第一話 「ギルド登録」
今回、アルフォンスの姉登場。
冒険者になれるか否かの試験です。
ご先祖様は聖騎士
第1章~旅立ち編~
第一話
「ギルド登録」
人間族が暮らす巨大都市国家リューベン北部にあるサルガッソ村、そこには北部を統括する地方ギルドが建つ村というだけあり、人口1000人と、住人は多く、多くの冒険者が訪れる事もあり資金の流れも潤沢で、村人の生活は基本的に潤っている。
村人の生活水準も高いため、誰もが健康で、平穏な生活を営むこの村を、ギルドへ向かって歩く少年アルフォンスは、この日18歳の誕生日を向かえ、義務であるギルドへの冒険者登録をする事になっているのだ。
「え~と、登録手順が受付で申請して、能力適正試験を受けて、面接…メンドクセ」
やる気を感じさせないアルフォンスだが、実を言えば村の同年代の中では一番の剣の使い手だったりする。
もっとも、その腕前も本人のやる気の無さが宝の持ち腐れだと専らの噂なのだが、アルフォンス自身がその事に対して何も感じていないのか、態度を改める事をした事は一度だって無い。
あの聖騎士の末裔だというのに本人にやる気が無いという事で、村の大人は一族の出来損ないと陰口を叩くのも、無理らしからぬ事だろう。
「旅かぁ…まぁ、面倒だけど退屈はしないよな」
面倒事は嫌いだが退屈も嫌いという、自分勝手な性格をしているアルフォンスであるため、これからの旅の面倒臭さと、退屈な日常を脱却出来る事の喜びという相反する感情に、複雑な表情を浮かべた。
程なくしてギルドに到着したアルフォンスはレンガ造りの無駄に大きく立派なギルドの建物入り口から中に入り受付でギルド登録の申請を行い、能力適正試験の準備の為に待合室に通される。
これからギルド側の準備が整い次第、闘技場へ入り試験官と模擬戦を行う事になっているのだが、やはりここでも面倒臭がりの性格が出ているのか、待合室に通された後は備え付けのソファーに寝転がり、天井を眺めながらボーっとしていた。
「適正試験の目的って戦えるかどうかを計るんだっけ…? んで、戦えれば冒険者、戦えなければ事務職、つったな」
受付で説明された内容を思い出しながら試験目的を確認する。
この試験では勝っても負けても、兎に角戦えれば冒険者としてギルドに登録されるが、まともに戦えない者、戦闘不向きな者は須らくギルドの事務員として登録される事になっているのだ。
アルフォンスの姉のミゼリアの様に冒険者として登録された後から事務職へ転向する事も可能だ。
実際、ミゼリアは最初こそ冒険者として登録されて1年、冒険の旅をしていたが、冒険の途中で何かあったのか、突然村へと戻ってきてギルド事務職へと転向したという経歴を持っている。
「そういや、姉貴が事務職に転向した理由って、まだ一度も聞いた事が無かったよなぁ」
剣の腕前こそアルフォンスが勝っていたが、槍を持てばアルフォンスを上回る実力を持っていたミゼリアが、何故冒険者を1年で辞め、事務職へと転向したのか、その理由はミゼリアが帰ってきてから今まで、一度も聞いた事が無かった。
と、そこまで考えた時だった。待合室の扉がノックされ、開かれた扉から中に入ってきた女性の姿に驚く。
「やほ~、アル」
「あ、姉貴!」
入ってきたのは蒼銀の糸の様に細く滑らかな髪を膝裏まで伸ばした女性。アルフォンスの姉、ミゼリア・マーヴェリックだった。
アルフォンスは慌てて立ち上がり、自分の胸より少し下の辺りまでしか無い身長の姉を見下ろす。
姉は母に似たのか童顔で身長が低い。だけど、やはり母に似てバスト87という豊満な胸に、括れた腰、引き締まった尻という整ったスタイルの美女だ。
性格についてはアルフォンスと真逆で、何事にもやる気に満ちた活発性がある。それでいて女性らしい優しさも持ち合わせているので、聖騎士の末裔に相応しい人物だと村でも評判である。
「アルも今日から冒険者だね、頑張んなさいよ!」
「別に、まだ冒険者って決まった訳じゃないだろ、試験まだだし」
「アンタが冒険者になれないで誰がなれるってのよ、村では同年代に剣使ったら負けた事無いクセに」
それは村の、それも同年代相手での話であって、大人相手だと勝てない相手だって存在するし、村や町の外に存在するモンスターなんて戦った事すら無い。
精々が狩りで野生動物を剣で仕留めた事がある程度なのだから、自慢出来る事ではないというのがアルフォンスの気持ちだ。
「大丈夫! お姉ちゃんはアルなら絶対に冒険者になって、お姉ちゃんみたいに挫折しないで続けていけるって信じてるから」
「姉貴…」
正直、ミゼリアに何故冒険者を挫折したのか、聞きたかった。だけど、村に帰ってきた当時の彼女の様子を知るが故にそれは聞けない。
あの時のミゼリアは、見ているのが辛くなるほど絶望と恐怖に打ちひしがれて、真っ青な顔で黙りこくっており、放っておけば自殺するのではないかと思えてしまうほど、暗く沈んでいたのだ。
あの時の姉の事を思えば、やる気が出ないなんて言ってられなかった。理由は定かではないにしろ、姉が挫折した冒険者の道、究めてみるのもまた、姉孝行だろうと気合を入れる。
「任せろ姉貴、必ず冒険者になってやらぁな」
「頑張れ、弟!」
ミゼリアとハイタッチをして待合室を出たアルフォンスは、丁度良く準備完了の旨を伝えるために部屋の前まで来ていた事務員の男性と鉢合わせた。
「あ、アルフォンス君ですね、試験の準備が完了しましたのでご案内します」
「おう」
ミゼリアに気合を入れてもらったからか、先ほどまでの気だるげな、やる気の見られない雰囲気が一変して、アルフォンスから闘志の様なものが滲み出ていた。
気合の篭った力強い瞳と、自信に溢れた表情は、聖騎士一族の出来損ないと呼ばれた少年のものではなく、聖騎士一族に相応しい戦士のそれである。
「では、こちらから中へお入りください、闘技場では既に試験官の者が待機しております」
「おうさ」
言われた通りに扉を開けて中に入ると、そこは大きく開けた闘技場になっていた。
観客こそ居ないが、周囲は客席になっており、フィールドの中央には琥珀色の全身鎧に身を包んだ40代ほどの男性が立っている。
「私が試験官を務めるレック・アーノルドだ、アルフォンス・マーヴェリック、中央へ」
「はい」
レックに指示され、中央に歩み寄ったアルフォンスは、目の前の男の全身から放たれるプレッシャーに息が詰まりそうになった。
全身鎧で身を包んでいるが、その下は恐らく鋼の如き筋肉に覆われているのだろう巨体と、青い髪を刈り上げたその顔は彫り深く歴戦の戦士の表情を思わせる。
腰に差した両手剣は抜いてもいないというのに、まるで首に刃が押し当てられているのではないかと錯覚するほどの威圧感があり、その剣でどれ程の命を刈り取り、血を吸って来たのかを容易に想像させた。
「この試験は事前に説明があった通り、君が冒険者として戦えるのか、それとも事務職で働く事になるのかを確認するためのものだ。故に勝つ必要は無い……だが、始めから勝つつもりの無い者に冒険者が務まるなどと思うな」
「……」
負ける事を前提に戦う者に冒険者たる資格は無い。それは十分理解しているし、幼い頃から父より何度も言い聞かされてきた事だ。
だから、アルフォンスは腰に差した鞘から愛剣を抜き、その切っ先をレックへと向けた。
「負けるつもりで戦う馬鹿じゃねぇさ、勝って冒険者になる方がスカッとするね!」
「心意気や良し!!」
アルフォンスの言葉にニヤッと笑みを浮かべ、レックもまた腰の剣を抜き構えた。
レックの持つ両手剣は普通の両刃の剣で、特に装飾の無い無骨な造りだが、アルフォンスの剣は少し奇妙だ。
まず、片手用直剣なのは間違い無い。だが、その刃は普通の片手剣とは違い片刃になっており、刀身が薄っすらと蒼銀になっている。
プラチナ色の剣鍔に黒い皮製のグリップが巻かれた柄のアルフォンスが持つその剣は、元々はアルフォンスの父親が物珍しさに購入して、片刃であるが故の使い辛さから使用を諦めて観賞用にした剣だ。
アルフォンスは刀身が姉の髪の色に似ているからという理由だけでこの剣を気に入り、父に頼み込んで譲り受けた後、今までずっと使い続けているので、正にアルフォンスの相棒とも言える剣でもある。
「いくぜっ!」
言うや否や、アルフォンスが駆け出し、低い体勢から素早さを生かしたフットワークで左右に動きながら接近し、レックを下から斬り上げる。
対してレックは両手で握った剣で受け止めるのではなく、鎧の左腕の部分で受け止め、鋼すら断ちそうな勢いに舌を巻きながら瞬時に斬撃の軌道を反らして、そのまま受け流した。
斬り上げを受け流され、バランスを崩したアルフォンスは直ぐに体勢を整える為に距離を取ろうとするのだが、ガントレットに覆われた手がアルフォンスの剣の刃を握り締め、鍛え抜かれた筋力でもって引っ張られ、大きく体勢を崩されてしまう。
「くっ…!」
「むんっ!」
そのまま持ち上げられるのではないかと思い、咄嗟に地面を蹴り、逆さまになってレックの顎目掛けて渾身の蹴りをお見舞いする。
だが、それも容易に避けられ、剣から手を離された事で逆さまのまま地面に落ちたアルフォンスは直ぐにその場を離脱した。
アルフォンスが居た場所に叩きつけられたレックの剣が大きく土煙を上げながら地面を抉り、後数秒遅ければアルフォンスの身体は両断されていたであろう事を思うと、肝が冷えるのを感じる。
「ほう、素早さは一級品だな」
「得物が得物なんでね、素早さが命なんだよ」
「成る程、武器特性は理解しているという事か」
しかしレックが解せないのはアルフォンスが片手剣を使っているのにも関わらず盾を持たない点だ。
片手剣の長所は、片手で持てるが故に空いた手に盾を持って防御と攻撃をバランス良く行える事にある。
だが、アルフォンスは防御を捨てて片手剣一本のみの装備というのは、恐らくは素早さによるスピードを殺さない為だと予想するが、盾を持っても素早さを殺さない方法などいくらでもあるのだ。
故に、何故防御を捨ててまで盾を持たないのかが気になった。
「何故、盾を持たん?」
「んあ? ああ……別に大した理由は無ぇさ。コイツを親父に譲って貰った時、家に余ってる盾が無かったから、そのままコレ一本のスタイルで練習を続けてきた結果、このスタイルに慣れたってだけだ」
「……成る程な、慣れたスタイルを貫き通すのもまた、戦う上では重要だ」
これは、化けるかもしれないと思った。
今はまだ未熟故にレックには通用しないだろう。だけど、これが冒険者となって実戦を重ねる毎に腕を磨き、今のスタイルを極めたらどうなるのか。
アルフォンスの将来を想い、レックは楽しみになってきたのか、少しばかり本気を見せる事にする。世界の広さを教え、その経験を基にこれから更なる成長を見せてくれる事を願って。
「ゆくぞアルフォンス・マーヴェリック! 私の剣技! 数々の戦いの中で磨き上げてきた技を、とくと見よ!!」
その瞬間、レックの全身から青い魔力が放出された。
青い魔力色は人間族特有の物だ。各種族ごとに魔力の色というものは決まっており、人間族が青、エルフ族は緑、ドワーフ族は茶色、妖精族は白、魔族は赤、獣人族は黄色となっている。
だが、同じ種族の中でも魔力色が異なる場合が存在しているのだ。それはハーフであったり、聖騎士一族であったり。
「ほう? 魔力の扱いは出来るのだな」
レックが目を向けた先、そこには全身から蒼い魔力を放出しているアルフォンスの姿があった。
そう、アルフォンスは青い魔力色の人間族でありながら、同時に聖騎士の末裔であるが故に、先祖と同じ蒼い魔力色なのだ。
嘗ての英雄たる聖騎士達は各種族ごとの魔力色が変化した色を持っていると伝えられいる。人間族の聖騎士は蒼、エルフ族の聖騎士は翠、ドワーフ族は銅、妖精族は銀、獣人族は金という具合に。
その血筋を持つ者もまた、先祖と同じ魔力色を持っているのは、アルフォンスを見れば一目瞭然。当然ながら、彼の姉であるミゼリアも、そして同じく聖騎士の末裔である父も、アルフォンスと同じ蒼い魔力色を持っている。
「来い! そして受けてみよ! アルフォンス・マーヴェリック!!」
「後で泣き顔見せんじゃねぇぞ!!」
全身から放出されていた互いの魔力は、それぞれ手に持つ得物を覆い、光り輝く。
同時に駆け出した二人は中央で互いの剣をぶつけ合い、闘技場全体に青と蒼の魔力が拡散した。
レックとアルフォンスが使ったのは、剣に魔力を纏わせて敵を斬る人間族の魔法の一種、エンチャントザンバーというものだ。
初級魔法であるので、アルフォンスでも使える簡単で単純な魔法ではあるが、極めれば世界一硬いと言われている魔法金属、ミスリルすらもバターのように簡単に両断してしまう程の魔法なのだ。
「ぐ、ぐぐぐ……っ!」
「ぬぅうううううっ!」
闘技場中央で剣を交え、鍔迫り合いをするアルフォンスとレック。
しかし、体格、筋力共にレックに劣るアルフォンスは鍔迫り合いなどすべきではない。だから、レックが力を抜いて体勢を崩される前に次の一手を打った。
「ぬお!?」
突然、力を抜くのと同時に後ろに下がったアルフォンスが、後退と同時に魔力を纏わせた剣を振り抜くと、魔力が斬撃となって飛び出してレックを襲う。
エンチャントザンバーと同じく初級の魔法、ザンバーブロウという一言で言えば飛ぶ斬撃なのだが、後退しながら放ったそれは、突然力を抜かれた事で体勢を崩したレックには回避不可能の一撃だった。
確かな手応えを感じながらアルフォンスはザンバーブロウの直撃で土煙に消えたレックの方を見やると、その表情から笑みが消え、驚愕が浮かび上がる。
「う、嘘だろ……!?」
渾身の魔力を込めた一撃だった筈だ。少なくともアルフォンスはそう思っているし、誰もがそれを認めるほどの一撃だったのだが、土煙を剣の一振りで吹き飛ばしたレックの全身鎧を貫く事は出来なかったようで、ザンバーブロウは鎧の表面に傷を付けるだけに終わり、レック自身は傷一つ無い。
「中々の一撃だった……並の相手であれば今の一撃で決まっていただろう」
そう、今までも今の一撃で倒れなかった者は居ない。
後退しながらのザンバーブロウはアルフォンスの十八番であり、現状では切り札とも言うべき魔法だったのだが、レック相手にはあまりにも威力が不足していた。
「次は、こちらの番だ」
レックがそう言うのと同時に、アルフォンスの視界からレックの姿が消える。どこに行ったのかと、周囲を見渡し、探したアルフォンスだったが、次の瞬間だった。
「がっ!?」
左脇腹に奔った鈍痛、見ればいつの間に現れたのか、アルフォンスの左に立つレックの剣の柄尻が、アルフォンスの左脇腹に抉り込まれていた。
そのまま勢い良く闘技場の壁まで吹き飛ばされたアルフォンスは、壁に背中を打ち付けて息が詰まり、朦朧とする意識の中で再び目の前に現れたレックが突きつけてきた剣の切っ先を見つめる。
「その重そうな鎧で、どうして…そんなに速く動ける、んだよ」
「まだお前は知らないだろうな……中級魔法の一種だ」
「ハッ…そうかい」
未だ初級魔法しか知らないアルフォンスに、最初から勝ち目など無かったのだ。
剣から手を離し両手を挙げて降参のポーズを取ったアルフォンスに、レックは剣を下げて鞘に納めると、アルフォンスの手を取って立ち上がらせる。
「元々、中級魔法まで使うつもりは無かった」
「は?」
「お前が意外と強かったから、使わざるを得なかった……それだけだ」
それだけ言い残し、レックは足早に闘技場を去って行った。
残されたアルフォンスは立ち去る際のレックの頬が少しだけ赤くなっていたのに気付いて、暫くその場で笑い、目一杯笑った後は剣を拾い上げて鞘に納め、自身も闘技場を去るのだった。
次回は試験の結果発表。