第9回 囚われた獣人
大勢の人の賑わう港町の古びた宿に、茶色のコートを羽織ったティルの姿があった。フォンと出会ったあの村を出て、小さな孤児院のある村に男の子を預けてから、この港町に来たのだ。
ティルは宿の食堂でのんびりと食事をしている。その時、2人組みの男が妙な会話をしながら食堂に入ってきた。
「今日、森の近くで獣人が捕まったらしいぞ」
「へ〜っ。獣人が……」
「何でも分かれ道の近くで魔獣と一緒に倒れてたらしいぜ」
男達はそう言って席に座る。ティルは何となく捕まった獣人が、知っている人物の様に思えて仕方なかった。そして、男達の声に耳を傾ける。
「でも、可哀想だよな。魔獣を倒したのに、捕まっちまうなんて」
「何言ってんだ。獣人は魔獣と同じで、人間を襲う化物になるんだぞ」
「それでも、見た目は人間だろ? 処刑するのはやっぱり可哀想だろ?」
「馬鹿だな。見た目は人間でも中身は化物だぜ。可哀想な分けないだろ」
男の一人は獣人を人間みたいで可哀想と言うが、一方は獣人は化物で処刑されるのは当然だと言う。どちらが本当の事か分からないが、ティルはどちらかと言えば獣人は嫌いだった。暫く会話を聞いていたティルだが、食事を終えて席を立つ。そして、ゆっくりと宿から出て行く。宿を出ると広い路地に出るが、結構な数の人が歩いているためとても狭く感じる。
「まさか、あいつじゃないだろ……」
そう呟きティルは人の流れに乗るように歩き出す。様々な店が建ち並んでいるがティルは、そんな物に興味を持たずただ歩き続ける。そして、中央広場にくると中央に鉄の檻が見え、その檻の前には立て札が立っていて、その中には何かがいた。
ティルは立て札の前で立ち止まり声に出して立て札の文字を読み上げる。
「強暴な獣人です。餌及び動物等を入れないでください。なお、この線より中に入らないでください」
このティルの声に檻の中から幼い声が返答する。
「誰が強暴な獣人だ! 大体、餌って何だ! 馬鹿にするなよ!」
檻を手で掴み、暴れる檻の中の人物。檻の中から現われた幼い顔つきの厚手の黒いコートを着た男に、ティルは呆れてため息を吐きながら言う。
「まさかと思ったが……。やっぱりお前だったが……」
檻の中を見るティルに中の人物も声を上げる。
「あーっ! ティル!」
「呼び捨てにするな。いつから、そんなに仲良くなった」
「それより、ここから出してくれティル」
「お前、人の話聞いてるのか?」
呆れ顔でティルは檻の中の人物を見る。大きな鞄が檻の中央に寝かされていて、後はゴミなどが投げ込まれている。
「それで、何で捕まってるんだフォン」
「それより、ここから出せ!」
「無茶言うな。それに、俺はお前を助ける義理はない」
「お前、やっぱり冷たい奴だな」
冷たい視線をティルに送るフォンだが、ティルはそんなの全く気にせずにフォンの事を観察している。ムスッとした表情のフォンは、檻から手を放し鞄の隣に腰を下ろす。何かブツブツと言っている様だが、ティルには全く聞こえない。
「檻の中は楽しいか?」
「そう見えるなら、代わってもいいぞ」
「まぁ、檻の中でゆっくり短い命を大切にな」
ティルは嫌味にそう言うと笑いながらその場を去って行く。お腹を空かせたフォンはその場に寝そべり、鉄の屋根を見上げる。冷たい石畳の道が体を凍えさせる。寒いのが苦手なフォンにとって、これは拷問だった。
「う〜っ。あいつ、こんなに冷たい奴だとは、思わなかったぞ。大体、あの時に優しい奴だなってちょっとでも思ったオイラが馬鹿だったのか……」
ぶつくさ言うフォンのもとに、一人の少女が近付いてくる。顔が幼く可愛らしく見え胸は小さい。空色の肩につく程度の髪で、頭には綺麗なバンダナを巻いている。どう見てもフォンよりも年下に見える少女は、檻の中のフォンをジッと見つめていた。