奇跡の戦場
3 奇跡の戦場
基地を囲むフェンスを難なく突破して侵入する装甲車、それを数台の戦車が迎撃する。
「やっぱり俺達が来ることは予測されていたみたいだな、おいメガネ、火器管制はまかせたぞ、俺は操縦するだけで手一杯だ。お前が思うように動いてやるからあの戦車を沈黙させろ!」
そう叫ぶ美沙希は操縦レバーやハンドルを忙しく操作する。
「人殺しをしろっていうのか…わかったよやればいいんだろ!」
そう喚いて返事する達彦は火器管制システムと同調すると絶妙のタイミングで主砲を発射させ戦車を1台破壊する。
機械との一体化、2人とも同じような能力を持つように聞こえるが根本的に原理が違う、
美沙希のそれはマシンの構造の把握とその操作法の会得、つまり言葉通りのマシンとの一体化、そしてそれに数秒先を見る予知能力が加わってマシンの性能を超える動きを可能とする。
一方達彦のそれは電子機器との融合、その電子回路を自分の神経細胞と一体化させ自在にそれを操る事が出来る。
だからこのマシンのような自動操縦システムがない機体をコントロールすることはできない、
その両者の違いは大きく分かれるが、しかしそれが1つになると驚異的な力を発揮する。
だから数10台の戦車を数分で鉄屑に変えることを可能にした。
しかしそんな2人は脅威を目にする。
あの破壊して炎上する戦車から兵士が杯はい出てきてこちらに向けて発砲してくるのだ。
思わすそれ目がけて機関砲を掃射する達彦、しかしその砲弾で兵士が倒れる事がない、
「なんだ?どうなっているんだ?」
そう驚く達彦に後部座席から咲石が、
「あの兵士達から防御結界のような力を感じる。奴らは希願者なのか?なら排除するのは困難だぞ」
「それならその結界ごと粉砕してやる!」
そう叫ぶ美沙希は装甲車を兵士めがけて突入させる。
この装甲車自体が呪いの兵器、だからあんなちんけな結界など簡単に破壊できるだけの魔力を秘めている。
その突入に弾き飛ばされる兵士達、しかし後部を映すモニターには平然と立ち上がる兵士達の姿が映る。
「あいつらはゾンビなのか?!」
驚いてそう叫ぶ美沙希に飛来する攻撃ヘリをミサイルで撃墜しながら達彦が、
「そんな存在なら最初の機関砲だけで無力化できたはずだ。あいつらはそんな存在じゃない、あれは組織だって行動している。生きた兵士だ。だけど何だかの力で防御されているんだ。この呪いの能力を無効化出来る能力に、これじゃあ普通の方法では倒せない!」
悲痛な顔でそう叫ぶ、
その言葉に絵里は思い出す。前に研究所で対決した1人の能力者の事を、あの能力を無効化すると言う、そんなハッタリをかました科学者を、しかしあの言葉が真実だったとしたら…
いつの間にか装甲車は兵士の群れに囲まれる。そして見動きを封じるように戦闘車両が2重3重のバリケードを作り装甲車の行く手を阻む、その外では装甲車を破壊するために大量の爆薬が用意されているようだ。
「どうするよ?打って出るか?このままでは車体事吹き飛ばされるぞ」
その様子をモニターで眺めながら大男が棍棒を持ち上げ咲石に尋ねる。
しかし打って出ると言ったってまともな戦闘要員はこの鬼神しかいない、あの宇藤達の幻影でなんとかできないかと彼に振り向くが、それに首を振ると宇藤は、
「残念だが僕達の幻影はとっくに使用済みだよ、しかも驚くべき事に効果はなかった。その理由に思い当たる節がある。あの組織の研究所で人工石の研究は進められていた。あの魔神が握る石もそれで開発された物、しかし別のジャンルを研究していた研究者もいたんだ。奇跡の石の能力の無効化を、そいつの組織での通り名はグレーストーン、あの東国大学の教授で生命学の権威で5つの博士号を持つ天才科学者、その名は立石新之助、あのハイストーンの支配する組織の中で魔神の為にその研究を続けていた。そして彼はそれを完成させたんじゃないかな、それならあの兵士達は無敵の兵士だ。それは僕たちにとって…いや世界中の人間にとっても無敵でいられる。あの魔神はとんでもない物を作り出したんだ。その自分の野望の為に…」
「……」
その言葉に何も言い返せない咲石、自分も知っているのだ。その立石の事は、それは自分を大学教授にしてやると言って騙した存在なのだ、それは許せない存在だ。この手で殺してやりたいほど憎い奴なのだ。
そいつがまた自分の嘲笑い邪魔をするのだ。
今頃奴はあのにやけ面で俺達を見つめて楽しんでやがるのだ。
この自分の研究成果に満足したあのにやけ面で…
許せない、許せない、許せない!
いつも冷静な咲石の心がそんな憎しみに塗り込められる。
あいつのせいで娘を殺してしまったのだ!
そして激昂して装甲車から飛び出そうとする咲石を大男がはがいじめにする。
「落ち着け先生、あんたの過去に何があったのかは知らんが、今はあんたが出て行っても犬死するだけだぞ、そうなったら指揮は誰が取るんだ?あの虹との約束を破るのか?ちょっと頭を冷やせ」
しかし咲石はその拘束から逃れるためにもがき続ける。
「こうすれば効果があるの~」
その後ろから美世が咲石の首筋に針を刺す。
その効果は覿面で咲石は急にぐったりして動けなくなる。
「神経の壺、そこを突いたわ~意識はあるけど先生はしばらく動けないの~でも大丈夫よ話すことは出来るわ~冷静になったら指揮も出来るの~それまで大人しくしていられるの~」
大男はなぜこの看護士が魔女と呼ばれるのかその理由を知る。
この女は決して傍に置いておけない危険な存在なのだ。
この女は針1本で大の男を1人簡単に無力化してしまえる魔女と呼ばれる存在なのだ。
「とにかく先生が落ち着くまで現状の打開策を考えよう、あの爆弾を仕掛けられて吹っ飛ばされてはどうしょうもない、機銃掃射でそれを防いでも弾が尽きたらそれで終わりだ。でも何か打開策があるはずだ。あの人工石はたぶんチャージされた石と同じだ。その効力は永続的な物じゃない、そんな石の力が尽きれば彼らは守護の力を失うはずだ。それまで持ちこたえられる存在は狂戦士化したラジオ君だけだ。だからラジオ君ちょっと狂ってくれないか?」
しかし宇藤のその頼みに羅冶雄は、
「狂えって言われても意識してそうなれるものじゃないんだ。この先生みたいな状態にならないと狂戦士化できないんだ。そんな便利な能力じゃないんだ。だからそれを期待してもらっても困るよ…」
そう返事して頭をかく、
「肝心な時には役立たずか…では鬼神の力に期待するしかないんだけど」
しかし大男はその言葉に首を振ると、
「何だと、あんな飛び道具ばかりを持った連中の中に飛び出していくのは無謀というより自殺行為だ。そんな勝ち目のない行為は戦闘とは呼べん、その提案は俺を殺すための陰謀か?小僧、その時が来たら思う存分暴れてやるがその機会はお前らで何とかしろ」
そう言ってふてくされる大男に絵里が、
「へえ~お父さんもただの戦闘馬鹿じゃないのね、なんか映画のスーパーヒーローみたいに飛び出していくと思っていたのに」
そう言ってニヤニヤ笑う、
「パパはいつでも絵里ちゃんのスーパー―ヒーローだぜ、だからあとでかっこいいとこ見せてあげるよ、だからそれまで我慢してくれ」
そういう大男を今度は半眼で見つめて絵里は、
「何がスーパーヒーローよ、小さい時から道場で娘を散々しごいておいて、おかげで私は中学生の時には無敵の女傑なんて呼ばれたのよ、私は学園のアイドルになりたかったのに…男子生徒が恐れて近寄ってこないのよ…それは全部あんたの評判のせいなんだから、高校生になってやっとその呼び名から解放されたの、同じ中学の生徒が行かない高校に進学したから、でも噂は広まって…それを誤魔化すのにどれだけ私が苦労したか知ってる?猫を被って学級委員まで引き受けたりかわいい服を着てみたりして、だからあのむさくるしい道場着なんて大嫌い、こんな恰好するのも本当は嫌なのよ」
そう言って絵里は自分が着ている戦闘用の迷彩服を示して見せる。
「ものすごく似合うと思うんだけど…」
そんな絵里を目を輝かせた羅冶雄がそう意見を述べる。
そう言われて絵里は怒って羅冶雄を睨む、
「そうか、絵里ちゃんは猫を被りたかったのか?」
そう言って大男が絵里の頭に猫を置く、
「きーっ」
絵里はその猫を払いのけると闇雲に羅冶雄を殴り始める。
「無敵の女傑か…その理由が今わかった…」
そう言い残して羅冶雄は気絶してしまう、
そんな様子を最後部の座席から見つめて李源が、
「何をやっとるのじゃあの連中は?闘いの渦中にいるのに内輪で揉め取る場合じゃないわい」
そう言って呆れたように車内を見廻す。
「ゲン、皆があんなことするは余裕ある証拠、皆は信じる奇跡いいか、この局面を変えられる。そう信じるのは王の加護を信じているから、キーが必ず助けてくれる。リリーはそう信じる」
その言葉に李源は、
「助かるには助かるが、それは無能の王の力じゃないのじゃが…」
そう言って別の場所を見つめ始める。
基地に突入して戦闘行為を開始する装甲車を暗視双眼鏡で覗いて見ている男がいる。
「朴在石、あの連中は阿呆か?待ち構えられているのを承知で突撃して行ったぞ、ありや無謀を通り越してむちゃくちゃだ。まあ、あの装甲車を運転しているのがあの暴走姉ちゃんなら当然か…この俺と同じように恐怖心なんて持ってないんだからな、それに付き合う奴らも大変だろうぜ、まあ、あいつらがどこまでやるか今は高みの見物だ。なるべく多くの敵を倒してもらわないと困るからな」
そう言いながら石崎はコンビニで強引に奪った清涼飲料水を飲み始める。
今は金など払う必要なんてないのだ。
「でもなんか様子が変ですね、あの倒されたはずの兵士がまだ生きている。それも何かの力で守られているみたいに、それにしてもあの装甲車は実に素晴しい動きをする。まるで生きている怪物のようですね、あれが普通の軍隊なら今頃とっくに壊滅している。別に彼らは無謀に突入したのではないのです。知らなかった。あの兵士達の能力を、そういう状況ですがどうしますか?」
同じように暗視双眼鏡を覗くダークブルーストーンが石崎に尋ねる。
「あの親父のことだ。一筋縄でいかないと思っていて正解だったぜ、あの様子だと兵隊達は装甲車の自由を奪い車体もろとも爆破するつもりだろう、そんなんであの気ちがいの叔父さんが作ったマシンを破壊できるとは思わないが…でもその時がチャンスだぜ、まとめてあの兵士達を始末できる。あいつらの持つ守護の力がどれだけのものか知らんが抱きつかれて吹っ飛ばされても無事でいられるかな?まあ道はあいつらがつけてくれたしこっちの準備は整っている。なら俺達も行動を起こすぞ、用意しろ」
そう告げられてダークブルーストーンは合図の照明弾を打ち上げる。
そして待機していた10台の観光バスがその合図に一斉に動き始める。
「数は増やしておきました。200人、それは私が支配出来る限界ですが…あの爆薬はその全てに配分されています。後は結果待ちですか?その効果を確認しないと迂闊に動けませんが…」
しかしその言葉に答える存在の姿はない、そこには清涼飲料水の缶が転がるだけだ。
それを見て溜息を吐くと彼も戦場に向い走り始める。
あの恐怖を振りまく存在は守護の力など認めない、そんな守られていると信じる者ならなおさら恐怖に慄くだろう、それが彼の楽しみなのだ。そして自分の楽しみでもある。
青竜刀と呼ばれる武器だけで武装した群青の悪魔はこの賭けの勝利を願い、その戦地に赴く。
戦場には変化が生じている。あの装甲車が突入した時のフェンスの隙間から数台の観光バスが基地の中に突入して来る。それを察知した兵士達が観光バスめがけて銃撃を開始する。
ここに侵入してくる者は全て敵だと指示を受けているのだ。
やがて停止する観光バス、それが動き出す気配はない、
警戒しながらそれらに近づく兵士達、しかしその選択は間違っていたのだ。
バスの扉が開いて人間達が飛び出してくる。それも兵士ではない普通の格好をした人間達が、
その姿に思わず発砲を躊躇う兵士達、その民間人を守るのが使命という義務感が発砲するのをためらわせた。しかしその選択も間違っていたのだ。
その助けを求めるような表情を浮かべた人々は兵士達に抱きついて行く、
そして大爆発が起こる。
その爆発の破壊力は兵士達が持つ守護の石の力を超えていた。
その大爆発が起きるたびに兵士達とそれに抱きつく人間の姿が消える。
その様子を見た他の兵士は恐怖に慄く、
この自分達が持たされた守護の石の力は絶対ではなかったのだ。
その恐怖に銃を乱射する兵士は突然その首をはねられる。
そんな守護の力が暗黒には効果がないことに暗黒の剣を手にする石崎は満足する
爆発と消滅に混乱する戦場、実戦経験の乏しい兵士達はこの奇襲に混乱して敗走して行く、
「残りの者は建物を破壊するために使用しろ、とにかく攪乱して俺が自由に動ける状況を作るんだ。奴らに反撃する機会を与えるな」
追いついてきたダークブルーストーンにそう命令すると石崎の姿が見えなくなる。
そして弾薬庫やまだ使用出来る兵器が爆発と共に炎上する。
その恐怖の王に支配された軍団がこの戦いに参戦してきたのだ。
基地の司令官にとってそれは想定外の事、その対応に必死に指示を出し続ける。
外部を映し出すモニターが突然ブラックアウトする。
「おいメガネ!何のつもりだ?」
その状況に美沙希が叫ぶ、
「見てはいけない事が外で起きているんだ。あんたと鬼神と魔人以外はその光景に耐えられない、あんなものをみんなに見せるわけにはいかないんだ…」
恐怖に震える達彦は黙ってケ―ブルで繋がれた端末モニターを美沙希に手渡す。
「なるほど…」
その映像を見て納得する美沙希、こんな事に1番敏感な馬鹿が気絶しているのは幸いだ。
その兵士と共に自爆していく人間達に眉を寄せて見つめる美沙希、こんな事を平気でしでかすのはあいつ以外には考えられない、
「おいメガネ、この端末を車体前部のモニターに変えろ、それを見て操縦する。急がないとお姫様は恐怖の王に攫われるぞ、そんな震えている場合じゃない、早くしろ」
しかしその言葉に達彦は、
「言われた通りにしたよ、でもどうして僕をメガネと呼ぶんだ?他にも眼鏡をかけている奴もいるのに…」
操縦を開始した美沙希はその質問にこう答える。
「学校に通っていた頃にお前みたいな奴がいたんだ。コンピュータお宅の眼鏡野郎が、そいつによく車のICを改造してもらったんだ。そいつのあだ名がメガネだった。理由はそれだけだ」
そうして達彦は思い出す。まだ奇願者じゃなかった高校生の頃に車の電子部品を持ち込んで自分に改造するよう求める女生徒がいた事を、
「そんな恰好をしていたから気づかなかった…あんたの名前は知らなかったからね、金の女王とみんな呼んでいたから、あの学園1の不良娘、入学して半月で学園の不良達を支配した女生徒、そして無免許で車を運転して登校してくる不良娘、そんなことをして退学にならないのを不思議に思っていたんだけど…でも君の本名を知ればその理由がよくわかる。あの学園の理事長の娘だったのか…」
その言葉に微笑むと美沙希は、
「今頃気づいたのかメガネ、しかしお前の改造は完璧だったぞ、あの叔父さんも誉めていたぜ、だから信用しているん。、お前の事を、そして希願したんならお前の力はより強くなっているはず。だから改造しろこのマシンを、お前なら気づいているはずだろ?このマシンは組み替える事で構造を変化させる能力があるのを、その機能を変えないとあのバリケードを突破できない、だからモード変換システムを起動させてくれ、残念だが俺にはそれが出来ない、だから頼む、俺の体を変えてくれ」
そう告げる美沙希の言葉に答えるため達彦はそのシステムと同調する。
そして装甲車のサイドから四本の棒が突き出していく、そしてそれは途中から折れ曲がり四本の足を構成する。
その足が車体を支え立ち上がらす。
そして移動手段を四足歩行に切り替えた装甲車はバリケードを乗り越え基地の奥に向い進撃を再開する。
増援要請の返答に思わず手にしたレシーバーを床に叩きつける司令官、
「増援は出せないだと!何を馬鹿な…ここを死守せよだと?そんな事が出来るか、あの化け物に襲われているのだ。この我々の想像を超えた怪物共に、この自分達の持つ護石の力も及ばないそんな怪物達に!」
司令室に残る副官にそう喚くが返事がない、それを不審に思い振り返ると、
横たわる副官の死体、その首は見事に両断されている。
噴き出す血の音が、それが今起こったばかりの事態だと知らせている。
剣を握る少年がそこにいる。女のような顔をした無表情な少年が、
思わず拳銃を取り出し構える司令官、その額に汗が流れ落ちる。
しかし構えられた拳銃を平然と見つめ少年は話し始める。
「4人の少女がここにいるはずだ。その1人に用がある。その場所を教えろ、そうすればお前だけは見逃してやる」
その質問に答えればあるいは命は救われるかもしれない、しかし答えられない、あの4人の少女の所在を確認できていないのだ。そして答える気などないのだ。こんな憎むべき奇願者などに何も答えてやる必要などないのだ。
だから無言のまま司令官は引き金を引く、
返答はこの発射された弾丸なのだ。
しかし弾丸は何の効果も少年に与えない、いや、その返答に満足の笑みを作らしただけだ。
「なら自分で探す」
そう言って少年は剣を振り上げる。
自分に死期が迫りくる。
希願者に殺される。それは1番自分が望まぬ最後なのだ。
その理不尽が、怒りが、憎しみが、呪いとなって司令官の心を満たす。
その石崎が何気なく振り下ろした剣は何かに弾かれる。
司令官の左手が光っている。
その力が暗黒の刃を防いだのだ。
「へーっ、中々面白い見物じゃないか、あの虹以外にこんな事が出来る奴がいるとは思わなかったぜ、その力が何であるかわからないが俺の全力を阻止できるかな?試してみたいが時間が惜しい、命拾いしたなおっさんよ、その力に免じて見逃してやる。そして親父に伝えておけ、最後に笑うのはこの俺だとな」
そう自分に告げた少年はもういない、そして司令官は自分の手にする石を見つめて呟く、
「神は私を救ってくれた。あの恐怖から守ってくれた。それに答えなければならない」
司令室の操作パネル、それを操作してパネルの1部を開放させる。
そこに鍵を差し込んで回す。
そして警告音が鳴り響き時限装置が解除される。
そして躊躇いもなく最後のボタンを押す。
タイマーがカウントし始める。
同時に施設内にアナウンスが流れ始める。
『自爆装置が起動しました。緊急に避難してください、カウントダウンを開始します』
残り時間は20分、それまでにここから脱出するのだ。
その方法は手配してある。それに辿り着ければ任意に爆発も起こせるのだ。
この基地の地下には大量破壊兵器が仕掛けられているのだ。
ここに集う希願者をすべて排除するための切り札が、
そのカウントダウンを告げるシステムを拳銃で撃ち壊し司令官はここから脱出するため行動を開始する。
施設内を歩いて回る石崎、いつの間にかその背後にダークブルーストーンが続く、
「敵兵は壊滅状態、こちらの手駒も残っていません、まだ残存兵がいるみたいですので私が護衛に来ました」
そう告げる悪魔に石崎は、
「馬鹿言え、その護衛が必要なのはお前の方だろ、あいつらに能力は通用しないんだぜ、お前であいつらを倒せるのか?」
それに答える悪魔は、
「奴らの守護の力を理解しましたから大丈夫です。あいつらは憎しみの力で守護されているのです。しかし私の持つこの刀は憎しみに満ちた呪いの武器、だから奴らの防壁などたやすく粉砕できるのです」
その青龍刀を握りしめた悪魔はそう言って笑う、その握る刃は血で染まり赤くなっている。
「それなら雑魚の始末はお前に任せる。とにかく時間がない、こういう展開には最後に自爆が付き物だ。だからあえて司令官らしい奴を逃がしてやった。この施設内に女がいないとなると天使に消されている可能性がある。あの虹の手下の装甲車まで行けばそこに現れるに違いない、だからそこまで行くぞ」
そう告げて歩く石崎の背後から突然声が聞こえる。
「ごめんなさい、それはさせないわお兄様、あの美希子に誓ったの、奇跡が起きるまで誰にも邪魔させないと」
そう告げるのは苦痛の魔女、そして石崎が向かう廊下の先から悪魔の頭領とその手下達が現れる。
「俺の邪魔をする?なんでお前にその権利がある。薄汚い売女のくせに、生意気な奴め、そんなに俺に殺してほしいのか?妹なんて俺には関係ないぞ、だから邪魔する奴は排除するだけだ」
そう告げて振り返る石崎が構える暗黒の剣、それに希久恵が飛びかかり自ら自分を串刺しにする。
そして剣を握る石崎の両手を押さえ動かせなくする。
「何っ!?」
その行為に驚愕する石崎、
「ごめんなさい、お生憎様、私は死ねないの…でも痛いわ…暗黒が…苦痛が…まるで凍えるような苦痛を私に与えている…あの美希子はこんな痛みに耐えていたのね…なんていう精神力…私でもこんな苦痛は長くは耐えられない…快楽に変えられぬ苦痛…だからその気丈な友達の為にお兄様にこのまま付きまとう…そう決心したの、そしてあの男もお兄様と敵対する道を選んでくれた…」
ステッキを突いて悪魔の頭領は石崎にこう告げる。
「恐怖の王よ君を私は魔王とは認めない、しかし君が我々を支配しようと決めてもその過去を変えて従う事に抗おう、だがその裏切り者だけが君の部下だとは認めよう、我々は暗黒に呑み込まれるのをよしとしないと決めたのだ。君が全ての存在を否定するのならその手先にはなれないのだ。我々は存在したいと願っているからね、そうしなければ苦しめる事が出来なくなる。我々は独自に苦しみを世界に演出する。今は訣別の宣言をしに来たのだ。この世界の破滅など我々は望まない、しかし世界の消滅も望まない、だから魔神とも君とも協力しあえない、もちろん虹ともそれは同じだ。我々は我々の為だけに行動すると決めたのだ。それに異存がないなら自由にさせてもらおう、まずは裏切り者の処刑を始めるとするかな」
そして目を光らせる悪魔の頭領は群青の悪魔を見つめる。
青竜刀を振りかざすダークブルーストーン、しかし勝ち目がないことは理解している。
あの悪魔の家族の幹部達がここにいるのだ。それに自分だけでは到底太刀打ち出来ない、
「しかしこの男の処刑をやめてもいいのだよ、恐怖の王よ、その魔女の望みを聞いてもらえるのならね、彼女は君といることを望んでいるのだよ、家族だからね、その兄を慕う妹、かわいいとは思わないかね、しかも君の力になりたいと考えているのだよ、なんて兄思いの妹なんだろう、私はこの話に久しぶりに感動したのだ。さて部下を失うか妹を得るか、その選択は2つ、さあ決めたまえ」
その悪魔の頭領がせまる選択に無表情に目を細める石崎、この自分には部下も妹も必要ないのだ。しかしそれでは自分はまた1人になってしまう、表情を失くし、苦痛を失くし、恐怖を失くした自分にもまだ無くしていない物がたくさんあるのだ。寂しさ、その感情は失くしていない、それは今迄忘れていただけだ。それを思い起こさせたのはあいつだった。
天使を愛するあの男だった。
石崎は妹の体から剣を引き抜くとそれをナイフに変えてポケットにしまい込む、
「お前には洗いざらい知っている事を話してもらおう、それでも俺と行きたいなら立ち上がれ、足手まといなら置いて行くぞ」
突然剣を引き抜かれてうずくまる希久恵にそう告げる。
「我々の提案を承知してくれたと判断していいのかね?なら裏切り者の処刑は延期しよう、しかし我々は裏切りを決して許さないのだ。ダークブルーストーン、君の王が賢明で幸運だったな、ならば王の傍から離れぬ方がいいぞ、我々の前にその姿をさらしたらそれが最後の時と思え、それでは恐怖の王よ時間が緊迫しているのでこれにて失礼」
帽子を取って礼をすると悪魔とその頭領の姿は暗闇に見えなくなる。
「どうしてこんな選択を?私を犠牲にしてもあの悪魔共を一掃するべきだったはず。あなたなら出来た筈、それをどうして…」
「やかましい!」
ダークブルーストーンの抗議はその叫びで止められる。
「もうこんな所には用はない撤収だ…」
そう言って石崎はふらつきながら立ち上がる希久恵を強引に抱きかかえる。
「俺と来るなら恐怖で発狂するぞ、それでもいいなら連れてやる」
お姫様抱っこされる希久恵はその言葉に頷くと、
「ごめんなさい、大丈夫…よ…お兄様…私はとっくに…狂っている…」
苦しそうにそう返事する。
「朴在石、チャージされた力で加速能力を使え、そして俺についてこい、俺の読みは正解だったと悪魔の頭領が証明したんだ。ここは危険だ。だから逃げるぞ」
自分だけならいかなる爆発が起ころうとも無傷でいられるだろうが、そうはいかない者もいる。
妹を抱えたまま加速する石崎、その後ろを群青の悪魔が続く、
そして3人はこの奇跡の戦場を後にする。
装甲車に攻撃を加えてくる敵の数が減っていき、そして最後は攻撃する者がいなくなる、
「どう言うことだ?」
やっと落ち着いてきた咲石はこの状況を疑問に思う、
「奴らひょっとして多舞達を連れて敗走したんじゃないか?」
気絶から回復した羅冶雄がその懸念を思わずつぶやく、
「それはないと思う、レーダーにはここから出て行く機体は確認されて無い、それに地下にもセンサーを埋め込んで調べてみたけど変な施設があるだけで脱出用のトンネルなんてないよ」
その呟きに答える達彦に咲石がまた質問する。
「施設だと?それがどう言ったものかわかるか、それが奴らの敗走の理由かもしれない、それを詳しく調べられないか」
そう言われ達彦は目をつむるとセンサーを地下のケーブルの1本に接続させその構造を検索し始める。
「何てことだ!自爆装置、それもかなり大規模な物、それが稼働している。奴らの敗走の理由はこれだったんだ!」
そう叫ぶ達彦に美沙希が、
「おいメガネ、それを停止することはできないか、それには制御システムがあるんだろ、それをいじって停止させろ」
しかし達彦は首を振ると、
「制御システムは破壊されている。そのシステムを再構築して制御するには時間がかかる。あと7分で爆発するんだ。そんな暇はない」
その言葉に咲石は美沙希に問いかける。
「ここから脱出するのに何分いる?」
「1分もあれば充分だ」
咲石はその答えに2人の男を見る。
「俺たちの出番がやっと来たという状況だな、お前の予想通りなら彼女らは姿を消しているはずだ。おい坊主、外に出るぞ、お前が彼女らを探すんだ」
そう言って大男は羅冶雄の襟首を掴むとハッチを開けて外に飛び出す。
それに絵里が続いて飛び出して行く、そしてリリーも。
走る4人、その先頭を走るのは羅冶雄だ。
それには理由がある。羅冶雄は多舞の気配をなぜか感じる事が出来るのだ。
だから闇雲に走っているわけではない、
「あそこにいる。3人?…だ」
そう言って羅冶雄が指差すのは巨大な燃料タンクの上、
「なんであんな所にいるんだ?」
そう叫ぶ大男だが剣呑な気配を感じて思わず辺りを見廻す。
無人の機械が動き出してこちらに向かってくる。
それは悪魔の頭領の要塞で見た戦闘ロボットと同じ物、ただ武装が違う、バルカン砲が装備されているのだ。
その掃射されるバルカン砲を飛んで避ける大男、それに物陰に隠れた絵里が、
「スーパーヒーローならあれをなんとかして見せてよ、それが出来たら今度からパパと呼んであげる!」
そう叫んで無線機を取り出してこの場所を報告する。
その自動機械は1台だけだが人間が素手で相手するのには不可能な代物だ。
しかし不敵な笑みを浮かべた大男は棍棒を掴むと素早くバルカン砲の死角に回り込み、そして3本脚のうちの1本をそれで殴りつける。
金属音の後1本の足が折れて自動機械は各座する。
しかし銃口を旋回させ移動する大男に狙いを定めようとする。
「燃料タンクに発砲されたら大変なことになるぞ!」
物陰に隠れそう叫ぶ羅冶雄にウインクすると大男は機械の足元に滑り込む、そして機械に昇りはじめてその銃口を棍棒で叩いて変形させ飛び降りる。
暴発するバルカン砲、そして機械は沈黙する。
それに要した時間は15秒、とても人間業で出来る事じゃない、
それを確認するより早く羅冶雄とリリーは燃料タンクに向い走り出す。
その燃料タンクの上には3人の少女がいる。
多舞はその能力を解いて2人の存在を元に戻している。
いや正確には2人半、美希子にはもう下半身がない、
「李美ちゃん、あと3分よ、もう3分後に私達は消滅するの、あなたは端末を失い私は暗黒に呑み込まれて…」
その状況を絶望的だと表現する以外にない、それが必要でわざわざ苦労してこんな場所に昇ったのだ。
「綺麗な月ね、私の目で見る最後の月、それはあなたの石の輝き…」
携帯電話に話しかける美希子、返事はないが確実に相手にその言葉が伝わるのを感じる。
その暗黒の浸食はさらに加速する。そして消え去る腕から携帯電話が転がり落ちる。
絶望の時が来た。
絶望する2人の少女、その絶望に自分の存在を求めて互いに代償を差し出す。
燃料タンクの上に続く梯子の途中で羅冶雄とリリーは上の方の輝きを見る。
天使の見つめるその許で2つの奇跡が同時に起きる。
輝くのは2つの石、その雨の石と月の石が同時に輝き絶望する者の願いを叶える。
そうして鍵が作られる。あの無能の王を真の王者にする為の鍵の1つが…
羅冶雄が燃料タンクの上に辿り着いた時にはそこには2人の少女がいた。
微笑むのは自分の最愛の少女、
そして涙を流すのは自分と共にここに登ってきた少女、
そんなはずは?と振り返る羅冶雄、そこにリリーが立っている。憮然と立っている。
この月の光の下で起きた奇跡とは…
その涙を流す少女が話し始める。
「初めまして、私は石橋美希子です。そして月石李美でもあるんです。暗黒に全てを飲み込まれる前に奇跡を起こして見せました。私の心をこの子の体に移し替えたんです。そして私の体は暗黒に呑み込まれ消えてしまいました。これがその形見です」
涙を流す少女はそう言って腕を差し出す。そこには雨の石が埋め込まれたブレスレットが…
「詳しい事情はお兄ちゃんの許に向いながら説明します。時間がない、そういう状況なのは知っています。李美ちゃんがあと2分だと言っています。ここから飛び降りないと間に合いません、しかしその必要は無いようですね…」
そう言われた羅冶雄は下を見て驚愕する。
あの4足の先を爪状に変化させた装甲車が燃料タンクをよじ登ってくる。
「全てはうまくいきました。あとはあなただけ」
月光の下で涙を流しながら微笑む少女はもう1人の自分を指さす。
風が3人の少女の長い髪を揺らして通り過ぎる。
タンクの頂上にたどり着いた装甲車のハッチが開き動けるようになった咲石が中から叫ぶ、
「早く乗れ!」
3人の少女をその中に強引に押し込んで最後に羅冶雄が飛び込みそしてハッチが閉じる。
「美希子はどうした?」
その咲石の質問に羅冶雄は答えられない、何て答えたらいいかわからない、
ジェットエンジンを最大に吹かした装甲車はタンクの上から飛び降りる。
しかし地上には落下しない、まるでミサイルのように空中を滑空する。
その背後で閃光が起きる。
その後に来る衝撃波にさらに加速され装甲車は宙を飛ぶ、
その車内の中の皆はしかし無言、無言で2人の少女を見つめている。
鏡に映されたように同じ顔をした2人の少女を、
操縦する美沙希だけが1人で呟く、
「俺達は失敗したのか?」
その呟きに答えられる存在が1人だけいる。
しかし今は答えない、この太陽が絶望するのはもっと後でよいと考えているからだ。
地上に着地する装甲車、その衝撃も内部に伝わらない、
とにかく使命を果たしたと判断した美沙希は装甲車を帰還するためのコースに乗せる。
その判断は正しかった。
しかしそれで王は納得するか?
李源は未来を予測して溜息を洩らす。
しかしその溜息は車内の誰にも聞こえなかった。
空を飛ぶ装甲車を山の中腹で見つめて石崎は、
「あいつらいいおもちゃを持っているな、うらやましいぜ」
感心したようにそう告げる。
そして閃光と爆発、その爆風は周囲の山の木々を大きく揺らす。
あの奇跡の戦場は跡かたもなく消し飛んだ。その痕跡を残さず全て消し去った。
「へーっ、中々の威力だな、あんな場所にいたら俺でも無事であったとは思えないぜ、しかしあの司令官めうまく逃げだしやがったぜ、悪運の強い野郎だ。ただの人間の癖に、それより希久恵、さっきの話は本当か?虹の妹が生きているというあの話だ。俺はとっくにくたばっていると思っていたぜ、あの基地に行ったのはその確認のためだけだ。お前の話が本当ならお前を拾ってやったのは正解だったと今では思う、俺は奴の妹の顔をあまり知らないからな、こんなもんを持っていたら早く出せよ、じゃないとそんな目に遭うんだぜ」
プリクラの写真を繁々と見つめる石崎、それを血まみれになった希久恵が黙って見つめる。
その口元は微かに笑っている。
「痛めつけてもお前に効果がないのは理解した。お前は変態だ。兄としては恥ずかしくなるくらいのな、朴に痛めつけさせたのに逆にそれを楽しんでやがる。気違いの変態だな…お前は、だから朴の野郎を痛めつけるのはやめろ、お前の力も理解した。もう精神を支配させて洗いざらい話させるのはもうやめだ。だから奴を苦痛から解放してやれ」
苦痛にのたうちまくるダークブルーストーンの苦痛が消える。
「苦痛の魔女と呼ばれる理由は理解した。その力は俺の役に立ちそうだ。それに俺には効果がないのは都合がいい、いい加減に起き上がれよ、化け物、もう怪我は回復しているんだろ、まったくあの女はとんでもない化け物を作ったもんだ。感心するぜ」
起き上がりながら希久恵は、
「ごめんなさい、お母様の事をあの女呼ばわりにするなんて、お兄様を生んでくれた存在なのに…」
力無くそう答える。
「何がお母様だ。そいつを殺したのはいったい誰だ?よくそんな事が言えるな、俺が知らないとでも思っていたのか?あんな面倒な葬式に俺を出させやがって、暑いのに喪服を着せられたんだぞ、そしていちいち焼香する奴に頭を下げる。そんな事はもう御免だ。どうせ殺すんだったら行くえ不明にするぐらいの知恵を働かせろよ、まあ化け物にはそんな知恵はないか、もうそんな昔のことはどうでもいい、問題はこれからどうすべきかだ。俺にとって最大の敵は今は親父の野郎だ。あいつの陰謀が成功すると俺の野望が潰えてしまう、それは阻止しないといけない、その時間は少ない、あの虹の野郎の相手をするのはその後で充分だ。あの親父を殺してやる。これで兄妹そろって親殺しだ。お前もそれを望んでいるんだろう、ならあいつのいる場所を突き止めないといけない、その情報が必要だ。あの組織の連中にかけあってみるか、なら朴在石よ、あのファイヤーストーンと交渉しろ、あの組織をあいつにくれてやったのは俺だ。だから交渉はこっちが有利だ。それにもう少し手駒がいる。そうだな…組織に属さない希願者を見つけ出して手駒にしよう、やることはたくさんある。いつまでも寝ている場合じゃないんだぞ、さっさと起きろ」
その言葉に朴在石は起き上がる。そして自分自身に暗示をかけて苦痛の余韻を取り除く、
「何にしても拠点は必要だ。いい場所があればそこまで案内しろ」
「御意」
そう答えてダークブルーストーンは歩き出す。その後ろを兄妹が歩く、
恐怖の兄妹、そう呼べる存在達が。
消滅する基地から脱出した司令官、彼を乗せた大型の機体は垂直上昇からエンジンを横向きに変化させ速度を増して大爆発から離脱する。
それに乗り込んでいるのは生き残った彼の部下、そして1人だけそれに関係しない者が乗っている。
司令官はその白衣を着た中年の男を睨んで見つめる。
彼は自分が憎む祈願者の1人なのだ。
その存在が自分の視線に気づいて見つめるモニターから視線をはずし、そしてにやけ笑いで自分を見つめ語り始める。
「ありがとう、メタリックホワイトストーン、君のおかげで多くのデーターを得る事が出来ましたよ、特に君は石が暗黒にも対抗出来る事を証明してくれた。これは偉大な功績ですよ、君の昇格を魔神に進言しておきましょう、その憎しみの感情の力は全てを否定する力に対抗出来たのです。素晴らしい、実に素晴らしい事だ。感情には力があると言う証明、それが私の追い求めていたテーマなのです。君の握る石には憎しみの感情が込められているのですよ、多くの人間の憎しみが凝縮されてね、そしてその持ち主が同じ感情を抱いた時に石は最大の力を発揮するのです。能力者の力を無効化することも、暗黒をも退ける力を、私の研究は成功したのです。組み上げた理論は正しかったのです。その材料があれば石は大量に作り出せます。それを握る者だけが魔神の創り出す新世界に立てるのです!」
司令官に熱弁を語るのは立石新之助、新組織の大幹部の1人、しかし司令官はこの男が嫌いなのだ。希願者だから嫌いなのだ。
その嫌いな男は更に熱弁を続ける。
「生命力には起源があるのですよ、それは存在を求める意思です。その根本は願望と表現される感情、その根本から全ての感情が生み出されるのです。生きるために全ての生命は感情を得るのですよ、草や虫にも感情があるのです。それは我々人間には原始的過ぎて本能としか呼ばれていませんがね、その感情は大きく2つに分類できるのです。負の感情と正の感情、負の感情を否定する感情が正の感情、愛とか友情とか正義とかそんな言葉で表現されているのです。その逆に正の感情を否定するのが負の感情、憎しみとか妬みとか怒りとかそんな言葉で表現されているのです。その感情は全てが表裏一体なのですよ、愛情も裏返せば憎しみに変わるのです。そして全ての負の感情の行きつく先は絶望なのです。そして全ての正の感情の行きつく先は希望なのです。そしてそれも表裏が一体しているのですよ、希願者の持つ石はその表裏を完全に一体とすることで奇跡の力を生み出すのですよ、その絶望に抱いた感情に差し出した代償を希望の力に変えるのです。実に単純な理論なのですよ、それで私は感情だけを集めれば人口的に石を創り出せないかと考えたのです。それには実に苦労しました。苦痛を与えると人は最後に必ず絶望に行きついてしまいますからね、憎しみや怒りの感情だけを集めるのには苦労しました。ハイストーンの協力なしではなしえませんでしたよ、そして集められた感情を石に封じ込める事に成功したのです。人工的に呪いを創り出すことに成功したのです。君が握る石も元は道端に転がる只の石ころに過ぎなかったのですよ、神の配慮に感謝するべきですな、君はその持ち主に選ばれたのですから」
司令官はそこで言葉を切った科学者に銃口を向ける。
「そんな戯言はどうでもいい、ではなぜ私の部下は奴らに敵わなかったのだ?みんな石を持っていたのに、私を騙したのか?、それなら貴様を許すわけにはいかない」
しかし銃口を向けられても立石は平然として、
「さっき説明したはずです。材料が足りなかったのですよ、だから兵士たちが持つ石は力が弱すぎたのです。でももう大丈夫です。今この世界は多くの負の感情で満たされているのです。それを集めるマシンはフル稼働しています。だからあなたと同じ力を持つ石を量産する事が可能なのです。あんな悲劇はもう起きないでしょう、それを私は約束します」
下げられた銃口、立石の言葉に納得した為ではない、この男の能力を思い出したからだけだ。
この臆病者の科学者は自分を守護する能力を得ているのだ。
発砲してこの五月蠅い口を黙らせる事は出来ないのだ。
この憎むべき奇願者の許を離れるため司令官は機内を歩く、
目的地はすぐ目の前、明かりの燈らぬ高層ビル群のその向こうに我らの拠点がそこにある。
魔神の聖地がそこにある。