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第98回 仲間の絆

 獣へと姿を変えたフォン。

 鋭く恐怖すら感じる黄色の目。口から剥き出しになった鋭く太い牙。手足から伸びる鋭利に尖り鋭く伸びた爪。強靭でしなやかな体。どれもこれも、原型を止めておらず、その姿はどう見てもあのフォンとは別人だった。

 その変わり果てたフォンは、地面に陥没するガゼルの体を両拳を交互に振り下ろし殴りつける。そのたびに起きる地響きは木々を騒がせた。

 最悪の事態にルナは表情を曇らせ、俯き黙り込んだ。あの姿になるフォンを始めて目にしたウィンスは、カインから話を聞き驚きの声を上げる。


「あれが、フォンだって言うのかよ! どう見ても化物だぜ!」

「うん。あれが、獣人の力らしいよ」

「マジかよ。凄い力じゃないか」


 目を輝かせるウィンスだが、それにルナが落ち着いたように言う。


「凄い力なんかじゃないんです。あれは、ただフォンさんの中に眠る獣が目覚めただけなんです。それに、このままだとフォンさんは獣に乗っ取られてしまいますし、私達を攻撃する可能性もあります」

「な、何だよそれ! もしかして、あれってフォンの意思で出来てるわけじゃないのか!」

「はい。あれは、殆ど暴走に近いです。あれが獣人が魔獣と同じだといわれる理由です」

「じゃあ、フォンがあのまま体を乗っ取られれば、奴は魔獣と同じ化物になるのか?」

「そうなります」


 落ち着いた様子でルナはウィンスの質問に答えた。だが、内心ルナは落ち着けなかった。このまま、フォンが獣に乗っ取られるんじゃないかと心配で。

 その時、今まで轟いていた地響きは収まり静かになった。その様子に皆はフォンの方に視線を送る。そこには、フォンの両拳を掴むガゼルの姿があった。全く無傷と言うわけではないが、多少血を流すガゼルは不適に笑みを浮かべながら静かに口を開く。


「この程度か。残念だよ獣人。あの時は驚かされたが、まさか、この程度だったとは。そろそろ、終わりにしよう。あいつの苦しむ顔も見たいしな」

「ウグウウウウッ!」


 ガゼルの手を振り切り距離をとるフォンは、歯を食い縛りガゼルを睨み付ける。軽く首の骨を鳴らすガゼルは、ゆっくりと息を吸うと唸り声に近い声を轟かせる。大地が大きくゆれ、士響きが聞こえる。木々がまた騒ぎ出し強風が木の葉を舞い上がらせる。


「ガアアアアアアッ!」


 徐々にガゼルの体が変貌して行く。目の色は赤く変わり、真っ赤な髪がゆっくりと伸びてゆく。右腕の筋肉が隆起し何倍にも膨れ上がり、口から静かに牙が伸びてくる。この瞬間、獣と化したフォンは、ガゼルが獣に成ろうとしているのに気付いたのだろう。すぐに地を蹴りガゼルに襲い掛かる。

 鋭く左拳を振り下ろすフォンだが、その左拳はガゼルに当たる事は無かった。それは、ガゼルの隆起した右腕が、フォンの左手首を押さえたからだ。しかし、フォンはすぐさま右足をガゼルの顔に振り抜く。それは、完全にガゼルの意表をついた攻撃のはずだった。だが、ガゼルはそれを左肘を曲げ防いだ。

 勢いよく振り抜いたフォンの右足は、ガゼルの突き出した左肘に直撃するとメシメシと骨を軋ませた。その音は誰にも聞こえなかったが、フォン本人にだけは分かった。骨が軋んだのが。


「グガアアアアアッ!」


 今までに無いほど大きな声を上げるフォンの顔に、ガゼルの右拳が振り抜かれた。鈍く痛々しい音が辺りに轟き、フォンの体が地面を抉りながら吹き飛んだ。


「フォン!」


 カインとウィンスが同時に叫ぶ。だが、今の自分たちでは何も出来ない事を、知っていたためその場を動く事は出来なかった。落ち着いた様子のワノールは、静かにフォンとガゼルの戦いを見据えている。

 完全に獣の姿に化したガゼル。その目は真っ赤になり、両腕の筋肉は隆起し、鋭く伸びた爪は煌いた。両足の筋肉も何倍にも隆起しており、膝からは鋭利な刃が突き出ている。額からは二本の角が生えていた。


「あいつも、獣人かよ」


 驚いた様子のウィンスに、ガゼルが不適な声で答えた。


「俺を力の無い獣人と一緒にするな。俺は、魔獣人によって魔獣の力を得た。炎血族の血を引く魔獣人だ!」

「それじゃあ。あいつは、炎も操れるって言うのかよ!」


 眉を顰め大声を張り上げるウィンスは、カインの方を見た。静かに俯くカインは、歯を食い縛り答える。


「そう言う事になるよ。彼の言っている事が本当なら」

「だとすると、フォンは不利だな」


 落ち着いた様子のワノールは、静かに口を開きフォンの方に視線を送る。

 対峙するフォンとガゼル。右足を少々庇う様に立つフォンは、牙を更にむき出しにしながらガゼルを睨む。一方のガゼルは、両手を軽く爪で傷つけ血を流すと、両手を炎が包んだ。両腕は高温の炎に包まれ真っ赤に染まり白煙を上げる。


「さぁ、まずは貴様に死んでもらう」

「ガアアアアアッ!」


 フォンとガゼルが同時に地を蹴る。地面が砕け爆音が響き、フォンとガゼルが激しくぶつかり合う。フォンの突き出した右拳を紙一重でかわし、ガゼルの炎に包まれた右拳がフォンの腹に突き刺さる。鈍い音だけが響き、フォンの体が微かによろめく。ガゼルは素早く右拳を引くと、同時に左拳でフォンの右頬を殴りつける。

 骨の軋む音が聞こえ、フォンの体が倒れそうになった。だが、ガゼルはそんなフォンの体を突き上げるように右拳を振り上げる。フォンの顎を突き上げるガゼルの右拳は、空高く翳されフォンの体がゆっくりと後方に倒れた。


「弱すぎるぞ! 獣人! フハハハハッ!」


 大声で笑うガゼルの声が響き渡る。誰もが驚きを隠せなかった。獣と化したフォンが負けるなんてと。だが、それは不幸中の幸いだったのかも知れない。フォンの体はみるみるもとの姿に戻り、化物の様な顔はいつもの幼い顔に戻っていた。そんなフォンの体を踏みつけるガゼルは、大笑いしながらティルを見る。


「見ろ! お前の大切な仲間が今、俺の手で殺されるんだ!」

「嫌だ……もう……。俺の……大切な人を……」

「クハハハハッ! 情けないな! 涙なんて流しやがって!」


 体を震わせるティルは、涙を流し耳を塞ぐ。目の前で大切な者が居なくなるのが、堪えられない恐怖だった。

 震えるティルに体を寄り添えるルナは、そんなティルの恐怖がヒシヒシと伝わっていた。それでも、ルナにはティルに寄り添う事しか出来なかった。

 その時だ。弱々しい声がガゼルの足の下から聞こえたのは。


「オイラは…死なない……ぞ……ティル……。オイラ……達……ミーファ……を…探さなきゃ……いけない……から……な…。やる事……やるまで……絶対……死なない……。だから……、怖がるな……って……。ここに…居る……皆……絶対に……死なない……。オイラが……、守って……やるから……。だから……怖がるな……よ……」

「黙れ! お前は、今すぐに死ぬんだよ!」


 右足を振り上げたガゼルは、虫の息のフォンを踏みつけようとした。だが、その瞬間に右足を風の渦が弾き飛ばし、ガゼルはバランスを崩す。


「そうだ! フォンの言うとおり、俺達は誰一人死なねぇ! だから、いつものティルに戻れよ!」

「風牙族! 貴様!」


 右手を翳すウィンスの方に目をやるガゼルは、すぐに体勢を整えようとした。だが、そのガゼルの視界を真っ赤な炎が包み込んだ。カインが炎をガゼルの顔に飛ばしたのだ。


「僕達、チームじゃないですか! 皆で助け合えば、誰かが死ぬなんて事はありませんよ!」

「俺の邪魔をするな! 炎血族!」


 顔の炎を振り払うガゼルの視界がようやく、広がった。その瞬間、目の前に黒い刃を翳すワノールの姿が映る。ワノールは低い姿勢で鋭く黒苑を振り抜いた。至近距離でのこの攻撃に、ガゼルの体は吹き飛び、微かに胸に横一線に赤い線が延びた。


「残念だが、俺もこんな戦いで死ぬつもりは無いんでな。それに、勝手に人が死ぬなんて思わないことだな」

「グッ! 貴様! 今すぐに殺してやる!」


 体勢を整えたガゼルが、ワノールを睨み付ける。だが、その体に突如異変が起きた。隆起していた筋肉は元に戻り、角も牙もひっこんでいく。そして、ガゼルの胸は張り裂けそうな程苦しくなる。右手で胸を押さえるガゼルは、表情を引き攣らせた。


「グガッ……。は、話が……違うぞ……」


 苦しむ表情のガゼルは、目の前に立つワノールを睨むとゆっくりとティルの方を見た。さっきまで、耳を押さえ震えていたティルは、いつしか震えは止まっていた。俯いたまま耳を押さえていた手を下ろすティルに、暫し心配そうにルナが口を開く。


「ティルさん。あの……」

「悪い……。心配掛けた。もう、大丈夫だ」


 いつもの様に低く落ち着きのある声でティルは返事を返す。そして、天翔姫を細い刃の剣に変えると、ゆっくりと立ち上がり静かに顔を上げた。その顔に先程のような恐怖は無く、いつもの鋭い切れ目に戻っていた。

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