講義後
講習が終わり、部屋はにわかにパーティー編成の場となった。
「『力』と『敏捷』、『体力』まで4じゃないか! 凄いな!」
剣士風の男がスキンヘッドの男と冒険者証を交換した直後、剣士風の男が驚きの声を上げていた。
「い、いやー。そのステータスを見た故郷の人達が、絶対に冒険者になった方がいいって言うものだからさ。農閑期には村の人達から借りて、色々な武器を振っていたんだ」
「成程な、うん。なあ、君。僕と組まないか? 僕と君、そして魔法使い二人の四人パーティーなら、かなり上手く行くと思うんだ」
「も、勿論! ありがとう!」
「いや、こっちこそ」
剣士風の男とスキンヘッドの男はパーティーとして組むらしい。
順調そうだった。
その他の人達も話し合い、冒険者証を交換し合っている。
さて、俺も動かないと。
死にたくない一心で故郷を飛び出し、唯一の道である冒険者になった。
なったはいいが、その直後に魔物との戦いに敗れて死亡。
そんなのはお話にならない。
一人でもいい、俺とパーティーを組んでくれる人をどうにか見つけないと。
そう思って周囲を見回すと、パーティーを組む為に自己紹介をしている輪から少し離れ、腕を組んでいる男がいた。彼はどうだろうか。
「パーティーを組んで頂けますか?」
「あん?」
と、男は不審げな声を上げ、つり目な顔を此方に向けた。
頭のてっぺんからつま先まで眺められる。
「そんな装備で何が出来るんだ? まあいい、とりあえずステータスを見せろ」
割と居丈高な感じだったが、気にせず俺は冒険者証を渡した。
「……おいおい、ステータスが全て『2』って、何だこりゃ。カスじゃねえか!」
俺の冒険者証を見たその男が吐き捨てる様にそう言い、冒険者証を俺に向かって投げつけてきた。胸に当たり、床に落ちるのを見る。
「お前と組むメリットなんて一つも無え! 失せろ!」
大声で罵声を浴びせられた俺は、他の人達の注目を浴びる事になった。
「おい、何もそこまで……」
剣士風の男が制止しようと近寄り、男の肩を掴む。
「あ? じゃあお前がパーティー組んでやれよ。何の役にも立たないと思うがな」
掴まれた肩の手を振り払い、剣士風にそう告げる。
「……いや、それは、その」
と、剣士風の男は口籠った。
冒険者は慈善事業では無い。
ステータス『2』の俺は足手まといになる可能性が極めて高く、それが理由でパーティーが崩壊する可能性だって低くは無い。
剣士風の男の反応は当たり前だし、俺をゴミ扱いしないだけマシだ。
そして周囲の人間も同じ気持ちなのだろう、憐憫や見下した目が俺に向けられた。
嘆息する。どうにもならないものはやっぱり、どうにもならない。
床に落ちた冒険者証を拾い、俺は何も言わずに部屋を立ち去った。
しかしまあ、これからどうするか。
一人で部屋を出た時、これから一人で魔物を討伐しなければならない事が決定した。
まあ、それは仕様が無いのだが、魔物討伐の為にチーブとフックの情報を聞こうと受付の人に尋ねたら、魔物の攻略等々については自分で調べろとの返答がきた。
正直、これはパーティーを組めない以上に困った。
華々しい冒険者の活躍や、ギルドの内情にほんの少し踏み込んだ内容の本は書店に並んでいるのだが、どうにも魔物について詳しく書いてある本は書店には置いていない。
Dランク以上になればギルド内にある魔物についての文献などを閲覧する許可が下りるらしいのだが、Fランクの俺にはその権利が無い。調べようにも調べられない。
俺にはダグラスさんが言った様に、ただの一度も敗北は許されない。
だが、魔物の事前情報が無ければ、魔物相手に上手く立ち回れないだろう。
ただでさえ俺は臨機応変に対応するのが苦手なのだ。
金が無い。途方に暮れている時間もまた無い。何か打開策は無いか。
そう考えていると、ふと退屈そうに足を組んで椅子に腰をかけている、髪を逆立てた男が目に入った。
堂々とした態度でギルドに居座るその男がFランクという事は無いだろう。
という事は、レベル1の冒険者が相手にするべき魔物、チーブやフックを散々に討伐した経験があるのだろう。
そう思ったら自然とその男に向けて歩を進めていた。聞くしかない。
「ちょっとお聞きしたい事があるのですが」
「んあ?」
欠伸をし終えた後に話し掛けたので、逆立て男はほんの少し涙目になりながら此方に顔を向けた。
「突然で申し訳無いのですが、チーブとフックについてお聞きしても宜しいでしょうか」
「チーブとフック? って事はFランクか。まあ別にいいが、パーティーも呼んだ方がいいんじゃないか?」
「いえ、パーティーは組んでいません」
「単独か? じゃあ相当にステータスが高いのか? ちょっと冒険者証を見せてみろ」
「分かりました。どうぞ」
俺から冒険者証を受け取った逆立て男は、冒険者証をジッと見て暫く沈黙した。
「……これで魔物とやり合うつもりか?」
「はい」
「……予め言っておくが、これを切欠にパーティーを組んで貰おうなんて考えているのなら、今すぐ立ち去れ。お前をパーティーに招く事は決して無いぞ」
俺の場合、そう疑われても仕方が無いだろうな。
「いえ、そのつもりはありません。あくまでチーブとフックについての情報だけを聞きたいのです」
「ふーん。まあ、それならいいが」
やれやれ、と逆立て男は頭を掻く。良かった、とりあえずは話を聞けそうだ。
しかしまあ、タダでという訳にもいかないだろう。
大した金ではないが、全財産を支払っても魔物について隅の隅まで聞くとしよう。
「銅貨十枚しかありませんが、これで出来る限りの事を教えてください」
「ん? いや、金はいらん。丁度相方待ちで退屈していたところの暇潰しなんだからな。銅貨が十枚あれば食事二回分程度にもなる。なけなしの金をこんなところで使うな」
良い人だ。普通、貰えるのならば貰うだろうし、催促したって何らおかしい事では無いのに。
「ありがとうございます」
「いや。で、チーブとフックの何が知りたい?」
「……全てです」
■
「お待たせ、ウィル。いやー、ちょっと手間取って……、うん? 何か疲れてないかい?」
「いや、大丈夫だ」
疲れて見えるというのならば、ついさっきまで話をしていたアイツのせいだな。ま、話疲れたってだけで、気分的にはそう悪くは無いが。
「ふーん? 椅子に座っているだけでも疲れるのかい?」
「違えよ、うるせえな。新米冒険者にアドバイスをしていたんだよ」
「はあ、君がアドバイスねえ。どうせ暇潰しに適当な事を言っただけだろ?」
「阿呆。チーブとフックについての特徴から弱点から、もう一から十っていうか、一から百まで話したわ」
しかもアイツ、メモまで取っていたしな。どんだけチーブとフックについて調べるつもりだったんだよ。
「なあ、ケリー。俺達ってパーティーを組んで、まず最初にした事ってなんだっけ?」
「随分懐かしい話だね。えっと、確か皆で金を出し合って武具を揃えたんじゃなかったっけ?」
「だよな」
チーブとフックが弱いのは知っていた。普通はそっちを優先するのが当たり前だし、ましてやそれよりも金を払ってまで情報収集を優先するなんて、考えもしなかった。
「変なヤツだったな」
「ん? 誰がだい?」
「いや、別に」
ま、いいか。どうせあのステータスだ。単独だし、下手したら今日にでも死ぬだろう。気にする事でも無い。
「それよりもケリー、早く討伐に行こうぜ」
魔物の話ばかりしていたから体がうずうずして仕様が無い。
「はいはい、じゃあ行こうか」
「よし!」
さあ、狩りの始まりだ。血が騒ぐぜ!