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ミラクルストーンⅢ  作者: 北石 計時朗
12/18

前夜祭

11 前夜祭


 放送局の正面ホール、そこは電気が通じていないため夜の闇の中にある。

 そこに懐中電灯を手にした少女が何かを引きずって歩いてくる。

 放送局にある自家発電施設から伸びたコード、それを引きずってある場所を目指す。

 そして目的の場所に到着するとコードをコンセントに接続する。

 途端に辺りは光に包まれる。

 青に赤に黄色に緑そして白に点滅する無数の光に、

 少女は玄関ホールに設置されたクリスマスツリーの装飾の明かりを灯したのだ。

 そしてその明りはそこに集う者達の姿を闇の中に映し出す。

「どう、綺麗でしょ?最初からこれを灯せばいいのになってずっと考えていたの」

 そう言って絵里はそこに集う者達に感想を求めるように笑いかける。

「ああ綺麗だ。まるで奇跡の石がみんな輝いているように見える。これを見ていたらなぜか希望という言葉が信じられる気分になる」

 多舞を抱き寄せて羅冶雄は目にする光景の感想をつぶやく、

「無駄な電力の消費は抑えた方がいいんだが、でもこれは無駄じゃないと認めてあげるよ…」

 宇藤はそう言って双子の姉の碧恵の手を握る。

「この光景を幻影にしてみんなに見せたら争い事なんて起こらないようになるかもしれないわ」

 碧恵はそう言って弟の手を握り返す。

「きれいなの、メリークリスマスなの」

 天使はそう言って羅冶雄の許から離れるとうれしそうに踊り始める。

 その姿に笑うこともできない羅冶雄だが嬉しさだけが目に光を与える。

「ゲーム中にもこんなイベントは必要だね、登場人物達を元気づけるイベント、それを見て主人公は勇気づけられる。そして自分の使命の為に立ち上がると決心するんだ」

 そう言って興奮する幸一に幸恵が、

「それはゲームの中のお話、現実はそう言う訳にはいかないようね…」

 そう言って椅子に座って目を閉じる少年を見つめる。

「主人公は最後に最大の敵を倒してくれるだけでいいんだ。それを盛り上げるのが登場人物達の務めなんだ。その主人公を助ける者も悪役達もそれに巻き込まれる者達もみんなね、残念なのは僕がこのゲームのマスターじゃない事なんだが…しかし現実のこの世界にマスターは存在しないか…もしいるとしたらそれは神か…」

 そう言って幸一も椅子に座る少年を見つめる。

「多笑美、見てごらんみんな楽しんでいるよ、君はクリスマスにはパーティがしたいと俺に告げたね、ちょっと早いけどその夢が叶ったんだ。場所はあの教会じゃないけど素敵な場所だと思わないかい、なんせ放送局でのパーティだ。この様子は撮影されて世界中が見ているんだよ、だから世界のみんなに希望を与えるために笑ってこのパーティを楽しもう」

 その勇治の言葉に猫を抱く少女は微笑むと猫を下してホワイトボードに文字を書く、

「うれしい」

 その一言だけのそのメッセージに勇治は自分にもうれしさが込み上げてくる。

 そして猫の代わりに少女に柁かれる。

 そして2人のメイドがワゴンに料理を乗せてパーティ会場に運ぶ、2人とも笑顔を浮かべて、

 他人に興味がないあの幼女も家族達の楽しさを感じて笑顔になる。

「豪華とはいかないけどありあわせの材料で腕によりをかけて作った料理、どうぞ御賞味して下さいませ」

 そう言って美沙希は笑顔で頭を下げる。

 その料理の登場に皆が拍手でそれに答える。

 その料理に釣られた様にパーティ会場に人が集まり出す。

 昆棒をかつぐ大男と修道女、その楽しげな雰囲気に笑みを浮かべる。

「へーっ、楽しそうじゃない、でも兄さんその棍棒なんとかならないの?そんなのを持っていたらこの場の雰囲気ぶち壊しよ、せめて飾り付けでもしてみなさいよ」

 その巨大な棍棒を睨む絵美理に勝則は、

「そんな事言ったってこいつは俺の分身みたいなもんだからなあ、だから手放すわけにはいかないし、それによ、あの虹の剣みたいにちいさくも出来ないんだ。しょうがないだろ」

 そう言って仕方なしに棍棒に布切れを巻きつける。

「みんなで記念撮影でもするか」

 そう言って新庄がカメラを三脚に取り付ける。

 それを見て絵里が、

「どうせあんたが撮影なんかしたらピンボケ写真しか撮れないでしょうけどね」

 とからかったように言うのに新庄は首を振ると、

「こう見えても俺は新聞記者だぜ、だからカメラの腕はプロ並みだ」

 そう言って胸を張る。

「そう言われても信用できないのよ…」

 そんな胸を張る新庄の胡散臭い風貌に絵里がすました顔でそう答える。

「とにかく今夜は楽しむしかないか…」

 そう呟く白衣の医師に看護師がウインクで答える。

「別に楽しいなんて思わないけど心がそう言えと言うからそう言うの」

 そう言って笑顔を浮かべる眼鏡の女性の手をその傍らに立つ母親が優しく握る。

「こいつを運びこんでいいんですかね?」

 そこに巨大なケーキを抱えたヤンキーの若者が料理を盛り付けるメイドにそう尋ねる。

「御苦労様平次、そこのテーブルに置いてちょうだい」

 そのいつにない優しい言葉に感激した平次は思わずケーキを落としそうになる。

「今夜は君も楽しんでくれ」

 そう告げる達彦はノートパソコンを開いてテーブルの上に置く、

 そのモニターには、ありがとう、と言うメッセージが表示される。

 皆は今宵の宴を楽しんでいる。

 しかし椅子に座る少年はただ虚ろにその光景を眺めているだけだ。

 そんな事に何も関心がなさそうにただ絶望だけを見つめている。

 その兄の姿に溜息を吐く1人の少女、そしてそんな兄の代わりに楽しもうとする。

 涙を流しながら、

 リリーは勇治の許に歩み寄ると紙切れを差し出して笑顔で話す。

「聞いてお願い、飛ばすいいか?」

 笑う勇治は受け取った紙切れを飛行機にして空に飛ばす。

「不安な気持ちを誤魔化すために楽しんでいるのはわしらだけじゃないのじゃ」

 そう呟くサングラスの子供は世界を見つめて貪るように料理を食べる。

 1人だけその宴に参加出来ない血色の魔女は暗闇の中で占いに興じる。

 そして最後にめくった愚か者のカードを震える手で優しくなぜる。

 その寂しい姿を下僕達が静かに見守る。



「今宵はここで過ごす最後の夜ですゆえ」

 都庁の前の広場に集まりお祭り騒ぎをする人々を見つめながら群青の悪魔はそう告げる。

「あまり楽しくない光景だがお目こぼしだ。明日の夜にはこんな事をしている場合じゃなくなるんだからな」

 不機嫌そうに恐怖の王はその光景を無表情に見つめる。

「人間関係は明日の作戦には重要な要素なのです。ここ数日の間に彼らはそれを構築しました。そんな親交や諍いを繰り返しながら彼らは個ではなく軍になっていったのです。我が王の率いる軍団はもう烏合の衆ではなくなりました。あれはそれを祝うための祝事とお考して頂きたい」

 しかしその言葉に目を光らして石崎は質問する。

「統率のとれた軍隊が出来たと言いたいのか?あの騒ぎを見ていたらそんな風には見えねぇぜ、あれは烏合の衆どころか馬鹿の集まりにしか見えねえ、あれを軍隊と呼べるお前は頭がいかれてるんじゃないか?」

 その呆れたようなその質問にしかし群青の悪魔は笑いを浮かべると、

「彼らが構築した物は絆という呪しいなのです。その人を束ねる心の呪い、そして太くなれば断ち切ることを困難とする心の呪い、彼らの中に複雑に絡み合い縺れる心と心を繋ぐ鎖、個を尊ぶ貴方様には及ばぬ呪い、だから理解は出来ないでしょうが、しかしその呪いにより彼らは最強の軍となったのです。全ては作戦の為にしくまれたとは知らずに、あの契約書により結ばれた偽りの絆、その力は明日の夜に御覧出来るでしょう」

 しかし群青の悪魔のその返答に無言で考える石崎、その絆と言う言葉を考える。

 自分の家族と呼ばれる者達には最初からそんな物はない、

 しかし自分にとってそう呼べるものはないのだろうかと、

 あの1人の少年の顔が浮かぶ、そして自分もその呪いに囚われている事をさとる。

「楽しみたければお前も楽しめ…」

 不機嫌そうにそう言い残して王はその姿を消す。

 残された群青の悪魔は王の不機嫌の理由に笑い、そしてその呪いに喜ぶ、

 その呪いを断ち切るために王はもっと強くなる。

 そう考える群青の悪魔はおそんな祭り騒ぎをただ笑って見つめる。



 車椅子の少女とそれを押す少女はそのお祭騒ぎの中にいる。

 お揃いの眼帯をする2人の少女、その右目はお祭り騒ぎを蔑んで見つめる。

「なんか変な感じ、こいつらチョー馬鹿って感じ」

 運ばれてきた食品を食べながら1人の魔女がこの感想を語る。

「ごめんなさい、私もこんな所にいたくないんだけど…でもお兄様の命令なの、彼らが暴動を起こさないように監視しないといけないの」

 もう1人の魔女がいらついたようにそう返答する。

「チョーうざいというのは同感みたいな感じかな?あたしはもう群れるのは嫌だから1人でいたいって感じなの、裏切られるために仲間を作るのはもう最低いって言う感じ」

 その言葉に思案する希久恵、何か疑問が湧き上がる。

「ごめんなさい、貴女を裏切ったのは友達だったの?」

 その不機嫌そうな魔女にそう疑問を尋ねる。

 その質問にさらに不機嫌になった魔女は、

「友達だったと信じていのよ、あのチョー最低な奴らを、化け物のあんたには友達なんかいないでしょうからわからないって感じかな?それとも化け物の友達がいるのって感じ」

 そう逆に質問されて思わず希久恵は答える。

「ごめんなさい、化け物?…そうかもしれないわね、でもいたんだけどいなくなっているの…」

 その不可解な返答に良伊子は思わず振り返って相手を見つめる。

 見つめる顔は空を仰いで右目から涙を流している。

「あんたも裏切られたって感じなの?」

 その涙の理由にそう尋ねる少女に涙を拭いて頬笑みを浮かべると希久恵は、

「ごめんなさい、信じているの…」

 そう答えて希久恵もう何も言わずは車椅子を押して騒動の中を歩きだす。

 それに何も答えない蒲色の魔女は右目を光らして笑いを浮かべる。

 その2人の存在感に恐怖を感じた群衆達がそれを恐れて道を作る。

 その黒いマントを翻す魔女はその開かれた道を悠然と進んで行く、

 その背後から安心したように再開された騒動や音楽が聞こえてくる。



 飛行戦艦との激闘で倒壊した本拠地をすぐ近くにある高層ビルに移した組織、

 その組織の信者と化した者達をそこと周辺のビルに収容する。

 この停電で明かりの消えた都市の中でその高層ビルだけは全ての部屋に明かりが灯る。

「サンダーストーンのおかげでこの建物には電力が供給されている。まるで暗闇の中の灯火のように、そしてここに来れば安全が得られる。だからここを目指して来る者達にはそれが希望の灯火に見えるといいね」

 シャンパングラスを手にしたマイケルが微笑みながら2人の少女にそう語る。

「そうね、あの殺虫灯に群がる虫けらのように集まる連中が増えるわ、そして自らその身を炎に焼かれる。しかし彼らはそれが当然の事だと思うわ、この宗教とは便利なものね、大衆を束ねるのにこれほど便利な方法はないわ、その神の為に自からその命を差し出す。殉教というその行為は美しい光景になるでしょうね」

 そう言って夜景を眺める巫女はマイケルのグラスに酒を注ぐ、

「この国の神の巫女の言葉とは思えないセリフだね、この国の民はもっと命を尊ぶと思っていたのに」

 それに笑顔の巫女が笑いながら答える。

「この国の民は誰かのために命を投げ出すのが大好きなのよ、この国の神を信じる宗教ではこの国を護るためにそれで死んだら軍神と呼ばれて神社に祭られるのよ、あの中東の宗教と教え方が基本的に同じなのよ、西洋の神とは違うわね、だからあんな奇跡を見せられたら簡単に騙される。なんせ神風が吹いて自分達を救ってくれると本気で考えているの、あの前の戦争でそれで騙されたのにまだ気がつかない、だからあたいはこの格好から解放されない、あいつらは神の声を伝えるのは巫女の使命だと考えているから、こんな夜には奇麗なドレスを着てマイケルの横にいたいのに…」

 その綺麗なドレスを着るマーガレットはそう言って睨む巫女を睨んで返す。

「今夜は記念の前夜祭、だから仲違いはよくないな、ほら、組織のみんなも呆れているよ、パーティは楽しむためにするんだよ」

そう言って振り返るマイケルの背後は盛大なパーティ会場、音楽が鳴り響きそこに100人ぐらいの人々が正装に身を包んで料理に酒に歓談する光景がある。

「世界中の組織のメンバーがここに集う、そう能力者の集団さ、これに敵うものなどない、そして君達はこの中の誰よりも強いんだよ、最も赤に近いオレンジの石と歪んだ瞳に敵う者はこの中にいないのだから、そんな2人が争ったりしたら下の者に示しがつかないよ、さあ笑ってパーティの花になってくれないかな?」

 しかしマイケルのその言葉に不機嫌に巫女は、

「わかったわよ、あいつらに嘲笑を浮かべて酒を注いでまわればいいのね、あいつらを恐ろしさに震えさせてやるわ」

 そう言い残して会場に歩き出す巫女の後姿を微笑んで見送りマイケルは、

「マーガレットは行かないのかい?」

 そう言ってゴスロリ調のドレスを着て自分にしがみつく少女の頭を優しくなぜる。

 そこにこの場の雰囲気にそぐわない風貌をした男がブーツの踵を鳴らしながらマイケルに歩み寄る。

「正装するように言ったはずだよ、ジャック、その無粋な格好はよくないな…」

 その姿を見て露骨に嫌そうな顔をするマイケル、しかしそれににやけ笑いのジャックは、

「すまんなマイケル、これが俺にとって正装とか言う奴なんだ。この格好じゃないと落ち着かないのさ、それより恐怖の王様に脅されたっていう話は聞いているぜ、その話を聞いた時には腹が立ったから奴を殺しに行こうとしたんだ。でもあの魔獣に止められた。そんな屈辱を受けてよく笑っていられるな?あんなただのガキなんてさっさと殺せばいいんだ。あの目障りなびっくりマークの軍隊もろとも」

 そう言って不敵に笑う切り裂きの悪魔を呆れたようにマイケルは見つめて、

「魔獣が止めてなかったら君は今ここにいなかっただろうに、僕をびっくりさせるなよ、あやうく優秀な部下を失うことになっていたなんて…後で魔獣に感謝しておこう、ジャック、これは命令だ。そんな軽率な行動は慎んでもらいたい、あの協定を破るような行為を彼は求めているのだよ、なんぜ僕に宣言したからね、この組織をぶち壊すと、だからその口実を作るためにわざわざ彼に殺されに行く必要はない、君は自分の能力を過信しすぎる傾向が昔からある。だから信じられないだろうけど言っておくよ、あの少年はただのガキなんかじゃない、ここにいる全員で彼に挑んでも誰も彼に勝てる者はいない、あの彼の力を更に引き上げる生贄になるだけだ。そんな愚行を僕は絶対に望まない、彼との交戦は出来るだけ避けた方がいい、でもこれだけは言っておくよ、僕は脅されて黙っているような男じゃない、僕が焼き尽くす予定の世界をあいつに消されてたまるか、その為の方法は考えてある。あの受けた屈辱は自分で返す。だから余計な事はしないでいいよ」

 その言葉に無言のジャック、そしてブーツの踵を3回鳴らす。

 それは納得がいかない時のジャックの癖、それを知るマイケルは笑顔で答える。

「その為に北の国から呼んだのさ」

 その返答に踵を返すとジャックはそこから歩き去る。

 出し合うカードは全て揃っているのだ。

 後はゲームの開始を待つだけでいい、

 しかしマイケルは自分が1枚だけ重要なカードを持っていないことに気づいていない、

 そのジョーカーのカードを恐怖の王が手札に加えていると信じている事を知らない、

 その全てのカードを打ち負かす愚か者の絵のカードを、

 血色の魔女が優しくなぜる最強の切り札を、

 会場の片隅に置かれたモニターからその愚か者を信じる者達が楽しむ光景が映されている。

 しかしそれに関心を持つ者はこの会場の中にはいない、

 この華やかで賑やかな会場と比べささやかすぎるその宴、

 しかしここには求めてもないものがそこにある。

 そこには確かに希望がある。



 豪華客船の上でジョージストーンは忌々しそうに目の前の光景を見つめる。

 あの目の前の遊園施設から打ち上げられる盛大な花火を、

 しかし挑発行為と思えるその光景を美しいとは考えない、

 そんな感情は心の奥にしまい込んで隠されている。

 暗闇に輝く光など悪魔にとって邪魔なのだ。

 あれを止めさせたいと考える。

 しかし他の悪魔達との協定で全ての攻撃行為は総攻撃まで禁止されている。

 だから反撃だけが許される行為、

 しかしあれは反撃できる敵の攻撃ではないのだ。

 だから忌々しそうに甲板をステッキで叩く事しかできない、

 しかしここを離れるわけにはいかないのだ。

 このいつ攻撃されるかわからない状況で船内に引きこもる事は許されない、

 仕方なく悪魔の大統領はワインをラッパ飲みしながら、その冬の夜を彩る火の粉の光彩を忌々しそうに睨んで見つめる。



「なんだ?この味気のない酒は」

 死霊達の佇む中で力の悪魔は手にした酒瓶を訝しそうに見つめる。

「知らないの?ドンペリよ、お祝いの時に飲むお酒、高いお酒よ、でも口に合わない?」

 自分もそのシャンパンを飲む黄昏の魔女はピンクに泡立つその液体に血を垂らす。

「ドンペリ?…ああそう言えばそれをクラブで注文したら女達が喜んだな…」

 そう言って修一郎は飲み終えた酒瓶を投げ捨てる。

「まだいっぱいあるわよ、だから全部飲んでちょうだいね、その請求書は後で回すから、たぶん高すぎて払えないだろうから代金は明日の夜に働いて返してもらうわよ」

 そう言って自分の言ったいやみに微笑む黄昏の魔女、

「なんだ?ここはぼったくりバーか?でも大丈夫だ。どんな用心棒が出てきても小指1本で死体に変えてやる。この俺から金をぼったくろうなんて10万年早いぜ」

 その言葉にあきれ顔の黄昏の魔女、そして思わず可笑しそうに、

「文無しのホームレスだった男がよくそんな事が言えたわね、でも小指1本で死体に出来るというのは信じられるけど…今のあんたならたぶんあの鬼神も簡単にひねり潰せるでしょうからね、だからお代はいらないわ、今日はサービスよ、それも飲み放題の、もしそんなサービスで本当にお店を経営していたらあんたが来たら倒産ね、でも別の意味で倒れるかもしれないけど…」

 その言葉に敏感に反応する周一郎、

「倒産?そうだ。思い出した。俺は奴らに復讐しないといけないんだ。でも奴らって誰だ?思いつかねえ…まあいいか…ぶち壊してぶち殺している間に思い出すかも知れないからな、だから誰でもいい早くぶち殺してやりたいぜ」

 この男の考えは最後に必ずそこに行きつく、それを知る黄昏の魔女は笑みを浮かべると、

「心配しないでも明日の夜にはそうできるわ、あの連中はもうあれに懲りてこっちに手を出すのをやめてせっせと地下に爆弾を仕掛けているみたいだけど、でも肝心な時に爆発しないのを知ってどんな顔するかしら?見ものだわ、あの起爆装置の配線を全部もぐらやネズミに齧られているとも知らずに、せめて1発目は残しておいてあげようかしら、その爆発の中から登場した方がかっこいいし…あんたどう思う?」

 しかし魔女のその悪巧みに力の悪は何の興味なさそうに、

「知らん…」

 一言だけでそう返事してそして辺りを見回すと、

「しかしここはしけた店だな、おい、せっかく皆が喜ぶ酒を飲んでいるのに、それにこんなに人間がいて誰も踊りも歌いもしないなんて、まるで通夜の席にいるみたいで味気ないぜ」

 そう言って文句を言う、

「ここはお店じゃないんだけど…でも賑やかなのが好きならそうしてあげる」

 そう答える黄昏の魔女が呪文のような言葉を唱えると今まで立っているだけの死霊達が突然動きだす。

 そして狂ったように蠢くように変な踊りをし始める。

 そして絶叫のような叫びを上げ始める。

「なんだ。中々楽しいじゃないか」

 その死のダンスと歌を見つめて聞いて笑いながら力の悪魔は新しい酒瓶に手を伸ばす。

 その様子を震える手で暗視双眼鏡を見つめる兵士達、そして自分達にはもう眠れる夜は2度と来ないと考える。



 その世界に隔絶されたテントで酒を酌み交わす男達の許に天幕の隙間から紙切れが入ってくる。

 それを手にする赤石銀二は紙飛行機を開いて見つめる。

 難解な日本語で書かれたメッセージ、しかしそれに愛を感じる。

 そしてそれを李陽に手渡す。

「お主の娘の粋な計らいじゃ、しかし李徳、お主は読まんでも内容は知っておるようじゃな…」

 答えられなくても右目からの涙がそれに答える。

 その文面を呼んで体を震わせ泣き伏せる李陽、

「その娘の決心に涙で水を差すのはいかんぞ、笑って答えてやらねば…そう言っても無駄な様じゃな、わしまで枯れていた物が出て来おるとは…」

 眼帯をしていない右目から涙を流すのは銀二も同じ、泣いたのはもう何10年振りだろうか?

 あの炎の悪魔に魅入られた孫を手放す時も涙など流れなかったのに、

 そんな涙を流す2人の男は黙って酒に手を伸ばす。

 この隔絶された空間では待つ事しかできないから、

 その信じる希望が来るのを黙って待つしかできないのだから。



 お開きになったささやかなパーティの会場、しかしクリスマスツリーの明かりは灯されたままだ。

 それを1人で見つめる少年がいるからだ。

 みんなは休養のために各々の寝場所に引き込んでいる。

 しかし希一郎は1人でこの場所に残る事を希望する。

 そして点滅する7色の光を魅入られたように見つめ続ける。

 その頭は何も考えていない、

 本当に何も考えていない、

 考えている暇などないからだ。

 その力を蓄えるために必死なのだ。

 だから明日の昼まではここにいないといけないのだ。















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