憎しみを求める者
9 憎しみを求める者
高さ600メートルを超えてそびえ立つ巨大な塔、そこが魔神の最後の砦、
その天を貫くようにそびえ立つその建造物は1部を除き全て多色に無色の霧に包まれる。
それは絶対の防御力、だから襲い来るミサイルも砲弾もその絶望に取り込まれ力を失う、
そしてそれは槍の制御システムとしても機能しているのだ。
その建造物の地下はあの魔神の本拠気となっている。
その広大な施設の1室にこの国で魔神の防壁を守備する指先達が集められ、そして会議が開かれている。
召集されたのは5人の男達、円卓を囲んでいる。しかし1つの席が空席になっている。
テーブルに腕を乗せそれを組んで顎を乗せる魔神は無言でその空席を見つめる。
「メタリックイエローストーンに送った使者は全てその消息を不明にしました。あそこの防壁は御子息に乗っ取られたという状況です。今は『エキスグラメーション』と名乗る組織の拠点に成り果てました。あそこの兵士に配分された守護石も多分奪われてしまったでしょう、さすがと言うべきですな、やはり暗黒の石は我らにとって最大の障害ですな」
魔神の背後に立つ磯田が空席の理由をそう説明する。
「我が息子は最大の障害であってもらわないと困る。そうなるように躾て育てたのだ。これくらいの事は想定している。一々それにうろたえる必要はない」
そう言ってから魔神は軍装の白人男性を見つめて命令する。
「メタリックホワイトストーン、あの悪魔の艦隊の上陸を阻止するな、岡に上がれば鯨も鮫も恐れる必要はない、そして自ら大統領を名乗る悪魔に思い知らせてやれ、その為に護石の欠片を入れてある弾薬や爆弾、それに砲弾にミサイルを与えたのだ。奴の力もそれには及ばぬ、自国の裏切り者はその手で始末しろ、真の大統領もそれを望んでいる」
その言葉に敬礼で返答する男、その眼は復讐の光で満ちている。
「さて、メタリックオレンジストーン、あの炎の悪魔の破壊兵器だが、対抗策はあるのか?」
質問されたスーツ姿の男、この国の総理大臣は、
「国際宇宙ステーションに向い破壊兵器を積んだロケットを打ち上げるように各国の首脳に要請しました。その要請に速やかに対処するとの返答を受けています。それで破壊できなくとも使用できない状況は作り出せます。槍が到来するまでそれで対処するしかないのですが…」
その返答に魔神は冷ややかに、
「それでは手ぬるいな、奴の破壊兵器をどうにでも出来る手段があると示しておかないと奴は調子に乗って世界を焼き尽くすかもしれん、極秘に製造してあるICBMに強力な守護石を搭載して発射しろ、そして奴の兵器の近くで爆発させろ、その核弾頭の接近に奴は熱光線で迎撃するはずだ。それが及ばない事を知らしめろ、切り札はこっちにもある事を知れば奴もうかつにあれを使用しないだろう」
その命令に総理は頷くと書類を取り出しサインすると背後の部下にそれを渡す。
その書類を受取った部下は礼をしてから部屋を出て行く、
「それでメタリックグリーンストーン、北部の状況だが死霊共は数を増やしていると聞いている。その規模は今どれぐらいだ?」
その質問に軍装の男が敬礼してから、
「死霊共はその数を推定で2万に増やし動物園周辺にて進撃を停止しております。その他にあの死霊以外に多数の怪物の存在を確認しております。現在は防衛隊には死霊達の侵入を防ぐ為にバリケードを建造させております。その高さに20メートルの防壁で奴らの侵入を拒みそして大量破壊兵器で殲滅する計画です」
その返答に魔神は思案したのち、
「大量破壊兵器は何を使用するつもりだ?」
その眼を光らせそう質問する。
「小型の燃料気化爆弾の使用を検討しております」
その返答にさらに思案する魔神、そして、
「燃料気化爆弾の使用は許可出来ない、あれを使用すれば防衛隊は攻撃範囲内から撤収する必要が生じる。あんな欠陥品の守護石では爆発は防ぎきれないからな、その替わりに広範囲焼夷弾を使用しろ、焼き尽くせば奴らは動けなくなる。しかし防御の隙を作るようなこんな作戦を検討した者は降格させろ、それが将官であっても前線で銃を持たせて守りにつかせろ」
そう告げる魔神の目に怒りの感情を読み取った防衛長官は、
「了解しました…」
そう告げて、自分にこの作戦を提示した参謀を銃殺すると決心する。
そうして魔神は皆を見廻すと、
「奴らは3日後に示し合わせてここに総攻撃を開始する予定であるという情報を得ている、あの槍の完全制御にはそれより24時間の時間が必要なのだ。つまり12月25日の午前零時までここを死守する必要がある。その為にはシェルターに収容された者達にも戦ってもらう必要がある。この自分の安全は自分の命を賭けて守る事だと教えてやらねばならん、そうすれば彼らも立派な我らの同志となるだろう、そして槍の完全制御に成功すれば激突は回避され、そして未知の力をこの手に出来るのだ。その時に私は神に成れる。そして諸君らも神の兼族と成れるのだ。心おきなくその憎しみの先に復讐する事が許されるのだ。そして世界を真に憎しみに満ちた地獄に変える事が出来るのだ。それは我らにとって楽園となるだろう、その日が来るのはもうすぐそこだ。それまでそれぞれの任務を全うせよ、我がストーンワールドに栄光を!」
『栄光を!』
そう唱和して3人の男は立ち上がるとそれぞれの任務を全うするため部屋から出て行く、
残された2人のうち1人が魔神を問い詰める。
「おい喜久雄、お前弟の兵器だがあれは欠陥品か?あの炎の悪魔のちんけな火に耐えられずに砲塔が全部吹っ飛びやがった。興ざめもいい所だぜ、それに奴のあのいけすかない笑い顔が目から離れなくて狂いそうだぜ、あいつを最初に殺さないと気が済まねえ、あるんだろ?もっといい奴が、ケチケチしないでそれを出せよ、そうしたらあいつが拠点にしているビルを丸ごとぶっ飛ばしてやるからよ」
そう言って握り拳でテーブルを叩く岩峰に魔神は笑みを浮かべると、
「あの熱源は推定で1万度、そんなちんけな火に装甲が耐えられただけでもたいした物だと思うが…まあ、しかし欠陥品であることは確かだ。あの愚弟の奴が素直に俺の言うことを聞かないのを承知で作らせた代物だ。手が抜いてあることぐらいわかっていた。でも安心しろよ、岩峰、あれをベースにした新型は完成されている。あの李美が集めた槍のデーター、それを立石に解析させた技術が詰め込まれた新型が、それはきっとお前の気にいるはずだ」
その言葉に思わず目を光らせる岩峰、
「それを最初から出せばあの炎の悪魔を殺せたのにもったいぶりやがって、お前は昔からいつもそうだ。俺が平巡査の時から俺をおちょくって楽しみやがる。今でも街の不良の癖は抜けてないのだな、この悪ガキ、あの時素直に撃ち殺しておけばよかったと俺に思わせるな、あの時お前ら3人ともを俺が殺していたら今は無かったんだぜ、それを見逃してやった恩は忘れたと言わせないぞ」
そう言って睨む岩峰に魔神は微笑んで、
「ああ、あの時は楽しかった。なんせ警官を襲って拳銃狩りをして遊んでいたからな、言い出しっぺは宇藤だが高石の奴も喜んでやってやがった。だがお前に追い詰められた時には冷汗物だったのは事実だ。でも俺の差し出した金を素直に受け取ったのはお前だぜ、金に目がくらんでわざと見逃した。違うとは言わせないぞ、あの事件を揉み消すために俺の親父がいくら払ったか知っているか?その1部がお前の懐に入った事も知っているぜ、そんなギブアンドテイクに恩を感じる必要はない、それでも仲間に入れてやったのはお前に見所があると感じたためだ。なんせ女房を寝とられて同僚を撃ち殺す警官だ。そして自分の女房まで撃ち殺すんだから恐れ入る。憎めば即実行とはたいしたものだと感心したのさ、その心意気を買ったからこそお前はここにいるのだ。そして俺と対等を許しているのだ。それに答える義務がおまえにある。違うか?蹂躙の悪魔よ、俺を退屈させない義務がお前にあるのだ。だから踊れ、踊りまくって蹂躙せよ、そのおもちゃが壊れたら新しいのはいくらでも用意してやる。だからお前だけは自由に振舞えるようにしてやる。そんなに炎の悪魔が憎いなら好きにさせてやる。これで文句はないだろう、わかったら余興の1つでもやってみろ、それを楽しみに見てやるからよ」
その魔神の言葉に蹂躙の悪魔は笑いだす。
「はははははっ」
そして椅子から立ち上がると笑いながら部屋から出て行く、
「いいのですかな?あの男を野放しにすればそれこそ蹂躙しまくりますぞ、なんせ人を一瞬で憎む心を持った悪魔なのですぞ、それにあのような兵器を与えて野に放つとは正気とは思えませんな、何か考えがおありなら教えていただきたいのですが…」
その磯田の問いかけに魔神は、
「こんな膠着状態に退屈していただけだ。それに核ミサイル以外にもあの熱光線に対抗出来る物がある事を炎の悪魔に教えておく必要がある。あの何とかシールドとか言う代物は1万度の熱にも耐えるとその科学者が言うのだから証明してもらわないと、奴の言う奇跡と科学の融合とか言う現象に興味があるだけだ。あの人工石を創り出した科学者が槍の技術を応用して作った兵器、それで俺は遊びたいだけだ」
その言葉にげんなりした表情を浮かべる磯田、さっき岩峰が言ったようにこの男の不良少年の癖はまだ治っていないのだ。
この男が子供の頃から石崎家に仕える自分には手に負えない暴れ者は今もまだ健在なのだ。
「立石、その槍の解析は順調に進んでいるか?」
魔神は最後にテーブルに残る白衣の男に質問する。
「解析は順調に進んでいます。あの嘆きの魔女が残したデーターは解析中ですがそれはまさに驚異と呼べる物なのです。あの槍は物質が融合した巨大な意識体なのです。つまり巨大な奇跡の石なのです。あれは単なる機械でも物質でもなく生き物なのです。その証拠に構造は常に代謝を繰り返しているのですよ、システムを常に循環させて古い物を捨て新たに作り出す。それを繰り返して何千万年をあの場所にいたのです。意思を力に返還させて存在し続けていたのです。あれを創り出したテクノロジーは我々の科学を全て否定させるような技術なのです。しかしあれには意思はあっても感情がないのです。だから巨大な奇跡の石なのです。奇跡の石は存在を望む意思の集合体、ただ存在するだけでその存在を世界に示せない、だから存在を示すために感情に反応する。そうして自分を求める者を探すのです。あの槍もそれと同じ原理で感情に触れてここに向ってきているのです。槍に感情を最初に飛ばしたのは嘆きの魔女、それに触れた槍は存在を示せる場所がある事を知りここに向ってきているのですよ、それをコントロールするためには2つしか方法がありませんでした。1つはあれに最初に触れた嘆きの魔女をコントロール装置にすること、もう1つは感情を集めて巨大な疑似人格を作り出し槍自体に意識を持たせる事、その1つの実行が中止されたのは不安定要素があっためです。槍の意識になった嘆きの魔女が大人しく我らの言うことを聞くかどうかという不安定要素、端末を人質にしてもその確証は得られない、だから作戦を第2段階に進めたのは正解でしたな、なんせあの端末は動けるようになっているのですからね、その疑似人格は順調に創られています。我らの命に忠実になるように確実に、それが完成するにはもっと多くの感情を収集する必要がありますが問題ありません、感情をぶつけてくれる者達がいるのですからね、あとはその感情を意識として鑓に送りつけあなたと同調させてコントロールする。そして槍はあなたと同じように世界を憎むようになるのです。だから槍は地球には衝突しません、それは最初からわかっていたことです。それを握る者を求めて来ただけです。そしてそれを握るのはあなたなのです」
その長い立石の説明にあくびをしながら聞いて魔神は、
「それなら世界の全てに私は憎まれる事ができるのだな?」
そう質問して目を光らせる。
その質問に今度は簡単に一言だけで立石は返答する。
「はい」
その返答に満足の笑みを浮かべる魔神、そして笑いながら、
「はははっ、それだ。それこそ我が宿願なのだ、世界の全てを憎む者は世界に全て憎まれねばならんのだ。世界の全てを愛する者は世界に全て愛されるか?そんな事は出来はしない、しかしその逆は可能なのだ。この世界の全ての憎しみを受けてこそ世界を全て憎む事が許されるのだ。そしてその憎しみに応えることも可能なのだ!」
その魔神の真の野望の正体を聞かされた磯田はその壮絶さに体を震わす。
そんな事を願う者がこの世界にいる事など信じられないのだ。
そしてもしそんな者がこの世界に現れれば…
首を振って磯田はその先を想像するのをやめる。
自分の趣向と違うそんな悪夢の光景など想像したくないと思ったからだ。
この魔神が望む新世界とは真の地獄の世界なのだ。
研究施設に戻った立石は集められた感情をプログラムデーターに変換する作業に没頭し始める。
人工的に感情を持つ意思を創り出す作業はしかし難航する。
バグが随所で発生するのだ。
それを取り除く事に難航する。
邪魔な感情などプログラム出来ないのだ。
槍に正の感情など与えてはいけないのだ。
しかし集められた感情にどうしてもそれが混じっている。
希望と絶望、それは必要ない感情なのだ。
神は決して希望してはいけない、そして絶望してはならないのだ。
思いのままにふるまえる者にそんな感情などいらないのだ。
だから神を創り出す作業は難航する。
なぜなら誰も神という存在を知らないのだから、
存在すること自体知らないのだ。
それを目にした者は誰もいない、
それの声を聞いた者は誰もいない、
それは神話か宗教の中でのみ語られる存在でしかない、
だから科学はその存在を否定する。
そんな否定する者を創り出す矛盾にこの科学者は苦悶する。
だから神を創り出す事はあきらめて悪魔を創り出すことに方針を変える。
それならよく知っているからだ。
望めば人間でもそれになれる。
感情を持たない意思もそれにならすることは出来る。
そして槍を悪魔にするプログラムは少しだが確実に完成していく。
首都を見下ろす高層ビルの野外展望台でマイケルは異変に気づく、
そしてその異変の内容を知らせる報告がマイケルの許に届く、
異様な形をしたく巨大な物体がドーム球場から出現してこちらに向かってくるという報告だ。
その報告を受けなくともその異様さはこの目で見える。
まるでアニメの中の宇宙船のような外見をしているのだ。
それが巨大な飛行船のように宙を浮いてこちらに向かってくる。
まさに空中戦艦と呼ぶにふさわしいその物体は攻撃することをせずこの高層ビルの前まで来て停止する。
その物体の先端には1人の男が立ってそして自分を睨んでいる。
その執念の目で自分を睨むのは蹂躙の悪魔、そしてその口元が笑いに歪む、
「巨大戦車の次は空飛ぶ戦艦かい?よくそんな物を作れるものだ。感心するよ、あの魔神に新しい玩具を貰ったからさっそく遊びに来たのかい?君も懲りない奴だな、その執念には感心を通り越して呆れるよ、でも僕には君と遊んでいる暇はないよ、その君の玩具の素晴らしさはわかったからもう帰ってくれないか?」
しかし蹂躙の悪魔は首を振ると、
「残念ながら見せびらかしにきたんじゃねえぜ、こいつの恐ろしさをよく知ってもらいに来たんだ。こいつの素晴らしさをもっとよく知ってもらわないと困るのさ、その炎の神とやらは決して無敵じゃないとお前の信者共に教えないとならない、その真に無敵なのは魔神だと知らしめてやるのだ。世界に神は2人もいらねえぜ」
そう告げると蹂躙の悪魔は艦内にその姿を消す。
「ビル内の能力者は総員退去しろ!」
手にしたレシーバーにそう叫ぶとマイケルは展望台から飛び降りる。
そして巨竜と化した魔獣の背に飛び降りる。
この襲撃はあらかじめ想定されていた。
預言者とはいかないが未来予知の能力者も組織にいるのだ。
その巫女装束の少女と破壊の魔女がいる場所に向い巨竜は空を飛翔する。
その背後で発射された破壊光線により高層ビルが2つに分断する。
そして飛翔する竜が目的の場所に着いた時、その倒壊する建物の轟音が響き渡る。
巨竜がたどり着いた先は巨大な電波塔の下、そこに2人の少女がマイケルを待っていた。
「マーガレットあれを頼む!」
そう叫んで巨竜から飛び降りるマイケル、
その叫びと共に巨大な電波塔が細かく分断されていき空を飛ぶ巨竜を包み込んでいく、
そして出現したのは巨大とはもはや表現できない竜の形、鉄の装甲に覆われたそれはジャンボジェットよりさらに大きい、
その内部に入るため3人は宙を飛ぶ、そして破壊の魔女の握る杖に掴まり竜に乗る。
更に敵を迎え撃つため海上に移動する。
「希恵の予知夢のおかげで迎撃態勢を整える事が出来たんだ。ありがとう希恵」
機械と化した竜の中でマイケルは愛する者に感謝する。
それを見つめるマーガレットは自分にもそれを求めるようにマイケルにしがみつく、
「ああわかっているよ、マーガレット、でも戦いはこれからだよ、君にはあの悪い奴らが乗っている空飛ぶ戦艦をやっつけてもらわないといけないからね、その後でならいくらでもかわいがってあげるから、それまで我慢してくれよ」
機械の巨竜の腹部のキャビン、それはタワーの展望台だった場所、その中で魔女はこちら目指して飛んでくる悪い奴らを乗せた船を睨んで見つめる。
都庁のビルの屋上で望遠鏡を覗く石崎は感心したように自分が目にする光景の感想を述べる。
「未来の言った通りだな、おい、空飛ぶ戦艦に機械の巨竜だ。それが戦い始めやがった。あいつら人のお株を奪ってみんなをびっくりさせてやがる。事実俺もびっくりだぜ、あいつらがこっちに来ないでよかったぜ、あんなのにここで暴れられたらこっちも無事で済まないぜ」
その傍らに立つ双眼鏡を覗く群青の悪魔も、
「その通りですな、あれはもう人の力ではどうにも出来ない存在ですな、何か馬鹿げた特撮映画を見ているような気がしますな」
感情のない声でそう言って笑う、
「馬鹿言うな俺達はあんな玩具を持っていないんだぜ、あれに襲われたら逃げるしかない、そんなのは許せないぜ、そんな笑う暇があるなら何とか出来ないか考えろ」
不機嫌そうにそう言う石崎、1人でなら何が来ようとも何とでも出来る自信があるが今は一軍を束ねる王としての役割がある。
人を率いるのならそれを守る義務があるのだ。少なくても総攻撃までの間は、
「あの竜は破壊の魔女が創り出した物でしょう、ならその存在は否定できますな、我らが作る否定銃の一撃で無力化出来るでしょう、あの戦艦は不可解な力で防御されていますゆえ、それが通用するかは疑問ですが…」
そう答える群青の悪魔、そんな切り札が自分達にもある事を初めて王に打ち明ける。
「否定銃?それはなんだ」
望遠鏡を覗くのをやめた石崎が群青の悪魔を思わず見つめる。
「簡単な原理で実に簡単な物を相手にぶつける装置です。それを作るのに必要な材料が揃いましたゆえもっか制作中です。それがあれば存在する者にとって恐怖の兵器になるでしょう、それの完成まで貴方様に知らせるのを待っていたのですが安心が、しかし御所望なら言わぬ訳にもまいりませんゆえ」
その言葉に石崎の目が光る、そして説明を求めるように笑いが作られる。
「我が組織は驚く事が信条ゆえ内緒にいたしておりました。王には驚いてから喜んでもらいたかったのですが…あの奇跡の石はある場所を接点にこの世界に出現いたします。それは暗黒との接点と呼ばれる場所、それはこの世界の随所に存在いたしております。驚く事に虹の許にいる魔人もその接点の1つなのです。そこからはこの世界を否定する瘴気が噴き出しているのです。そんな存在の切れ目といった場所なのです。それを探し出して来てその瘴気を凝縮させて打ち出す装置、それが否定銃と呼ぶのはその瘴気が無その物であるためです。無をぶつけられれば存在は否定され無に還る。実に簡単な原理で最強の力を得られるのです。しかしそれが制御出来るのは無に選ばれた存在のみ、貴方様の力無しでは稼働させる事は出来ません、あの暗黒の剣が銃弾に変わったような代物ですので…」
その言葉にその作る笑いをもっと大きくした石崎は、
「そんな物があるんならもったいぶらずにもっと早く言え、馬鹿が、それがあればあんな玩具もただのガラクタに出来るんだろう?余計な心配をさせやがって、で、それはいつ完成するんだ?」
石崎のその質問に群青の悪魔は笑みを浮かべると、
「たった今完成したと報告を受けました」
そう言って手にした受信機を示して見せる。
「それなら早くその玩具の効果を試してみないといけないな…」
そう言って遠くの空で繰り広げられる戦闘を見つめる。
「彼らと一緒に遊びたいと申されるのならお供いたしましょう、その玩具も取りに行かなくては」
その言葉に答えるのは作られた笑いのみ、
そして都庁の屋上から2人の姿は突然消える。
湾岸地帯は壮絶な戦場と化していた。
飛行する巨大な2つ物体がぶつかり合う戦場に、
必殺必中のビーム砲が巨大な機械竜にぶつけられる。
しかしその威力は無かったように消失する。
そして竜の吐く灼熱が空飛ぶ戦艦に襲いかかる。
しかしそれは見えない障壁に遮られる。
そんな決着の着かない死闘はもう1時間も続いている。
その湾岸地帯を火の海に変えながら、
マイケルの切り札の衛星兵器も使用出来ない、
それは核攻撃にさらされてその機能を停止しているからだ。
その復旧まで時間がかかる。
そしてその灼熱をぶつける相手はそれをもろともしないのだ。
そして不可解な破壊光線を放ってくるのだ。
マーガレットがそれを無効化出来なければ今頃死んでいただろう、
だから勝利する事が出来ないでいる。
それは岩峰も同じ気持ち、
あんな機械竜の登場など想定していなかったのだ。
その敵を舐めていた自分を恥じる。
しかし執念の呪いは蹂躙の悪魔に退くことを許さない、
戦える力がある限り戦わねばならぬのだから、
しかしそんな戦いに終止符を打とうとする存在がいる。
笑みを作る1人の少年が。
「炎の悪魔に貸しを作るのが得策でしょう」
群青の悪魔のその提案に笑みを作る少年は、
「そんな事は言われなくてもわかっているぜ」
そう言って手にした武器を巨大な飛行戦艦に向けて構える。
この恐怖の王が構えるのは対戦車ライフルのような形状をした大きな長銃、その弾倉と思える場所に大きな円筒状の物体が取り付けられている。
「暗黒の照射に耐えるために銃身は絶望の想念で固められています。あの魔神の持つ石の原理の応用ですな、そうしないと銃自体が否定されてしまいますゆえ作るのに苦労したとのことです。その絶望を否定できる存在である貴方様しか扱えぬ銃、その威力を堪能していただきたい」
確かに群青の悪魔の言うように絶望の想念が凝縮されてここにある。
もしこれを自分以外の者が手にしたらその絶望に取り込まれておそらく消えてしまうだろう、
「組織の科学者が魔神の為に考案した兵器ですが、しかし彼が暗黒の石を手放した為に設計段階で中止された計画です。それを私が引き継いで研究させていたのです。それが役に立つ日が来ると信じておりましたゆえ」
「誉めてやるのはこいつの威力がわかってからだ。こんなちんけな銃があの戦艦に通用してからだ」
そう言って石崎はセレクトレバーをMAXに設定する。
そして照準を合わせることなく引き金を引く、
あんな巨大な物に一々照準なんか合わせる必要などないのだ。
その発射には何の反動もない、ただ冷気とは呼べぬ虚無の感覚が余韻としてそこに残るだけ、
そして変化は即座に生じる。
あの巨大な飛行戦艦の1部の消失によって、
飛行戦艦内は警報ブザーが鳴り響いている。
動力伝達システムの消失の為に火器が全て使用不能となったのだ。
あの1万度の灼熱をもろともしない防壁を何者かが貫いたのだ。
「状況を報告しろ!」
その岩峰の叫びに艦長が答える。
「沿岸部から何者かが放った未知のエネルギーが本艦のエネルギーシールドを破り艦体の1部を消失させました。その為制御システムに異常が生じて火器及びシールドの発生が不能となっております。その復旧は不可能です。戦闘の継続は不能、退去を進言します」
その報告に顔をしかめる岩峰、そして艦長を睨むと、
「沿岸部を索敵しろ、俺を撃った奴を探せ、早くしろ!」
その命令に飛ばされる索敵用の小型の無人機、そしてそれはある映像を岩峰に見せる。
長銃を手にして笑みを作る1人の少年を、
「ふ、は、ははははっ」
その姿を見て岩峰は笑い出す。
そして艦長に命令する。
「撤収だ。今夜の遊びはこれでしまいだ」
その命令に思わず安堵する艦長、今、この時に自分達を襲撃した者に警戒して襲ってこない機械竜に襲われればなすすべもなく壊滅されてしまうからだ。
そして速度を上げて帰還する飛行戦艦の中で岩峰は1人で呟く、
「お前に俺を撃つ権利はあった。あの時は俺が痛めつけたのだからな…」
だから許してやる。
1度だけは許してやる。
そう考える岩峰はモニターの中の存在に心の中でそう告げる。
機械竜に乗るマイケルは突然の異変に即座に対応して上空に退避した。
飛行戦艦が無力化された事は理解出来た。しかしそれが自分にとっても脅威だと判断したからだ。
マイケルは解答を求めるようにマーガレットを見つめる。
「何にもないが発射されたのよ、マイケル、それであの船は撃たれたのよ」
しかしその返答は理解できない、
「な、何にもないだって?なんだそれは?」
思わずうろたえてさらに答えを求める。
しかしそれに答えたのはマーガレットではなく希恵だった。
世界の石を見つめながら希恵は、
「鉄っちゃんが何かを銃で発射したわ、マイケル、とても恐ろしい物を、信じられないけど彼は無を解き放ったの、その全てを否定する概念を、でもこっちには害意はないみたいだから安心しても大丈夫よ、そして会談を求めている。口の動きでこう読める。空港にこいだって…」
その言葉に無言のマイケル、あの恐怖の王が求める会談を拒んだらどうなるかは理解できるが、
「行くしかないわ、マイケル、たぶん彼は自分の力を見せつけたいだけよ、昔からそんな所があったからあたいにはわかるの、それに悪魔の業火は復旧したんでしょ、なら彼を恐れる必要はないわ」
その希恵の言葉にようやくマイケルは決心する。
不可侵の協定は成立しているのだ。
だから彼は自分に害を与えることはない、
信じられない悪魔の協定、しかしそれを今は信じるしかない、
無の力は炎の悪魔を震えさせるぐらいの力があるのだ。
爆撃の後の滑走路に立つ2つの影、その目の前に巨大な機械竜が舞い降りる。
そしてそこから3人の人物が地上に降り立つ、そしてその2つの影に歩み寄る。
向かい合って暫くの沈黙の後、
「都のシンボルをあんな物に変えやがって、あの小学校の時の遠足の思い出が台無しだ。出来たら元に戻してほしいぜ」
そう言って石崎は無表情にマイケルを見つめる、
しかしそれに返答するのは希恵、
「いいじゃない別に、どうせ無用の長物になっていたんだから再利用しただけじゃない、それに新しいのはあんたの親父さんが勝手に使っているのよ、だから文句を言われる筋合いはないわ」
その返答に笑いを作る石崎、そして頷くと、
「まあそうだな、お互い誰の物だと主張は出来ないさ、自由に使っていいんだからな、早い者勝ちなんだからもう文句は言わないぜ、で、炎の神様よ、これで借りが出来たと思ってくれたら都合がいいんだが、どうなんだ?」
しかしその言葉にも無言のマイケル、その沈黙が返答とばかりに石崎を見つめる。
代わりに希恵がその問い掛けに答える。
「何よ、偉そうに、あんたが勝手に乱入して来ただけじゃない、あんなガラクタぐらいマイケルなら簡単にあしらえたのよ、だから借りなんてないわ、このマイケルを利用しようと考えてもそう問屋はおろさないわ、あんたのビックリマークの軍隊なんていつでも殲滅出来るのよ、嘘だと思うなら本当にするわよ…」
しかし希恵の言葉は途中でマイケルに止められる。
「待てよ、希恵、彼の挑発に乗ってはいけない、彼が会談を要求したのはその格付けがしたかったからだけだ。あの魔神に挑む者達の中で1番強いのは自分だと僕に認めさせたいだけなんだ。それが破滅を止めた後の序列になると言いたいんだ。つまり彼は父親に勝つのは自分だと言いたいんだよ、だからわざわざ乱入してまでその力を示して見せた。それは簡単な貸し借りの問題じゃないんだよ、だから返答出来ないのさ、それを認めたら僕は敗北者になるからね」
そう言われれば希恵はもう何も言えない、黙っているしかなくなる。
「よくわかっているじゃないか、マイケルさんよ、まったくプライドの高い王様の子孫は扱いにくいぜ、あんな力を見せつけられてもまだ1番にこだわるとは恐れ入るぜ、でもその度胸は気に入ったぜ、なら貸し借りは無でいい、そして1番も認めてやろう、しかし1番強いということは1番先に俺に殺されると言う事になるんだがな、それに全力で立ち向かってもらわないと面白くないからな、俺は前に誓った事があるんだ。親父が作った組織をぶっ潰すと、それを引き継いだのなら覚悟しておくんだな、そんな徒党を組む奴らは嫌いなんだ。俺はいつも1人で戦っていたからな、その徒党を組む連中達と、そして知っているのさ、おそらく破滅を止めた後に世界が全て俺の敵になる事も、この石がそれを俺に求めるんだ。全ての存在を打ち消せとだから存在したいなら抗ってみろよ、それが言いたくてわざわざ呼んだ。ご足労させて悪かったな、そいてこれで今日はお開きだ。言いたい事があれば今の内だぜ、でも無いみたいだから帰るとするよ、御苦労さん」
そう言って石崎はもう姿を消して見えなくなる。
残る群青の悪魔は燃える瞳のマイケルに一言だけ声をかける。
「ご健闘を…」
そしてその姿も見えなくなる。
立ち尽くすマイケルは燃える瞳で2人が去った空間を睨み続ける。
そのマイケルのスーツの裾を掴んでマーガレットは質問する。
「あいつらは悪い奴なの?」
その質問に瞳の色を元に戻すとマイケルは優しくマーガレットに微笑みかけて、
「いまはまだ悪い奴じゃないよ」
そう言ってマーガレットの髪を優しくなぜる。
その様子を見つめる巫女は夢で見た光景を思い出す。
炎の中に立つ自分とマイケル、
その炎の外は何もない光景、
それが単なる悪夢であってほしいと今はそう願う。
テレビモニターで飛行戦艦の戦闘を見ていた魔神は満足そうに笑みを浮かべる。
あの戦闘に終止符を打った存在に満足する。
そうでないと困るのだ。
世界の全てを憎む男を1番憎む権利はあいつでないと困るのだ。
この自分がその権利を与えたのだから、
自分にはただ憎しみだけしか与えてくれなかった石を与えたのだから、
だから全てを消し去る権利があいつにはあるのだ。
魔神は自分が創り出した存在の成長に微笑む、
あいつならきっと真の破滅を創り出せるだろう、
この世界の全てを憎む男は自分自身も憎んでいる。
だからその憎むべき自分を最後に消してくれる存在を求めるのだ。