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ミラクルストーンⅢ  作者: 北石 計時朗
16/18

最後の障壁

15 最後の障壁


 スカイツリーと名付けられたその高い塔の地下に広がる施設の1室に、この魔神の組織の幹部達が招集され会議が行われている、

「あと12時間だ。既に槍は月と同じ宙域にまで達している。あれがラグランジュポイントに達するまでに完全制御しないとそれこそ地球に激突する恐れもある。そうなってしまったら元も子もない、立石、その制御プログラムはどうなっている?」

 そう魔神に質問された科学者は薄笑いを浮かべると、

「プログラムは既に完成しています、後は槍にその人工の感情を転送するだけですが、それは今の段階では地上からは不可能です。もっと槍に接近してもらわないとこの塔の強力な電波送信システムでもそのプログラムの全ては槍までは届きません、それほどデーターは大容量なのですよ、それを槍の受信システムと同調させないといけないのです。その作業は急ピッチで行われています。その作業の開始までに8時間が必要になります。それがぎりぎりの時間です。それまで誰にも邪魔されずに済ませたいのですが…」

 そう答えて立石は軍装の男達を薄ら笑いのまま見つめる。

「磯田、その戦状はどうなっている?」

 魔神は背後に立つ男に状況の説明を求める。

 巨大なモニターが降りて来て首都の地図を映し出す。

「現在我らの守備部隊と交戦しているのは御子息の部隊と悪魔の軍団だけですな、あの死霊と怪物共は朝と共に元の死骸になり果てました。あの組織の残党を率いる炎の悪魔はかの兵器を虹に破壊され戦闘行為を放棄しました。それは現在河を渡り国技館にて進行を停止しています。悪魔の軍団は国道沿いに展開する我が守備部隊と交戦中、しかし完成石を持つ我が部隊に阻まれ戦況は停滞しています。御子息の部隊は河を渡り北方からこちらを目指して進撃中、真っすぐ進撃してこないで迂回する作戦に出たのですな、手薄な北部の守備を衝かれました。あの中に中々の策士がいるようですな、だから最初に障壁に達するのはやはり御子息かと思われますな、全力でそれを阻止しないと時間の問題ですな、あの軍団は強すぎますので、虹は河の対岸にて停止しております。こちらの攻撃にも応戦する事もしないでただ停止しています。あのマシンはいかなる攻撃も撥ね退けるので攻撃は無意味と判断して防御のみに専念するように命じております。戦状は以上です」

 その地図上には塔を中心として敵勢力と防衛部隊の配置が映し出される。

 それを見つめて笑い顔になる魔神、

「なるほど、真っ直ぐ突っ込んで来ないとはやはりあいつは罠の存在に気づいていたな、わざと手薄にして進撃を容易にしていたのをさとられたか…なら区役所に配置した部隊を攻撃に向かわせなくてはならんな、あの強化服部隊を迎撃に向かわせろ、奴が障壁に辿り着くまでに少しでも時間を稼げ、夕方まではそれで持たせろ、それと悪魔の軍団は消耗するまで足止めしろ、足りない戦力は虹に脅されてシェルターに逃げ込んだ奴らを使え、あんなゴミなど生かしておく価値はない、嫌でも引きずり出して銃を持たして戦わせろ、壁にもならん臆病者など絶望させて殺してしまえ、その方が役に立つ、その命令に従わない者は見せしめに殺せばいい、安全や安心などどこにもないと教えてやれ、しかし虹は現状では無害に等しい、何らかの行動を起こすまで放置しておけ、命令は以上だ。状況を開始しろ」

 軍装の男達は無言で立ち上がるとそれぞれの任務のために部屋から出て行く、

 その憎しみの感情を昂ぶらせて部屋を後にする。

「それでは私も…」

 そう言って科学者は立ち上がると塔に昇るために部屋から出て行く、この計画の最終段階の確認をしないといけないのだ。

 そして残されたスーツの男は汗を拭きながら魔神を見つめる。

「安心しろお前の家族は戦わないでいい、その為の特別居住区だ。生贄はゴミだけでいい」

 その言葉にようやく安心した首相は汗を拭きながら部屋から出て行く、

 その姿を馬鹿にしたような笑いで見つめると魔神は背後の男に尋ねる。

「あの暗黒の障壁を破るのは我が息子か虹かどちらだと思う?」

 磯田はその問い掛けに考える。そして答える。

「多分御子息の方かと…」

 その回答に満足そうに魔神は頷く、

「そうだ。そうでなければならんのだ。これは奪いあいだ。あの槍を握った者こそが勝者、それは我が息子でなくてはならん、虹に槍を握らせてはならん、あんなくだらん男の息子になどそんな権利はないのだ。悪魔になり果てて死んだ男の息子が神になるなどおこがましい、神の座は我が秘石の一族の長たる者がなるにふさわしいのだ。これは一族の宿願なのだ。その末席に汚されたがしかし宿願は叶えられる日がもうすぐ来る。俺は準備するだけでいい、その後の事はお前が観ろ、成か非かそれを俺は見る事は叶わないからな、頼んだぞ」

 その石崎喜久雄の願いに執事は礼をして答える。

「かしこまりました…」

 その息子の奮闘を示すかのように画面に示された敵の位置が前進する。

 父親は満足そうにその画面を見つめて笑みを浮かべる。



 石崎達の進撃は思わぬ伏兵の存在で足止めを食らう、

 機械の鎧で武装した兵士達、銃弾も砲撃もその強固な装甲を打ち破れない、

 そして光線銃と呼ばれるような類の武器で攻撃して来る。

 更に敵から奪った守護の石を持った者でもその光線の餌食になる。

 それに対抗出来るのは石崎が握る否定銃だけ、しかしこの銃は連射が出来ない、それに機械武装の兵士達は機敏に動いて照準が付けにくい、

 その思わぬ敵の出現に苦戦する恐怖の軍団、もはや兵は役に立たない、

 幹部の能力者だけで戦わないと軍団は蹂躙され駆逐されてしまう、

 あの塔を目前にして歯ぎしりする石崎は軍団の撤退を命令する。

 その機械武装の兵士達は推定で50名ほど、よほど強い守護石を持っているのか能力者達の能力はあまり通用しない、

 時間を飛んで光線の攻撃から難を逃れた群青の悪魔が走り寄る。

「今までが楽すぎたのはこの為だったのかと痛感しますな、あの科学者がかような物をこしらえていたとは迂闊でした。あんな飛行戦艦をも作り出せる技術があるのですからあの存在は予想しておくべきでした。あれに対抗出来るのは虹のマシンだけでしょうな、だが彼らは戦わない、ここに血路を開けるのは貴方様だけです。念動で破砕の魔女が奴らの進撃を食い止めていますが多勢に無勢、それに瓦礫に埋もれてもその中からはい出てくるのです。苦痛の魔女の力も及ばず魅了の魔女の歌も届かず青銅の騎士が戦うがやっと出来る反攻、それも足止めだけにしかなりませぬ、いかなる能力もはねのけられているのです」

 否定銃をケースに仕舞いながら石崎は舌打ちすると、

「俺1人であいつらを始末しろ言いたいんだろ?ふざけやがって、どいつもこいつも役立たずめ、あの親父の野郎、最後に俺の見せ場を用意していたって寸法か、とにかく俺が1人倒したらあの光線銃を奪え、あいつらの武器なら奴らに通用するかもしれない、俺に全部押し付けて楽しょうなんて思うなよ、あの戦闘機械に真の戦闘マシンの恐ろしさを教えてやる。血路は開く、後に続け、お前は俺に殺されるまで死んではならんからな、そう覚えとけ」

 そう言い残すと石崎の姿が消える。そして迫りくる機械武装の兵士が割断され無力化する。

 暗黒剣にはあの装甲も無力だと認識した群青の悪魔は笑みを浮かべて倒れた兵士の許まで加速移動して手にした武器を取り上げる。

 そして物陰に潜むと時間を飛んで機械武装の兵士の策敵をやりすごして光線銃を発射する。

 その熱光線は機械武装の兵士の装甲を貫いて無力化に成功する。

「矛盾は矛の方の勝ちとは都合がいい」

 満足そうにそう呟くともう1つ武器を手に入れ加速移動でその場を離れる。

 王の助太刀に行かねばならない、

 この石にチャージされた力が尽きたら加速移動はできなくなるがしかし銀の幼女がいる。

 驚く事に彼女はストーンマザーの力を持っているのだ。

 あの幼女の素性を調べる必要がある。

 石崎の姓は秘石の一族との関連性をさらに高める要因なのだ。

 もし彼女が一族の出ならあの能力も納得出来る。

 それは育てれば最大の戦力となる。

 あの預言者の再来を夢見て群青の悪魔は戦場を駆ける。

 そして青銅の騎士に武器を渡して戦力の拡大を図る。

 雑魚を始末するのは家来の役目だからだ。



 機械武装の兵士達の総部隊長は応答しなくなる兵士達に不吉さを感じる。

 状況開始から数時間、事態は優勢に進んでいた。

 敵は敗走して行きその追撃を開始しているのだ。

 しかし今はその隊員の生存信号が減少しているのだ。

 何かありえない事が起こり始めている。

 この完全防護に索敵性能それに完成品の守護石、そして熱線銃での武装をもろともしない存在が敵にいるのだ。

 そんな状況の把握のために1度集結する必要がある。

 そう考えた部隊の総隊長が集合の信号を出した時突然それは現れた。

 黒い鎧に身を包んだ黒い剣を握った存在が、それも策敵にかからず突然目の前に出現した。

「あんたがこのヤドカリ部隊の隊長さんか?」

 その存在が無感情にそう尋ねてくる。

 その問いに肯定も否定も出来ない、教える必要はない、敵になんかに答えられない、

 だから熱線銃を構えて発射する。

 しかしその高熱を浴びても目の前の存在は平然としている。

 出力を上げても効果はない、やがて銃のエネルギーが尽きる。

 効果がない熱線銃を投げ捨てると隊長は右腕から剣を伸ばして肉弾戦に打って出る。

 その人体の何10倍に増幅された剣撃を黒い鎧は避けることもせず平然と受け止める。

「いい加減に何か話せよ、ロボットじゃない事はわかっているんだぜ、殻に入ったヤドカリがいるのを、ヤドカリは言葉も話せないのか?なら悲鳴ぐらい上げられるだろ」

 剣を出した腕に押し付けられる暗黒の刃、硬化スチールの装甲にそんな物が通用するはずがない、それに完成品の守護石で防御されている。だから安心してその行為の無意味さを教えるために隊長は自分も平然として見せる。

「頼むからもっとやる気になってくれよ、憎しみを抱かないと守護は完全に機能しないんだろ?だからこうなるんだぜ」

 暗黒の刃はゆっくりと装甲にめり込んでいきやがて腕が切断される。

 その襲い来る苦痛と信じられない出来事で隊長はパニックに陥る。

「せっかく親父が用意してくれたイベントなのにこんな根性無しが隊長とはびっくりしたぜ」

 そして終結してくる隊員たちは総隊員が切り刻まれて死んで行く光景を目にする。

 その隊長を嬲り殺した存在は振り向いてなぜか自分達の数を数えている。

「20人ぐらいか…朴の野郎も思ったより健闘したみたいだな、なら後始末は任せるか」

 隊員達は熱線銃を構え隊員を殺した存在めがけて熱線を掃射する。

 しかしその攻撃はその存在に何のダメージも与えない、

 その信じられない出来事に驚愕する兵士達、そして全ての銃のエネルギーが尽きる。

 隊長の仇を討つためにはもう肉弾戦しか手段がなくなる。

 しかしその行動を超すより早く1人の兵士が倒れて動かなくなる。

 今度は熱線の攻撃を背後から浴びて兵士達が駆逐される。

 そして熱線銃を構えた軍団の幹部達が兵士の死体を踏み越えて石崎の許に集結する。

「思ったより時間がかかったな、もう夕方だ…」

 冬の短い日は傾き、そして空は赤く染まり始める。

「ここから先は幹部だけで行こうぜ、あの兵隊は邪魔なだけだ。周の爺いに面倒を見させろ、何だか時間が来たからもういいよと親父が言っているみたいだぜ、もう敵の気配がない、あいつの時間稼ぎは終わったみたいだ。ならその破滅とやらのからくりを拝みに行くか」

 そう告げると石崎は黒いマントを翻して歩き始める。

 その後ろを同じように黒いマントの集団が続く、

 その恐怖の象徴を先頭に夕陽に長い影を作りながらその集団は歩き出し動き出す。

 魔神の塔は目のもう前にそびえ立つ、あの絶望の霧に包まれ夕日を浴びてそびえ立つ、

 祭りの本番はこれから始まる。

 祭りが盛り上がるのは夜だと決まっているからだ。



 怒りの悪魔は国道を挟んで対峙する軍団の数の力に消耗して行く、

 いくら殺しても敵はウジ虫のように湧いて出る。

 既に国道は屍の山と化しているのに、しかし敵はそれを乗り越えてこちらに挑んでくる。

 その怒りのあまりついに大量破壊兵器の使用を命じようとした時、突然敵の攻撃が途絶える。

 銃声も砲撃も途絶え辺りは静寂に包まれる。

 気づけば辺りは夕日に染まる時刻となっている。

 何かの罠かと疑ってかかるが斥候を命じた部下の報告にその危険性は否定される。

 どうやらタイムリミットが来たみたいだ。

 だから招待を受けたのだ。

 ならばその招待に応じぬわけには行かない、その為にここまで来たのだ。

 部下に命じて目の前の邪魔な死体の山を爆破させる。

 そして血が煙となって辺りを漂う、

 その造られた道を怒りの悪魔から悪魔の大統領に戻った男はステッキを突いて歩き始める。

 この世界が変わる瞬間を見ないといけないのだ。

 その権利があると魔神は認めてくれたのだ。

 だからようやく招待された。

 もう兵士達はここに捨て置く、彼らにはそれを見る権利はない、いや見てはいけないのだ。

 見れば必ず狂うからだ。

 その魔神の饗宴は狂った者しか見ることは許されない、

 石を持つ者だけがそれに参加する資格がある。

 石を持つ者は既に狂っているからだ。

 その中で1番狂っている者の催す宴だ。

 きっと素晴らしい狂宴になるだろう、

 その高鳴る胸は楽しさゆえか、それとも他の何かに怯えているのか、

 しかしもう感情をしまい込んだ男はそれをどちらでもいいとしか感じられない、

 ただ見逃してはならぬと歩を速める。

 その後ろを彼の家族達が着き従う、

 あの魔神の塔は美しき多色で無色の光彩に包まれてすぐそこにそびえ立つ。



 銃撃の音が止んだと知らされたマイケル、いつもは畳が敷いてある席から立ち上がり自動で地下からせり上がる土盛りの上に立つ少女に声をかける。

「希恵、もう開演の時間だよ、そんな変な形のリングに立っていたってレスラーは現れないよ、その会場はここではないからね、早くしないと見損ねるよ」

 その円形の土盛りの上で巫女はそこに唾を吐きかけると、

「知らないのマイケル?ここは女が上がったら汚れるとか言う男達の神聖な場所なのよ、それを踏み荒らして唾を吐いて汚してやったの、魔女が汚した場所は呪われるのよ、ざまあみろという気分になるわ、これくらいしないとあの気ちがい女に言われたうさを晴らせない、うっぷんが堪りまくって爆発しそうなの」

 やれやれとした仕草のマイケルは置いて行くぞとばかりに歩き出す。

「待ってよマイケル!」

 慌てて希恵はその後を追う、

 国技館から出て行く組織の者達の目には夕陽に染まる魔神の塔が目の前にそびえ立つ、

 その周囲を飛竜に乗る黄昏の魔女が旋回する。

「見てごらん希恵、それにマーガレット、黄昏の魔女が飛んでいるよ、今は彼女の1番好きな時間だからね、だから浮かれたように飛んでいるよ」

「みんな公演が催されるのを待っているのね…」

 その幻想的とも言える光景に見とれて魔女はそう呟く、

「そうさ、待っているのだよ、だから急いで行こう」

 その呟きにそう答えたマイケルにもう1人の魔女が尋ねる。

「何を待っていいるの?マイケル」

 その少女の髪を優しく撫ぜてマイケルは、

「運命が始まるのを待っているのだよ」

 そう答えて歩みを速める。

「運命って何?」

 急に早足になったマイケルに追いすがろうと駆ける少女に背中でマイケルは答える。

「観に行かないとわからないよ…」

 マイケルの目の前に1台の車が停車する。

 ドイツ製の白いリムジン、その運転席から降りた男がドアを開いてマイケル達を招き入れる。

「手配は済んだのかい?シュダイナー」

 サングラスをした白人の男は笑いでそれに返事する。

「なら幹部達は先に行かせてもらおうか、折角の魔獣の気遣いだからね」

 2人の少女と切り裂きの悪魔、そして雷の魔女が車に乗り込む、

「悪いがサンタクロースはトランクで我慢してくれないか?」

 暑そうに団扇で自身を仰ぐ小男はげんなりした表情でリムジンのトランクに潜り込む、

「グレイトブルーストーンは他の者達をあの場所まで引率してくれ」

 そう言い残してマイケルは最後に車に乗り込む、

 そして白いリムジンは静かに走り出す。

 その戦場の跡を走って行く、

 その悲劇の跡を悲劇だとは思いもしない連中を乗せてただ走る。

 公演会場は目前に迫る。



 策敵に出した猫の目から敵の存在の消失を教える多笑美のメッセージ、それを無言で見つめる咲石、そして促すように1人の少年に視線を変える。

 少年少女達のおしゃべりに盛り上がっていた車内が急に静かになる。

 決定を望むその沈黙の中で閉じていた目を開いた少年はみんなを見つめて溜息をつく、

「怖いのはわかるけどあそこに行かなければ終わってしまって始まらないのよ、あなたが止めないと破滅が訪れるのよ、その為になら死んでもいい、そう思ってみんなはここにいる。今日の最後の戦いが始まるのよ、そこにみんなと行きたくないなんて言わせないから」

 涙を流す少女の言葉に戸惑いの表情を浮かべた少年はみんなに告げる。

「これから先は何が起きるのかはわからない、血色の魔女の予知の力も及ばない変革する運命がみんなを待ち構えている。だからそこに行くのは俺だけでいいと思うんだ。でもみんなの自由を奪ってまで来るなとは言えはしない、だからそこに行くのはみんなに任せる。行きたくない者は降りてもいい、みんなの決心を俺の決心に変える。みんなの意思を俺の意思にする。卑怯だけど俺の口からはとても言えないんだ。その言葉を…」

 無言でその言葉を聞く一同、そして呆れたように少年を見つめる。

「あのね、君が臆病なのはみんな知っているけどここまで来て躊躇している暇はない、みんなが行きたいと願っている場所が目の前にある。今さらここから降りる者なんて誰もいない、僕達にそう願わしたのはいったい誰だ?誰の為に我慢して辛抱してここにいる?怖いのは1人を除いてみんな一緒さ、でもそれを見られるならその恐怖も克服出来る。君が一緒にいる限り怖い物は何もなくなる。そんな存在が怖気づいてどうするんだ。君に勇気を持てとは言わない、君の代わりにその勇気に僕達がなろう、君はその勇気に命じるだけでいい、それぐらいの事は出来るだろ?」

 その宇藤の言葉に身を震わす希一郎、行こうと言った。希望を信じろと言った。誰も殺すなとも、誰も憎むなとも言った。いや命令した。しかし言っていない言葉がある。

 まだ一緒に行こうとは言っていない、

 それを言ってしまったら彼らは自由を失うのだ。

 彼らが差し出すその代償に自分が全ての責任を負うのだ。

 自分と一緒に彼らは何処までもついてくるだろう、

 嫌でも彼らの王になる。

 だからその言葉は言いたくない、言ってはいけないとそう思う、

 しかし彼らはそれを求めているのだ。

 そう言ってもらう事を望んでいるのだ。

 その最後の決断を迫られ冷汗を流して茫然とする希一郎、その手を優しく握る者がいる。

 意識を取り戻した太陽の娘が微笑んでこう告げる。

「キーみんな家族、それを望むの、憎しみない、争いない、平和な家族…オッケーそれならお父さんはキー、それ以外はないの、わたしなる。みんなのおかあさん…それが夢、それを叶えるキーしかいない、言うこと聞かすは私にも出来る」

 妹とと同じようにこの娘の言う事には抗えない、その苦悩に頭を抱えて希一郎は叫ぶ、

「俺と一緒に来い!俺がみんなを守ってやる。そしてみんなは俺を守ってくれ!」

 その叫びに返事する者は1人もいない、そんな事は当たり前すぎるから、

 だからその叫びにみんなの顔は笑顔になる。

 そして動きだす金色のマシン、

 赤い夕日に煌いてその血塗られた戦場の跡を走り出す。

 横たわる屍を踏みつぶさぬように避けて走る。

 轟くエンジンの音は鎮魂の歌、

 そしてこの混乱に死んだ者達に鎮魂の鐘を鳴らして見せよう、

 あの塔の上にそれがあるはず。

 無ければ作ってでもそれを鳴らすのだ。

 そうするだけの使命がある。

 その希望の鐘の音を世界に響かせるのが自分達の使命なのだから。



 金色のマシンが塔の麓に到着した時には既に先客達がそこに集い停車するマシンを見つめる。

 あの石崎達の軍団の幹部達、悪魔のファミリー、炎の悪魔の組織の幹部達、そして黄昏の魔女、

 待ちかねたようにマシンから降りる一行を無言で出迎える。

 その者達の後ろには壁がある。

 暗黒の防壁が侵入者を拒むように塔の下に広がっている。

 それは全ての存在を否定する暗黒の障壁、だから存在する者はその中に入れない絶対の防壁、

 マシンから最後に降りる希一郎に待ち兼ねた様に石崎が歩み寄る。

「最後にここに来るとは呆れた臆病ぶりだぜ、俺達は親父の時間稼ぎに戦わせられて、ようやく辿り着いたのにお前は何にもしないでよくのこのこ現れられたものだな、笑かしやがるぜ」

 笑いを作りそう語る石崎を無表情に見つめるだけで希一郎は何も返答しない、

 その態度に上等とばかりに作る笑いを大きくした石崎は、

「お前が来るのを待っていたのは選択権を与えるためだ。この障壁に入れるのは俺だけだ。俺が暗黒の石を握っているからこの無の障壁は俺だけは受け入れる。しかしそこから先の絶望の障壁は超えられない、それを破れるのはお前だけだ。つまり選択肢は2つ、俺がこの暗黒の障壁を破りお前が絶望の障壁を破る。そうすれば破滅とやらは止められる。しかしこれにお前が同意しないなら破滅が訪れる。どうするかはお前の自由だ。俺は別に破滅を止めたいとは考えていない、ただ親父の真意が知りたいだけだ。ここに集まってきた連中は何が起こるのかを観に来ただけの野次馬達だ。もう戦う意思は放棄している。その目の前に怪物が2人もいるんだぜ、その自分達の命運を握る怪物がな、そして期待していやがる。面白い事が起きるのを、だからお前が来る前に皆殺しにしてやろうかと考えていたんだが、だがこいつらは利用できると考えたからそれはやめた。お前が選択した結果によってこいつらは俺に殺される。さあ選べ、世界一の臆病者よ」

 その石崎の言葉に希一郎は無言で石が埋め込まれたナイフを取り出し大剣に変化させる。

「選択肢なんか最初から無い、お前と取引する必要なんかない」

 そう告げて石崎を睨んで見つめて、そして希一郎は暗黒の障壁めがけて7色に煌く大剣を振り下ろす。

 否定と肯定がぶつかり合う、そして否定の壁に亀裂が生じる。

 希一郎はさらに剣に力を込める。

 虹色の大剣は光り輝き暗黒の否定の壁を打ち破る。

「けっ、どこまでも気に食わない奴だぜ…」

 その崩壊する暗黒の否定の壁を見つめて石崎はそう呟く、

 崩壊する壁の内側には3人の男が武器を手にして立っている。

 憎しみにぎらつく目で、その前の憎むべき者達を睨んでいる。

 希願者を憎む男達、その憎しみの視線はやがて1人少年に向けられる。

 虹色の大剣を握る1人の少年、そいつが憎むべき存在達のの王だからだ。

 その憎しみに発射される銃弾、しかし希一郎は避けることなくその銃撃を平然と立って受ける。

 弾丸が体を貫いても倒れることなく平然と男達に向い歩き始める。

 全ての弾丸を撃ち尽くした男達は武器を刃物に変えて歩み寄る少年に斬りかかる。

 斬られても刺されても少年は平然としている。

「なぜ反撃してこない?」

 日本刀を構える軍装の男が希一郎に問いかける。

「俺が憎いと思うなら存分に切り刻めばいい、その憎しみの全てを受け入れてやる。俺はお前達が殺そうとしても死ねない、でもお前達を殺そうとは思わない、そして他の者達に手出しはさせない、その憎しみが尽きるまで永遠に切り刻まれてやる。もう憎しみは連鎖させない、その虚しさを思い知ればいい」

 憎しむ者達は驚愕する。

 復讐を果たせぬことに驚愕する。

 果たせぬ復讐は単なる呪いとなり果てる。

 そして絶望する。

 しかし自分達の持つ石はその絶望には何も答えてくれない人工の石、

 だからなすすべもなく茫然と立ち尽くす。

 その立ち尽くす3人の男達の首が突然切断されて地面に転がる。

 暗黒剣を握る石崎がその首の1つを蹴飛ばして、

「こんな連中さっさと始末しちまえばいいのに、面倒くさい事しやがって、もう遊んでいる暇はないんだぜ」

 そう言って希一郎を無表情に見つめる。

「彼らはその憎しみから解放されようとしていたのに…」

 その無表情を希一郎は睨んで見つめ返す。

「どうせ時間稼ぎのための親父の捨て駒だ。このまま呪いに囚われ苦しんで生きるより殺してやる方が慈悲深いと思わないか?こいつらにとってそれが唯一の救いだと俺は思うぜ」

 怒りの目で石崎を睨む希一郎は首を振ると歩み始める。

「呪いに苦しめられるのは彼らの罪だから仕方がない事だ。憎しみを抱いた時からその罪は生まれる。お前の親父はその罪を創り出す魔神だ。その憎しみの神はすぐそこにいる」

 希一郎がそう言いながら歩み寄る絶望の障壁に包まれる塔とその下の建物、その中に1人の姿が多色と無色の霧の中に見え隠れする。

「ちっ、親父自ら出迎えか、もう破滅の段取りは付いたって寸法か、なら急がないとその破滅とやらが来るぞ」

 その多色と無色の霧の前に立ち石崎はせかすように希一郎にそう告げる。

 今迄にない大規模な絶望の想念を目の前にして希一郎は額に汗を浮かべる。

 それはあのコテージを包んでいた物とは次元の違う最悪の絶望の想念、その悲惨すぎる絶望達が目の前を漂っている。

「勇気はある!」

 希一郎に続いて来た者達の1人がそう叫ぶ、

 振り返り見つめる先に希望を信じる者達がいる。

 その1人の少年が歩み出て来て希一郎に告げる。

「多舞に存在を消してもらったら俺達はこの中に入れる。しかしそれでは破滅は止められない、破滅を止めるにはおまえの力が必要なんだ。こんな絶望を受け入れる苦しみは俺達には理解できない、そんな力は無いからだ。それが出来るおまえに俺達は託したんだ希望を、だからこれ以外おまえは何もしなくてもいい、その代わりは俺達がする。だから頼む」

 そう告げる羅冶雄を見つめて希一郎は決心する。

 そう、自分に出来る事は絶望を受け入れ希望に変える事だけだ。

 真に絶望する事が許されない自分だけが出来る事なのだ。

 その様子を笑いを作り石崎が見つめる。

 そして以前友と思った少年の顔を嘲るような作り笑いで見つめる。

 その笑いに怒りの表情を浮かべた羅冶雄は希一郎を抱きかかえるとその絶望の霧の中に踏み込む、

 そして2人を襲う絶望の想念、それから逃れようと霧から突き出した羅冶雄の手を握って多舞がその存在を消す。

 そして頭を抱え蹲る羅冶雄の姿が出現する。

「むちゃしたらだめなの」

 そう言って天使は優しく震える少年を抱きしめる。

「あいつは怪物どころか怪獣だ。あんな物に耐えられるなんて…」

 そして震える羅冶雄は絶望の霧を集める少年を驚異の目で見つめる。

 もし自分にあの絶望達に少しでも耐えられる精神がなかったら一瞬で廃人になっていただろう、あの父親が自分にしてきた事が自分を救ったのだと羅冶雄はそう感じる。

 やがて絶望の霧は晴れていき、そして虹色の大剣を握る少年が霧の中から現れる。

 そして跪いて倒れる。

 大剣はナイフに変わり地面に転がる。

 その許に走り寄る者達、自分達の王の偉大さを改めて認識する。

 悪魔の大統領がステッキを鳴らす。

 黄昏の魔女が手にした槍を蛇に変え首に巻きつける。

 炎の悪魔が笑みを浮かべる。

 その者達の目の前に魔神がいる。

 その息子が笑みを作ってその許に歩み寄る。

 魔神は微笑んでいる。

 自分が1番憎む者が歩んでくるから微笑んでいる。

 自分を1番憎んでくれていると信じているから微笑んでいる。

 そうでなければならないのだ。

 そうなるように全てを仕組んだのだ。

 そして更に憎しみまれるために全てを告げて絶望させるのだ。

 そして槍を握る者が生まれるのだ。

 しかし息子は自分を一瞥しただけで歩み去ろうとする。

 まるで自分の存在なんか眼中にないように平然と無視して、

 それで傷つけられる父親のプライド、しかしそれは称賛に値する行為なのだ。

 そして我が子に対する憎しみはより大きくなる。

 だから暗黒の魔人を創り出してその行く手を遮る。

 行く手を遮られた無表情な顔が自分を見つめる。

 邪魔するなとその眼は告げている。

 笑顔を大きくして魔神は告げる。

「残念だがお前にはまだ槍を握る資格はない、それはお前がまだ弱いからだ。この強い俺を無視して行くぐらいの弱虫に槍は渡せん、お前はあの虹の王にも劣る存在だ。だからあいつには永遠に勝てん、悔しいのなら俺を憎め、その憎しみを力に変えろ、お前には俺を憎む理由がたっぷりあるのだ。そうでないとここで殺す」

 そして攻撃する暗黒の魔人、その暗黒の魔人の攻撃を加速してかわす石崎、そして作り笑い、

「待てよ親父、俺はあんたを憎む理由なんてないぜ、むしろ感謝しているぐらいだ。戦いの快感を教えてくれたからな、今の俺がいるのはあんたのおかげだ。だからありがとうと言ったらいいのか?」

 その言葉に魔神の表情が険しくなる。

「何だと?それは本心か?そんな馬鹿な!俺はお前を苦しめ続けて来たのだぞ、女として生まれたお前をそこの怒りの悪魔に命じて強引に男に変えさせた。そしてハイストーンに命じて苛められるシナリオまで用意させた。わざと能力の低い奇願者と戦わせて暗黒の石を握らせた。そして絶望させた。俺が何も干渉しなければ女としての人生がお前にあったのだぞ、それは争いのない平穏な人生、お前の母親にもお前には干渉させないと誓わす事が出来たのだ。その人生をめちゃくちゃにされて憎まないはずはない、だから憎め我が子よこの俺を、そしてその憎しみの全てを俺にぶつけてくれ」

 父親のその告白を無表情に聞いた石崎は再び笑みを作ると、

「そんな事を仕組んでいたのか、呆れた親父だ。まあそのおかげで女でなく男になれたんならそれは感謝出来る事だ。そして戦う事と勝利する快感を楽しめるようになったんだ。おまけに暗黒の石までくれた。こんないい父親はいないぜ、だから尊敬してやるよ、あんたは偉大だったと、この暗黒の王の産みの親なんだからな、だからその名誉に甘んじてもう引退しろ、この世界は俺がめちゃくちゃにしてやるから黙って隠居してそれを見ていろ、行くなら俺を倒してから行けなんて臭いセリフは言うんじゃないぜ、そんな値打はあんたにはないぜ」

 その言葉を聞いて石崎喜久雄の顔が魔神のような形相に変貌する。

「この糞ガキが、何をぬかすか!魔神と呼ばれる俺の力を侮るんじゃねえ、俺を憎まねえとぬかすなら憎まれるまで叩きのめしてやる。ヒーヒー言って泣かしてやる。ぶっ殺してその石を取り上げてやる覚悟しやがれ!」

 暗黒の魔人が分裂して行きその腕に剣が出現する。

 50体に増えたその魔人は石崎を取り囲み動けなくする。

「へえ、便利な能力だな、全てを否定する存在を多数創り出して自在に操れるのか、この暗黒の石を持っていた時に得た能力か?確かに俺以外の者には脅威の能力かもしれんが…しかしそれがどうしたというのが感想かな?無意味なんだそれは俺には」

 いつの間にか暗黒の鎧をまとい、そして剣を手にする石崎はその取り囲む暗黒の魔人達を平然と見つめている。

 無と無がぶつかりあっても何も起こらない、そもそも戦いにもならない、

 しかし魔神はそんな事は想定していたのだ。

 石崎を囲む存在が変化する。

 それは無色に多色の人型に、絶望の魔人に変貌する。

 その攻撃は抱きついてくること、それを振り払おうとしても絶望の想念が打ち消されずに暗黒を通り抜け石崎を襲う、その絶望に恐怖は感じない、ただ煩わしさが付き纏う、人が絶望する瞬間なんかどうでもいいことなのに無理やりそれを見せつけられる。

「ふざけやがって…」

 石崎の怒りの感情が大きく膨らむ、憎しみではなくそれは怒り、力のある者は憎む必要などないのだ。そんな暇があれば怒りそして殺すだけでいい、そこに段階なんて必要ない、その絶望の煩わしさに苛まれ石崎は絶望する。

 この絶望を克服出来ぬ自分に絶望する。

 だから他人の絶望なんかに惑わされない力を欲する。

 それは絶望を無の力に変換する能力、

 その代償に憎しみの感情を差し出す。

 暗黒に包まれる石崎、そして自分を取り囲む絶望の魔人達が暗黒の魔人に変貌する。

 鎧を解いて剣だけを握りしめた石崎は笑みを作ると父親に向い歩き出す。

「ありがとう、お父様、あなたの息子は虹と互角に戦える存在になれました。この絶望を克服できるようになったのです。だから感謝します。お礼にしてほしい事を何でも言ってください、それを叶えて差し上げます」

 丁寧な口調でそう告げる息子、涙を流してその姿を見つめる父親は、

「ならまずこれを受け取れ」

 そう言って多色に無色の石を手渡す。

それは暗黒の石のようにナックルに埋め込まれている。

「絶望の力は希望の真逆の想念だ。あの虹と戦うのには不可欠な力、奴の希望に対抗出来る唯一の力だ。そして存在を肯定し希望を奉じる者達をそれで打ちのめせ」

 托されたそれを石崎は左手に嵌める。

「塔に昇れ、そこに槍の握りがある。それをどうするかはお前が決めろ、そして」

 石崎喜久雄は息子の目を見つめて、

「俺を愛するなら俺はそれを否定する。だから…」

 暗黒の剣は父親の胸に突き立てられる。

「ありが…とう…」

 そう告げて事切れる父親から剣を引き抜いた石崎は涙を流す。

 誰も憎めなくなった自分はもう愛する事しか出来ないのだ。

 その愛する父が望んだ事を憎しみでなく愛で答えたのだ。

 いつの間にか隣に来た妹が父の遺体を足蹴にし始める。

 この妹は父を憎んでいたのだ。

「もう気は済んだか?」

 父の遺体を弄ぶ魔女は兄の問いかけに首を振る。

「自分で殺さないからだ。だから永遠に気は晴れないだろう、それでも俺の妹だ。だから愛してやれねばならん、憎まれてやらねばならん、その時が来たらお前の望みは叶えてやる。しかし今は塔に昇るのが先決だ。この親父の真意を確認する。しかし1番上まで昇れるのは虹達と俺達だけだ。後の者は下の展望台までだ。特別にお前とお前、そしてお前は同行を認める」

 石崎はジョージストーンとマイケルファイヤーストーン、そしてリザ=べラを順に指差してそう告げる。

 そして絶望の苦しみから立ち上がる希一郎を見つめて、

「後はお前次第だ。お前だけが俺達の親の企みから外れた存在だからだ。ラジオの親父は虹の石を握る者が本当に現れるとは信じていなかった。俺の親父はそれを信じてこの企みを起こした。全てはラジオの姉、地獄の女王の目論みだ。それに魅入られたお前が全ての運命の鍵を握っている。そうだろ?血色の魔女さんよ」

 黒いフードは頭を下げるだけでそれに答える。

「最後の障壁は取り除かれた。これで破滅の正体がわかる。行くぞ」

 そう告げて石崎は塔の下の建物に向い歩き出す。その後ろを皆は歩き出す。傷ついた少女を抱きかかえる者もいる。車椅子を動かして進む者もいる。

 皆何も語らず無言で進む、

 その一行が建物内に入ると執事姿の初老の男が出迎える。

「皆様のお越しをお待ちしておりました」

 そして一行をエレベーターの前まで案内する。

「1度に皆様を御乗せ出来ませんので、まずはおぼっちゃまとそちらの少年と従者様を優先いたします」

「そのおぼっちゃまはやめろ磯田」

 不機嫌そうに石崎が文句を言う、

「申し訳ございません。では旦那様どうぞ」

「王様と呼べ」

 そう告げて石崎達びっくりマークの幹部達は右側のエレベーターに乗る。

 羅冶雄に引っ張られるように希一郎は左のエレベーターに乗り込む、その定員は25名、しかし大男がその定員の足を引っ張りブザーが鳴る。しかし絵里が体重を軽くするとブザーが鳴りやむ、

「パパもダイエットしなさいよ」

 その絵里の言葉で緊張をほぐされる一同、勝則は頭を掻いて手にした棍棒を掲げて、

「これのせいだと思ってくれ」

 そう言って棍棒を宙に浮かせて受け止める行為を瞬間的に繰り返す。

 そんな事をしている間に高速エレベーターは350メートルの高さにある第1展望台に到着する。

 そのエレベーターから降りる一同を先着した石崎達が出迎える。

「その大人数で上には行かせないぜ、人選をしろ、こっちは8人だ。その数に合わせてもらおう」

 その言葉は第2展望台が戦場になる可能性を示唆している。

 みんなが行きたい、しかしそれを拒否すればここが戦場になる可能性があるのだ。

 尻込みする希一郎を押して羅冶雄が進み出る。そして多舞、美希子、達彦、絵里、新庄、咲石はリリーを抱えている。

「この子は戦力外だ。だからその人数に入れなくてもいいだろ?」

 その人選に笑みを作ると石崎は、

「そうしたいなら別にかまわんぜ、そんな死に損ないの1人ぐらい増えてもな、それよりさっきから気になっていたんだが虹の妹はどこにいる?あのマシンに居残りか?兄貴以上の臆病者か?それとも人質に取られる事を恐れての行為か?あの暴走姉ちゃんと一緒に留守番とは。そっちの方がまだ度胸があるのかな?まあいい、人選が決まったなら上に行くぞ、あいつらも着いたみたいだからな」

 石崎の隣の希久恵の右目が怪しく煌く、兄は真実を知らないのだ。

 2人の大悪魔と1人の大魔女が第2展望台に向かうエレベーターの前に歩み寄る。

「行きつく先は天国か地獄か、こんなにわくわくする体験は人生でもそうざらに無いと思わないかね」

 ステッキを突きながらジョージがマイケルに話しかける。

「無感情が売りの君の言葉とは思えないね、でもこの感覚は幽霊屋敷に入る前の感覚だと思うよ、怖いもの見たさの感覚さ、僕がか弱い女の子なら悲鳴を上げて逃げだしているだろうね」

 そんな怖さなど微塵も感じさせずマイケルはそう答える。

 蛇を首に巻きつけた大魔女は呆れたようにその2人を見つめる。

「用意が整ったみたいです。残りの方はここから首都の夜景をお楽しみください、夜景と言っても明かりが乏しくて寂しいのが残念ですが…」

 そう告げる磯田、そしてエレベーターの扉が開く、

「ちょっと見てくるよ希恵、マーガレット」

 そう告げて2人の少女にウインクするとマイケルはその中に乗り込む、

 希恵は黒装束の魔女を睨みながら世界の石をそっと取り出す。

「私に何かあれば婆様がわかる。だから迎えに来い」

 ジョージがそう命令すると重武装の軍装の悪魔は敬礼してその命令に了解する。

 その一同を乗せた高速エレベーターは更に100メートルの上を目指す。

 世界の運命が変わる瞬間がすぐ近くに迫る。





           

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