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第88回 誰かを想う気持ち

 あれから数日、フォン達一行は大型船で海の上を漂っていた。

 穏やかな波と穏やかな風に、右に左にと微かに揺れながらも真っ直ぐに白波を立てながら進みゆく船は何度か汽笛をならす。空は雲ひとつ無く澄んだ青空で、無数の鳥が空を踊るように舞っていた。日の光を浴び煌く海を見下ろすティルは、あの日の事を思い出していた。あのミーファを守れなかったあの日のことを。

 悔やんでも仕方ないと何度も思うが、自分が確りしていればと何度も思ってしまう。唇を噛み締め目を閉じ、悔しそうに握り拳を作ったティルは、小さな声で「くそっ」と、呟く。その時、突然背後から声を掛けられた。少し元気の無いカインに。


「どうしたんです? ティルさん」


 その声に、ティルは握り拳を解き、目を開き全身の力を抜く。そして、何事も無かったかの様にそのままの体勢でカインに問う。


「お前こそ、どうしたんだ。少し元気が無い様だが」

「そうですか? 僕はいつも通りのつもりなんですけど」


 微かに笑みを浮かべる。だが、それが作り笑いであるとティルは見なくても分かった。元々、カインは嘘をつけるようなタイプでは無いと、何と無く分かっていたからだ。だが、ティルはこれ以上カインに何か聞くつもりもなく、その笑みに騙されたフリをしながら言った。


「そうか。なら、良いさ。あんまり無理はするなよ」

「はい。ティルさんも、何でも一人で抱え込まないでくださいね」


 静かにカインはそう言って、ゆっくりとその場を去っていった。その言葉に、微かに笑みを浮かべたティルは、海を見下ろし小さく言った。


「一人で抱え込まないでか……」



 ゆったりと揺れる大型船の部屋の一室にフォンが横たわっていた。顔色は悪く今にも死にそうな表情をしている。そんなフォンを看病するルナは、相変わらず無表情だがその目はフォンの事を心配していた。「う〜っ、う〜っ」と、唸り声を響かせるフォンは、急に目を見開きベッドから立ち上がると、トイレへと急いだ。と、同時に部屋のドアが開かれティルが入ってきた。


「フォンは大丈夫か?」

「それが――」


 俯くルナに少々首を傾げたティルは、トイレから聞こえる呻き声に状況を把握し額を右手で押さえて、深くため息を吐いた。暫くしてフォンの呻き声が止み、トイレのドアが開かれほっそりとしたフォンがフラフラとした足取りでベッドに倒れこむ。ティルは近くのイスに腰を下ろし少々呆れた口調で言う。


「船酔いとは、情けないな」

「ううっ……。お…オイラ……もう駄目だ……し…ぬ……」


 弱弱しい口調でフォンがそう言うと、更に呆れた様にティルが言う。


「船酔い如きで死ぬわけ無いだろ」

「で…でも――! うぐっ!」


 すぐさま口を押さえトイレへと入っていくと、またフォンの呻き声が響いた。呆れた様にため息を吐くティルは、ルナの方を見て軽く微笑む。


「悪いな。ルナにこんな大変な事させて」

「いえ。別に大変な事なんかじゃないんで」

「ルナも疲れているだろうし、少しは休めよ。無理して倒れたら大変だからな」

「はい。気をつけます」

「それじゃあ、俺はそろそろ部屋に戻る。フォンの呻き声聞いてると、コッチも気持ち悪くなってくるからな」


 笑いながらティルはそう言って立ち上がり部屋をでた。それから、少し遅れてフォンがトイレから出てきてベッドに倒れこんだ。そして、部屋にティルの居ない事に気付き弱々しい口調でルナに聞く。


「ティルは?」

「ティルさんなら部屋に戻りました。フォンさんの呻き声聞いてるとコッチも気持ち悪くなるとか」

「ウウッ……。そうか……」


 静かにそう言いフォンは力尽きた。そんなフォンの頭をルナはソッと撫でて笑みを浮かべた。



 暗く静まり返った城の中、少々漂う血の臭いなどを気にしながら、小柄な少年少女が歩いていた。額から血を流す少女を気遣う少年はふと足を止めた。奥からツカツカと足音が響いてきたからだ。目を凝らし奥を見据える少年の視界に、蒼い髪の男の姿が見えた。すぐにそれがリオルドと気付き目の色を変える少年はゆっくり口を開く。


「何か様?」

「十二魔獣の第二席ともあろう者が、無様だな。フォルト」

「もしかして、嫌味を言いに来ただけ?」

「嫌味? 違うな。無様なお前をここで始末しようと思ってな」

「僕を殺す? それは、無理じゃないかな?」


 暫し余裕を見せるフォルトに、リオルドは薄気味悪く笑うと、何かに合図を出す。その瞬間、フォルトの背後に居たリリアが悲鳴を上げた。


「キャッ!」

「リリア!」


 フォルトが振り返ると、リリアが糸の様なものに体をグルグル巻きにされ宙吊りにされていた。フォルトはすぐさまリオルドの方に顔を向けると、リオルドの横に天井から何かが降りてきた。陰気臭い雰囲気を漂わすその者は薄らと笑みを浮かべると嫌味な声で言う。


「ウフフフフッ。良い眺めよ。お二人さん」

「エリオース! お前!」

「あら、意外そうね? そんなに驚かなくてもいいんじゃないの?」


 エリオースは不適に笑いゆっくりと首を左右に振る。歯を食い縛るフォルトはゆっくりと二人を見据え怒りの篭った声で言う。


「リリアは関係ないだろう!」

「それが、関係あるんだよ。お前を倒すにはリリアが必要だってな」

「何だと!」


 鋭い目付きでリオルドを睨み付けるフォルトだが、そのフォルトの背後であの男の声が響いた。眠そうに欠伸をしながらゆっくりとした口調の。


「何? 揉め事かな? フォルト」

「ゼロ! 何でお前がここに!」


 驚いた様子でリオルドがそう言うと、ゼロはニコニコと笑みを浮かべながら口を開いた。


「報告遅いからさ、ヴォルガに偵察を頼んだんだ。そしたら、もうお城は落ちたって言うから。何? もしかして俺が来たらまずかったかな?」

「いや、そんな事は無いが!」

「ふ〜ん。それで、何の話をしてたのかな? それに、リリアが可哀想だろ? 宙吊りにされちゃって、スカートなんだぞ」

「クッ。エリオース!」


 そう叫ぶと、エリオースはゆっくりとリリアの体を下ろした。すると、フォルトがリリアの体に巻きつく糸を解いていった。リオルドは怒りの篭った目でフォルトを睨むと、ゆっくりと暗闇へと歩み進んでいった。エリオースもそれを追うように暗闇へと姿をけした。落ち着き眠そうな表情のゼロは、ボロボロのフォルトの姿に気付き何やら嬉しそうに言う。


「どうだった? 北部の方で開かれた大会は? 賞金五千万ギガだっけ?」

「それが、色々とあって大会は……」

「そっか。フォルトは精神状態が不安定だからな。また、暴走でもしちゃったかな?」

「ごめん」


 全く気にしていないといった感じで微笑むゼロに、フォルトは小さな声で謝り俯いた。そんなフォルトに、ゼロは優しく声を掛ける。


「別に気にする事無いよ。あれも呪いの一種だ。今はその呪われた力を解き放たぬ様に気をつけよう。そして、近い内にこの呪われた運命を変えるんだ」

「そうだよね。その為なら、どんな辛い事だって僕はするよ」

「でも、俺は眠いから寝るよ。決戦の時まで力を蓄えなきゃいけないからね」


 欠伸をしてゆっくりと足を進めるゼロは、軽く手を振って暗闇に消えていった。足音だけが響き渡り、それが徐々に遠ざかりまた静寂が辺りを包み込んだ。ゆっくりとリリアの額から流れる血を拭き取ったフォルトは軽くリリアを抱きしめ小さな声で呟いた。


「君さえ居れば僕は幸せさ。きっと、君の呪われた運命を変えてみせるよ」


 気を失うリリアを抱きしめたフォルトは、ゆっくりと立ち上がりリリアを抱えて暗闇に消えていった。

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