プロローグ
お待たせしました。
剣の舞姫、初のオリジナル長編小説の始まりです。
ご先祖様は聖騎士
プロローグ
白と黒の二つの月が交差する世界、その世界の名をズムワルドと言う。
ズムワルドに存在する最も広大な大地を持つ大陸、神が世界誕生の折に創りし創生大地には人間族と魔族、エルフ族や妖精族、ドワーフ族、獣人族など、様々な種族がそれぞれの領土で暮らしていた。
それぞれの種族は互いの領域を侵す事無く、互いの種族に関心を持つ事無く、自分達の種族同士の営みを謳歌していたのだが、ある日その安寧の時は失われてしまったのだ。
創生暦106年、遠い未来にて世界を壊すと伝えられている黒の月を司る破壊神グノメスを絶対神と崇める魔族国家シューベルリッヒの王、ベンゼーブル2世が魔王を名乗り、突如周辺の多種族国家へと宣戦布告をする。
強大な魔力と屈強な肉体、そして戦いにこそ快楽を求める残虐な種族である魔族の軍勢はあっという間に隣国にあるエルフ族の国家、リーフェリオンを攻め落とし、続いて同じく隣国にあった妖精族の国家、アヴェイロンを陥落させてしまった。
そして、魔族と多種族の戦争は魔族優位のまま100年にも及び、その間に人間族もエルフ族も妖精族も、その他の種族も随分とその数を減らし、逆に魔族や、魔族と人間族のハーフである魔人族、魔族とエルフ族のハーフであるダークエルフ、魔族と妖精族のハーフであるサキュバスやインキュバスなどが誕生し、その数を増やしていく。
だが、魔族の侵攻は以降も続かなかった。何故なら事態を重く見た神々が急遽救済措置を取ったからだ。
各種族から一人ずつ、神々から選ばれた聖戦士達、後に聖騎士とも、勇者とも呼ばれた者達が神に与えられし聖具を用いて魔王ベンゼーブル2世を討伐。長きに渡る魔族と多種族の戦争に終止符を打ったのだ。
聖騎士たちと、聖具を犠牲にして、世界は漸く元の安寧を取り戻し、魔族との戦いで共闘し合った各種族たちは交流を盛んにして大きく発展を遂げたのだった。
魔族との戦争から800年以上の時が流れ、創生暦1098年、創生大地東部にある人間族の巨大国家、世界を創ったと伝えられし白の月を司る創造神リオンを信仰するリューベン。
嘗て人間族の聖騎士が生まれ育ったその国の北部にある小さな農村に、聖騎士の血を受け継ぐ男の子がこの世に生を受けた。
その赤子はアルフォンスと名づけられ、両親の深い愛情の下、すくすくと育ち、創生暦1116年のアルフォンス18歳の誕生日から物語は始まる。
「アルー? 起きなさいアル!」
「んぁ…?」
「アル! アンタ今日から18歳でしょう!? 成人になったんだから自分で起きられるようにしなさい!」
「う~い…」
男にしては若干長い金色の髪を不精に垂らした少年、アルフォンス・マーヴェリックは母モナルカ・マーヴェリックの声で眠気の抜けない眼を擦りながら起き上がり、ベッドから立ち上がる。
身長189cmという長身に、村一番の美人と言われた母と、聖騎士の血を引く父の間に生まれた整った顔立ちとは裏腹に、その瞳からはやる気が見られず、気だるげな雰囲気は本当に世界を救った聖騎士の末裔なのかと疑いたくなるほどだ。
「ったく、今日からギルド登録とかマジめんどくせぇ」
鏡に映った自分を見ながら、アルフォンスは長い髪を後頭部で纏め、母が若い頃に使っていたという白いリボンで結ぶ。
寝巻きを脱ぎ捨てて黒いズボンと若草色の半袖シャツを着込み、2階にある自分の部屋を出て1階に降りると、朝食の支度を終えた母が不機嫌そうな表情で息子を出迎えてくれた。
「おはようアル、昨日も遅くまで起きてたの?」
「おはよう母さん…遅くって言っても、白の月が沈む前には寝たよ」
「十分遅いじゃないの!」
アルフォンスと同じ金色の長い髪を三つ編みにして腰まで伸ばした見た目20代前半のモナルカ、実年齢はアルフォンスも知らないのだが、彼女が怒ってもどうにも怖くない。
童顔なのもあり、幼い顔付きと、153cmという低身長であるが故に、怒っても迫力が無く、頬を膨らませて睨んでくる様はどこか微笑ましさすらある。
「早くご飯食べてギルドに行ってきなさい、ミゼリアも待ってるんだから」
「あ~、姉貴もそう言えばギルド所属だっけ」
人間族の国では男子は18歳になった段階でギルドに所属するか、騎士団に入団する事が義務付けられている。
女性も同じく18歳から大人の仲間入りだが、ギルド所属や騎士団入団の義務は無く、希望しない限りは基本的に家事手伝いや嫁入り修業に専念しているのだ。
だが、アルフォンスの姉、ミゼリア・マーヴェリックは2年前にこの村のギルドに登録し、ギルドの一員として冒険者を一年続け、その後はギルドの事務職へ転向していた。
「よし、ごちそうさんっと…母さん、俺の装備とか何処にあったっけ?」
「玄関に全部用意してあるから、さっさと行きなさい」
「へいへい、準備がよろしいこって…」
玄関に向かうと、アルフォンスの基本装備とも言える群青色のコートと鞘に収まった片手用直剣、それから胸を覆う為の軽鎧が置いてあったので、全て装備していく。
若草色のシャツの上に鎧を着込み、更にその上にコートを着て、腰に巻いてあるベルトの左側に付いた金具に鞘の金具を取り付けた。
全ての装備を整えた後は爪先が金属のプレートで覆われたブーツを履き、紐を確りと結んで立ち上がり、玄関を開けると、暫くは会えなくなる母へ声を掛ける。
「んじゃあ、行ってくる…身体には気をつけろよ、母さん」
アルフォンスが家を出て行ったのを音と気配で確認したモナルカはリビングのテーブルに座り、これからの息子の人生を想ってそっと涙を溢す。
息子の門出、だけど同時に死ぬ危険もある旅へと赴くこの日を、いつか来るのだと覚悟していても、涙を流さずにはいられない。
娘のミゼリアの旅立ちの時と同様に、モナルカは一人、己が腹を痛めて生んだ我が子の無事を祈り、涙を拭って立ち上がるのだった。
次回からアルフォンス、冒険者としての始まりの章です。