魔神に挑む者達
5 魔神に挑む者達
首都圏に近い港町、そこにチャイナタウンと呼ばれる1区画がある。
そこにある中華料理店、10階建てのビルの1階がそのフロアーになっている。
その1室で中華料理が並べられた円卓を囲む者達がいる。
「それで、そいつらが組織に属さない希願者というわけか?」
席に座る3人を指差しそう質問するのは石崎鉄男、それは恐怖の王と呼ばれる存在、
「そうです。この3人は奇願したての能力者、だから組織の事も石の事もあまり知らないのです。でも集めたのは全部で4人、その1人は事情があってここには今は入れないのです」
感情のない口調でそう答えるのは群青の悪魔、そして自分が探し出して来た者達を順番に紹介し始める。
「この娘は暴徒に襲われる中で逃げ惑い絶望しました。その握る石はダークオレンジストーン、悪魔の石ですな、それは虹に支配されないので都合がいいのです。だから連れてきました。そして得た能力は念動力、サイコキネシスの能力者です。それは物質を手を触れることなく動かせる能力、中々便利ですな、それで暴徒を撃退していたのですよ、しかしその能力を得るために歩ける足を失いました。この車椅子に座っているのはそのためです」
その紹介された高校の生服姿の少女は中華料理を食べるのをやめると自己紹介を始める。
「恐怖の王様と言うからいかついおじさんを想像していたんだけど…こんな美形なんてチョー信じられないって感じ、あたしなんだか惚れちゃいそう、あたしは石林良伊子、よいこと言っても見た通りの不良のあばずれ娘、だから仲間達からは悪子と呼ばれていたの、チョー悪いことばかりしていたから、でもあいつらはもう仲間じゃない、こんな脚を怪我させてあたしを置いて逃げやがって、チョー復讐したいって感じ…」
しかしその少女がそれ以上喋るのを手で制して石崎は、
「お前のそのチョー復讐って奴に協力してやるから黙って飯を食え、チョー腹が減ってんだろう?」
その言葉に少女はまたがつがつと料理を食べ始める。
そして無表情の石崎は今度はその少女の隣の席の少年を見つめる。
その料理を食べない無言の厨房着を着た少年を、
「この少年はコック見習いの少年でして、そして厨房でいつもいじめに遭っていたのです。その許にカードが届いた。それに気づいた同僚がカード奪うために殺されかけ絶望したのです。その握る石は青銅の石、それは戦う騎士の石ですな、そして得た能力は武器化と防御、金属を変質させ武器とする。防具とする。こんな小さなナイフでも大剣に変化させる事が出来るのです。そして身につける金属を防具に変える。貴方様の武器と鎧に似ていますね、それで襲い来る同慮たちを皆殺しにしたのです。それで吹っ切れたんでしょう、もう苛められないことに酔い暴徒を殺しまくっているところを捕獲しました。この私の力を見せつけ屈伏させました。更に上がいると教えておかないといけませんからね、まあ忠誠を誓う騎士の石ですから彼はもう私の部下です。あの虹に奪われない限り忠誠を尽すでしょう、その代償に失ったものは味覚、もう味を何も感じられなくなったのです。コック見習いが味音痴とは皮肉ですな」
その無口な少年は上目使いに石崎を見つめる。しかしその眼には怯えの色が浮かんでいる。
「安心しろ、お前を苛めようとは思わない、でもパシリはしてもらう、何の役に立たない奴は飼っておく意味がないからな、お前は恐怖の軍団の幹部になったんだ。だからもっと堂々としていろ、そんな態度だから苛められたりするんだ。これからはお前が虐める方に回るんだ。そんな騎士の石を握っているなら堂々としていろ、そして破壊と恐怖を創り出せ」
その言葉に背筋を伸ばす少年、その怯えの眼があこがれの眼に変わる。そしておずおずと語り始める。
「お、俺…いや、僕は林劉石、この名前の通り大陸系の者です。でも産まれたのはこの国です。今は16歳で学校には行っていません、大陸系というだけで苛められるし馬鹿にされるから進学しないで就職しました。でもそこでも苛められて…だから復讐してやりたいんです。僕をこんな目にあわせた悪い連中を、あなたはその望みを叶えてくれると聞いたからここに来たんです。でもそれは正解だったと確信しました。あなたは恐ろしい、その恐ろしさが滲み出ている。あなたならこんな世界を消し去ってくれると信じられます…」
その言葉に目を細めると石崎は、
「お前の願いは叶うだろう、いずれな、それまで存分に働いてもらうぞ、その褒美は快楽と快感だ。俺といればそれが得られる」
そう言って少年から目をそらした石崎は最後の1人に視線を向ける。
そこには10歳くらいの幼女がいる。
「この娘も親からはぐれ暴徒に追われて絶望したんです。それから逃げきるために…驚くべき事にこの娘は予知能力を持っているのです。10分先までの未来を予知できる。だからそれに抗える。そうやって逃げているところを私が保護しました。そうなる未来を見て私の許に来たというのが正解ですかな、あとで調べてみましたがこの子の両親は殺されていましたよ、それは最後まで娘を探していたんでしょうね、その父親は娘の写真を握りしめて死んでいました。まさに悲劇ですな、あの赤石一族以外でも予知能力者は生まれるのですな、感心致しました。そしてその理由を知り驚きました。この娘が握るのは銀の石、あの預言者の石なのです。しかし未来を見る代償にこの娘は左目の視力を失くしています。見たくない光景を目にしたんですな、その母親が殺される瞬間を、それで絶望したのでしょう、その右目は髪の毛で隠れていた。だから失ったのは左目だけで幸運でしたな、まだ見る事が出来て、そして今回の1番の収穫はこの娘ですな、育て方次第であの方を超えるほどの預言者になる可能性があるのですからな、だから優しく扱ってやるべきですな、それを怯えさせてはいけませんな、ですから子供の扱いに長けた者を用意しました。ここにはいませんがその女も希願者です。保育園の保母、だから子供達を守ろうとして絶望した女、それがここにいない理由にはその代償に関係あります。その者は大人の男を恐れるのです。その存在を認められない、大人の男を憎んでいるのです。だから私がいるせいでここには入ってこられない、なんせ子供達を襲ったのは大人の男達ですからな、その代償は当然かと、だから成人した男性は全て憎しみの対象なのです。それで得た力は暴力、そんな言葉の暴力を得たのです。それは恐るべき魔女の力、具体的な暴言で誰と誰は殴り合えとか、自分で首絞めて死んでしまえ、とかその女が叫ぶとそれが事実となるのです。それは真の意味の言葉の暴力とは言えませんが私しみたいな暗示の能力なんでしょうが、その効果は絶対なのです。しかもごく短時間にそれが行える。その女の持つ石はサーモンピンクの石で驚くことにあのピンクの魔女の姉なのです。しかし仲の悪い姉妹でして、両親の離婚、それを期に喧嘩別れ、それは幼き日の出来事です。それから妹と母とも音信不通、あのピンクの魔女が虹の傍にいる限り絶対敵対しあうでしょう、好都合なことに、それでは私は別室に退室しますのでその者と御対面を、その幼女の面倒を見るよう言い含めてあります。申し遅れましたがその幼女の名は石崎未来、貴方様の縁者なのかも知れませんな…それではその女を部屋に入れますので私は退室します。後は御随意…」
そう言ってダークブルーストーンは別室に歩き去る。
そして入れ替わるように女が1人入ってくる。
それはどこかで見覚えのある顔をした女、その女は石崎に礼をすると、
「私は石堂世美と申します。あんな武骨な男は嫌いです。でも妹の事はもっと嫌いです。双子の姉妹でありながらあの生意気な女は妹の癖に私より母に多く愛されようとしたのです。だから私は父に多く愛されるようにしました。それが原因でいつしか両親はお互いを憎み合い始めてしまいました。それは全部あの女が悪いのです。あなたがあの女を殺してくれると誓うなら忠誠を尽しましょう、あの忌々しき男は私にそう告げたのです。だからここに来たのです。わたしは成人した男性は憎みます。しかしあの女はもっと憎みます。でも美しい王様、あなたの事は嫌いじゃないです。あなたが男だなんて信じられません、だからあなたが憎む男はみんな私の敵なのです」
そう言って自分を見つめる女の目、それはもう魔女の瞳と化している。
「ああわかった。お前の妹を殺せばいいんだろ、それは約束してやるよ、あの虹の許にいる奴はどっちにしろいずれは殺すべき標的だからな、それにしてもお前はあの看護師にそっくりだな、俺が虹と戦った時に見ていたあの女と瓜2つだ。その双子の姉妹というのは本当なんだな、そして仲が悪い、それも納得できるぜ、別に兄妹や姉妹だから仲良くしないといけないなんて法律はないからな、俺も自分の妹が嫌いだ。それはこいつも俺が嫌いなんだから当然だ。そして俺は親父も嫌いなんだ。だからそいつを殺す。その手助けをしてくれるのなら椅子に座って飯を食おう、そしてその女の子の面倒をみてやってくれ」
そう告げられた石堂世美は恭しく礼をすると会席の座に座る。
「さて、これで恐怖の軍団の幹部が揃ったと言うわけだな。どいつもこいつも一癖も二癖もある連中だ。あの朴の野郎め中々気が利いているぜ、だから気に入ったぞ、でも希久恵、この集まりの名称が恐怖の軍団では何か味気ないと思わないか?もっと気の利いた名前は思いつかないか?」
その今までを黙って見ていた眼帯の少女はそんな兄の言葉に、
「ごめんなさい、あの多舞ちゃんから聞いたんだけど虹の組織の名前はミラクルストーンズだそうよ、そのまんまの名前でネーミングした人の感性を疑っちゃうわね…それに対抗してダークストーンズでは味気なさすぎるし…恐怖の軍団ならホラーがつくけどなんかB級映画みたいでかっこ悪いし…」
しばらく思案する希久恵、そして思いつく、
「ごめんなさい、そうね、『エキスグラメーション』というのはどうかしら?」
「エキスグラメーション?なんだ。それは?」
「ごめんなさい、知らないの?びっくりするって言うことよ、びっくりマークの語源よ、この集団にはふさわしいと思わない?みんながびっくりするような能力者の集団、びっくりしてから恐怖する。その恐怖の前置き、マークも簡単で誰でも知っている。それをシンボルにすればいいわ、そしてそのマークは階級を表すのにも使える。どう?便利でしょう」
その言葉に腕を組んで考える石崎、その妹の言うことは理解できるしなぜかカッコいい感じがする。その言葉を何度も心の中で復唱しながら笑みを作る。
「長ったらしいがなぜか気にいった。そうだな、お前の言うようにびっくりする事から恐怖は始まる。『エキスグラメーション』か気に入ったぜ、それを俺の組織の名前にしよう」
こうして恐怖の軍団の名称が決定した。
あの魔神に、父親に挑む息子の組織の名前が円卓を囲むメンバー達の同意もないまま決定した。
そんな名称なんてどうでもいい、しかしあいつに見せてやりたい、そして見てみたい、あの魔神が驚く顔が見てみたい、そしてグラスに注がれたコーラを手にすると石崎は皆を見廻しこう告げる。
「我らエキスグラメーションの使命は世界を恐怖で覆い尽くす事だ。愛には憎しみを、正義には悪を、幸福には不幸を、楽しみには恐怖を、そして希望には絶望を、この汚れた世界に復讐すると誓え、その存在を否定せよ、それを俺と共に求めたいのならグラスを取れ、そして暗黒に乾杯せよ、ならば俺はそれを皆に与えると誓ってやる」
その場の全員がグラスに手を伸ばす。
10歳の幼女までもが自分の手でグラスを掴む、
「乾杯!」
『乾杯!』
その石崎の唱和に皆が答える。その目は絶望ならず希望の目で石崎を見つめている。
自分達の願望を叶えてくれるという王者を期待の目で見つめている。
自分達を絶望させた世界に復讐すると誓ってくれたのだ。
そして会食の場は和やかになる。みんなは恐怖の中で安心を得たのだから。
別室に入って行くダークブルーストーン、そこには数人の男達がいる。
チャイニーズマフィア、そう呼ばれる犯罪組織、この国のその幹部達が揃っている。
「我が王は恐怖の力を望んでいる。武器に兵器、そして戦う兵士が必要なのだ。この国にいる同胞達を呼び集めろ、そしてタンカーに隠された武器と兵器を陸揚げさせろ、大戦が始まる。そして目指すのはこの国の首都、あのシェルターとやらはそこにあるとの情報を得た。それの破壊が目的だ。そうして魔神の野望に一矢報いる。そうして5万人とはいえ助かる希望を得た者に絶望を与えるのだ。しかしその場所は魔神の軍勢に警護されて迂闊に近づけない、あの首都の住人を排除してこの国の武力がそこに集中している。その鉄壁の防御を崩さなくてはならない、あのカードを持つ者だけがそこに入れる。だから出来るだけ多くカードを集めろ、その内部から攪乱する事が重要なのだ。それに魔神の野望をよしとしないのは我らだけではない、あの組織の炎の悪魔も動き出している。更に悪魔の頭領も参戦する気だ。それに虹の軍団もあそこを目指すだろう、しかし奴らとの共闘はありえない、これはゲームなのだ。1番先にそこに辿り着く者が勝者の資格を得る。だから我が王をその勝者にするのだ。その為の血の生贄を作り出せ、ならば全ての復讐が叶う時が来る」
淡々とそう告げる群青の悪魔に白く長い鬚の老人が問いかける。
「朴よ、その虹の軍団の中にあの男の娘がいるというのは本当か?」
その問いかけに朴在石は笑みを浮かべると、
「周恩石、それは事実だ。そしてお前が忌み嫌うあの魔人も一緒だ。お前が憎む李徳の娘は虹と共に居る。お前がこの国に来てまで果たそうとするその復讐が叶えられる日も近い、ならば力を振るえ、その奪われた憎しみを力にしろ、この我が王の楯となりその力を振るえ」
この男たちの中で唯一の希願者、あの李徳の野望に全てを奪われ絶望した奇願者の老人、文字を力にする老人はその言葉に笑みを浮かべると、
「案ずるな、朴よ、あの幼き日に預言者からもたらされた石はこの日の為に握られたと理解した。ならば楯を創り出そう、あの魔神の槍を防ぐ楯を、それは人間達の楯じゃ」
そう語りそして老人は石を取り出す。
それは紫に暗黒が文字を描く不思議な石、しかしそれを文字と認識出来るのは奇願者のみ、
なぜなら願字を生み出したのはこの石の力だからだ。それは古き時代に希願した者が石の模様に意味を与えた。それを文字として力とする奇跡を起こした。
だから願字には力が込められる。
その石の模様はこう読める。それを見る希願者にはこう読める。『無』という文字が浮き出している。
その老人は紙の束を取り出して群青の男に示して見せる。
「契約書じゃ、これに契約した者は我が下部となる契約書、そして希願者でもこの契約には逆らえん、その契約がある限り我が足となり剣となり楯となる。これを持って行け群青の悪魔よ、そうして多くの者を契約させよ、ならばお主の力を頼ることなく軍団は創られる。その署名は血印でも有効じゃ、これはあの男を祖国から追い出した力、しかしわしの復讐はまだ済んでいないのじゃ」
その紙の束を受け取る群青の悪魔、そして残りの男達に命令する。
「状況を開始せよ、復讐者達よ、この世界の恐怖は悪魔の神の手ではなく我らが創りださねばならない、この世界に復讐すると誓った者達よ、それぞれの使命を果たせ」
その命令に動き出す男達、それぞれの役割をもう了解している。
それに満足の笑みを浮かべる群青の悪魔、この自分の選択は正しかったと確信する。
あの世界の犯罪組織を支配する悪魔の頭領もこの大陸系の犯罪組織は支配できなかった。
それはこの老人の契約書の力の為だ。
この男が憎む存在、あの李徳に武器や兵器、それに戦闘員を売っていたのは悪魔の頭領、その白人達の犯罪組織なのだ。
それに加担などこの老人に出来るはずはない、この大陸系の犯罪組織の首領にそんな事が許せるわけがないのだ。
だから自分のことを裏切り者だと悪魔の頭領はそう呼んでいる。
そして同じ組織にいても常に自分の命を狙っていたのだ。
それは自分の差し出したもう1つの代償、そんな不安定が自分の宿命、だからこそ楽しめるのだ。
そして最大の楽しみの時が来た。
誰もが自分を狙うだろう、恐怖の王の腹心になったのだから当然だ。
その恐怖の王ですらいつか自分を見捨てるだろう、
それが楽しくてたまらない、
部屋を出て行く群青の悪魔、その歩くのは1本の細いロープ、
常にその上を歩いて渡るその先にはどんな最後が待ち受けるのか、しかし暗い闇のその先は暗すぎてまだ見る事が出来ないのだ。
太平洋上を航行する巨大な船がある。
豪華客船、そう呼ばれるにふさわしい華麗な豪華な巨大な船体、しかしそれは単なる偽装にすぎない、その中身はイージス艦を超える戦闘能力を秘めているのだ。
それは海上の要塞と呼ぶにふさわしい力を持っている。
その船上にステッキを手にした中年の白人男性が潮風に吹かれてたなびく旗を見つめている。
それは自分の祖国の国旗、それは自由と正義のシンボルなのだ。
しかし男の見つめるその旗は色が黒く染められている。
それが彼の犯罪組織のシンボルなのだ。
そんな自由と正義を求めるのにはその逆が必要なのだ。
そしてそれが自分達だとこの男は考えているのだ。
それと同時に掲げられていた組織のシンボルは焼き捨てた。
そんな組織などもう無くなったと判断したからだ。
全ては魔神にたばかれていたのだ。
そして利用されて捨てられたのだ。
それは決して許せない裏切りなのだ。
悪魔の頭領がステッキを振り上げる。
それを合図に豪華客船を中心に多数の潜水艦が浮上してくる。
そして戦闘艦艇が集結してくる。
その中には原子力空母の姿まである。
その裏返った自由と正義を信じる者達が集まってくる。
あの祖国の代表者は魔神の指の1本になり果てた。
しかしそれをよしとしない者が大勢いるのだ。
だからジョージストーンは自分の呼び名を改める。
悪魔の大統領と呼ばれる存在になると決めたのだ。
それが率いる悪魔の艦隊は太平洋上を進路を北に進撃する。
岩城ビル、その最上階のフロアーの食堂に30人ばかりの男女が集う、
長いテーブルを囲む最上席に白いスーツの白人の青年が座っている。
その左右の席に2人の少女が座っている。
その座る場所は組織での序列、それは昔からのしきたりだ。
その最上席に座る青年は立ち上がると座る皆を見つめて語りだす。
「さて諸君、知っての通りこの組織は分裂してしまった。もう統括する者がいなくなったのだから当然だね、それでも諸君らは組織に残ってくれた。それはまだこの組織にも出来る事があると信じているからだろう、この組織の創設者は世界に平和をもたらす為にこの組織を作ったのではないと自ら証明してみせた。全てはその目的のために利用していたにすぎないのだと、それは僕らにとって許す事が出来ない裏切り行為だ。彼は世界の平和を謡い裏で破滅を呼んでいたのだ。そんな悪魔の神と呼ばれるにふさわしい存在となったのだ。このままでは皆がその破滅の生贄にされてしまうだろう、しかし自分の存在をその贄に捧げてもいいと思う者はこの場を去れ、それを止める権利は僕にはない、しかし残る者の存在には責任を持とう、この僕と共に存在を賭けて戦う意思のある者の責任を持とう、そして必ず勝利すると約束しよう、だがそれを考える時間は少ない、その破滅は刻一刻と迫ってきているからだ」
そこで言葉を切るマイケル、全員が自分を見つめている。
暫くの沈黙、しかし誰も席を立つ者はいない、
その沈黙の回答に満足の笑みを浮かべるとマイケルは、
「諸君らの決断を感謝する。それに僕は答えよう、必ず破滅を止めて見せると、そして我が組織の創設の理由を実現させよう、そう世界の平和のために立ち上がろう、あの人間達に秩序を与え直すのだ。それがこの組織の使命だから、それだけの力はある。そう諸君らがその力だ。その秩序ある世界を取り戻すため魔神の陰謀を打ち砕くのだ。その為の計画は用意してある。あとは諸君らの協力次第だ。それに異存がないのなら立ち上がれ、そしてそれぞれの任務についてもらおう」
やがて全員が立ち上がる。
「作戦は指令書としてあとで届ける。それまでは各々の部屋で待機していてくれ、諸君らの協力に感謝する。それと、」
マイケルは振り向くと組織のシンボルの旗を創り出した炎で焼き尽くす。
「このシンボルにはもう意味がない、そして新しいシンボルはこれとなる」
立ち上がる男の1人がテーブルに旗を広げる。
そこには円形を囲む多数の石の模様がある。
「地球に秩序を、それが描かれた新たなシンボル、そう今日からこれが諸君らの旗となる」
それを見つめる者達、そして1人2人と部屋から出て行き、あとは2人の少女だけが残る。
「そうだ。この組織は秩序を1番重んじるのだ。だから僕に意見できる者などいないのだ」
そう1人悦に浸るマイケルは2人の少女にそう告げる。
「何が世界の平和?秩序?あんたって本当に悪魔ね、その嘘つきにも限度があるわ、大嘘つきを通りこして超嘘つきよ、でもあいつらがその嘘に騙されたと思っていたら大間違いよ、あんたが強いから大人しく言うことを聞いているだけよ、ここだけはまだ秩序が保たれているだけよ、この力の秩序が、あんたが1番強い事をみんなは認めたわ、だからさっさと強い所を見せつけないと虹の奴に寝返る奴も出てくるわよ」
そんな希恵の言葉にマイケルは余裕の笑顔で、
「それは大丈夫だよ、希恵、虹とは休戦協定が結ばれているからね、あの虹の王は悪魔じゃないんだから約束は破らないだろう、だから彼らと接触しない限り裏切り者は出ないさ、それにあの虹は世界で1番弱い奇願者なんだよ、あんな奴についている奴らはみんな馬鹿なのさ、それに組織のしきたりになじんでいる奇願者達はあれを見てどう思うだろうね、あんな戦いも殺しも出来ない王様を」
その言葉にあきれ顔の希恵、
「彼が弱いのは認めるけど、でも彼には強制の力があるのよ、無理やりにでも従える力、それを行使されれば抗えないのよ、嫌でも家来にされちゃうの、だからそんな存在をほっとく方が危険なんじゃないの?」
しかし希恵のその抗議の言葉に顔をしかめるとマイケルは、
「さっきも言っただろ、その為の休戦協定だ。もし虹がこっちの誰かをその力で自分の手駒にしたらそれは破られたことになる。賢明な王様ならそんなことはしないだろ、だから彼は安全と言えるのさ、それにその力で希願者達を従えようとは考えていないみたいだし、ついてくるなら勝手にしろ、みたいな感じかな、あの世界で1番弱い王様は1番欲張りじゃないんだ。だから僕達は自由でいられるのさ」
もう何も言うまいとそっぽを向く希恵、その手を優しく握るとマイケルは、
「僕達にはマーガレットもいるんだ。この僕の言うことを何でも聞いてくれるかわいい人形が、この僕が黙っていろと言ったら素直に聞いてくれるかわいい人形が、だから何も心配しないでいいのだよ、今は破滅を止めないといけない、彼女はその役に立ってくれる。もちろん希恵、君もね」
そう言ってマイケルは希恵を抱きよせ口付けを交わす。
それを何も言えぬ人形がその抱擁に涙を流して見つめている。
公園にある円形の粗末なテント、それは世界から隔絶された存在がいるために進んでそこを訪れる者はいない、
その目的がある者しか入れない、無関係な者には干渉出来ない場所なのだ。
しかしそこに2人の男が忍び寄る。
それはあの周恩石の放った刺客、あの魔人の不在を知り行動を起こしたのだ。
その憎むべき李徳を抹殺するために送り込まれたのだ。
忍び寄る影、しかしその動きが突然止まる。
なぜか氷着いて動けなくなったのだ。
そして神衣をまとった老人がその凍りついた者を手にした杖で打ち砕く、
粉砕される2人の男、絶対零度で凍りついた肉体は簡単に粉々になって朽ち果てる。
「さて…」
黒い眼帯の神衣の老人は粗末な天幕の1部を捲り上げて中に入る。
そこには何も意思が伝えられない男が左目だけで自分を見つめている。
「光の女王に告げられてここにきたのじゃ、お主を守れと言われたわい、まったく業の深い男じゃなお主も、あの魔人の子孫ならいたしかたないか…この老骨を引きずってここまで来るには苦労したぞ、まったく困った女王じゃ、この老骨まで手駒に使うか、まあ安心せい、わしがいる限り周恩石の手からは守ってやる。お主がそれを望まなくとも見ないとならんのじゃ、お主の欲望の行き先を見届ける義務がお主にはあるからの、わしも魔人には恩のある身、あの妹を基地まで導いてくれた恩に報いる事が出来る。ならば酒でも飲んでここで待とう、全てが決まる時が来るのを、酒は用意してきたわい、神社の御神酒じゃ、正月にふるまう酒じゃがそれが来ぬかもしれぬのなら先に飲むのもよかろう、グラスはないか李陽、祝盃ではなく通夜の酒じゃ、ぎょうさん死んでおる。その絶望に鎮魂するのじゃ」
黙って李陽は2つグラスを取り出す。
それに赤石銀二は抱えてきた一升瓶の封を開けると酒を注ぐ、
黙ってそのグラスに手を伸ばす李徳、何も語れずとも体は動かせる。
ただそれで意思は伝えられない、その意思を伝えるジャスチャーも封印されてしまっている。
だから黙って酒を呑む、
「今夜は冷えるの…」
寒さを感じない男がそう呟く、
世界は負の感情で満ちている。
だから寒いのだと李徳は告げたい、
しかしそれはいくら望んでも出来ないこと、
黙って酒を飲むしかする事がない、
しかし見つめる先に希望が見える。
それは自分の娘たちが創り出した希望、
しかしそれはまだ小さく儚い希望、
それを信じる男は黙って酒を飲む、
左目から流す涙がその感情を唯一伝える。
絶望には行きつく先がまだある。
いや、正確には負と正の感情のどちらかに呑み込まれると言っていい、
その絶望に負に行きついた者はその全ての感情に呑み込まれる。
その負の感情に呑み込まれた者達が暴れている。
破壊する。焼きつくす。略奪する。強姦する。虐殺する。
その存在できぬその怒りを他の物にぶつける為に欲望のおもむくままに行動する。
力が強い者ほどその衝動が強い、だから暴れているのは男達、そして襲われるのは子供に女、老人達、その暴徒に娘を奪われた父が暴徒に復讐する為に武器を握る。
そして憎しみが世界を覆い尽くしていく、
その復讐が新たな復讐を生み出しその憎しみが伝染していく、
それを止める手立てはもうない、
治安維持の警官までもがその憎しみの中に取り込まれてゆく、
だからいたる所で戦いが行われている。
それに組織だって行動する者、1人で行動する者、その最大の目的はカードを得ること、
そんな自分が持てない希望を持つ者を憎んでそして探しまくる。追いまくる。殺しまくる。
その希望を持つ者は、それを奪われまいと、逃げまくる。仲間を見つけて戦い続ける。
周羅の地獄がそこにある。
その地獄の中を平然と悪魔と魔女が歩いて行く、
この場所こそが自分達にはふさわしい場所、そう言いたげに笑みを浮かべて歩いて行く、
魔女が首からぶら下げるのはカードと呼ばれる液晶画面の端末機、それを5つも首にぶら下げる。
それに目をつけた男達が魔女の行く手に立ちふさがる。
槍を手にした黒人女、巨大な斧を肩に担ぐ貧弱な男、それぞれ武器は手にしているが2人しかいない、
それがカードを持っている。それも5つも持っている。
それを簡単に奪えると考える10人の男達、この相手は自分達より弱いと思いほくそ笑む、
その理由の散弾銃を構える男が女に告げる。
「死にたくなければカードを渡せ」
しかしその女は楽しそうに笑うだけで何も答えない、
「渡せと言ってんだ。そうじゃなきゃ殺すぞ!」
その笑みに口調を荒げる男、しかし散弾銃を女に向けて発砲できない、それでカードが壊れたら元も子もないのだ。
だから代わりに銃口を貧弱な男の方に向ける。
「渡さないならこいつを殺すぜ、俺たちは本気だ。今まで何人も殺している。脅しじゃないんだぜ」
その言葉に初めて口を開く女、
「何人も殺している?ならカードは持っているの?」
その言葉に散弾銃の男は、
「ああ持っている。でもまだ足りないのさ、この数に、だからお前のカードをよこせ」
黒人女はその言葉に満足すると、あっかんベーの仕草をする。
「ふざけるな!」
その仕草に激昂した男は散弾銃を貧弱な男に発砲する。
男達の誰もが散弾に吹き飛ばされ血を流す男の姿を想像しただろう、しかし、
貧弱な男は立っている。何事も無かったように立っている。
『!』
驚愕する男達、その眼に貧弱な男が笑みを浮かべ巨大な斧を構える姿が映る。
一斉に銃声が響きわたる。
しかしその一斉射撃は男に何のダメージを与えない、
「こいつらはカードを持っている。それに外傷の少ない死体が必要なのよ」
そう言われた貧弱な男は斧を手放すと恐れる男たちに向い走り出す。
今度は一斉に悲鳴が響き渡る。
それから逃げられた者は1人もいない、数10秒で死体に変えられたのだから、
全て内臓を破裂され即死する。
その死体を漁る魔女は目的の物を見つけると満足げに首にぶら下げる。
「おい、俺の斧は血を吸いたがっているんだ。叩き斬れと俺に求めるんだ。早くそれをしないと勝手に暴れるぞ」
狂気の眼の男は斧を拾い上げて忌々しそうにそれで電信柱を叩き壊す。
「死体が足りないのよ、できるだけ損傷の少ない死体が、それがなければ死の軍団は創れないのよ」
そう言って立ち上がる魔女、そして自分の下僕を呼び寄せる。
かろうじて原型が牛だとわかる魔獣が数頭、トラックを引いて近づいてくる。
「さっさと死体を荷台に乗せてよ、夜までにあと20人は必要なの」
その言葉に無言の力の悪魔、腹いせに暴徒が握る散弾銃を拾い上げるとそれを真2つにへし折る。
そしてトラックの荷台に死体を次々と放り投げる。
「御苦労さん、ご褒美よ」
魔女が差し出す酒瓶をひったくるように掴む男、そして満足げにそれを飲み干す。
沈みゆく太陽の下で、屍を作り拾う黄昏の魔女、死の軍団を創り出すのがその目的、死んでいる者は殺されない、その恐怖の集団が人間達を襲い仲間を作る。
そして死の軍団は増えてゆく、
落日の下で着実にその準備は進んで行く、
虹の行く手を阻む者、それを創り出す為に悪魔と魔女は再び歩き出す。
この餌に食いつく獲物を求めて。
廃車場にたどり着くまでのその悲惨な光景、それに希一郎は身震いする。
炎に焼かれる街を見た。殺し合う人々を見た。死にゆく子供と母親の姿を見た。略奪に狂う男を見た。野獣と化した男達に追いかけられる絶望の顔の少女の姿を見た。
いや、見せつけられた。
妹は自分に目を閉じるなと命令したから、
そしてこう言った。
「これがあなたが望んでいた地獄の世界、だから見ないといけない、あなたの望みが叶ったのだから見ないといけない」
涙を流す少女は見ることを自分に強いる。
「楽しいと思う?よかったと思う?そう思うならもっと喜びなさい、そして暗黒に願えばいいわ、そうすればこんな世界を消してくれる」
心が悲鳴を上げている。
自分が望んでいた事の恐ろしさを知り悲鳴を上げる。
しかしその叫びは上げられない、黙っていろと妹に言われたから、
だから涙を流すことしかできない、その妹と同じ涙を流すしかできない、
太陽の娘がそんな希一郎を優しく抱きしめる。
彼女は憎めない、憎しみを憎めない、だから自分の愛する者にこんな仕打ちを与える娘を憎めない、だから愛する者を安心で包み込む事しか今は出来ない、
「ここだけではないのじゃ、世界中がこうなっとる」
李源のその言葉が希一郎の心をさらにえぐる。
自分の感じる絶望の正体に恐れおののく、
「自分が何をするべきかがわかったら眼を閉じてもいいわ、お兄ちゃん、そして声を出して泣きなさい、そして目をそらしなさい、あなたは希望を目にすればいいのよ」
その言葉に目を閉じてそして嗚咽を漏らす希一郎、思わず石が埋め込まれたナイフを握る。
「キー心配ない、みんないる。こんな世界を変えたいを望むみんないる。安心ある。心も一つ、みんなキー助ける家族達、そして愛する1番わたしいる」
リリーのその言葉に希一郎は目を開き取り出したナイフの石を見る。
そこには虹色に煌く石、それには力がある。
望めば叶う奇跡の力が、
ならこんな地獄も楽園に変えられるはず。
そう信じて希一郎は石を握る。