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ミラクルストーンⅢ  作者: 北石 計時朗
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交渉と協定

 8 交渉と協定


 炎の悪魔は突然出現したその驚異の戦闘マシンの前に敗走を余儀なくされる。

 無限軌道を響かせ進むその巨大な戦車は12門もの砲塔を持ち、その砲塔を旋回させて周囲を破壊しながら突き進んでくる。

 そしてその砲弾は能力者達が創り出した結界をいとも簡単に打ち砕く、

 炎の軍団はその力になすすべもなく蹂躙される。

 そんな破壊の魔女の力も及ばない呪いの兵器に蹂躙される。

「どうするのよ!マイケル?あんなのがいたらこれ以上先に進めないわ」

 敗走する車の中で巫女装束の少女が叫んで尋ねる。

 しかし敗走させられてマイケルは冷静に考える。

 あれはたぶん魔神の弟が創り出した戦闘機械、何かの呪いが込められた殺戮兵器、それに敵う兵器は存在しないだろう、しかもそれを操っているのはあの必札必中の男、蹂躙の悪魔と呼ばれるメタルグレーストーンなのだ。

「勝てない戦はしない方がいいよ、希恵、そんな無駄に戦力を損なうだけの無益な戦いは僕の流儀に反するのだよ、みんなを退避させよう、姿が見えなければあの必殺必中も意味を失うからね、だから霧の結界で包んで見えなくするんだ。でも黙ってやられるのも僕の流儀に反するのだよ、困ったことにね…」

 レシーバーを取り上げて助手席の男がマイケルの意向を能力者達に連絡する。

「ペールベージュストーンに霧を発生させよう、あの赤外線も熱探知も無効化する霧の結界、それであいつの目を攪乱する。そして僕は…」

 その左腕を動かしながらマイケルは希恵に告げる。

「僕の左腕が義手であることには気づいていたね、これは自分で切り落としたのさ、誰にも邪魔されずにあの悪魔の業火を地上に送るのに必要だったからね、でも斬り落とされても腕はまだ僕と繋がっているのさ、あれの引き金を引くためにね、とにかく僕は蹂躙の悪魔と対決しないといけない、この神の奇跡をみんなに見せつけないと彼らは納得しないだろうからね、それであの兵器を無力化できるかはわからないけど…とにかくやってみるよ」

 停車する車、そこから降り立つ炎の悪魔はその突然発生した霧の結界の中を歩いていく、

 そして後を追おうとする少女に、

「僕1人で充分さ、それに君には絶好のタイミングでこの霧を晴らしてもらわないと困るからね、だから希恵はペールベージュストーンに接触してくれ、この僕の合図を受け取ったら霧を晴らすように言うんだよ、だから世界の石を見て僕が右手を振り上げるのを見るんだ。それが合図だ。頼んだよ」

 そう語る背中は霧に隠れて見えなくなる。

 希恵は黙って世界の石を取り出すとそれを握りしめる。

 彼は最強の悪魔なのだと信じて、そしてその姿を追い求める。



 その戦闘兵器は霧に視界を遮られ停止していた。

 辺り一面を瓦礫に変えその中で停止していた。

 その兵器の火器の全てを管制する蹂躙の悪魔は忌々しそうにモニター画面を見つめる。

「赤外線も熱探知も出来ません、この霧は何か異常です…」

 探知センサーを操作する兵士が岩峰にそう報告する。

 異常なのはわかっている。こんな事が出来る能力者の存在を知っているのだから、同じ組織にいたのだ。だから相手の手の内はわかっている。

 炎の悪魔はこれに乗じて逃走するつもりだろう、

 そう考え追撃か撤収するかを思案していた岩峰は異様な光景をモニターに見る。

 霧の中を誰かが1人こっちに向って歩いて来るのだ。

 ズームされたその姿ははよく知る顔、あの組織のナンバー3の座にいた炎の悪魔、そんな忌々しい気障でハンサムな白人青年、そいつが笑みを浮かべてこっちを見ている。

 全ての砲塔が旋回して照準を炎の悪魔に合わせる。しかしまだ発砲しない、何かの罠の可能性もあるのだ。

「観念して出てきたか?炎の悪魔よ」

 岩峰は拡声器でマイケルに呼びかける。

 まず相手の出方を知る必要があるのだ。

 あの組織に5人しかいないSランクの超能力者なのだ。

 だから警戒してかかるのは当然だ。

「どうして君が魔神に加担するのか?その理由を尋ねに来たのさ」

 全ての砲塔を自分に向けられても怯む事がない炎の悪魔は岩峰にそう問いかける。

「あいつが俺に力を与えてくれたからだ。ただの鉄色の石をメタルグレーストーンに変えてくれた。そして俺の力は増大したのだ。お前でも倒せるぐらいに強力に、そして真紅の呪いからも解放された。これで心おきなく奇願者どもを抹殺出来るのだ。その忌々しい呪われた存在達を、お前を1番に消してやろうか炎の悪魔よ、のこのこ出てきたのは失敗だったな」 

 しかしマイケルはその返答に肩をすくめると、

「君がなぜ奇願者達を憎んでいるのかその事情は知らないけど、だけど僕達を殺すと言うなら抵抗するしかないね、何とか話あって理解し合えないかと思っていたけどそれは無理みたいだね」

 そして静かにマイケルは右手を上げる。

それに答えるように霧が晴れて視界が戻る。そのマイケル500メートルの背後には多数の人が成り行き見つめている。

 刹那の瞬間に絶妙のタイミングで状況を開始する時が来た。

 マイケルに狙いを定めた重砲が一斉に火を噴く、

 その砲弾を破壊の魔女が全て塵に変質させる。 

 そして悪魔の業火が巨大な戦車に向い宇宙空間から放射させる。

 その巨大な熱源が周囲100メートルを灼熱の地獄に変える。

 その高熱に耐えられなくなった巨大戦車の砲塔が爆発する。

 その間わずかコンマ数秒、

 あの巨大戦車の無力化に成功したのだ。

 しかしさすがは呪いの兵器、この灼熱を浴びてもまだ動ける。

 それは装甲を熱で溶かしながらも退却するため移動していく、

 その灼熱の中で平然と、しかしマイケルは驚異の兵器の性能にあきれ果てる。

 退却する戦車の中で岩峰は炎の悪魔の恐ろしさを知る。

 そして必殺必中の砲弾を塵に変えた存在にも脅威する。

 あの灼熱の中で平然と生きている存在に驚愕する。

 奴らと殺し合うにはまだ力が足りないのだ。

 撤退を余儀なくされた蹂躙の悪魔は執念の呪いによりその復讐を誓うのだ。



 マイケルの背後から大歓声が聞こえてくる。

 あの怪物兵器を自分達の神が見事撃退したのだ。

 信じられない奇跡の力で、

 マイケルの名前を叫ぶ歓声が木霊する。

 地面が沸騰してアスファルトが泡立つ道をマイケルは群衆に手を振りながら帰還する。

 王の気分を味わってその顔は満足の笑みに溢れている。

 しかしこんな事だけで満足なんてしてはいけない、

 その2パーセントの出力で放射された悪魔の業火、それでもこれだけの威力があるのだ。

 その出力を最大にすればこんな都市などたやすく灰に出来るだろう、

 その日が来るのを夢に描き炎の悪魔は愛する娘と抱擁する。

 そんな事など知らぬ者達はマイケルの名を高々と叫ぶ、

 破滅の日までの猶予はまだある。

 それまでにもっと力を蓄えておく必要がある。

 だから総攻撃を開始するのはもう少し先になるだろう、

 そして共闘とまではいかないが魔神に敵対する勢力達との協定も必要になる。

 ならば前線基地が必要になる。

 物資の補給と武器の調達も重要だ。

 その燃える瞳に見上げる先には巨大な構造物、

 敵の本拠地はもう目の前、だからあそこを拠点に勢力を拡大するのだ。

 そう考えたマイケルは自家発電施設まで持つビルに向い車を走らせる。



 広大な遊園施設の沖合いにはそれにそぐわない艦艇が多数係留されている。

 悪魔の大統領率いる友好国の艦隊だ。

 守りに徹するためなのか敵は姿を現わせない、

 それを好都合として上陸作戦が考案されている。

 制海権は確保した。

 制空権も敵の飛行場を爆撃してつぶしてある。

 あとは上陸して敵の本拠地を目指すだけだが、

 簡単に上陸できないのは承知している。

 なぜなら敵の防衛部隊が海岸線に集中しているからだ。

 上陸を阻止するため二重三重の防御網が敷かれているのだ。

 それを突破するのは容易ではない、

 だから陽動が必要になる。

 その為には地上からの援護が必要なのだ。

 ジョージストーンは組織の残党を束ねる炎の悪魔に使者を送ることを決断する。



 都庁を見上げる広大な敷地には万を超える人間達で溢れている。

 そこらで炊き出しが行われそれを食す者の目にはもう怯えも恐怖の色もない、

 みんな安心を得たと考えているからだ。

 破滅を止める手立てがあると聞かされたのだ。

 だから何が書いてあるのか読めない書類にサインしてここにいる。

 それが悪魔の契約書だと知らぬままに、

 そうして集まって来た人間達の中を2人の魔女が進んで行く、

 車椅子に乗る少女とそれを押す眼帯をした少女、

 どちらも目立つ風貌をしている。

 2人とも黒いマントをはおっているのだ。

 !マークが沢山書かれた黒いマントを、

 眼帯の少女が愚痴を言う、

「ごめんなさい、センスがなさすぎなのよ、この格好は恥ずかしくてしょうがないの、みんなじろじろ見るし、中には敬礼したりする変なおじさんもいるし、どうせならもっとかわいいデザインにのにしてくれたらいいのに…」

 希久恵のその愚痴に車椅子の少女は、

「別にいいんじゃないって感じなんだけど、でもあんたどうして喋り始める時にいちいち謝るの?チョー変な感じ、あたしもひとの事言えた義理じゃないけど、それなんとかならない?チョーうざいんだけど」

 そう言われても口癖になってしまっているのだからどうしょうもない、

「ごめんなさい、これは口癖なの、お母様にいつも怒られていたから口癖になってしまったのよだから気にしないで、意識して普通に話そうとしても出来ないの、もしかしたら呪いなのかもしれない、お母様にあんなことをしてしまったから…」

 しかしそれを聞いて顔をしかめた良伊子は、

「何がお母様よ、あんたどっかのお嬢様、大きなお屋敷に住んでいてメイドや執事や召し使達に囲まれて暮らしていたの?チョー変な感じ、なんか安アパートであの女と一緒に暮らしていたあたしとは世界が違うって感じさん…」

 それに返す言葉が思い浮かばない希久恵、事実大きな屋敷住んでいて使用人達からはお嬢様と呼ばれていたのだからしょうがない、

「ごめんなさい、その通りなのよ、私はお嬢様と呼ばれていたわ、大きな屋敷に住んでいたし使用人も沢山いた。でもそんなことはどうでもいいじゃない、今は誰もが公平な身分になってしまったのよ、お金持も貧乏人も関係ない世界に」

 しかしその希久恵の返答に良伊子は急に笑い出すと、

「馬鹿じゃないって感じ、あんたぜんぜんわかってないのね、チョー嫌になるって感じ、そんなのいっぱい関係あるのよ、あんたはなんでわたしが絶望したか知っている?信じていた仲間に裏切られたのよ、わざと脚怪我させて囮にして置いて逃げた。お嬢と呼ばれる金持ちの娘がそれを命令したのよ、金払いのいい奴だから仲間に入れてやったのに、でも最後はみんなあいつの命令に従った。金の力でわたしの仲間を裏切り者にしやがったのよ!チョー許せない、見つけたらぶっ殺してやる。それも楽に逝かせたりしない、苦しませてやる。生きているのが嫌になるぐらい苛んでやる。それがわたしの願いなのよ」

 その言葉をうっとりした表情になって希久恵は聞いて、

「ごめんなさい、その相手を私だと思ってそれをしてくれない、楽しませてくれない、お願い」

 振り返って眼帯の少女を見つめる良伊子はあきれ顔で、

「王様の言うようにあんた最低のマゾなんだ。チョー最低って感じ、でも残念だけどあたしはサドじゃないからそんなことしてあげないって感じ、そんなことを望むんだったらそんな事が好きな男でも見つけてお願いすればいいって感じ」

 その言葉に残念そうな顔をする希久恵、

「とにかく王様の命令通りあの女達を使いものになるようにしないといけないのよ、銃の扱い方とか教えないといけないの、チョーうざいけど、それからカードを配分して中に入れる者も決めないといけないのよ、契約書に署名もさせないと…ああもう!あんたが何にもしないから全部あたしがしないといけない、この役立たずの変態娘!あの王様の妹ならちゃんと言われたことぐらいしなさいよ、チョー嫌になっちゃうて感じ」

 そう言い残すと良伊子は車椅子を自走させて少女達が集まるテントに向い動きだす。

 残された希久恵は彼女のたくましさの理由を知り自分を恥じる。

 不幸な境遇は人を強くも弱くも出来るのだ。

 そして彼女は強くなる方を選択したのだ。

 温室育ちにはわからないそんな世界の中に彼女はいたのだ。

 自分を恥じてから希久恵は考える。

 彼女に教えておかなくてはいけないことに気づいたのだ。

 自分が何もしないでいい理由を、

 今夜にでもそれを教えなければいけない、

 なぜ自分が四天王の1人なのかその理由、

 そうすれば彼女も気を変えて自分を楽しませてくれるかもしれない、

 その左目を光らせた苦痛の魔女は芝生を踏んで天幕に向い歩き始める。

 !マークを4つもつけた黒いマントをひるがえして。



 天幕の1つで臨時会議が開かれている。

 恐怖の王こと石崎を囲むメンバーは朴在石、林劉石、そして周恩石、

 その会議の内容は総攻撃の日程について、

 あの組織の残党を束ねるマイケルの要請によるものだ。

 魔神に対する同時攻撃の要請なのだ。

 その使者として現れた巫女装束の娘は天幕の隅に立って成り行きを見つめている。

 確かに魔神と敵対する全勢力が一斉に攻撃を開始した方が攻撃側にとって優位に事が運べる。しかし、その約束を信じていいのか、裏切られたりしないか、その事で議論は続いている。

 誰も信用など出来ない奴らばかりなのだ。

 それに言い出しっぺの炎の悪魔が1番信用できない、

 あんな破壊兵器を隠し持っていたのだ。その情報はビデオに映され見て知っている。

 それにいつここを攻撃されても何の不思議もない、

 それぞれ目標は同じでもその後の目的が違うのだ。

 だから互いに協力できない事情がある。

 その目的を達成すれば即座に敵となる宿命に置かれているのだ。

 そんな議論する男達を無表情に見つめる石崎、もう飽きた。そんな態度を示して見せる。

 男達は黙って石崎を見つめる。

「で、希恵姉ちゃんよ、あのいけすかない気障野郎はこっちを攻撃する意思はないと言うんだな」

 その石崎の質問に希恵が答える。

「あたいが使者に赴いたのはその証よ、彼は最愛の者を使者にした。人質にされてもあたいは構わない、そう決心してここに来たの、雑魚はいくらでもいるのにあたいが来た。マイケルのその気持を考えてあげてほしいわ」

「最愛の者ね…か…」

 そう言って石崎は肩をすくめて見せる。

 悪魔や魔女に最愛なんて無いと言いたげに、

「どうします?ファイヤーストーンの申し出を受け入れればリスクが生じてしまいますが…」

 群青の悪魔が石崎の決断を促す。

「ああ、奴らのしていることに干渉できなくなるということだろう、あの宗教活動の邪魔はさせないという魂胆があることぐらいわかっているさ、なんせ炎の神様は偉大な救世主だそうだから、空から天罰光線を発射できるんだからな、あれを見せつけられたら勧誘しなくても信者は増えるぜ、うまくやったとほめてやりたいぐらいだぜ、残念ながらあれに対抗出来る手段は俺達にはない、だから希恵ねえ、お前は脅しに来たんだろ?奴の魂胆は最初から読めているぜ、でもな、もしあいつの申し出を受け入れてそれを奴が裏切ったらどうなるか?それはわかっているんだろうな、あいつの自慢の天罰光線も俺には通用しないぞ、そして親父の前にあいつの首をぶらさげて行くことになるんだぜ、それが理解出来るならその申し出を受け入れてやる」

 その石崎の返答に希恵は満足の笑みを浮かべると、

「鉄ちゃんならわかってくれると思っていたの、そしてもうマイケルを利用する方法を考えていることも、でも残念ね、あたいはおとなしく捕まってあげない、そこの群青の悪魔がさっきからあたいの精神を支配しようとしていることぐらい気づいているわ、でもその力は魔女には通用しないの、残念ね」

 そして希恵は懐からネズミを取り出す。

「こんな小さな姿で可哀そうに、でももう大きくなってもいいわ」

 そのネズミは大きく膨らんで巨大な竜に変化していき天幕を破壊する。

 その背中に跨ると希恵は、

「マイケルには交渉は成立したと報告しておくわ、それじゃあ鉄ちゃんの健闘を祈っているわ、ごきげんよう!」

 そう告げて巨大な竜は翼を羽ばたかせて野営地を後に上空に舞い上がる。

「魔女なんかに祈られてたまるか…」

 遠ざかる竜を見つめて石崎はそう呟く、

「とにかく協定は成立してしまいましたな、これで誰も出し抜けない、その約束の日まで総攻撃は延期ですな、まあ悪くない取引だと考えようによってはそう思います。唯一蚊帳の外にいる虹は何も行動しようとしませんし、とにかく約束の刻限には迅速さが要求されます。それまでにあの計画を実施しておかないといけませんな、隠密裏に動けるのは私と貴方様だけですが、出来るだけ多く集めておく必要があります。そして出し抜いた事を奴らに気づかれてはならない、まあ総攻撃をかけるわけではないのですから、それを気付かれても問題はないのですが」

 群青の悪魔の言葉に笑みを作ると石崎は、

「あの作戦は今夜実行する。お前が言うように出来るだけ多い方がいいからな、あの親父に一泡ふかしてやることもできるし、あの青竜刀はちゃんと研いでおけよ、雑魚共を片づけてもらわないといけない、敵の裏をかくのは気分がいい、こんな事は想定してないだろうからな」

 そう言って石崎は都庁のビルを仰ぎ見る。



 月の見えない雲に覆われた暗闇の中を2つの影が疾走する。

 常人には見えない速度で移動する。

 警備する兵士達もその姿を捕えられず。

 そして気づく間もなく死体に変わる。

 2つの影は都庁のビルの前で一旦立ち止まる。

「林の奴にはちゃんと回収するよう言ってあるだろうな?あの石は出来るだけ多く集めておかないといけないからな、そして」

 そう告げると石崎は途中から2つに分かれる高層ビルを仰ぎ見る。

「都知事はどっちにいるか?それは実際わかりかねますな、実に厄介な創りの建物ですな、あの助言がなければここで2手に別れねばならんとは、まああの娘の預言によると右の方が当たりだと思いますがどうしますか?」

 しばらく思案したのち石崎は決断する。

「お前は左に向かえ、中からだ。念のためは必要だ。俺は外から奴を探す。特別製の契約書がある。お前がいなくても事は運べる。だから出来るだけ多くを殺せ、そして集めてすり替える。ここの後ろにいる奴らの驚く顔が早く見たいぜ、さあ状況を開始しようぜ」

 2つの影は暗闇に消える。

 辺りを照らすサーチライトもその姿を捉えることはできない、

 その暗闇の中を暗殺者は駆ける。

 反撃する間も与えず死体を作る。首を切断された死体、それは彼が通り過ぎた後に転がるだけ、監視カメラもその姿を捉えることはできない、だからその異常を知らせる者はいない、

 その監視カメラを見つめる者は真っ先に死体に変えられたのだから。



 都知事は忌々しそうに地上の夜景を眺めている。

 集結してくる連中を殲滅出来ぬ事にいらついている。

 あの魔神は防御に専念するように自分に命じているのだ。

 だから打って出る事が出来ないでいる。

 しかし奴らがいくら集まろうとも切り札はある。

 大量破壊兵器は多数地下に仕掛けられている。

 誰にも気づかれぬように周到に、そして仕掛けた者は殺してある。

 だからその存在を知るのは魔神と自分だけなのだ。

 いくら集まろうともいつでも殲滅出来るのだ。

 そう考えて笑みを浮かべる。

 組織の力で都知事になった男、しかし彼は奇願者ではない、逆にそれを憎む者、あの異能の存在に憎しみを抱く者、そうなった過去が彼にはある。

 だからそれに復讐する機会を与えてくれた魔神を神と崇拝する。

 その証の石を取り出して見つめる男、それはあんな異能の力の及ばぬ守護石、その銀の粒子に煌く黄色い石を、

 しかしその物想いは呼びかけられた声で破られる。

「おっさん中々いいもん持っているじゃないか」

 その声に振り向く先には1人の少年、女のような顔の無表情な1人の少年、

「き、君は…」

 その顔には見覚えがある。あの魔神の屋敷で会った事がある。

 その時に自分の息子だと紹介されたその存在が笑みを作ってそこにいる。

「頼みがあって来たんだ。この書類にサインしてくれるだけでいい」

 そう言って魔神の息子は何が書かれているのか読めない書類を取り出して見せる。

「な・なんで君がここに?」

 そんな急な出来事にうろたえる都知事、この自分の目の前にいる少年が自分の敵であるという事実を知らないからだ。

「親父に頼まれたからここに来たんだ。通行書を持っているからここまでみんな通してくれた。それが証明になるんじゃないかな?親父には急げと言われているんだ。早く帰らないと俺が怒られる」

 あの魔神の使者と告げる少年、しかもそれは彼の息子なのだ。

 それでも信用できないと考えた都知事は電話を取り上げ確認しようとする。

「それが出来ないから俺が来たんだ。あんた間抜けか?連絡手段が攪乱されて使えないようにされているんだ。だからそんなことをしても無駄なんだ」

 この少年が告げるように電話は不通で通じない、

「無線も無駄だぜ、妨害電波のせいで使い物にならない、だから伝令が唯一の情報伝達手段なんだ。それをわざわざ俺に親父は命令したんだ。みんな忙しいからお前が行けと言われて、でも俺も忙しいんだ。だから早くしてくれよ、急いでこの書類を持って帰らないといけないんだ」

 そう詰め寄る少年に都知事仕方なくペンを取り出す。

 そして手にした石をテーブルに置いて書類を受け取り名前を書く、

 その様子に目を細めて見つめる石崎、そして都知事が署名し終わると、

「この間抜けめ、あの魔神の事は全て忘れてそこの椅子に座ってじっとしていろ」

 そう命令されて椅子に座る都知事、しかしなぜかそれを不思議に感じない、

 そしてテーブルに置かれたメタリックイエローストーンを手にすると石崎は思わず笑いを作る。

 あの魔神の防壁を乗っ取ることに成功したのだ。

 しかもいとも簡単に、

 笑えるぐらい簡単に事を成し遂げられたのだ。

 これで下の連中は寒さに震えない拠点を手に入れられたのだ。

 石崎は早速都知事に命令する。

「あの公園の難民達を都庁に収容してやれ、あんな被災者に避難場所を提供するのが行政の勤めだろ?それを違うとは言わせないぜ」

 都知事はその言葉に頷くと、

「その通りだ。私はいったい何をしていたんだろう…都民がみんな苦しんでいるのにこんな場所で…」

 その言葉に満足すると石崎は手にした石を手で弄びながら部屋から出て行く、まだ始末しないといけない兵士達が沢山いるのだ。

 あの都知事に言ったように自分は今忙しいのだ。



 石崎が都庁を乗っ取る作戦を開始している時に公園の天幕の中で2人の少女が争い合う、

 飛び交うナイフ、それは全て1人の少女に突き刺さる。

 しかしそれをもろともしない少女の外された眼帯、その中の石が怪しく煌く、

「ごめんなさい、そんなことをしても無駄なのよ、この苦痛は全て快感に変わるの、だから貴女の念動が私の心臓を締め付けても平気なの、脚を折られても再生できるの、その苦痛は私にとって快楽なのよ、あのお兄様に私が命令されたことは一つだけなの、貴女はまだ弱いからもっと強くしなさいと言われたのよ、そんな悪魔の石を持っているのに完全に魔女になっていないのよ、貴女は、まだ呪いと憎しみが足りないのよ、だからそれを私が教えてあげる」

 良伊子はその驚異の存在を前に車椅子から転げ落ちて茫然と相手を見つめている。

 この自分の得た力が全く通用しないその驚異の存在を、

「ごめんなさい、これからが本番よ、さっき貴女が私に与えた苦痛を返してあげる。そして思い知ればいいのよ、昼に貴女が私に言ったことは忘れてないわ、そうよ、私は別に奴立たずでいいの、だから貴女が私の役に立つの、その理由を教えてあげる」

 突然の苦痛に呻き声を上げる良伊子、突き刺さるナイフの苦痛が自分を襲う、

「ごめんなさい、まだ1本だけよ、私には10本も刺さっているのよ」

 更に増える苦痛に悶える良伊子、しかしどう足掻いてもそれから逃れることはできない、

「ごめんなさい、貴女は私の脚を折ったわね、これがその苦痛」

 動かせぬ足から伝わる苦痛、苦悶して涙を流して必死に耐える。

「ごめんなさい、私が憎いでしょう、こんな苦しみを与えているのだから当然ね、だからもっと憎しみなさい、呪いなさい、そして絶望しなさい、私は貴女を殺そうとしているのよ」

 涙目で睨む相手は嘲笑を浮かべている。

 そして殺すと言った事が事実のように心臓が締め付けられる苦痛が襲う、

 良伊子は絶望する。

 なす術のないことに絶望する。

 そして自分を苦しめる相手を粉々にしてやりたいと望む、

 その為にはこの女のように左目を失くしても構わないとそう思う、

 そして蒲色の石が輝いて、

 良伊子が気付いた時には天幕の中は血と肉片にまみれていた。

 もう苦痛は感じない、

 あの自分を殺そうとした相手を逆に殺してやる事が出来たのだ。

 勝利の快感が彼女を包む、

 しかし異変がそれを途中で遮る。

 あの飛び散る肉片や血が動き出して集まって行く、

 赤と黒の模様の石を目指して集まって行く、

 茫然とそれを見つめる良伊子の前に全裸の少女が立ち上がる。

「ごめんなさい、服までは再生できないからこんな姿で、でも貴女よくやったわ、あんな粉々にされる苦痛なんて初めて感じたの、凄い快感だったわ、何度でも味わってみたいわ…」

 恍惚とした表情でそう告げる苦痛の魔女を右目だけで見つめ、そして破砕の魔女と化した少女は恐怖する。

 この相手には絶対に勝てないと敗北を感じる。

「ごめんなさい、どんなに代償を支払っても石にはランクがあるの、その石が引き出せる力はどうしても上のランクには敵わない、悔しいだろうけどそれが現実よ、私はお兄様と同じ暗黒の色を持っているの、それも混ざり合わなく純粋に、それに暗黒がただ混ざっているだけの石に負けると思う?貴女は永遠に私には敵わない、それがわかれば呪えばいいわ、私を、運命を、世界を、そして自分自身を、それが出来れば貴女は立派な魔女になれる」

 そう言い残すと希久恵はマントをはおり天幕から外に出て行く、

 後に残された少女は憎しみや悔しさや怒り嫉妬、それが入り混じった感情に支配され動けない、そしてそれが呪いだということに初めて気づく、

 逆境に挫けず歪んでいたが常に前向きだった少女は初めて呪うことを覚えたのだ。

 天幕の隙間から吹き込む風が少女の染められた蒲色の髪を揺らす。

 見える目を右目だけにした少女は出て行った少女の眼帯を拾い上げて左目を隠す。

 その残された右目はもう魔女の瞳と化している。



 戦うこと殺し合う事を放棄した虹の軍勢は国営放送のテレビ局を拠点としていた。

 そこで世界に向けて呼びかける。

 衛星電波を使い呼びかけ続けている。

 ラジオとテレビで呼びかけ続ける。

 破滅は来ないと呼びかける。

 だからもう逃げることも悲しむことも苦しむことも悲観することも絶望することもないと繰り返し訴え続ける。

 そんな状態がもう3日も続いている。

 涙を流す少女の映像を、そして声を聞いた世界中の者達が、その映像と声に次第に希望を抱くようになる、

 ほとんどの国の言語で語られるメッセージ、その希望の虹と名乗るメッセンジャーの言葉に世界の人々は次第に冷静さを取り戻していく、

 今はこんな事しか出来ない、

 しかし自分に出来る最大の事だと、そう信じて美希子はテレビカメラにマイクに希望の存在を訴え続ける。

 彼女が手にする雨の石の色が少しでも透明に変わるように願い続ける。

 それを邪魔させない者達が彼女を守るためにテレビ局の周囲を巡回する。

 巨大な昆棒を手にした大男と日本刀を抜き身のまま握る少女もそのパトロールのメンバーなのだ。

 大男は肩に猫を乗せている。

 状況を知らせる目にそれはなっているからだ。

 全てを見る魔人は何も語らない、

 干渉出来ないと告げて周囲の状況を何も語らない、

 そして集めてきた食料を貪るように食べるだけ、

 だから多笑美が創り出した猫だけが周囲の情報を集める手段となっている。

 情報を言葉で伝えられない彼女は忙しそうに文字で情報を伝達する。

 紙飛行機が大男の手元に届く、それを開いて読む大男は、

「東側に侵入者がいるだとよ、しかもそれは恐怖の王と群青の悪魔ときたもんだ。どうする絵里ちゃん?敵の大将のお出ましにどう歓迎したらいいかわかるか?」

 思案する絵里は大男に、

「たぶん交渉のために来たんじゃないの、どんな能力者も絶望の障壁を超えて先に進めない事を知っているから、だから虹を利用するために交渉しに来たのよ」

 大男は考える。追い返す事は出来ない相手、拒んでも無理にでも虹に会いに行くだろう、

「丁重にお迎えするしかないか、あのびっくりマークの王様を」

 無駄ないさかいは出来るだけ避けた方がいい、今は殺し合いなどしている場合じゃないのだ。

 そう判断してテレビ局の正面ホールに向い歩き出す。

 その後を追う絵里は、

「こっちに有利な交渉になればいいんだけど」

 そう呟いて空を見る。

 雪が舞い散る冬の空を、



 正面ホールではメイドが賓客を丁重にお迎えしている最中だった。

 両手に拳銃を構えたメイドが丁重に、

 そして丁重に挨拶する。

「何しに来たのよ、あんた達に用はないからさっさと帰りなさい」

 しかしその丁重なもてなしに2人の男は怯むことなく平然としている。

「よお、暴走ねえちゃん、ちょっと虹に用があってきたんだ。別にちよっかい出しに来たんじゃないから安心しろよ、あのいけすかない放送の邪魔はしないさ、あんな物を見たり聞いたりして安心するめでたい奴はこの世にいないぜ、無駄な努力と言った所か、まあ頑張れよと言った所か」

 その言葉にメイドの態度がさらに丁重になる。

「この野郎!やっぱり喧嘩売りに来たんだろ!そんな仏頂面しやがってぺらぺらぬかしやがる。こっちにはお前らには用はないんだ。おとといきやがれ」

 興奮して男言葉で喚き散らす美沙希を笑みを作って見つめる石崎、心から面白がっているのがよくわかる。

 その様子を見て頭を抱える大男、美沙希を門番にするのは間違いだったとようやく気付く、

 とにかく美沙希が暴走するのを止めないと甚大な被害が出てしまう、そう判断した大男が走りだそうとした時、

「姉さん!彼が来ることはわかっていたはずよ、そう言っておいたのに何しているのよ、姉さんの方が喧嘩売ってどうするのよ!」

 右足を引きずる黒装束の魔女が現れてその険悪な空気に割って入る。

「でもよう、こいつの顔を見てたらむかつくんだからしょうがないじゃないか、平気で人間を爆弾にするような奴なんだぜ、こいつが俺の従弟だって言うんだから余計むかつく、ぶっ殺してやりたいと思っても当然だと思わないか?」

 その姉の言葉に溜息を洩らすと希美は、

「おとなしく殺されるような奴なら私がとっくにしているわよ、世界一危険な男なのよそいつは、それに喧嘩を売ったらただじゃ済まない、そんな事もわからないの?あんたの頭はやっぱり空っぽ?怖いもの知らずの馬鹿姉貴、機械を動かすしか能のない低能女!」

「何だと!」

 始まろうとする姉妹喧嘩を慌てて大男が止めに入る。

「あいかわらず仲の悪い姉妹だな、一緒にいられるのが不思議なぐらいだぜ、俺も今は人の事を言えた義理はないが…で、虹の所に案内してくれるのかどうなんだ?」

 石崎は呆れたようにそう言って最後に絵里を見てそう尋ねる。

 それに肩をすくめる絵里は、

「どうせ案内しないでもあんたなら勝手に入って行くでしょう、どうぞ御自由にと言いたい所だけど本当に自由にされたらたまらないから案内してあげる、一応礼儀どおり玄関から来たのだから門前払いはしないわ、招かざる客でもお客様ならそれなりに礼儀は尽くさないといけない、ねえパパ?そうでしょ?」

 睨み合う2人の女に割って入った大男はそれに頷いて答える。

「案内していいって、こっちよ」

 そう告げると絵里はホールの中を歩き出す。抜き身の日本刀を肩にかついで、

「あいかわらず危ない女達だな、よくこんな環境に平気でいられるな、あの虹は、それとも臆病者だから女に守られているのか?何度も挑発しているのに乗ってこないから直接出向かせやがって、まったく面倒くさい奴だぜ」

 後を歩く石崎の悪態にしかし無言で絵里は歩く、肩に担ぐ日本刀がかすかに震える。



 石崎達が案内された場所は大きなホール、明かりの少ない薄暗い空間、オーケストラの楽器が並ぶステージに階段状の客席、そこはコンサートホールと呼ばれる場所、

 その客席に1人だけ何も演奏されぬステージを見つめる少年がいる。

 その様子に目を細めて見て石崎は絵里に質問する。

「何やってんだ。あいつは?」

 その質問に肩をすくめて絵里が答える。

「演奏を聴いているんだって、ここに来てからずっとあの状態、何の曲かと尋ねたら交響曲絶望だって答えたわ、嫌でも聴かされるんだって、それ以外は何もしようとしないの、彼がしている事はそれだけよ…」

「?……」

 その言葉にどう答えたらいいかわからなくなる石崎、自分と同じ王様と呼ばれる存在があまりにもそれとかけ離れている事に思わず言葉を失う、

 その時別の扉が開いて2人の男がホールの中に入ってくる。

 その1人が、

「王様は演奏を聴くのに夢中だから話にならないよ、代わりに僕たちが話を聞こう、君がここに来た目的は大体想像できるけど、ちゃんとした交渉は必要だからね」

 そう言って石崎に歩み寄るのは宇藤と咲石、害意の無いのを示すように手にした武器を投げ捨てる。

「王様とは直接交渉出来ないとは難儀ですな、無能な主君を奉じなければならぬ家臣は大層苦労しますな、私とは大違い、痛みいります」

 思わず群青の悪魔がその感想を述べる。

 それに顔をしかめ首を振って咲石が返事する。

「長居をしてもらいたくないんで早急に話を進めよう、君達がここに来た目的は噂になっている一斉攻撃についてだろう?僕達もそれに参加するように言いに来た。違うかい?」

 石崎はその言葉に笑いを作ると、

「伊達に便利屋稼業をやってなかったと言いたいんだな、宇藤、情報はちゃんと集めているって事か、最近野良猫が増えたって事は俺も聞いて知っている。しかもそれは化け猫だって言う話だ。知っているなら話は早い、その日時まで知っているならなお早い、あとは返事を聞くだけだ」

 そう言って宇藤を見つめる無表情、その目は自分の気に入った返事を待っている。

 だからあえて宇藤は、

「残念ながら答えはノーだよ、恐怖の王様、12月23日、その午前零時に開始される総攻撃には僕達は参加しない、そもそも攻撃することをあの王様は禁止したんだ。戦って殺すことをみんなに禁じた。だから戦闘には参加できない、これがこっちの回答さ」

 その言葉に呆れたように溜息を吐くと石崎は、

「そんな事ぐらいわかっているぜ、あの臆病者が好んで戦闘に参加しないことぐらい承知している。でもよ、お前達は破滅って奴を止めなければいけないんだろ?だからその日に行動しないわけにはいかない、違うか?俺は別に一緒に遊びましょうと言いに来たんじゃないんだ。親父の張り巡らした最後の防壁を何とか出来るのが虹の野郎だけだからそれを壊せと言いにきたんだ。そしてそれを受け入れないとお前達を皆殺しにすると言いに来た。俺は別に破滅が訪れてみんな死んでしまっても構わないと思っているんだぜ、その後で親父が地獄の世界とやらを創り出したらそれをぶち壊せばいいだけだ。でもそんなんじゃつまらねえ、あの親父の野郎が失敗して吠え面かくのが見たいのさ、だからその日には必ず行動しろ、そうじゃないと明日の朝日は拝めなくなるぜ」

 今度は石崎の言葉に宇藤が溜息を吐く、

「君に命令されなくてもそのつもりだよ、その機会を逃す手はないからね、いや、そうしてもらわないと困るぐらいだ。では最後の障壁を超えるまではこっちには手を出さないと言う提案は受け入れるよ、守ってくれとは要求しないよ、嫌でも僕達を守る義務が君にあるんだからね、君達が切り開いた道を縁量無く僕達が進めばいいだけだ。あの王様でもそれなら動く気になってくれるだろうからね」

 その宇藤の言葉に目を光らせ石崎が答える。

「ああいいさ、俺を思う存分利用させてやる。しかしこの貸しは大きいぜ、それに利息も高い、そのちんけな王様にそれが返済できるか見物だぜ、もしそれが返せねぇなんてぬかしやがったらお前らの命を全て利息に貰うぜ、それがこの協定の代償だ。それでいいなら帰ってやる」

 宇藤がそれに返事しようとした時突然ホール内に声が響く、

「うるさい、帰れ!」

 今まで何も関心のないように座席に座っていた希一郎が突然叫んだのだ。

 その姿に目を細める石崎、そして笑いを作ると、

「上等だ…」

 そう言い残して群青の悪魔と共にその姿が消える。

 ホールに残る者達は無言で王の姿を見つめる。

 しかし彼はもう動こうとはせず自分だけに聞こえる音楽に耳を傾けるだけだった。



「虹の王があんな存在だったとは思いもよりませんでした」

 群青の悪魔は放送局からの帰路の途中で自分が目にした存在の感想を述べる。

「言っただろ、あいつは世界で1番弱くて憶病なんだと」

 不機嫌そうに石崎はそう答える。

「しかし貴方様は彼に1度負けた」

 その言葉に石崎の目が凶暴に光る。

「それ以上その事をしゃべったらお前でも殺すぞ」

 その言葉の迫力に群青の悪魔は黙るしかなくなる。

「どっちにしても、あの事を知っている奴は全部殺すつもりだ。でも順番がある。安心しろ、お前は最後の方にしておいてやる」

 その言葉に快感を得る群青の悪魔、自分が渡る綱はさらに細くなったのだ。

 そして暗闇の中に微かに向こう側が見えた気がしたのだ。

 先の無くなったロープが見えた気がしたのだ。

「交渉はこっちの有利に運んだんだ。あの宇藤の野郎の反論を虹の王様が止めたからな、本当に虹は間抜け野郎だぜ、しかし総攻撃の開始までに未来をもう1度絶望させる必要がある。あの預言の力は重要だ。もっと力をつけさせないと他の奴らを出し抜けない、虹には血色の魔女がいるんだ。俺が来ることを予言してやがった。あれに匹敵出来るだけの力をつけさせないといけない、その方法はお前が考えろ」

「御意…」

 自分の妹に1人の少女をわざと絶望させた恐怖の王は他の者達にも絶望を強いるのだ。

 さらに力をつけさせるために強制的にそれを強いる。

 その絶望に何かを失う事など関係なしに、その強さだけを他にも強いる。

 しかし群青の悪魔はそれが当然だとそう考える。

 強くなくては弱者の上には立てないのだから、

 しかしあの虹はその弱者の代表なのだ。

 それがなぜ王と呼ばれるのか理解できない、

 その答えは総攻撃の後で得られるのだろうか?

 雪が降り積り始めた路上に立ち止まり群青の悪魔は物想いにふける。

 恐怖の王は足跡も残さず雪の中に見えなくなる。













             

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