが一体ですね。状態も良いですし、経費を引いて銅貨二十枚の支給になります」

「ありがとうございます」


 銅貨二十枚を受け取る。手に握る銅貨が重く感じるのは何故だろう。


「他意はありませんが、参考として言わせて頂きます。冒険者三~四人パーティーのチーブとフックを合わせた平均討伐数は、十~十五体です。お忘れ無きように」

 以前に冒険者として認定してくれた受付の男性がそう言った。

 暗に浮かれるなと言っているのか、或いは見切りをつけろと言っているのか。

「それに近づけるよう、努力します」

「……頑張って下さい」

 嘆息される。期待していた返事とは違ったのだろう。

 申し訳ないが、どうでもいい。俺には俺の都合があるのだ。


「あ、そうだ。一つお伺いしたい事があったんですけど、えーっと……」

 この人の名前、何だっけ? 聞いていないよな、確か。

「ユーリスと申します、クロードさん」

「どうも。ユーリスさん、レベルアップの事なんですが。四人パーティーと三人パーティーが毎日同じ魔物を同じ数だけ討伐した際、三人パーティーの方が早く上がるんですか?」

「はい、三人パーティーの方が早くレベルアップします。人間にある器の例をとれば、討伐した魔物の魂が三人パーティーの方には三分の一ずつ三人に振り分けられ、四人パーティーの場合は四分の一ずつ四人に振り分けられます。どちらが早く器を満たすのかは明白でしょう」

「成程」

「これは余談ですが、例えば手負いの魔物を討伐した場合に関してはその限りではありません。その魔物を手負いにさせた人間にも魔物の魂は振り分けられます」

「どういう事ですか?」

「これはあくまでギルドの魔物についての研究の見解なのですが。魔物の魂、経験値と言う人間もおりますが、それは討伐した魔物が自身を倒したと認識した人間に振り分けられるらしいのです」

「……………………分かりません」

「では、具体例を挙げましょう。クロードさんがチーブを発見したとします。そのチーブは手負いで、クロードさんは難なくチーブを討伐したとします。ここまではいいですね?」

「はい」

「では次にその討伐されたチーブの側を見ましょう。そのチーブはある冒険者Aと戦い、命からがら逃げたとする。逃げた先にクロードさんがいて何も出来ないままに殺される。さて、このチーブは一体誰に殺されたと感じるでしょう」

「えーっと、そうですね……」

「……では、例えばそのチーブがクロードさんだったらどう思いますか?」

「俺がですか? そうですね、あの冒険者さえいなければ勝てたかも、とか考えると思います」

「それです。そのチーブの魂、或いは経験値は、『誰に殺されたか』を強く思った人間の方により振り分けられるのです。であるからして、この場合だとクロードさんと冒険者Aに魂は振り分けられますが、冒険者Aにより多くの魂が振り分けられるのです」

「ああ、成程」

 そういう事か。じゃあパーティーを組んだとしても、魔物に気付かれずに後ろで縮こまっていたらいつまで経ってもレベルアップなんて出来ないって事だな。


「よく分かりました。ありがとうございます」

「いえ」

 相変わらずユーリスさんはにこりともしなかったが、俺の話にちゃんと受け応えてくれるあたり、意外に面倒見が良い人なのかもしれない。

 さて、知りたかった事も聞けたし、そろそろチーブ討伐に向かうとするか。





「はい、では銅貨二十枚ですね」

「ありがとう、ございます」

 息も絶え絶えで銅貨を受け取る。最早体力と集中力は限界を迎えていた。


 ふらふらとした足取りでギルドを出て、冒険者宿に向かう。

 今すぐにでも睡眠をとりたい。


 今日の限りでは、一日にチーブを討伐出来るのは二体が限度だ。

 恐らくは多少の休憩を挟んでも調子は元に戻らない。

 そんな状態で闘えば死の可能性はぐっと上がってしまう。


 三~四人パーティーでは十~十五体の討伐が平均。

 つまり一人当たり三~四体の魔物討伐換算となる。

 そしてレベルアップする平均的な期間は約一年。

 対して俺は一日二体の討伐。

 単純計算だと、えーっと、一年半から二年でレベルアップになるのか。


「長いな」


 思わず呟く。これを毎日繰り返せば慣れてくるのだろうか。

 そう思う反面、慣れてはいけないとも思う。

 油断なんて大層なステータスは生憎と持ち合わせていない。そんなものは以ての外だ。


 地道に行くしかない、そんな事を考えながら歩いていると程無くして冒険者宿に到着した。場所はユーリスさんに聞いた通り、ギルドから割合に近い。


 木造の扉を開けて中に入る。

 中はパッと見て簡素な造りとなっており、少なくとも装飾性は全くといっていいぐらいに無かった。

 それについてはどうでもいい。

 だが、扉を開けて五メートル程先にカウンターがあり、その中にある椅子に座り、恐らくは三十前半か中頃だろうか、少々肉付きがいい女性が凄まじい目力で以て俺を見ているのは少々居心地が悪い。俺、何かしたか?


 とはいえここで立ち止まっても仕様が無い。

 なるべく女性を見ない様にして近づき、目を合わせない様にして話し掛けた。

「あの、宿泊をしたいのですが」

「冒険者証を出しな」

 打てば響く。

 そんな受け答えだったが、たったこれだけの会話で分かった事が一つある。

 正直に言えば、この女性は俺の苦手なタイプの人だった。


 ハキハキとした物言いで受け答え、明確な答え以外を許さず。

 自分の有能を周囲にも求め、無能を極端に嫌う。


 目の前の女性は、俺が母と呼ぶ女性と少しダブった。


「どうした、早く出しな」

「あ、すいません」

 嘗ての習性かは分からないが、急いで言われた通りの事をしようとする。

 だが早くしようとすればする程、却ってそれが出来なくなる。ただ目の前の女性に冒険者証を見せるだけなのに、ポケットに入っているそれを出すのに時間がかかってしまう。クソッ!


「ど、どうぞ」

 ようやくポケットから冒険者証を取り出し、目の前の女性に渡す。

 女性は無言で俺の冒険者証を受け取った。

「成程」

 と、それを見て一言だけ言葉を発し、俺に向けて無造作に冒険者証を突き出してきた。


「ほら、返すよ」

「は、はい」

 受け取る。遅かったからといって殴られる環境では無いのは分かっているのだが、人の習性というのは得てして抜けないものらしい。

 ほんの少し体が強張ったのが我ながら滑稽だった。


「安心しな。FランクだろうがAランクだろうが、それこそステータスがゴミだろうが優秀だろうが、アタシにとっては金さえ貰えれば等しく客だ。何をするでも無いよ」

 と、女性が腕を組んで俺にそんな事を言った。


 恐らくはステータスと体の強張りから何かを察したのだろう、ぶっきらぼうに、それでも僅かながらに俺を気遣ってくれた。

 この女性が苦手なのは変わらないが、ほんの少しその意識が変わった様な気がする。

「……どうも」

 何を言っていいのか分からず、それこそ無能な返答をしてしまったが、女性はほんの少し頷いてくれた。


「さて、初めて利用するだろうから簡単に説明するよ。ウチは冒険者のみ利用出来る宿屋で、共同宿泊と個室、どちらかを利用出来る。共同宿泊はその名の通り、他のヤツらと一緒に寝る事になる。利用するなら三段ベッドの何処か空いている場所で寝な。個室はそれこそその名の通りだ。多少狭いけどね。料金は共同宿泊で銅貨十枚、個室で銅貨二十五枚。食事は勿論つかないよ」


 その値段を聞いて少し驚いた。

 通常の宿屋は一泊するのに安くても銅貨五十枚程度の値段がかかる。

 その場合食事はつくだろうが、それを抜きにしてもこの冒険者宿は破格と言って良い値段だった。


「で、どっちにする?」

「共同宿泊でお願いします」

 銅貨十五枚の差は俺にとって大きい。

 今の俺には銅貨一枚たりとも無駄には出来ないし、寧ろ個室な訳が無い。

「じゃあ銅貨十枚だ。前払いだよ」

「はい」

 女性に銅貨を渡す。

 その際、女性の手のひらに剣ダコの様なタコがあるのに気付いた。

 即ちこの女性は剣を何度も何度も振るっていたに違い無く、且つこの宿で働いているという事は十中八九、元冒険者なのだろう。


「確かに受け取ったよ。共同宿泊場所はアンタから見て左手のドアを開ければ目の前に広がっているよ。さあ行きな」

「はい」

 返事をし、ドアに向かって歩く。

 これから暫くはこの宿を利用するだろうし、いつかあの女性の冒険譚を聞いてみたいと思ったが、今はいいだろう。眠いし、うん。怖いし。


 ドアを開ける。だだっ広い広間に、そこかしこに三段ベッドがある。

 というか、三段ベッドしかない。本当に、ただ寝る為だけの場所だった。


 さっさと寝て明日に備えよう。

 そう思って空いているベッドを探していたら、見覚えのあるツリ目の男と目が合った。

「お? 何だお前、生きていたのか」

 正直話す事は何も無いと思っていたのだが、向こうから話し掛けてきた。

「お前みたいなステータスでも魔物を討伐出来るんだな。まあ、相当に運が良かっただけだろうがな」

 それか偶々その個体が弱かったかだな、と勝手に結論付け、頷きながら納得していた。


「で、何体討伐したんだ?」

「チーブを二体」

「それだけか?」

 頷く。するとツリ目男は吹き出し、笑わせるなよ、と言いつつ腹を抱えた。

 どうやら俺にはギャグのセンスがあるらしい。


「もういいかな。疲れてて、眠いんだ」

「あ? ああ、そうだろうな。多分、チーブ如きに死闘を演じたんだろ? そりゃ眠いわな。邪魔して悪かったよ。ハハッ!」

 何やら楽しかったらしい。上機嫌で何よりだ。

 愉快そうにしているツリ目男と別れ、空いているベッドを探す。

 おっ、あったあった。


 梯子を上り、三段ベッドの一番上に辿り着く。既に体力の限界だった。

 今日は色々な事があり過ぎた。それでも何とか生活の目処は立ったと思う。

 その事を思い、若干の満足と共に就寝した。

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