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ミラクルストーンⅢ  作者: 北石 計時朗
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愛の鍵と憎しみの鍵

 4 愛の鍵と憎しみの鍵


 山奥の洋館に帰りついた金色の装甲車、昇る朝日がその金色の車体を輝かせる。

 そして出迎える者達はその輝きに希望を感じて笑みを漏らす。

 その報告は既に受け取っていた。ただ成功とだけ書かれたメッセージ、紙飛行機となり飛んできたその言葉を、

 装甲車から降りてくる者達、その無事な姿に安堵する仲間達、そして最後に天使に手をつながれたその存在が降りてくる。なぜか涙を流して降りてくる。

 出迎えた者達はその姿を唖然と見つめる。

 あの悪魔の要塞で兄に叫んだ少女ではない存在に、そしてその存在を睨む少女と瓜2つの存在に、

 しかしピンクの魔女だけが薄笑いを浮かべてその姿を見つめている。

「事情はホールで説明する。新庄、俺達が留守している間に何か異常はなかったか?」

 咲石にそう問いかけられて新庄は、

「もうテレビ放送が休止された。それから停電になり、そして使者と称する悪魔が1人ここを訪れた。希実がそれを虹に伝えてそのメッセージを勇治が飛ばした。それはそっちに届いたのは確認した。それから悪魔と魔女が屋敷の近くにいるのを気づいた希実が下僕で屋敷の周囲を防御させた。それ以外に異常はない、こちらに側には、しかしなぜ猫を消し去った。そのせいでそっちの状況を見られなくなったんだぜ、もうメッセージにも返答なしだ。だからみんな心配していたんだぞ」

 その問いかけに答えそして逆に問いかける新庄、しかしその問いに首を振ると咲石は、

「猫を消したのは魔人だ。しかしその理由を答えない、だからメッセージは届かなくなった。あの猫がいないと俺たちの許には届かない、だから急いで帰ることしかできなかった。あの魔人がその少女に語ることを後回しにさせた。だから事情がわからないのはお互い同じだ。皆が揃えば事情を話すと言ったきり魔人も少女も何も言わない、その事情を知りたいのは皆同じだ。だからホールに集まろう」

 咥えた煙草を地面に落とし足で踏み消した新庄は、

「知りたさ、この俺の望みはそれだけだ…」

 そう言って建物の中に消える。

 その後ろに皆が続く、まだ何も語れず皆無言で。



 大勢の人間が集まるのにそこは今は沈黙に支配されている。

 誰も何も語らない、そんな人々が見つめる先には1人の少女、あの魔人が寄り添うようにその傍らに立つ、

 涙を流し続ける少女はそんな一同を見廻して、そして静かに語り始める。

「初めまして、かな?私は石橋美希子です。あの私の兄が憎んでいる存在です。そして今はただ1人その兄に命令する権限を持つ者なのです。なぜなら彼は私を愛しているからです。殺したいと憎むほど私を愛しているのです。でも私はその愛を決して受け入れません、それを拒み続けます。永遠に、それは私をこの世界に留まる事に差し出した代償だからです。私は鍵になりましたその鍵の名は憎しみの鍵、天使に見守られて誕生した虹の王を目覚めさせるための鍵の1つ、嘆きと苦しみがそれを創り出したのです。この世界に希望の光を呼び込むために」

 そう語り口を閉ざす涙を流す少女、それ以上もう何も語ろうとはしない、

 今の話に何の意味があるのか?その回答を得たい皆はサングラスの子供を見つめる。

 李源はその視線を集めて考える。それを語るべきか語らぬべきか、しかし嘘をつくことは許されない、

あの光の女王には逆らえない、ならば語るしかないだろう、そうでなければ誰も何も納得しないのだから、

「聞きたいと願うか?そう最初に問うておく、まあその修道女は聞かなくとも全てを知れるのじゃが、これは我が体内の暗黒から聞こえる光の女王の意思なのじゃ、わしはその意思を光の女王に代わって皆に告げるのじゃ、その話は長くなる。そして過酷な運命を強いられる者もおる。それを聞きたくない者はこの場を去れ」

 しかしその場の全員は動こうとはしない、皆は知りたがっているのだ。

 やがて溜息をついたのち李源は再び語りだす。

「我が一族には古より2つの奇跡の石が秘宝として受け継がれてきたのじゃ、それは月の石と太陽の石、それを一族に与えたのはわしじゃが、しかしそうするように要求したのは暗黒の中に生まれた存在じゃ、遠い未来の希望となるよう石をわしに託させたのじゃ、わしの一族はその石の力を使い様々な悲劇をその国にもたらしおった。そして最後に一族を根絶やしにしてしまう呪いの奇跡を引き起こしおったのじゃ、一族を誰かを失うたびに富を得るという強欲の呪い、この李璃の父親はそんな願いを太陽の石を持つ妻に要求したのじゃ、富を得る度に一族を失いながらそれでも男は富を得る。奪われた者はそれを取り戻したいと願うのじゃ、そして争いは起きるのじゃ、その争いに組織が加担した時にその男は敗北するのじゃ、そして祖国から逃げ出すはめになるのじゃ、もう最後に残った娘と妻、そしてわしを連れてこの国に逃れてきたのじゃ、しかしその前に逃げだした者がもう1人いたのじゃ、李璃の母が最後に産んだのは双子の娘、それを失いたくないと願う母親は異国の男にその片割れを、その妹の方を託したのじゃ、自分の夫を欺いてまで一族の血を残したかったのじゃろう、その娘にはもう1つ託されたものがあるのじゃ、それは月の石と呼ばれる奇跡の石、そしてそれを握ることを宿命づけられその娘はこの国の民となったのじゃ、その名前は月石李美、あの嘆きの魔女と呼ばれる存在じゃ、しかし彼女をそんな存在にしてしまったのは石崎喜久雄、あの魔神と呼ばれる存在じゃ、それが描いた絶望のシナリオで彼女は魔女に変えられた。その全ては槍を呼び寄せるために、この世界に秩序なき渾沌を捲き起こすためにじゃ」

 そこで一旦言葉を切った李源に宇藤が質問する。

「それならそこにいるのはリリーの妹ではないか、あの虹の妹じゃないはずだ。それなのになぜ石橋美希子と名乗るんだ。それはおかしいじゃないかその理由は何だ?」

 しかしその質問に顔を歪めると李源は、

「小僧、質問は話を最後まで聞いてからするものじゃ、まだ半分も話しは終わっておらんわ、それを聞きたければ黙っておれ、よいか、ここにおるのは石橋美希子でもあり月石李美でもある。そんな存在なのじゃ、いいか、あの魔神に絶望させられた代償に月石李美が差し出したものは自分自身の体の自由、その時に彼女は魂を失くした存在と化してしもうたのじゃ、あの魔神の暗示無しでは自分で指一本動かせぬ抜け殻になり果てたのじゃ、それは自分の肉体が滅ぶと自分自身の意思も失うという代償じゃ、この月の石の力があればこそ起こせる奇跡じゃ、あの電脳世界の女王を創り出す奇跡を、そうじゃ、この娘の意識は電脳世界の中にあるのじゃ、じゃから全ての電子制御を支配できるのじゃ、それを望めば核ミサイルでも制御できるのじゃ、恐ろしい存在じゃわい、しかしこの肉体を破壊すれば意識は消える。その電脳の女王は消滅するのじゃ、しかしこの娘は優しい娘じゃ、人類を破滅させる力を持ちながらもそれをしないのじゃ、その逆に自分を愛してくれた者たちを助けたいと考えておるのじゃ、しかし何も出来ん、じゃから人工衛星の目で地上を見つめて涙を流す。じゃから嘆きの魔女と呼ばれるようになったのじゃ、そして石橋美希子、彼女は鍵を携えて地上に産まれてきた存在じゃ、それも秘石の一族の女の体からじゃ、先に産れた扉の鍵を携えてな、そして世界にも自分にも何も求めぬそんな存在はその妹の存在だけに関心を持ちはじめやがて愛するようになるのじゃ、それは必然、なぜなら自分の存在理由である鍵を握られているのじゃからな、そしてある日悲劇は起きる。その愛する妹が苛められる現場を扉は見てしまう、しかしじゃ、その扉は何も出来んのじゃ、救うために人を傷つけることなど出来んのじゃ、じゃから庇うしか出来ないのじゃ、やがてそれは扉を苛む厄災となる。そんな無抵抗をいたぶるのを好む連中に扉は苛め続けられるのじゃ、しかし誰も憎めん誰も呪えん、その理不尽の末に扉は世界を憎むようになったのじゃ、ある日そんな非情な集団暴行を目にした娘はその過激すぎた責め苦により死に行く兄に絶望しその母親から託された石に差し出したのじゃ、その自分自身の消滅を、その過程で暗黒の苦しみに耐える代償を差し出し兄に苦痛のない不死身の肉体を与えたのじゃ、あんな病気の身の上でけなげな娘じゃわい、しかしそれが世界を憎む心をより一層強くしたとは気付かなかったのじゃ、そしてついにあの虹の石を握る者が誕生したのじゃ、その後のことは語らずとも知っておろうな、それを見ていた者もおるからの、だから知りたければそいつに聞け、そんな全てを受け入れるしか能がない最弱の存在は王者の石を握ったのじゃ、そしてあの悪魔の要塞でついに扉は開かれたのじゃ、その娘の手によって、そうして世界に関心を持たぬ者は絶望に触れ怖れおののき何も出来ぬ無能の王となったのじゃ、じゃからもう世界を憎んではいないのじゃ、そんな世界の1員に自分をした妹を逆に憎んでおる」

 そう語りそして李源は口を閉ざす。

 そしてもう話は終わった。そう言いたげに皆を見廻す。

 その話に皆は無言、もう誰もそして宇藤も質問をしようとはしない、

 その時今まで無言だった少女が突然歩き始める。

「どこに行くのじゃ?」

 その背中に李源が問いかける。

「お兄ちゃんに会ってくる。憎まれるために会ってくる。そして愛される者を創るわ」

 そう言って美希子はホールから出て行こうとする。その背中を追いかけるようにリリーがついて行く、

「2つ目の鍵も創られるか…ならば天使よその場に立ち会え、お主にはその使命があるのじゃ」

 そう告げられ微笑む多舞は李源に頷くと羅冶雄の手を取り2人の後を追い歩きだす。

「あそこに行けるのはあの者たちだけじゃ、その結果はどうなるか予測は出来るが口にはできん、ならば待つがいい、その真の王者の誕生を、しかしそれまでには仕事がある。この屋敷に悪魔と魔女が向かってきておる。その王の誕生を邪魔させてはいかん、じゃから全力で奴らを止めるのじゃ、それと戦える者は急ぎ向かえ!」

 そう李源が最後に叫んだ時に玄関ホールから破壊の音が聞こえてくる。

 扉を壊して何者かが屋敷に侵入しようとしているのだ。

 それを迎え撃つために戦う者が走り出す。



 山小屋の中で水晶玉を見つめる魔女は異様な光景を目にする。

 あの自分がつけ狙う存在が2人もいるのだ。その光景に思わず呟く、

「何かの魔術か?分身でも創り出した?いや、あの娘や他の能力者にそんな力があるはずない、これはいったいどうなっているの?」

 その呟きに酒を飲む男が問いかける。

「出て行った奴らは帰ってきたのか?」

 振り向いてその男を見つめる黄昏の魔女、今の光景の答えが欲しい、それならば、

「ええ、帰ってきたわ、あなたの娘も一緒よ、そうよ、あなたの待ち望んだ時が来たわ、あの連中をまとめて始末する時が来たのよ、さあ、あの屋敷に乗り込みましょう」

 そう言われ男は手にした酒瓶をほうり投げると代わりに傍らに置かれた物に手を伸ばす。

それは昨夜のうちに魔女が調達してきた呪いの武器、それは古に罪人の首を刎ねるために使用されたという呪いの武器、一撃で首を刎ねるために作られた長い柄を持つ巨大な斧、それを軽々と持ち上げて男は小屋の外に出る。

 そこには野生動物達の死体が多数転がっている。

 そして小屋から出てきた魔女が呪文のような言葉を呟くとその死体が動き出しそして形が変化していく、 無から有を一時的に創り出せる黄昏の魔女、だから有に干渉することも簡単に出来るのだ。

 ただしそれは死体に限定されているが…

 その怪物に変化した動物の死体達を従えて黄昏の魔女は不敵に笑う、

 あの魔人でもこれには干渉出来ない、無に飲み込まれて消し去ることなど出来ないのだ。

 槍を手にして笑う魔女、そして斧を手にする狂気の男、

 その2人は魔獣と化した死体に跨り戦地に赴く、

 その復讐のため、

 ただそれだけの為に山の中を突き進む、



 力の悪魔が斧で玄関の扉を破壊した時、そこには棍棒を携えた大男が立っていた。

 またお前か…そう言いたげにげんなりとした表情を浮かべる力の悪魔に大男は、

「この中にお前達を入れるわけにはいかないぜ、虹の父親、いや力の悪魔、それに黄昏の魔女、ここに何の 用があるかしれんが、しかしお前達に用はない、立ち去らぬなら力ずくで排除する」

 そう言って目を眇めてその場の光景を見る。

 巨大な斧を手にする男とその背後の槍を構える黄昏の魔女、そして魔獣と化した生物たちの群れ、そこには悪夢の光景がある。

「俺は息子の教育をしに来ただけだ。石江勝則、いや石江道場の師範、お前に息子を預けたのにあいつはちっとも強くならなかった。お前の指導が足りなかったのだ。だから俺が代わりに教えないといけない、あの払った金は返せと言わん、だからそこをどいて中に入れろ」

 その言葉で勝則はやっと昔の事を思い出す。

 石橋修一郎、この男には会った事がある。あの小学生の息子を連れて自分の道場にやってきたのだ。この息子を強くして欲しい、そう頼みにやってきたのだ。

 しかしその小学生は避けて逃げる事しか学ばない決して攻撃しようとしてこないのだ。だから指導を断念して破門にした事がある。

 それは遠い昔の出来事だ。だから忘れていた。

 しかしこの巨大な斧を振り下ろしてくる男は覚えていたのだ。

 その斧を棍棒で受け止める大男、そして思わずその怪力に顔をしかめる。

「邪魔する奴は皆殺しだ。俺は希一郎の躾を間違えていた。だから教育し直す必要がある。この俺の為だけに働く事を教えなければならない、それにはお前たちが邪魔なのだ。お前達が変な事を希一郎に教えないうちに排除しないといけないのだ。あいつは俺だけの物だ。俺にだけ奉仕する奴隷なのだ」

 その酒臭い狂気の男はそう喚いて斧を闇雲に振り回し始める。

「この酔っ払い、そんな戯言をぬかしやがって…」

 それを睨む大男の目が異様に輝きだす。

 その怒りの感情はこの男を鬼神と化す。あの伝説の怪物に変貌させる。

 そしてぶつかり合う2つの凶器、そうして大男と貧弱な男の死闘が開始される。

 黄昏の魔女を取り囲むのは少年達、それぞれ手に拳銃を握っている。しかし1人の少女だけは日本刀を構えている。

 黄昏の魔女はその顔にどこか見覚えがあることに気づく、あの鬼神の屋敷で対決した女によく似ているのだ。

 般若と呼ばれるあの女に、

「お前は…あの般若の娘か?」

 その言葉に眉を吊り上げると絵里は、

「お母さんを般若と呼ぶなんて許せない!黄昏の魔女、こんな朝からのこのこ出てくるなんていい度胸ね、それにかわいい動物さんまで引連れて、あの太陽の娘に用事があるんでしょうけどお生憎様、彼女は今忙しくてあなたの相手をしている暇はないそうよ、その代わりに私がお相手してあげる」

 そう言って絵里は日本刀を横一文字に構え直す。

「ほざくな、小娘、それを邪魔するのなら突き殺すのみ、死ね!」

 そして突き出される素早い槍の穂先、しかしそれを平然とかわす絵里は、

「般若の娘は鬼神の娘、だから甘く見ていると痛い目に遭うわよ」

 そう言って不敵に笑う、

 そして剣劇が開始される。

 その襲い来る魔獣達に向い発砲を繰り返す少年達、その1人が、

「きりがないですね…」

 そう言って空になったマガジンをリロードする。

「そうだね、たぶんこいつらはもう死んでいるんだ。そんなアンデット相手に発砲しても弾の無駄使いだ。もったいない」

 そう返事する宇藤は幸一に質問する。

「ゲームではこんな場合どう対処するんだ?」

 手にした武器を拳銃からショットガンに切り替えた幸一は、

「たいていの場合は僧侶の呪文で動けなくするんだけど…」

 しかし自分達の仲間のシスターにはそんな能力はない、

「勇治君、紙であいつらを足止めしてくれ、それを燃やせばあの動けなくなる」

 その言葉に拳銃を発砲していた勇治はそれをやめ宇藤の指示通りに懐から半紙の束を取り出すとそれをばらまき始める。

 その紙は魔獣達にまとわりついて動きを封じる。

「ナイスアイデア、さすがは参謀だね、恐れ入りました」

 そう言ってはしゃぐ幸一に宇藤は、

「でも紙を燃やしたらあいつらの自由を奪えなくなるんだよ…ちょっと考えが甘かったな…」

 そう答えながら眼鏡をはずしてハンカチで磨き始める。

「前言撤回、ナイスじゃない…拘束するだけじゃ倒せない、でも逃げることもできない、でもこういう場合は必殺の魔法とか剣とかで倒すんだけど…」

 そう幸一が言い終わる前に轟音と共に目の前の魔獣が消し飛ぶ、

「!?」

 驚いて少年達が振り向いた先にはロケットランチャーを構えた新庄が煙草をふかして立っている。

「こんないい物があるのに使わない方がもったいないだ。こいつらはバラバラにしちまえば動けない、お前らの分まで運んで来たぜ、だから盛大にぶっぱなせ」

 そこには積み上げられたロケットランチャーやバズーガ砲、それ目がけて少年達は走り出す。



 そんな外の戦闘に参加しない者は李源を取り囲み見つめている。

「戦えぬ者が残ったか、いや、そのピンクの魔女は闘いなどに興味がないのじゃ、まあよい、それにあの装甲車の弾薬は切れておるからお主も行かぬか、黄金の娘よ、それもよい、ならしばらく待つのじゃ、あの戦いの様子はわしが見ておる。健闘しておるぞ、あいつら中々やりおるわい、じゃから増援は今のところ必要なしじゃ、なら話して聞かせようか昨夜の奇跡の事をじゃ」

 それに頷くのは咲石、李源は肝心な事を話していなかったのだ。

「月石李美、その存在の事はピンクの魔女が知っておる。それはあの娘が彼女が働いていた病院の患者だったからじゃの、不幸な事にあの嘆きの魔女の誕生に付き添っておったんじゃからの、あの月石李美が絶望させられたシナリオはハイストーンが用意しておったのじゃ、あの魔神の要望によりな、その月の石を託されこの国で平和に暮らしておった少女を襲ったのはある病、筋肉が衰え動けなくなる難病じゃ、それも極めて進行の早い症状、じゃから一か月で彼女は話もできぬ指先しか動かせん状態になりおった。しかしそれは偽りの病気じゃ、そう思い込まされただけなのじゃ、彼女の担当医は組織の回し者じゃったからの、そんな指先しか動かせぬ少女、それでも見舞いに来る家族や友人達に自分の意思を伝えるため必死にパソコンのボタンを押し続けた。それだけが唯一出来ること、それで伝えそれで見るが日常となったのじゃ、しかし絶望の日はついに来たのじゃ、もう何1つ自分で体を動かす事が出来ぬようになる日が、そして絶望した彼女は意思を伝えたいと願いあの電脳の中に自分の意思を移し替えたのじゃ、そして代償に自分の体を捨てたのじゃ、あの満月の夜の病室で、このピンクの魔女の見守る中で、しかし家族や友人達は彼女が死んだと告げられた。その偽りの死体まで用意されて、そして魔神が残された体を持ち去ったのじゃ。暗示が解かれ動けるようになった肉体を、それを文字通り人質にするために、本当に死んでしまうまでが代償じゃ、その肉体が生きている限り彼女は電脳世界に留まり続ける。あの槍を呼び寄せるための生贄にされたのじゃ、それは5年前の出来事じゃ、お主が魔女になる前の…」

 そう言葉を切って李源は美世を指さす。

「お主はその時気づいたのじゃろう、あの組織の陰謀を、そしてその手が自分に迫り来る事にも、お主は知っておったから組織から逃れたのじゃろうがピンクの魔女よ、その時に復讐を誓うと決めたのじゃろう、まあ、それはよいわ、各々思惑があって当然じゃ、知っていた事を責めはせぬ、して続きじゃ、そのぬけがらは暗示の力で生命を維持されてきた。5年もの間ずうっとじゃ、今は15歳、あの李璃の妹じゃ生まれた日も同じ歳も同じで当然じゃ、しかし魔神の暗示でしか動けぬその抜け殻の人形をそれを魔神から救い出したのは苦痛の魔女じゃ、あの娘は父を憎んでおるからの、じゃから魔神の手から奪い取ったのじゃ、しかしそれは槍を呼び寄せた後のこと、あの破滅を取り除くことは出来なかったのじゃ、その電脳世界の女王は今はその世界の中を逃げ回っておる。至る所に障壁を作られ、そして追っ手に追われ逃げているのじゃ、その眼鏡の青年と同じような能力を持つ者によって抹殺されようとしておるのじゃ、あの魔神は周到じゃ、こうなることも予想していたみたいじゃ、じゃから眼鏡の青年よ、その何度もお主を助けた存在を今度はお主が救うのじゃ」

 李源は今度は達彦を指差してそう告げる、

「僕を助けた?彼女が?あの情報の渦に巻き込まれそうになった時と火葬場で悪魔のプログラムに挑んだ時、あの時の声、それが…?」

 その問いかけに頷く李源、そして達彦の抱えるノートパソコンを指さし、

「李璃の家族になった者よ、その家族を救え、早ように行ってその中に入れてやれ、その機械なら彼女の意識は全て納まる筈じゃ、テラバイトですら表現できん容量のメモリー端末じゃ、どうやってそんな物を作れるのじゃ、不思議じゃわい」

 しかしすぐにそのマシンを立ち上げた達彦はそれと同化して情報の海を泳ぐ、あの彼女を見つけ出しここに導かなければならないのだ。

 その様子を満足げに見つめると李源は、

「さて、昨夜の話じゃ、その抜け殻が魔神から逃れた時に一緒にいたのは美希子という少女じゃ、それは虹の妹、誰でも知っている存在じゃ、その運命に導かれ4人の少女は巡り合う、そして魔神の指先に集められる。しかし最後の時は迫ってきておった。虹の妹、美希子のじゃ、じゃから暗黒に呑み込まれる前に彼女とそして嘆きの魔女は存在を求めて絶望したのじゃ、その絶望が奇跡を呼んだ。あの雨の石と月の石は同時に輝きそして生まれたのがあの存在じゃ、李美の体に美希子の意思持った存在じゃ、再生利用とは考えたものじゃわい、感心するわ、さて、その存在を妹だとあの虹が認識するかな?それを見られるのはわしだけじゃ、いや、奴も見ておるか、この自分の娘達の運命に何を感じるかの…あの男は…それを聞いてみたいがしかし出来ん、まったく運命とは皮肉な物じゃ…」

 そう話を終えると李源は遠くを見つめる。

 その粗末なテントの中で座る男、左目から涙を流す男の姿を。



 廊下を歩く4人はその扉の前で立ち止まる。

 黒装束の魔女に行く手を阻まれたからだ。

「まだ全員を中に入れるわけにはいかないわ、最初に入るのは貴女、あの虹が1番欲している存在、その対面が終わったらみんなで中に入りましょう」

 そう優しく言う希美だがフードの中の眼は赤く怪しく光っている。

 その迫力に気押された3人は魔女の要求に従う意思を示して見せる。

 だから一歩退いて扉から離れる。

 それに満足の笑みを送ると希美は、

「さあお入りなさい、貴女のお兄さんがお待ちかねよ、貴女を憎む無能の王が、だから行ってその無能から解放してあげなさい」

 そう言って扉を開く、

 そして涙を流す美希子は頷いてその中に入って行く、



 部屋に入った美希子の目にソファーに座る兄の姿が見える。

 少し痩せて顔つきが変わった兄、多分何も食べていないのだろう、

 その目を閉じていた希一郎は気配を感じて目を開く、そしてつまらなさそうに話し始める。

「リリーか…勝手に部屋に入ってくるな、目障りだ…」

 そう言ってまた眼を閉じる。

「お兄ちゃん、また何も食べていないの?私が要求しないと昔からすぐにこうなる。まったく駄目な人、私がいないと何もしない、だからほっておけないのよ」

 その言葉に再び目を開いて美希子を見つめる希一郎、そしてまたつまらなそうに、

「なんの茶番だ。リリー、美希子のふりをしたってお前の愛とやらは俺は受け入れてやらないぞ、そんなものはこの世界にはないんだ。美希子がそれを俺に教えてくれた。そんな憎しみに変わる愛なんて信じない、だから美希子を殺すと決めた。それ以外は何もしたくない、わかったらさっさと出て行け、出ていかないなら俺が出て行く」

 そう言って立ち上がろうとする希一郎に美希子は、

「殺したいなら殺しなさいよ、そんな事なんか出来ないくせに偉そうに!みんな妹のせいにして引きこもるなんて情けないお兄ちゃん、いい加減に目を覚ましなさい、そして憎いのなら殺しなさい、さあはやく!私は逃げも隠れももうしない」

 その言葉に希一郎の目が光る。

「えらく達者に日本語を話すようになったな、リリー、練習でもしたのか?この茶番の為に…その努力は認めてやろう、でも俺は忙しいんだ。あの絶望が押し寄せて来やがるからな、それを希望に変えるのに忙しい、この虹の石が引き寄せるんだ。助けてくれと絶望を、これは呪いだ。あの美希子が懸けた呪いなんだ。だからあいつを殺さないと消えないんだ。だからわかったら出て行けよ」

 しかし美希子はひるまない、そして涙を流しながらも微笑んで、

「ほっといても美希子は死ぬって知っているでしょ、だから別に殺さなくても死んでしまうのよ、あなたのそれが呪いならもう解けていてもおかしくない、だって美希子の体は暗黒に呑み込まれて消えてしまったから、だからそれは呪いなんかじゃない、その何でも世界のせいにして、それができなくなったら今度は妹のせいにする。笑っちゃうわ、こんな人が私の兄だなんて、かっこ悪すぎよ、あの恐怖の王の方があなたより数万倍かっこいいわ、もう恥ずかしくて頭が痛くなるわ、情け無いったらありゃしない、あなたが何もできないなら私があなたを殺してあげる。この私にだけは出来るのよ、あなたに苦痛を与える事が、それは私が願った奇跡だから、その対象から私は離れるのよ、これがその証明よ!」

 そう最後に叫んで美希子は希一郎の頬を平手で叩く、

「痛っ!?」

 頬を押さえて驚愕する希一郎、その相手を殴る時だけ得られる苦痛が頬から全身を駆け巡る。

「これで目を覚ました?痛いでしょう、その何千倍の苦痛を私は毎日感じていたのよ、そんなあなたの代わりに、もう泣くことも怒ることもできなくて、だから笑っていたのよ、あなたを心配させないように笑っていた。そうよ、それはわたしが勝手にしたことだからあなたを責める気はないわ、自業自得よ、お互い様に、そんな私に優しかったあなたの事は感謝しているのよ、あんな病魔に侵され死んでいく妹を最後まで愛しているのだから当然よ、だから私はその愛を受け止めるためにここに来た。だからもうどこにも行かないわ、ずっと傍にいてあげる。そして逃げだそうとしても今度は私が追いかける。そうでなきゃあなたは自分で何も出来ないのだから」

 頬を押さえる希一郎、その顔がなぜか恐怖に蒼ざめて行く、

「お前は…リリーじゃない…でも顔はリリーだ。でも美希子だと言っている。お前は何者だ?悪魔達の使いか?俺を殺しに来たのか?それなら…」

 そんな希一郎の言葉は美希子の蹴りで遮られる。

 そして床に転がる希一郎、その苦痛に期待が膨らむ、しかし美希子はその期待を嘲笑う、

「悪魔の使い?冗談じゃないわ、その逆よ、私は女神の使いなの、そんな勘違いはしないでほしいわ」

 その泣きながら笑い怒る美希子を睨んで見つめて希一郎は、

「女神の使い?…なら何で俺を蹴っ飛ばすんだ?その女神って奴はSなのか?」

 その呆れた質問に業を煮やした美希子は、

「その女神に頼まれたのよ、こんな使えない王様を何とかしてくれと、それが出来るのは自分だけだと頼まれたの、あなたがMになりたいなら毎日でも蹴っ飛ばしてあげるわ、嫌でもそれで王様になってもらう、そう誓ったから女神は私の意識だけはこの世界に残してくれた。だから私に楽しさをくれないと怒るわよ、そのクリスマスプレゼントはこの世界の存続でいいから、だから私が楽しめる世界を残してよ、あの約束は覚えているわ、その薄れていく意識で聞いたあなたの約束、それを守れないとは言えないわね、あのメリーゴーランドのある部屋であなたは私に言ったのよ、その約束は必ず果たしてもらうんだからね」

 無言で驚異の存在を見つめる希一郎、その体が勝手に震えだす。

「そうね、わたしが怖いでしょう、あなたが全ての責任を押し付けた存在が帰って来たのよ、だから怖いのは当然だわ、もう逃げ出す場所も責任をなすりつける相手もいない、したくない事をしなくてはいけない、それはみんなのために、それを信じる者のために立ち上がらなければならない、怖いわね、そんな事が出来ると思っていないから、自分は何も出来ないと信じているから、でも私の為なら何でも出来た。違う?お兄ちゃん、それならさっさと立ち上がって現実と向かい合いなさい、今の状況は最悪なんだからしっかりしないといけないのよ」

 冷汗を流しながら希一郎は起き上がり、

「美希子だと?…そんな馬鹿な、どう見てもリリーだ。でも2人しか知らない秘密を知っている…お前は本当に美希子なのか?それならお前の大好物を言ってみろよ、リリーもそれは知らないはずだ。それは俺だけが知る秘密だからな…」

 涙する美希子は微笑みを浮かべると、

「今川焼よ、お兄ちゃん」

 そう言って腕を捲り上げブレスレットを晒して見せる。

 その銀の腕輪に煌くのは雨の石、それは世界の色に染まる石、今は紅く色を変える。

「美希子?そうなのか、帰って来たのか?」

 その返答は熱い抱擁、美希子は希一郎を抱きしめる。そして抱きしめ合う兄妹の姿がそこにある。



「頃あいね、いいわ、もう中に入っても…」

 そう告げる血色の魔女は扉を開けて中に誘う、

 無言でその中に入る3人、そしてその光景に心で悲鳴を上げる者がいる。

 自分が愛する最愛の者が自分と抱き合っている光景、

 それは自分が夢見た光景、でもそれは決して見られるはずのない光景、

 なぜなら抱き合っているのが本当に自分なら見ることなんてできないだろう、

 太陽の娘は敗北する。自分自身に敗北する。その勝ち得なかった愛を惜しんで絶望する。

 同じ顔なのに、同じ体なのに、心が違うだけで負けたのだ。

 もう永遠に希一郎の愛は自分の手で攫む事が出来なくなった。

「キー愛するのは私なくて、変おかしい!」

 それでもその愛を求めて希望にすがる。

 そして絶望に代償を差し出す。

 その差し出したのは憎しみの感情、それは負けた相手を憎みたくないと思ったから…

 そして太陽の石は輝いて李璃のその願いを叶える。

 その光景を天使は見つめる微笑みながら、そして羅冶雄の手を握る。

 その抱き合っていた兄妹、その兄の方が突然妹を突き放す。

 そして部屋の隅に逃げて蹲る。

 蒼白の顔に冷や汗を流し振るえながら、

 ゆっくりと立ち上がると美希子はリリーに振り向きこう告げる。

「別にあなたが絶望しなくてもこうなったのよ、この王様は私が怖いの、もう愛してなんていないのよ、それどころか本当に憎み始めた。私は憎しみの鍵になったのだから当然ね、この兄に愛されるより憎まれる事を代償にこの体を得たのだから、そしてあなたは愛の鍵になったのね、そんな誰も憎めない愛の鍵に、それならこのお兄ちゃんを助けてあげて、こんな怖い私から守ってあげてね」

 そう告げると美希子は涙を流しながら部屋から出て行く、それは悲しいから泣くんじゃない、これが嘆きの魔女の代償だから泣いているんだ。心でそう思いながら部屋から出て行く、

 その部屋の隅で震える希一郎に近づくリリー、

「キー大丈夫?」

 そう言葉を投げかける。すると顔を上げた希一郎がすがるような表情でリリーに抱きつく、

「助けてくれ、あいつが怖いんだ。あいつは俺に命令出来るんだ。そして暴力を奮うんだ。そんなのは信じられない…俺は全ての石の王様だ。それなのになんであいつはだけは…」

 そんな怯える希一郎を優しさで抱擁するリリー

 そして部屋に入ってきた血色の魔女が希一郎の言葉に返答する。

「雨の石は色を持たない無色の石なのよ、それは振り落ちる世界の色に染まるだけ、そんな色がない石は貴方でも支配できない、いいえ、反対に支配される。貴方は今2つの石に支配された。雨の石と太陽の石に、それが揃わないと虹は輝けないのだから、あのスコールが通り過ぎた後の海の上の青空の下で太陽が虹を輝かせるわ、だからもう何も心配しないでいい、貴方は王者となるのよ、この混沌の世界を正すために、そうしてまずは魔神に挑みなさい、あの全ての元凶の存在に、そして暗黒との対決はその後で、その時には光の女王が貴方を導いてくれるはず」

 その言葉を受け希一郎は立ちあがる。

 その手をリリーが優しく握る。

 まず立ち向かわなくてはならぬ者がそれが屋敷の外にいる。

 それは自分の父親の顔をした悪魔、そいつが自分を狙っているのだ。

 だから王は静かに歩き始める。あの魔石を持つ男の許に。



 黄昏の魔女は焦っていた。

 創り出した魔獣達はそのほとんどが無力化された。

 そして目の前の少女、

 その繰り出される剣戟を受け止める槍が悲鳴を上げる。

 重い剣戟、この少女が握る刀は異常に重いのだ。

 しかしそれを軽々と振りまわす。

 この相手はあの太陽の娘のように格闘技に長けているのだ。

 しかも槍の突きを飛んでかわす。

 そしてまるで体重がないかのように高く飛ぶ、そして空中から重たき刃を振り下ろして来るのだ。

 さすがはあの鬼神の娘と言うしかない、

 自分の頼みの力の悪魔はその鬼神と交戦中、その実力は伯仲していて決着がつかない、

 やはりまだ敵の本拠地に乗り込むのは無謀な行為だったのだ。

 しかし太陽の娘の謎を知らねば襲撃した意味を失う、

 だから剣劇の隙に鬼神の娘に問いかける。

「あの太陽の娘はなぜ出てこない、この槍に恐れをなして引き込むのか?」

 その言葉に刀を片手で構え直すと絵里は、

「重要な用事があるから出てこられないだけ、でも私が相手では役不足?あなたは知りたいだけなんでしょう、あの太陽の娘が2人いるその理由が」

 その言葉に黄昏の瞳が光って答える。

「でもお生憎様、わたしは意地悪なの、お・し・え・て・あ・げ・な・い」

 そう言って舌を出して魔女を挑発する絵里、こうして魔女の怒りを誘うのだ。

 戦いは冷静さを失くした方が敗北する。それは基本中の基本なのだ。

 しかしその挑発に乗ってこない黄昏の魔女、その視線を自分から外してよそを見ている。

 その隙をつくのは簡単に出来た。しかし自分もそれを見たいと振り向いた。

 そこには虹の王、あの大剣を構えて玄関に立っている。

 その横には2人の少女、同じ顔をした2人の少女、

「お兄ちゃん、さっさと行ってお父さんを追い返してよ!」

 そんな命令口調の涙を流す少女が鬼神と戦う男を指差しそう告げる。

 その言葉には逆らえない希一郎、そして大剣を構えて大斧を握る男に歩み寄る。

「パパ~親子の問題に手を出してはいけないわ」

 絵里のその言葉に鬼神は棍棒を下して成り行きを見つめる。

 もう1人の少女は無言で黄昏の魔女の前に歩み出る。そしてヌンチャクを構える。

 それで充分だった。黄昏の魔女は理解した。この謎が解明出来たのだ。

 その憎き怨敵は目の前にいる。しかし今はまだ対決の時ではないのだ。

 危険すぎる存在がすぐ近くにいる。

 あの虹の大剣を握る自分達の支配者が、だからもはや太陽との決着など付けている場合ではない、

 あの虹に支配される前にこの場から逃げなければならない、

 そうしなければ自由を失う、

 まだ動く魔獣を呼び寄せその背に跨ると、黄昏の魔女は自分を見つめる太陽の瞳を睨んで見つめその場から走り去る。

「希一郎か会いたかったぞ、お前に教えないといけない事が沢山あるからな、まず最初に教えなければならないのは憎しみだ。それをその心に刻み込んでやる!」

 そう叫ぶと石橋修一郎は巨大な斧を振り下ろす。

 それを虹色の大剣で受け止める希一郎、そしてその言葉に返答する。

「憎しみ?それはもう教えてもらったよ、生憎だが親父それは美希子に、それより酒臭いぞ…まだ酒を飲んでいるのか?体を壊しても知らないぞ」

 しかし斧を構え直した周一郎は、

「お前が買ってこないから殺して奪うしか手に入れる方法が無くなったのだ。この俺に面倒なことをさせやがって、お前が俺に酒を運んでくるのが当然なのだ。王様の父親はそれより偉いのだ。わかったなら俺のために酒を手に入れてこい、それが出来ないのなら躾っけ直してやる…」

 その狂気の男は斧を手に希一郎ににじり寄る。

「俺より偉い?…それは親父じゃないんだけど…」

 そうつぶやいて希一郎は涙を流す少女をちらりと見る。

「とにかくあんたの事はもう父親とは思わない、美希子にあんな酷い事をしておいて父親面がよくできるな、あんたは悪魔だ。あんたが欲を出さなかったらあんなことにはならなかった」

 その言葉に振り下ろされる斧を剣で受け止める希一郎、その力に希一郎の足が地面にめり込む、

「うるさい!黙れ!あれは俺のせいじゃない、奴らが俺を嵌めたんだ。この俺から全てを奪ったのはあいつらだ。だから俺はあいつらに復讐すると決めたんだ。いや、この世界が全部俺を騙していたんだ。だから全員皆殺しだ。俺に従わないのならお前も殺すぞ、希一郎、美希子に何を吹き込まれたのか知らんが、余計な事をこれ以上吹き込むのなら美希子も殺す。そうだ全部殺してしまえばいいだけなのだ!」

 その受け止める剣にかかる力がさらに大きくなる。これ以上は持ちこたえられないくらいに強力に、希望を力に変えふんばるがその狂気の力は増していく、

 しかし希一郎はその狂気を受け止めるしか出来ない、こんな悪魔と化した父親でさえ傷つけられない、もしこの男をこの剣で切り裂けばその呪いに支配されてしまうから…

 焦る希一郎、この状況を自分ではどうする事も出来ないのだ。だから、

「みんな俺を助けてくれ!」

 思わずそう叫びをあげる。

 その言葉に今迄を見ていた者達が一斉に動き出す。

 そして鬼神が最初に行動する。

 その巨大な棍棒で貧弱な男を打ちすえる。

 しかし力の悪魔はその一撃を踏ん張って堪える。

 そして自分に向け武器を構える者達をその狂気の目で睨んで見廻す。

「お前の家来共か希一郎、偉くなったもんだな、この父親を差し置いて王様を気取るとは、そんな事が許せないのだ。だから全員殺してやる!」

 狂気の男は巨大な斧を振り回して闇雲にそこらにいる者達を攻撃し始める。

「まるで正気を保ったラジオみたいだ…」

 その様子にショットガンをぶっぱなす宇藤が感想を呟く、

 この全ての攻撃に怯まない傷つけられない正気を保った狂戦士、そんな力の悪魔の恐ろしさを知る。

 あの鬼神でも互角の勝負がやっとの存在、それがさらに狂気を増して力を得ているのだ。

 巨大な斧を構える貧弱な体格の力の悪魔、その力に皆は気押される。

 その時突然の轟音、

 止めてあった装甲車から主砲が発射されたのだ。

 その砲弾は力の悪魔を吹き飛ばす。

 そして斧を握ったまま広い前庭の隅まで吹き飛ばされた力の悪魔、それを誰もが無力化出来たと確信する。

 しかしその確信は裏切られる。

 起き上がるその悪魔によって、

「何ていう化け物だ…」

 ロケットランチャーを構えて新庄がその感想を呟く、

 そして反撃を想定して皆が重火器を構える中で力の悪魔は皆を睨むと斧を担いで歩き去る。

 その体は微かにふらついている。

 とにかくあの悪魔を撃退することには成功したみたいだ。

 そして装甲車から降りてきた美沙希が遠ざかる男に、

「お疲れ様でした。またのお越しをお待ちしております」

 そう言って頭を下げる。

「冗談じゃないぜ!あんなのにまた来られたら大変だ。こんな時は塩を撒くのが普通だぜ」

 そう言って新庄が美沙希に抗議する。

「別にいいじゃない、もうこんな場所に長居する必要はないし、それに目的も出来たし、やる気のない王様もやっとやる気を出したみたいだし、とにかくここから離れて叔父さんの所に向かわないといけないし、今の砲弾は最後の1発、だからそれを補給しとかなきゃ戦えないのよ」

 その言葉に納得する新庄、そう自分達は行動しないといけないのだ。

 そして虹の大剣をナイフに変えて立ち尽くす希一郎、自分の父親、いや悪魔の力を思い知る。

 あんな連中が沢山いるのだ。この世界には、そしてそれが人々を苦しめているのだ。

 その苦しみが絶望と化して自分に助けを求めてくるのだ。

 その絶望を創り出す者を全て倒さなくては永遠にその苦しみは自分を苛み続けるのだ。

 だから茫然と立ち尽くすしかない、

 その傍らに2人の少女が歩み寄る。

 同じ顔をした少女、優しく微笑む少女と、涙を流して微笑む少女、

 その2人が希一郎の手を握る。



 力の悪魔はダメージを受けていた。

 あの108㎜の榴弾砲の直撃を受けたのだからそれは当然だと言える。

 もし普通の人間なら死体も残らず消し飛んでいただろう、

 しかしこの男は生きている。そんな常識が通用しない力で守られているからだ。

 ふらつきながら男は息子を呪いその家来達を呪う、そうして家来共を呪い全ての人間共を呪う、

 それを皆殺しにしないと気が済まない、

 しかし今はその怒りをぶつける相手がいない、

 ぶつけるだけの力が足りない、

「酒が欲しい…」

 そう呟く男に差し出される酒瓶、

 不審に思い仰ぎ見るそこには微笑む黒人の美女、

「あいつを殺すのには力が足りない、それには酒がもっと必要だ。それにこの斧にもっと血を吸わせないと狂気が大きくならない」

 そう言う男に手を差し伸べ黄昏の魔女は、

「それなら街に行きましょう、そこにならお酒も生贄も沢山ある。そうして1人残らず殺しまくってそしてそれを摘まみにおいしいお酒を飲みましょう」

その差し出された手を握る男は狂気の目を細めて見る。

 自分の作り出す地獄に逃げ惑う者の絶望の表情が目に浮かぶ、

 その虐殺される者達の悲鳴を聞く、

 それは実に楽しい行為なのだ。

 そうして悪魔と魔女を乗せた魔獣は街を目指して山を駆け降りる。

 そこに憎しみに復讐、呪いと絶望を求めるために。







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