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ミラクルストーンⅢ  作者: 北石 計時朗
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希望を信じる者達

1 希望を信じる者達


 ある山奥の朽ち果てかけた古い洋館、その1室でベツトの上でうずくまる少年が1人、

 その少年の名は石橋希一郎、あの虹色に煌く石を握る者、そして唯一、こんな今の世界を救える存在、、

 しかし彼は何もしないでただうずくまる。

 自分が唯一この世界で必要とした存在に拒まれた。その事実が心を傷つけ再び世界を呪い始めた。

 だから何もしないと決めたのだ。

 もう希一郎は丸2日ベツトの上でうずくまるだけだ。



 かつて預言者と呼ばれたストーンマザーが暮らしていた洋館、そこに今は多数の男女が寝泊まりしている。

 それは希望を信じる者達、自ら握る石に希望を託した者達の集まり、自分達をミラクルストーンズと呼称している。

 しかしその全員はもう2日も何も行動できないでいた。

 その数人が集うリビングのテレビでは現在の世界中の惨状が映し出されている。

 その隕石落下と称される悲惨な現場の光景、そして公表された巨大隕石の存在、何のあてもなく逃げ出そうとする人々を映し出す映像、それに対し落ち着いて行動するよう、そして自宅に待機するよう政府の勧告が再三繰り返される。

 そして巨大シェルターの存在が公表される。

 更に国民の中でランダムに選ばれた者にその中に避難する資格が与えられると告げられる。

 その資格とは携帯端末に送り着けられるパスワード、そのカード、それを持つ者だけがシェルターの場所を知り中に入れると告げられる。

 その公表をソファーに座りテレビ放送を見つめながら1人の男が思わず呟く、

「馬鹿げている…」

 そう呟いたのは咥え煙草の胡散臭い風貌の男、そんな新庄は思わず煙草を灰皿でもみ消しそしてリモコンを取り上げるとテレビの電源を落とす。

 それと向かい合うように座る白衣の男がもみ消された煙草の吸殻から立ち昇る煙に顔を背け、

「いい加減に煙草をやめろよ肺癌になるぞ」

 そう新庄に抗議するが、しかし2本目の煙草に火を付けながら新庄は、

「俺の健康を気遣ってくれるのはありがたい話だ。しかし先生よ生憎俺は不死身なもので、その肺がんって病気には絶対にかからないのさ」

 そう言って大げさに煙を噴き出す。

「お前の健康なんか気づかっているわけではない、煙草はそれを吸う者の付近にいる人にも害を与えるのだ。だから吸いたいのなら人のいない場所で吸え」

 そう言って咲石は立ち上がるとリビングを出て行くために歩き出す。

「ごめんなさい~先生はいらついているのよ~この2日間何も出来ないでこんなところに足止めされているから~その間にも世界は変わるの~あの魔神と名乗る男の思い描く世界に代わって行くの~」

 何か楽しそうな雰囲気で話すのはピンク色のナース服の女性、石堂美世、それはピンクの魔女と呼ばれる女だ。

「世界中があの男に痛めつけられている。それを見るのがそんなに楽しいのか?」

 そんな魔女の言葉に新庄はその魔女を睨んで再び煙草を揉み消す。しかし美世は返事をしないで舌を出す。

「狂ってやがる。誰も彼も、あんな大量破壊兵器が使用された事を隕石のせいだとぬかしてやがる。しかも巨大隕石の到来だ。まったく地獄の世界とはよく言ったものだ。この世界中の人間がたったの1晩でその地獄の亡者になったんだ。それを助けたいと思ってもその蜘蛛の糸は細すぎる。いやこの世界にまだ届いてすらいないんだ。だからいらつくのも当然だ。あの先生だけでなくてもな、どうすれば世界が救えるか、しかしその方法がわからない、この世界をこんな風にしちまったと言われる虹の扉は引きこもったまま出てこない、まるで八方塞がりだ。まったく嫌になっちまうぜ」

新庄のそのぼやきと言える言葉に答えるのは安楽椅子に座る中年の女性、

「違うわ、その救いは必ずもたらされるわ、あのお母様の預言は確実に変化している。この破滅は止められるの、あの彼を信じるのなら必ず」

 そう言って赤石香奈枝は銀色の石を手で弄ぶ、あの自分の母から託された最後の石を、

「予言の書か…それは昨日読ませてもらった。確かに最後の方に書かれている事実は今の状況とは違う、恐怖の槍で虹は魔王には倒されなかった。暗黒が世界を覆う破滅の未来はなくなった。しかし預言の書は最後のページが白紙だ。これは何を意味しているんだ?そのせいで予言に逆らう行動が起こせないんだ」

 しかし香奈枝は目を閉じて静かに語る。

「運命はその全てが定められているわけでない、運命の糸が渦巻く運命の中で織りなす模様を変えようとした時にその運命は変えられる。だから可能性は無限にある。その運命に抗った赤い1本の糸が他の糸を引き寄せた。その先の未来は私にも見ることができない、そうお母さまは私に告げられた。その1本の赤い糸が運命に抗い始めた時から預言の書に狂いが生じ始めたと、その運命は確実に変化している。あのお母様でも見られなかった未来がある。最後のページが白紙なのはその証明なのよ」

 しかしその言葉に肩をすくめると新庄は、

「答えは自分たちで探せとは不親切な予言者だぜ、その答えが見つからないからみんないらついているのに、あの婆さんが消えてしまわなかったら話はもっと早くすんでいたのに」

 その新庄の言葉に香奈枝が声を荒げ、

「お母様は充分に苦しんだのよ、その最後の瞬間まで予言されていた。それを冒瀆するのは許せないわ、ここに集った者にはそれぞれ役割がある。それを肝に銘じておきなさい、この停滞は休息と思うのよ、必ず行動を起こす時は来る。見て、今まで私の握っていた銀の石が消えてしまった。あの最後に残された石が、また新たな奇願者が生まれたのよ、その者達を全て味方に引き込めば勝機はあるわ、それまで待つのよ」

 しかし消えた銀の石、その事実だけに眉を寄せ新庄は、

「このご時世だ。絶望する奴はごまんといる。その消えた石を握った奴は何に絶望して何を求めたのか、そいつがラッキーな奴だとは言ってやれないぜ、不条理すぎるんだこの奇跡って奴はな、その全ての人を救える奇跡って奴はどんな不条理を虹の奴に求めるんだ?それは正気の沙汰じゃない、だから狂っていると言ったんだ」

 その言葉にもう返答する気もなく香奈枝は静かに安楽椅子を揺らし始める。

 奇跡は起きる。必ず。しかしそれには代償が必要なのだ。

 この窮地の人類を救えるほどの奇跡を起こすならその代償はどれだけ価値のあるものだろうか?

 あの虹の石の少年にその奇跡に差し出す物があるのだろうか?

 多くの石を、それが必要な者達に託してきた自分にはあの少年に希願者の素質のない事がわかるのだ。

 しかし虹色の石は彼を選んだ。

 あのグランドストーンマザーの創り出した石は1番それを必要としない者を選んだのだ。

 その理由がわからない、

 だから香奈枝は嘆く、この自分に預言の力が無いことに、しかしそれは幸いなことなのかもしれない、

 これから起きる悲劇を事前に知ることはないからだ。

 それを知っていたらきっと絶望しただろう、しかしこのストーンマザーの手元にはもう石は残されていないのだ。

 だから絶望したってもう何の奇跡も起こせないのだ。



 大人達がリビングで悶々とした時間を過ごす間でも若者たちは活発に活動する。

 そんな連中が食堂のホールに集いこれからについて討論を始めている。

「多舞を探し出すことが先決だ!虹の妹もあいつと一緒にいるはずだ。だから見つけ出してここに連れてくればあの虹の野郎もきっと元気になるはずだ」

 そう言い張るのは高石羅冶雄、再び多舞と離れ離れになり気が気でないという有様だ。

「しかしラジオ君、君の気持は理解できるが虹の妹は兄との決別を決意しているんだ。だから見つけ出そうとしても逃げられる。そんな追いかけっこをしている暇はないはずだが」

 眼鏡をハンカチで磨きながら宇藤が羅冶雄の提案に反論する。

「それよりも外の状況はかなり面白いんだ。政府が国民にゲームを始めるように告げたんだ。僕としてはそのゲームに参加してみたい欲求があるんだけど」

 そう告げるのは石渡幸一、そのゲームマニアの血が騒ぐ、

 しかしそれをたしなめるように姉の碧恵が、

「ゲームと聞いて興奮するのは昔からのあなたの悪い癖だわ、でも政府が作ったあんなゲームよりここにいる方が楽しめるんじゃないの?あなたには」

「……」

 その姉の言葉に幸一は黙り込む、これから先の事はゲームじゃない、それには設定も何もないのだ。

 だから不安であるとは言えなくて、

「関係ないのに」

 そう言いながらワゴンに人数分の飲み物を運ぶ幼女、その面倒くさそうな永遠美に

「くそガキ、さっさと働け」

 そう言って尻を蹴とばす山盛りの菓子皿を運ぶ美沙希、2人ともがお揃いのメイド服を着用している。

「おやつの時間?ちょうどお腹が空いていたの」

 そう言ってテーブルに置かれた菓子に手を伸ばす絵里に大男が、

「絵里ちゃん、ダイエットはどうなったんだ?」

 そう声をかけいきなり絵里に殴られる。

「ちゃん付けで呼ぶなと何回も言ってるでしょ!」

 しかし殴られた大男は平然として、

「デブになった絵里ちゃんをパパは見たくないな」

 そう言って頭をかく、

「きーっ!」

 そう叫んで絵里は菓子に手を伸ばして貪るように食べ始める。

「へーっ、兄さんも娘には勝てないのね、その鬼神の異名も肩なしね」

 そう言ってニヤニヤ笑う修道女を睨んで勝則は、

「うるさいぞ絵美理」

 そう言ったきり座り込んで黙って坐禅を始める。

 その様子に長い髪を銀の髪留めでポニーテールにした娘が溜息すると、

「みんなバラバラそれいけない、心一つにする。それが家族、ない知恵集めるそれいいか?そうすれば道開かれる。信じるのが一番」

 そう言って皆を見廻すリリーに

「ない知恵を集めても無いものはないのじゃが…」

 そう突っ込んだサングラスの子供の頭をリリーがこづく、

「痛い、何をするのじゃ、年寄りをもっと敬え」

 そう言って抗議する李源、しかしその姿には今の言葉への説得力はない、

「ネット上は大混乱だ。デマが飛び交っている。送られた者以外の者でもカードを使えるとか、カードを持つ者から奪えとか、誰がカードを持っているとか、そんな情報で溢れ返っている。みんな自分だけが助かることに固執している。ここには正しい情報はどこにもない、それは混乱を通り越して渾沌だ。このマシンで正しい情報を得ることはもう出来ない」

 そんな悲痛な表情でノートパソコンの画面を見つめる達彦に李源は、

「心配するでない、その情報はわしが把握しておる。あの四人の娘の行くえも見えておるわい、しかしじゃ、あの眼鏡が言うようにわしらが出向くと逃げだすじゃろうな、だから追えんのじゃ、あの天使が傍におることを忘れてはいかん、あ奴に存在を消されればわしでも見えんようになるわい」

 そう告げる李源、それに賛同するように、

「そうだ。そもそも高石の言うように彼女達を探す事が状況を変える方策だとは言い切れない、俺達が見つけなければいけないのは破滅を止める方法だ。違うか?お前達はミラクルストーンズと名乗っている以上は奇跡が起きるのを信じているのだろ?なら何を信じるか、その答えはもう出ている」

 猫を抱く少女を愛おしそうに見つめる少年は振り向くと挑発的な目で羅冶雄を見つめる。

「おまえは勇治とか言ったか、なら奇願したその結果がどうなるかわかって言っているのか?

失うんだぞ、かそのけがえの無いものを、おまえは奇跡の為にその少女を差し出せるのか?」

 多笑美を指さし喚く羅冶雄、その言葉にさらに挑発の笑みを浮かべて勇治は、

「失えるわけないだろ、そんな代償は差し出せない、お前も俺もだ。かけがえの無いものは守るんだ。違うか?たとえこの身を全て代償に捧げても守り抜くんだ。お前も俺と同じ考えなら虹にもこの気持ちをわからせてやるんだ。あの世界を憎んでいる奴にこの世界の素晴らしさを教えてやるんだ」

 その言葉にもう羅冶雄は反論できない、そうだ自分が失ったものは全て多舞の為に捧げた代償なのだ。

「……」

 もう何も言えず黙り込む羅冶雄に近寄り勇治は手を差し出す。

「俺は石巻勇治、あんな酷い事を言って悪かった。でもみんな守りたいものがあるんだ。その為の方法を一緒に考えて行動しよう」

 その差し出された手を見つめやがて羅冶雄はその手を握る。

「俺は高石羅冶雄だ。悪かった。酷い事を言ったのは俺の方だ。謝るよ、だからおまえたちの力を貸してほしい」

「それでは俺達は君達と行動を共にすると誓うよ、もうシスターもそのつもりみたいだし、今光の石は解散してミラクルストーンズのメンバーになるよ、だから今から皆は君の仲間さ、よろしく頼む」

 その笑顔に同じように笑顔で答えられない羅冶雄、しかし彼の誓いを受け入れたという証しにその手を力強く握りしめる。

「痛たっ!お前の気持はわかったからもう手を放してくれこのままじゃ握りつぶされるよ」

 そう言われ慌てて手を放す羅冶雄、そして照れ隠しに頭をかく、その様子を思案顔で見つめ宇藤が、

「かけがえのないものか…虹にとってかけがえのない者、それは妹の存在…」

「ああ、あいつはシスコン野郎だからな」

 羅冶雄がその言葉に茶々を入れる。しかしそれを制して宇藤は、

「まあ黙れよ、妹萌えは最近常識化しているんだ。だからそう蔑む事じゃない、しかしその妹は病魔に侵されもうすぐこの世界からいなくなる。いかなる奇跡でもその事実は覆らない、だからせめて最後の時まで一緒にいたいと思うのは当然か…しかしその行為を妹に拒絶された。あんなに落ち込んでも当たり前か…その妹のために世界を救おうと決心したのにその妹に拒絶された。もう世界を救うどころではないか、でもこうなることを知っていてなぜ妹はそう決断したんだろう?そして自ら破滅の扉を開く鍵になった。そこにヒントが隠されている。あの彼女が開いたのは本当に破滅の扉なのか?子供の老人よこの事をどう思う?」

 そう質問されて李源は胸を張ってこう答える。

「わからん」

 しかしその答えに失望した様子もなく宇藤はまた話し始める。

「そう、わからない、そもそもあの虹の少年が破滅の扉だという根拠はない、それどころかみんなにとって真の希望の存在と呼べるのさ、その証拠にここにいるみんなが彼の事を考えている。あの他人に興味を持たない幼女まで自発的に彼の部屋に食べ物を運ぶんだ。それは彼が希願者の王である証だ。とにかく何だかんだ言ったところでみんなは彼を信じているのさ、その彼の傍にずっと一緒にいた妹だ。その彼女が1番彼を信じている。だから彼を信じるのなら彼が行動を起こすまで待つしか出来ない、それを助けるのが僕達の使命なのさ」

 その言葉に顔をしかめて羅冶雄が、

「あのシスコン野郎が行動を起こす?あの落ち込んで引きこもりのあいつが?そんなわけないだろ、あいつは世界を憎んでいるんだぜ、もう行動なんか起こさなくても世界は滅ぶんだ。それは馬鹿げた話だ」

 そう悪態を吐く羅冶雄に宇藤は眼鏡をはずしてハンカチで磨きながら、

「彼が憎む世界、それは何だ?」

 そう羅冶雄に問いかける。

「この世界の全てだろ?」

 そう答える羅冶雄に眼鏡をかけると宇藤はニヤリと笑い、

「それは違う、彼が憎んだ世界とは…」

 しかしその答えは途中で遮られる。



 別室でカード占いをする女性がいる。

 黒いカーテンで覆われ光が差し込まない部屋で、あの光の女王に石の呪いを解いてもらった。しかしそれで下僕を失った。だから血色の魔女は再度絶望して光の苦痛を受け入れ下僕を従える力を再び得たのだ。だから光はまた彼女に苦痛をもたらすのだ。

 その占いの結果が出た。

 それは信じられない未来の預言、

 停滞は再度解かれる。憎しみの感情によって、

 その憎しみを与えたのはその者の最愛の者、

 世界を憎む心を全て自分に向かわせるため、

 だから彼は立ち上がる。

 憎むべき相手を殺すために、

 人を憎めぬ存在は教えられた。

 憎しみは罪なのだと、そしてその罪を犯すために立ち上がる。

 人を殺せぬ存在が初めて真の殺意を抱いたのだ。

 王は決心した。

 全ての憎しみを背負うと決めたのだ。

「そんな…」

 その占いの結果に茫然とする希美、王の決断、それを止める術はない、

 なぜなら自分達は支配されるのだ。

 あの虹の石を握る者がそう望めば抗うことはできない、

 それほどの力をあの石は秘めているのだ。

 暗黒が混ざりし石を手にした者だけがその意思に抗える。

 自分の石には少しだけその暗黒が混ざり込んでいる。

 この血色の石は決して真紅ではないのだ。

 しかし自分の握る石の暗黒は極めて少ない、

 だから彼に意見する事しか許されない、

 無駄な行為とわかっていても意見するしか許されない、

 やがて彼女はカードをしまうとコートを羽織ってフード下し血色の魔女は部屋を後にする。

 王である彼に意見ではなく助言を与えるために。



 もう何もしないと決心した希一郎だが抑えきれない感情が渦巻くのを知る。

 この世界に何も求めなかった自分だがそれが唯一必要とした存在、それは妹の美希子、

 あの彼女が生まれた時から自分に感情が宿るのを感じた。

 喜び、楽しみ、愛しむ感情、それは全て妹に向けられた。

 自分にとって世界の全ては妹だったのだ。

 だから妹と自分の敵となった真の世界を憎んでいた。

 でもそんなことは本当はどうでもよかったのだ。

 あの妹が居てくれさえすれば世界が地獄と化そうと構わない、

 しかしあいつが悲しむ顔を見たくなくて世界を救うと決めたのだ。

 でも、だけど…

 あいつはいつも笑うのだ。

 この地獄の世界にいてもいつも笑って見せるんだ。

 希一郎はその笑顔は自分が与えた笑いだと思っていた。

 自分と一緒にいるから笑ってくれると信じていたのだ。

 しかしそれは間違いだった。

 あいつが俺に向ける笑いは嘲りの笑いにすぎなかったのだ。

 自分が唯一信じた存在、しかしあいつも他の奴らと同じだったのだ。

 こんな地獄の世界で惨めにもがく自分を見て笑っていたのだ。

 そんなはずはない、

 そんなはずはない、

 そんなはずはない、

 しかし、でも…

 あいつはどうして俺から逃げたのだ?

 俺の石を見てからあいつの様子がおかしくなりだした。

 俺が力を得られる存在だとわかったからか?

 もう世界に苛められないと思って面白くなくなったからか?

 俺を見てもう笑えないと思ったからか?

 そして死ぬまでにこの世界を楽しみたいとあいつは言った。

 だからその願いを叶えてやろうとしたのに、この俺と一緒なら楽しめないのか?

 でも俺は誓ったのだ。

 あいつにこの世界に生まれてきてよかったと思える気持を与えてやると、

 その望を俺が叶えてやれないとしたら…

 いや、その望みはもう叶えられているのかもしれない、

 俺がいたら邪魔になったから、だから俺から逃げだしたんだ。

 そんな事はゆるせない、

 そんな事はゆるせない、

 そんな事はゆるせない、

 俺はあの苦痛に耐える笑顔に騙されていたんだ。

 あいつはきっと俺を憎んでいたんだ。

 この健康で痛みさえ感じない俺をうらやましいと憎んでいたんだ。

 何でも出来るのに何もしない俺を憎んでいたんだ。

 しかしいくら憎んでも俺に苦しみを与える事は出来ないと思い、だから逃げだしたんだ。

 この俺を苦しめるために逃げだしたんだ。

「くっ、ははははははっ」

 突然ベツトの上で希一郎は笑い始める。

 あんな残り少ない命なのに楽しむため、この俺を苦しめるために逃げだしただと、

 そんな事を許していいのか?

 許されるはずがない、

 許されるはずがない、

 絶対に許してなんかやるものか、

 あいつが俺を憎むなら俺もあいつを憎んでやる。

 だから逃がしてなんてやるものか、

 見逃してやるものか、

 俺の知らない場所で死なせてなんてやるものか、

 この地獄の世界の中をどこまでも追いかけてやる。

 そして必ず見つけ出してやる。

 そしてあいつが死ぬまで苦しむのなら、その苦しみの中で笑うのなら、

 俺が最後に泣かしてやる。

 俺自身の手であいつを殺すことで楽しみと苦しみから解放してやる。

 その時きっとあいつは泣くだろう、それは後悔の涙でも、悲しみの涙でも、苦痛の涙でも、喜びの涙でもなんでもいい、必ずあいつを泣かせてやる。

 やがて身を起こす希一郎、その眼は狂気に煌いている。

 そしてポケットから取り出すナイフ、それには虹色の石が煌く、

 この石がある限りあいつは俺から逃げられない、なぜかそんな予感がする。

 ベツトを降りると希一郎は歩き出す。

 下の階に向かうため、

 自分だけで妹を探し出そうなんてもう思わない、あの下にいる連中を利用するのだ。

 そして希望を信じるというあんなおめでたい連中に真の絶望を見せつけてやるのだ。

 愛は憎しみに変わり、その憎しみは悲劇を招き、そして絶望すると教えてやるのだ。

 虹の王は知ったのだ。

 愛という言葉の儚さを、

 それが全ての感情の源であるという儚さを、

 だからその言葉は信じられないとさとったのだ。

 廊下を歩き階段を降りるその先にそれを信じる者達がいる。

 そんな馬鹿で愚かな連中達が。



 宇藤の言葉を遮ったのは扉を開けてホールに入ってきた人物、

 その意外な者の登場にその場の全員が息を呑む、

「結論が出た。妹を探さなくてはならない、そうしなければお前達が求める答えは得られない」

 そう告げる希一郎に我に返った羅冶雄が、

「何だ?もう引きこもるのはやめたのか?シスコン野郎、あの妹を探すだと?それが出来ればとっくにしている。その妹は追いかけたって逃げるんだ。そんな鬼ごっこをしている場合じゃないんだぞ」

 声を荒げてそう喚く、しかし希一郎はその言葉に平然として、

「それをしなければならないのだ。そうしないとお前達の望みは叶わない、あいつが俺から逃げきれるはずはない、お前の女がぐるになったって必ず探し出してやる。そしてあいつに真の愛を教えてやるのだ」

 その多舞の事を侮辱され再び羅冶雄は喚く、

「多舞は考えがあっておまえの妹と行動を共にしているだけだ。だいたい病気でもうすぐ死んでしまうおまえの妹に多舞がこだわる理由が俺にはわからない、だからみんな迷惑しているんだ。おまえとその妹に、それにそんな偉そうな事が言えるのか?その妹を探したいならお願いしますとでも言ってみろ」

 しかしそんな言葉にも平然とした態度を崩さない希一郎は黙ってその場の一同を見廻す。

「教えてくれないか?妹を探し出してどうするのかを」

 そんな希一郎に宇藤が問いかける。

「言っただろ、探し出して真の愛を教えると」

 そう答える希一郎に再度宇藤が問いかける。

「その真の愛、それをどうやって教えるつもりだ?」

 今まで無表情だった希一郎はその言葉に笑みを浮かべると、

「俺が殺してやる。それだけだ…」

 その答えにその場の一同が思わず息を呑む、

「だめミキ殺すそれ愛じゃない、キー間違い、ミキ助けるが愛、おかしい変、だからやめる」

 そう言って駆け寄ってくるリリーを邪魔だと言わんばかりに突き飛ばす希一郎、そして、

「勘違いしているのはお前達の方だ。だから俺が教えてやる。それを知りたい奴はあいつを探す方法を考えろ、あいつは俺から逃げているのだ。お前たちからじゃない、お前たちは美希子を見つけ出して俺の前に連れてくればいいだけだ。そうすると決まったら俺に報告しろ」

 そう告げて希一郎はホールを後にする。

 その背中を茫然と見つめる一同、やがて宇藤が、

「彼の妹、それだけが彼の世界の全てだった。そして妹は扉を開いた。彼をこの世界の1員にする為の扉を、その代償に彼に憎まれた。この世界の代わりに憎まれた。それがメインキーの役割、そう知ったからあえて憎まれる道を選んだ。子供の老人、この答えは合っているかな?」

 そう問いかけられて李源は、

「その通りとは答えられん、答えたくないからじゃ、だからわからんと言うしかない」

 その解答に無言の宇藤、やがて、

「彼の言うように妹を探し出すしかないな、しかし殺されるために兄に会えとは誰も言えないだろ?どうやって2人を会わせるか、まったく無理難題だ。だれかいい考えはないか?」

その宇藤の問いに羅冶雄が答える。

「あいつの言うように妹が会いたくないと望んでいるのはあの虹の野郎だけだ。俺は多舞に会いに行ってあいつを説得する。そしてどんな手を使ってでも虹の妹をあいつの許に連れてくる。もちろん虹に殺させる為じゃない、そんな事はさせない、あいつは誤解しているだけだ。その妹の真意をその口から伝えれば目を覚ますだろう、その為に行動する」

 その羅冶雄の意見にその場の全員が頷く、

「なら行動を起こすメンバーを決めないと、この全員で出向くわけにはいかないからな、外は今物騒な事になっている。この屋敷も安全とは言えない、だから守り役が必要だ。そして行動を起こすメンバーにも戦える者と彼女達をどうにか出来る存在が必要だ。それで子供の老人、今度はちゃんと答えてほしい、彼女達は今何処にいるのかを」

 その宇藤の言葉に李源はサングラスを外してその両目を晒すと、

「友好国の基地、彼女らは悪魔の頭領と共にそこにいるのじゃ」

 その右目に映し出される光景は4人の少女と悪魔の頭領がソファーに座り会談する様が映し出されている。



 命令を終えて廊下を歩く希一郎、その前に立ちふさがる影がある。

「待ちなさい王よ、貴方は勘違いしているのよ、愛する者を憎むなんて間違っている。人を殺せない貴方に妹は殺せない、その理由を考えてみて、それでも殺すと言い切るなら貴方は必ず絶望する。その絶望の未来は不毛だわ、今ならまだ思い止められる」

 しかしそう告げる黒いコートの女性に希一郎は、

「お前はたしか血色の魔女という存在だったな、お前の過去は知っている。あの社長の部屋で見たデーターに経歴が書かれていたからな、そんな憎くしまれ、そうして呪われる存在が俺に意見するか?愛する事が憎しみに変わると言う事をその身で体験しておいて何を言う、それが魔女の宿命だと受け入れろ、そんな甘い事を考えていたらお前の父親のように謀殺されるぞ、愛は全ての感情の源だ。それは美しく感じるが裏返せば醜いのだ。その言葉を信じていたら必ず騙される。この俺のようにお前のように、しかしその言葉は否定できない、その憎しみも変質した愛の1部だと理解したのだ。俺は絶望の霧に触れて多くの絶望を見た。その全ては愛によるものだった。人は皆、自分を愛し、他人を愛し、物を愛し、世界を愛する。だから絶望するのだ。もう何も愛していない俺は絶望なんてしないのだ。たとえ美希子をこの手で殺しても」

 そう告げると希一郎は歩き出す。

 もう何もしないために歩き出す。

 妹を殺す。それ以外にしたい事など何もないのだ。

 その歩き去る希一郎の背中を見つめ血色の魔女は恐怖に震える。

 絶対者、その言葉に逆らえない事に恐怖する。

 彼の言葉、それに反論したいと思ったのに出来なかった。

 あの彼の意見が正しい為ではない、許されないのだ。彼に対して反論する事が、

 そんな確実に石達の王になる存在に恐怖した魔女はしばらくその場を動けないでいた。



 ホールでは虹と血色の魔女以外の全員が集まり緊急会議を開いている。

「虹が妹を求めるのは当然だと言えるが、しかしその動機がいただけない、妹を殺すだと?あいつやっぱり狂っちまったのか?正気の沙汰じゃないぜ、そんな事に付き合うのは御免だぜ」

 火の点いていない煙草を銜え新庄がそう発言する。

「しかしだ新庄、とにかく行動を起こす時は来たのだ。あの虹がそう望むなら妹を連れてくるしかない、殺す。殺さないは別問題だ。このまま何もしないで破滅を迎えるよりはましだろ、あの虹だけが破滅を止められると光の女王が告げたのだ。なら奴の希望を叶えてやることが破滅を止める事に結び付くと考えられないか?」

 議長役の咲石が新庄の発言にそう答える。

「先生の意見はもっともだ。あの破滅を止めるのが僕たちの使命なんだからね、だから虹の行動がそれに結び付くと考えるのは当然だ」

 宇藤が咲石に賛同する。

「とにかく議決を取ろう、美希子を連れて来る事に賛同する者は手を挙げてほしい」

 その咲石の裁決に大多数の者が手を挙げる。

「満場一致とはいかないが多数決で方針は決まった。もう異論は言えないぞ、それを唱えても大多数に踏みにじられる。民主主義は非情だな、新庄よ」

 手を挙げなかった新庄はもう何も言うまいとばかりにそっぽを向いて煙草に火を点ける。

 その様子に顔をしかめてしかし咲石は議案を進める。

「それでは奪還部隊の編成に話を進めよう、我々の移動手段はあの装甲車と大型トラック、平次君が弾薬やミサイルの補給に乗ってきた奴だ。その2台、あの装甲車は目立ちすぎるから使えない、だからトラックを使用するしかないと思うのだが」

 しかしその提案に美沙希が

「でも外はかなり物騒になっているって平次が言ってたわ、そこら中で検問が敷かれて迂闊に動けないって、でもあの装甲車ならそんな検問なんて容易く突破できる。あれを使わない手はないと思うけど」

 その言葉に思案する咲石、明らかに戦闘車両と思われるあの乗り物で行動するメリットとデメリットを考える。

「どうせトラックで行動しても検問で止められるのは確実だ。その正当な理由がない限り外出出来ない戒厳令が布かれているんだ。今この国ではその秩序を保たせているのは魔神の配下の政治家達だ。だから行動すれば必ず止められる。場合によっては問答無用で攻撃してくるかもしれない」

 そう発言するのはノートパソコンの画面を見つめる達彦、平次の行動が1日遅かったらその補給物資の搬入も出来なかっただろう、

「やはり力ずくで行くしかないか…」

 この混乱の中で穏便に事を済ませる事をあきらめた咲石は装甲車を使用すると決断する。

「あの車を使うとなると運転できるのは君だけだ」

 無条件で1人メンバーが決まる。

 美沙希は楽しそうに笑みを浮かべる。

「火器管制には君の力が必要か…」

 またもう1人メンバーが決まる。

 しかし達彦は露骨に嫌そうな顔をする。

「それで侵入するのは軍隊の基地、そこに侵入して美希子をさらう、どうせ事情を説明しても入れてくれないだろうからね、はっきり言って無謀を通り越してむちゃくちゃだ。あの軍隊相手に戦争なんて馬鹿げている。しかし何で美希子はそんな所にいるんだ?あの悪魔の頭領の陰謀か?それならなおさら警戒しないといけない、とにかく眼は必要だ。魔人よ、悪いが同行を求めたいがいいか?」

 その咲石の要請に思案したのち李源は、

「条件がある。それを受け入れるなら同行しようではないか」

 その提案に咲石が尋ねる。

「その条件とは?」

「李璃を連れて行く事じゃ、わしは干渉出来る制限があっての、今は太陽の娘にしか干渉出来んのじゃ、我が使命の為の重要な鍵じゃわい、じゃから単独では行動できんのじゃ」

 その言葉に思案したのち咲石はその提案を受け入れる。

「まあ、聞かなくても後2人ぐらいは勝手にメンバーに加わるだろうが一応聞いておく、石江勝則、高石羅冶雄、来るなと言っても無駄だろう?」

 その言葉に2人は大きく頷く、

「まあ天使を説得できるのは彼しかいないし、なぜか天使に消された存在も見えるみたいだから羅冶雄君はいいとして、大男、お前はここに残るべきではないのか?」

 その質問に大男は、

「戦地に赴かわなくてなんて戦士と言えるのだ。戦いこそが我が生きがい、止めても無駄だぞ、しかも大悪魔がいるのだ。それを滅しないでどうするね?戦えと言われれば戦車とでもやりあってやる。それで不満はあるまい、置いて行かれたら欲求不満でこの朽ちはてかけた屋敷を壊してしまうかもしれんぞ」

 その言葉に頭を抱えると咲石は、

「ああもういいわかった好きにしろ、でも勝手に暴れられては困るからお嬢さん、この鬼神のお目付け役をお願いしたい」

 そう言われ絵里は仕方なさそうに頷くが、実は自分も行きたかったのだ。

 苦痛の魔女、あの娘の事が気になっていたから、あの要塞で傷ついたもう1人の存在が…

 決まりつつあるメンバーに手を挙げて志願する者がいる。

「今の状況なら僕たちの能力は有効だと思う、だから僕達もメンバーに加えてくれないか」

 宇藤は姉の碧恵と共にメンバーの1員に加わることを志願する。

「君達の能力は幻影を見せつけそれをリピートさせる事か確かに邪魔な者を無力化するのには有効だが、しかしそれは俺の桜の幻影でも可能な事でそれだけであえて君達をメンバーに加える条件になるとは言い切れない」

 そう言い渋る咲石に宇藤は、

「先生の能力は聖域内でしか有効でないだろう、あのシスターだって結界内でしか懺悔の記憶を発動出来ない、しかし僕達は場所も条件も必要なしに能力を発動できる。その規模だって先生達とは大きく違う、数万人単位に幻影を見せる事が出来るんだ。うまくやれば戦闘を回避して虹の妹の許に辿りつけるかもしれない、この僕たちの力を利用しない手はないと思うが」

 元組織の特Aランクの能力者、それは計り知れない能力を秘めているのだ。

 腕を組んで思案したのち咲石は宇藤達の同行を認める。

「さて、あとは彼女達と一緒にいる悪魔の頭領に対しての対策だが…」

 そう言って咲石は自分のパートナーを見つめる。

 針で人型の縫いぐるみを突き刺す行為を繰り返すピンクの魔女は見つめられて微笑むと、

「あの悪魔を痛い目に合せてやれるのは私だけなの~あいつ自分がマゾだと気付いてないの~久しぶりに痛めつけてやりたい奴と出会ったの~だからあいつを悪魔から愚かな雄豚にかえてやるわ~この針で~」

 そう言って人型の頭に針を突き刺す。

 その様子に思わず肩をすくめて見つめる咲石、長年付き添ってきたパートナーの性癖は熟知している。

「これで奪還部隊の構成は決まったな、その指揮は俺が取る。異存がないなら決定とする。あとは俺達が留守にしている間のこの屋敷の守りだが、その指揮は君に任せるがそれでいいか?」

 そう言われて新庄は、

「任せるも何もここには虹の野郎がいるんだぜ、あの組織のSランクの悪魔達が束になっても敵わない野郎が、あいつを殺ろうと考えるのはたぶん暗黒の奴だけだ。それからあいつを守る必要なんかないぞ、殺しても死なない奴なんか相手にしても無意味だと暗黒の奴はとっくにさとっているさ、だからここは安全だと言い切れる。あの悪魔達がつけ狙う奴はみんな出て行くからな」

 煙草を吹かしながらそう言い切る新庄を睨んで見つめて咲石は、

「組織は虹に加担する者を許さない、あの悪魔達が手を出さなくても魔神は違う、この虹を邪魔だと考えたならきっとここを攻撃して来るはずだ。そんなに楽観的に考えていたら痛い目に遭うぞ」

 その言葉に煙草を揉み消して新庄は、

「まあ、その時は残された者で対処するしかないが、それに場合によってはここから逃げ出さなくてはならない、しかし今は連絡できる手段がない、携帯電話は昨日から不通状態だ。その機能が麻痺しているんだ。今は情報を求める奴が多すぎて、お互いの連絡をどう取るか、その方が重要だと俺は思うが」

 その言葉に咲石は反論できない、そうだ魔人の目により残された者の状況を見ることは出来る。それも一方通行的に自分達だけ、しかしそれは映像による情報だけ、その状況を互いに正確に知り知らせる手段はないのだ。

 そんな困り果てた咲石に手を差し伸べる者がいる。

「これに知らせたい状況を書いて紙飛行機にして飛ばしてくれ」

 差し出されたのは一冊のノート、それを差し出した勇治は、

「俺の力が込められている。飛ばせば必ず俺の許まで辿りつく、それから俺が飛ばした紙飛行機も必ずそっちに辿り着く、そのためにこいつを一緒に連れて行ってくれ」

 そう言って差し出されるのは1匹の猫、それは多笑美が創り出した猫、

「こいつの目でそっちの状況は把握できる。だから大切にかわいがって欲しい」

 そう言って勇治は猫を絵里に手渡す。この少女なら奪還部隊で一番猫を可愛がってくれると思ったから、しかし、

「嫌っ!」

 そう叫んで絵里はそれを受け取るのを拒否する。

 茫然とする勇治に大男が、

「絵里ちゃんは猫アレルギーなんだ。だから悪く思わないでくれ」

 そう言って絵里の代わりに勇治から猫を受け取る。

「ごめんなさい、嫌いなわけじゃないんだけど猫が傍にいると涙と鼻水が止まらなくなるの」

 そう言いながらハンカチで涙を拭いそして鼻をかむ絵里、

 その様子に大男は心の中でしめたと思う、

 この絵里のウイークポイントを手にしていたら、きっと娘は自分の行動を止める事が出来なくなると考えたからだ。

 その様子を目を細めて見る絵美理、そんな馬鹿な兄の考えなど手に取るようにわかるのだ。

若干の不安はあるがとにかく体制は整ったのだ。

 なら行動を起こすのなら早い方がいい、残された時間は決して長いと言い切れないのだ。

「方針は決まった。今から行動を起こそう、その前に平次君、例の物を」

 そう咲石に言われた平次は別室に行き巨大な木箱を運んでくる。

 そして開けられたその木箱の中には大量の武器弾薬が詰まっている。

 「ここは一応組織の拠点だった場所だ。だから地下倉庫にこれがあるのを発見した。どれもまだ使用できるのは確認済みだ。できればこんな物は使用したくないのだが…しかし能力だけで対処出来ない場面を想定すると各々が武装した方がいいと思う、手にしたい者は武器を取れ強制はしない、その扱い方は新庄が知っている」

 その武器にためらいながら数人の少年達が手を伸ばす。

 自動拳銃を目ざとく見つけた美沙希はそれを2丁手にすると作動状態を確認してからスカートを捲り上げそこに隠されたホルスターに収める。

「姉さん!しびれますぜ」

 そう言って平次がうっとりとした表情で美沙希を見つめる。

「黙れ馬鹿!、それより予備の弾倉に弾丸を補充しておけ」

 ホルスターから素早く拳銃を抜き出す行為を繰り返し練習する美沙希、その手の2丁の銀色の拳銃が怪しく光る。

「へい、姉さん」

 そう返事する平次はベレッタM92と呼ばれる最大16発の弾丸が半自動発射できる軍用拳銃の弾倉と9ミリ弾の箱を探し出して弾丸を詰め込み始める。

 リボルバー式の38口径の拳銃を手にする羅冶雄、そんな人を殺すための武器に顔をしかめながらそれでもそれをベルトに差し込む、こんな物は使いたくない、しかし守りたい者がいるのだ。

しかしその為に得た能力は強力すぎて自分では制御できない、だからそれに代わる力が必要のだ。

 木箱から大型の武器を取り出す大男、それを自分が手にする棍棒と見比べて放り出す。

 そして放り出したM60と呼ばれる重機関銃を蔑んで見つめて、

「何だ?こいつは新品じゃないか、誰も殺してない武器なんて何の呪いの力もないぜ、俺が手にするには物足りなすぎる。家に行けばもっといい物があるんだが…この棍棒の方が俺には向いている。だいたい飛び道具なんて卑怯者の武器だ。だから俺は使わんぞ」

 そう言い捨ててその場を後にする。その肩の上で猫が退屈そうにあくびをする。

 咲石はそんな様子をしばらく見つめると自分用の拳銃を取り出してそしてホールを後にする。

 それは報告するために、

 希一郎にこの決まった事を報告するため彼のいる部屋に向い歩きだす。



 薄暗い洋館の2階、その廊下の1番奥に彼のいる部屋がある。

 そこはかって預言者と呼ばれた女性が寝起きしていた場所、この屋敷に来た事がある咲石はその事を知っていた。

 その部屋の扉の前に黒ずくめの少女が1人立っている。

 それはまるで中の者を守護するように扉の前に立塞がる。

「そこをどいてくれないか希美君、彼の妹をここに連れてくる計画が決まった。それを彼に報告しないといけないのだ」

 そう言われ渋々希美は道を開ける。そして、

「出来れば彼に妹を引き合わせないで済ませたい、そう考えても無駄よ先生、あの王の命令は絶対だわ、貴方もこの中に入ればそれが理解出来るでしょう、だから探しに行ったけど妹はもう死んでいたなんて嘘は彼には通用しないわ、それを肝に銘じておいてね」

 その希美の言葉に怪訝な表情を浮かべる咲石、問いかけたいのを我慢してドアの取手を掴む、その答えを聞く必要などない、この中に入ればわかるのだ。

 その部屋の中にはもうベツトの上でうずくまる少年はいない、

 ソファーに座り腕を組んで目を閉じる少年の姿がそこにある。

「希一郎、みんなで話し合って決めた。美希子を探し出してここに連れてくると、お前の望み通りだ。その結果に満足か?みんなを危険な目にあわせて満足かと聞いているんだ」

 その言葉にゆっくり目を開くと希一郎は、

「危険?そう思うならどうして俺の頼みを実行しようとするんだ?やめたって俺は文句なんか言わない、でも自分から何もする気はない、あの破滅とか言う奴が起こるまで俺は何もしないと決めたんだ。そう美希子を殺す事以外は、でも俺が逢いに行ってもあいつは逃げるだろ、だからあいつらに頼んだんだ。あの美希子を俺の前に連れて来いと、それを決めたのはお前達だろ、だから俺に文句を言うのは筋違いだ。違うか?先生」

 その言葉に何も言い返せない咲石、憤るがその矛先がないのだ。

「無理強いをするつもりはないんだ。みんなを試そうと思っているわけでもない、それでも俺のために行動するというのなら、その結果に対してなら礼を言ってもいいんだ。成功すれば礼を言おう、失敗したら何も言わない、別に失望なんてしないから安心しろ、偉そうな事を言っているあいつらの力がそんなものかと理解するだけだ。それは先生も同じだぜ、俺に臆病者と言ったんだからな、そうさ臆病な俺は何も出来ないんだ。それを助けると言ったあんたには責任があるんだ。でもそんなに重い責任じゃない、この俺が背負った責任よりかなり軽いんだ。だから投げ出して逃げてもいいんだぜ、この俺が握る石は重すぎるんだ。あんたらが握る石よりはるかに重い、こいつを握っているだけで人々の嘆きが、悲しみが。苦しみが、絶望が伝わって来るんだ。俺じゃなければ今頃発狂しているぞ、でもこの石を投げだす事はできないんだ。誓ったからな、全ての絶望を受け入れると、だから石は俺に力を与える。それは誰も逆らえない王の力を、でも俺は別に王様なんかになりたくないのに、この石が勝手にその責任を押し付けるんだ。だけど王様の権力でみんなを支配しようなんて思わない、みんなは自分の好きなようにすればいいんだ。あの破滅を止めたいと思うのなら勝手にすればいい、その為に俺の力が必要だと思うなら俺を利用する方法を考えればいい、しかし俺は自発的にはもう行動しない、そう決めたんだ。あとはお前たち次第だ」

 その言葉にもう自制が利かなくなった咲石は思わず拳銃を取り出して銃口を希一郎に向ける。

「俺を殺そうとしても無駄だと知っているだろ先生、あの破滅とやらが訪れても俺には死ねる自信がないんだぜ、なんせ俺は呪われているからな、その呪いをかけたのはおそらく美希子だ。だからあいつを殺してこの呪いを解かない限り俺は世界の全てを背負わされる呪いに永遠に苦しめられるんだ。この地獄の世界に永遠に苦しめられるんだ。もしそれを変わってくれるのなら俺はそいつのためにならなんだってしてやるぞ、先生が代わりに引き受けてくれるなら引き金を引けばいい、それで俺が死ねたら感謝するよ、だから頼む、殺してくれ」

 しかし拳銃を構える咲石の腕が恐怖に震える。

 殺せない、殺せるわけがないのだ。いくら頼まれても引き金は引けないのだ。

 銃を向ける行為自体が背徳なのだ。

 やがて力を落としそして銃を下げる咲石を残念そうに希一郎は見つめる。

 絶対者、その力を思い知った咲石は無言で部屋を出て行こうとする。

 その背中に、

「先生、今迄ありがとう、こんな俺を目覚めさせてくれた功績に感謝するよ、そしてあんたの事を憎んでやるよ、それは最大の名誉だと誇りにするんだな、俺に憎まれるなんて奴はそうざらにいないんだぜ、あんたは俺の感情を揺り動かした存在だと誇りに思え、昔の王様なら騎士か貴族の称号を与えるんだろうな、そんな存在には、だから頼りにしているよ、あんたの事を」

 咲石はそう言われてももう返す言葉もない、名誉なんて糞食らえだ。

 だから無言でドアを閉めて部屋から出て行く、

 そのドアを見つめて希一郎は、

「先生の事を本当に憎んでいる訳じゃないんだ。でも今までよくしてくれたと感謝しているのは本当だ。だから気づいたんだ。本当に憎むべき存在がいる事に、本当は俺もあいつにもう会いたくないんだ。怖いんだ。あいつがどうしょうもなく怖いんだ。でもけじめは付けないといけない、だから先生にそれを託すしかないんだ」

 そう1人で語り希一郎は目を閉じる。

 その手の石から伝わる絶望と戦うために。



 その部屋を後にした咲石はドアの外の少女と目が合う、

 それに無言で首を振ると咲石は廊下を力なく歩いて行って見えなくなる。

「野心も野望も持たない者が王なんて馬鹿なことに耐えられなかったのね、あの聖域の神様には、でもそれが現実なのよ、絶対の権力者はその力を封印している。石を握る者は自分の命令に服従すると知っているのにその力を行使しないと決めている。自分の妹だってたぶん石の希願者、だから彼が求めれば抗えないのに、でも石の力でそれをしようと考えない、彼は誰よりも無欲な存在なんだわ、だから石に選ばれた。でも石の選択が正しかったと今ではそう思える。もし野心溢れる者の手にあの石が握られていたら…永遠の戦いが始まる。あの暗黒と光の永遠に続く戦いが、その戦いの中で多くの希願者が血を流し再び絶望する。前の大戦なんてそれの前哨戦にすぎない、それに気づいたお父様は虹の石を暗黒に送り返そうとして失敗して謀殺された。それも自分の兄の手で、私は血色の石を手にした時に闇に潜むあなた達にその事実を知らされた。その事実を知っているのは私と美沙希お姉様だけ、だから姉は最後まで組織に入ることを拒んでいたの、でもお父様の選択は間違っていたと今は思える。あの地獄の女王は戦争を起こすために虹色の石を創り出したのではなかったから、この世界を救うためにあの石を創り出したの、でも魔神と名を変えたあの人はそれを望んでいなかった。だから預言の書は大きく書き換えられてしまった。あの真紅の石を握る者によって、今の状況がそれを証明しているの、あの奥様が予言した破滅とは巨大隕石の事ではないのよ、世界が滅ぶ未来は他にあった。世界を滅ぼす槍は他の物だったはず。未来は書き換えられていく、私は占わなくてはならないその未来を、今から出かける者達のために、だから王の守護はあなた達に任せるわ、守る必要なんてないだろうけど、でも何かあったら報告しなさい」

 そう告げると希美は自分の部屋に向い歩きだす。右足を引きずりながら、

 後に残るのは闇にまぎれる者、吸血の女王の命令の為に闇に交わりその部屋を見張る。


 出発の準備が整った事を知らされた咲石は残る者にこう告げる。

「希一郎の部屋にはその幼女以外は絶対近づくな、それがお前たちの為だと思え、どうしても用件を伝えたい時は血色の魔女に相談しろ、あそこは危険だ。その原因は希一郎じゃないあの虹の石が危険なんだ。それを肝に銘じてほしい」

 そして装甲車に乗り込むために玄関に向い歩きだす。その背中に、

「困難が待ち受ける。それは悪魔の頭領ではない、あの魔神の手先が世界を握っている。貴方達が向かう先にその1本の指がある。あの大悪魔ですらそれに抗う事が出来ない血塗られた指、それに抗うのなら、大悪魔の要求を受け入れ、そして恐怖を目にしなければならない、そうしなければ目的は達成出来ない」

 振り向いて希実を見つめる咲石、しかしそう告げた血色の魔女は右足を引きずりながら歩き去る。

 その様子をしばらく見つめ、そして咲石は玄関から外に出る。

 そこに止められているのは巨大な金色の装甲車、その大型バスより1回りも大きい車体は圧倒的な迫力を秘めている。

 既に奪還部隊のメンバー全員がその中に乗り込んでいる。

 運転席のハッチから顔を覗かせる達彦が咲石に問いかける。

「宇宙人かタイムマシンの存在を信じる事が先生には出来るか?」

 その問いかけの真意が理解できず咲石は無言でメガネの青年を見つめる。

「昨日このマシンを調べてみたんだ。その仕組みが分からないとマシン回路と一体化出来ないから、調べるのに時間がかかったけど謎の仕組みの多くは解明できた。それは今の人類の考えられない多くの理論がこのマシンに詰め込まれているんだ。その全てを話しても誰も理解できない技術、まるで宇宙からか未来からかいずれから来たとしか思えないノウハウが詰め込まれているんだ。これを作り出した存在は何者なんだ?エンジンですら従来のジェットエンジンじゃないんだ。だから燃料を必要としないなんてありえない、エネルギーを創り出すジェネレーターがあるだけだ。これは機械の姿をした怪物だ。到底人間に扱いきれる代物じゃない」

 不安な表情でそう訴える達彦に手を振って咲石はこう告げる。

「あの魔神の弟が奇跡で創り出した代物だ。だから理解できないのは当然だと思え、お前の能力だって普通の者には理解できないだろう、それと同じだ。とにかくお前のごたくに答えている暇はない、出発だ。エンジンをかけろ」

 その怪物の2つのエンジンが始動し始める。

 そして屋敷に残る者のほとんど全員がその姿を見送るため玄関から外に出てくる。

 それに手を挙げて答えると咲石は装甲車に乗り込んでハッチを閉める。

 やがて冬の短い日暮れの陽光に照らされて金色の怪物は動き始める。

 そしてその速度を増すと轟音とともに走り去る。

 2階の窓のカーテンの隙間からその様子を見つめる希一郎、

「頼んだぞ…」

 一言そうつぶやいてカーテンを閉じてソファーに座り込む、

 何もしない、何も出来ない、何もしたくない、

 そう思いながら虹の石が集める絶望を希望に変える作業に没頭する。











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