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第97回 目覚める獣

 鋭く振り抜かれたフォンの右拳。

 それは、空を裂き黒くこげた大木に直撃した。メシメシと、大木が軋み地面から根っこが少し浮き上がる。風で舞い上がる砂塵が辺り一面を包み込んだ。カイン・ワノール・ウィンスの三人は目を凝らし、その中を見据えるが中々見ることは出来ない。

 風が収まると、自然とフォンが大木の前に居るのが確認できたが、そこに真っ赤な髪のガゼルの姿は無かった。

 眼帯をしているワノールは、目を閉じ周りの気配を探り、カインとウィンスは辺りを見回し警戒する。蹲り震えるティルの傍に寄り添うルナは、大木の前に立ち尽くすフォンの姿を真っ直ぐに見据え、この胸騒ぎの理由が何なのか考えていた。


「くそ! あいつ、何処に行きやがった!」

「落ち着くんだ! ウィンス君!」

「分かってる! 分かってるけど!」


 つらそうにそう言うウィンスは、自然と刀の柄を握る力が強まった。その時、また地面が砕ける音が響き、大木の前からフォンが姿を消す。地面が一定のリズムで砕け、その音だけが当たりに響く。その音を自然と耳で追うカインとウィンスは、音が止まると同時にその方向に体を向ける。

 空高く飛び上がるフォンは、宙に浮いているガゼルに向って右足を振り抜く。少し驚いた表情を見せたガゼルだが、それを軽く上半身を仰け反って交わすと、フォンの横腹に右拳を振り抜く。ミシッと小さな音が聞こえ、フォンの体は地面に激突した。地面は割れフォンの体がめり込んでいた。


「半端な力の獣人が、俺に傷を負わせられると思うな」

「ううっ!」


 瓦礫からフォンがゆっくりと起き上がる。口からは少し血が流れており、茶色の髪に土が少々積もっていた。ゆっくりと地上に降り立ったガゼルは、そんなフォンの姿を見て不適に笑みを浮べる。瓦礫から足を抜きガゼルを睨むフォンは、口から息を静かに吐く。

 その時、風の流れが急変し、周りの草木が激しくザワメキ立つ。木の葉は風の流れに乗り、空高く舞い上がる。初めは耳で聞き取る事も出来なかった風の音だが、それが次第に大きくなり辺りに風の音が轟々と鳴り響く。


「次は風牙族が相手か?」

「お前の相手は、オイラだ!」


 そう叫び、フォンが地面を蹴る。地面は欠け、微かに音が響くがそれは風の音に掻き消される。一瞬でガゼルとの間合いを詰めたフォンは、その腹に向って右膝を鋭く突き出す。だが、ガゼルはそれを軽く右手で防ぐ。右膝を止められたフォンだが、右足をすぐに地面に降ろすと、そのまま右足を踏ん張り右拳を振り抜いた。上半身を軽く捻りそれをかわし、


「遅いぞ」


と、フォンにしか聞こえない声でそう言うと、右足をフォンの顔に向って大きく振り出す。

 完全に無防備だったフォンは、視界にガゼルの右足が近付いてくるのが見えたが、それに反応する事が出来ず、右足を顔面に受け衝撃で体が吹き飛んだ。地を這うフォンの体は、地面を砕きながら数十メートル先まで飛ばされた。

 額から血を流すフォンは、地面に横たわったまま動かず、微かに胸が上下するだけだった。


「フォンさん!」


 心配そうな瞳でそう叫ぶルナだが、フォンはその声にすら反応しない。震えるティルに寄り添い動く事の出来ないルナは、フォンが心配でしょうがなかった。カインもウィンスもワノールもフォンを心配したが、今はそれよりも目の前に居る奴に集中していた。

 体を風に覆われるウィンスは服の裾を激しく揺らし、その横ではカインが金髪の髪から白煙を上げ真っ赤な髪へと変貌する。ワノールはゆっくりと左目を見開き静かに口を開く。


「一気に行くぞ」

「はい」「おう」


 カインとウィンスが返事を返し、武器を構え直す。微かに青空天の刃で左手を切り、刃に真っ赤な血を走らせるカインは、ブツブツと口を動かし始めた。三人を見据えるガゼルは余裕なのか、腰にぶら下げた剣すら抜かずただ笑みを浮かべるだけだ。


「滑走しろ! 紅蓮の炎よ!」

「吹き飛べ!」


 青空天をカインが振り抜くと同時に、ウィンスが集めた風をガゼルに向って放つ。炎は赤く空を滑走し、ウィンスの放った渦状の風を取り巻きながら、更に炎の勢いを強めながらガゼルに襲い掛かる。風がガゼルの体を吹き飛ばし、炎が体を包み込んだ。大木の傍に横たわるガゼルの体は燃え続けるが、次第に勢いが無くなり炎は消え去った。


「フフフフフッ。炎血族のくせに、この程度の炎しか扱えないのか? 笑いが止まらんな」

「なっ!」


 カインは驚きを隠せなかった。炎に包まれたはずのガゼルが無傷で立ち上がったのだ。風も炎も全くガゼルには効果が無かった様で、ガゼルは大声で笑い続ける。そんなガゼルの不意を突く様に低い姿勢から横一線に黒苑を振り抜く。微かに風が木の葉を舞い上げる。見えない刃がガゼルに迫るが、ガゼルは突如腰にぶら下げた片刃の剣を抜くと、鋭く振り下ろす。

 ガゼルの振り下ろした刃は何かとぶつかり合い、澄んだ音を奏でた。その様子に驚きを隠せないワノールは表情を強張らせる。残念そうに表情を曇らせるガゼルは、相変わらずの口調で言う。


「風牙族も、烈鬼族も、大した事無いな。でも、ゆっくり甚振ってやるよ。奴を苦しめるためにな!」


 ティルを睨み付けそう言うガゼルは、地面を蹴る。鋭い足音を響かせながら三人に迫るガゼルは、初めにワノールに向って刃を向けた。振り出された刃をワノールは黒苑で防ぐ。刃と刃がぶつかり合った瞬間、甲高い音が響き微かに風が吹き抜けた。


「死角から振り抜いたのによく防いだな」

「生憎、右側は見えないが感じる事ができるんでな」


 刃を交えたままワノールとガゼルは睨み合いを続ける。ガタガタと刃を振るわせるワノールを、助けるためカインとウィンスがガゼルに切りかかる。だが、ガゼルはすぐにその場を飛び退き距離を置く。


「大丈夫ですか! ワノールさん!」

「ああ。大丈夫だ。助かった」


 微かに表情を引き攣らせながらワノールはそう言う。未だにガゼルの刃を受け止めた時の衝撃で、柄を握っていた右手は痺れて開く事が出来ないワノールは、眉間にシワを寄せガゼルを見据える。

 楽しそうに笑みを浮かべるガゼルは、ゆっくりとした口調で言う。


「いいね。これでこそ殺しがいがあるぜ。奴に大切な者を失う辛さを味あわせるには持って来いだ」


 ガゼルの言葉に、ウィンスが小さな声で呟く。


「あいつ、ティルを苦しめて何になるんだ」

「さぁな。とりあえず、俺達は目の前の敵を倒す。それだけだ」


 落ち着いた様子でワノールがそう答えると同時に、呻き声に近い声が辺りに響き地響きが起こった。この瞬間、ルナは悟った。フォンの中の獣が、また目覚めたのだと。そして、これが胸騒ぎの理由だと。大きく揺れる大地に立つ事さえままならず、カイン・ウィンス・ワノールの三人は地に片膝をつく。辺りに轟く呻き声は更に大きくなり、全てを包み込んだ。


「グオオオオオオオッ!」

「な、何だ! 今度は!」


 呻き声に少々顔を顰めるウィンスは、そう叫ぶ。だが、その声はカインやワノールの耳には届かない。それほどまでに呻き声が大きいのだ。地響きが止み、呻き声が次第に納まる。急に静まり返り、ウィンスは変な顔をする。


「何だよ。今の?」

「俺の考えが正しければ――」


 ワノールがそこまで言った時だ。地面が爆発する音が響き、フォンが倒れていた場所に土煙が起きる。何かが地面を引っかく様な鋭い音が一定のリズムで響き、地面に何かに抉られた様な痕が三本残る。ただ、土煙が舞い上がるのしか見えない三人は、急にガゼルの体が吹き飛んだのに気付く。地面に激しく体を打ちつけながら吹き飛ぶガゼルは、体勢を整え地面に踏み止まる。だが、背中に衝撃が走りガゼルは地面に激しく倒れこむ。

 全く何が起こったのか分からず、目を凝らすウィンスは空からガゼルに向って落下してきた化物を目視した。薄気味悪くギラつく黄色い目は血を求める様で、手や足から伸びる鋭い爪はその鋭さを表す様に煌く。口からは二本の大きく太い牙がむき出しにされ、体も強靭でしなやかに見えた。

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