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第86回 怒り 変わりゆく姿

 競技場のリングの中、フォンとフォルトの二人が対峙し合っていた。

 初めはブーイングがこだましていたが、いつしか静まり返り、観衆は皆真剣な面持ちでその戦いを見据えていた。空は既に日が落ち暗くなり、競技場のライトがリング上を明るく照らしていた。生暖かな風がゆったりと吹き抜け、フォンの茶色の髪とフォルトの黒髪を微かに揺らした。

 左腕は少し痛むが、この戦いが楽しくてしょうがないフォルトは、微かに笑みを浮かべる。そんなフォルトを心配そうに見つめるリリアは、何か言いたそうだが中々言い出せずに居た。そして、もう一度両者が走り出した。素早く振り抜かれるフォルトの右手に持った木刀を、フォンは体を屈めてかわしがら空きの右脇腹に左拳を振り抜く。後に一転してそれをかわしたフォルトは、体勢を整えすぐに左手の木刀を振りぬいた。

 互いに攻防を交互に繰り返す二人の動きはとても軽やかで、本当に攻撃が当たるのかと言う印象があった。だが、それも長くは続かなかった。次第に両者に疲れが見え始め、遂にフォルトの右手の木刀が、フォンを捕らえた。振り抜かれた木刀がフォンの左脇腹に直撃し、フォンの体は吹き飛ぶ。


「フォン!」


 リング上を転げるフォンにそう叫んだウィンスだが、無情にもフォンの体はリング上から転落した。もう、踏み止まる力すら残っていなかったのだ。リング外に落とされたフォンは、「いてぇ〜ッ」と、言いながら右脇腹を左手で押さえ込んでいた。それを見据えるフォルトは、大分息が乱れており疲れているのが分かった。

 大分痛みの退いたウィンスは、立ち上がり木刀を構えフォンの方を見た。その瞬間、フォンと目が合い、フォンがニコッと笑みを浮かべた。


「お疲れさん。後は、俺に任せとけ!」

「おう。あいつは強いから気をつけろ」


 笑顔でそう言うフォンは、立ち上がろうとしたが膝がガクガクと震えて立てなかった。だから、その場で寝そべり夜空を見上げた。

 息を乱したフォルトを心配するリリアは、歩み寄り小さな声で言う。


「だ、大丈夫ですか? 大分お疲れの様ですが」

「ああ……。大丈夫。疲れてるけど、こんなに楽しい戦いは久し振りだよ。だからさ、最後までやらせてくれない?」

「わかりました。で、でも、無理はしないでくださいね」

「分かってるよ。それに、まだまだ本気じゃないから大丈夫だよ」


 二人にしか聞こえないくらい小さな声でそう言ったフォルトは、無邪気な笑みをリリアにみせ木刀を二本構えなおした。

 まだ、多少腹部の痛みの残るウィンスは、息を吸う度にズキズキと腹が痛んだ。それでも、確りとフォルトを見据えゆっくりと体を動かす。お互いに動きを警戒し、中々踏み込む事が出来ない。そして、そんな向かい合ったままのウィンスとフォルトに、観衆のブーイングがまたしても広がった。


「さっさと戦え!」

「つまんネェーぞ!」

「いつまでも、見詰め合ってんじゃネェ〜!」

「入場料返せ!」


 ブーイングは徐々に大きくなり会場一体を包み込んだ。耳を塞ぎたくなるほど大きな声が場内に響き渡り、フォンは顔を顰めながら観客席を見回す。次第にそれはエスカレートしていき、遂にゴミが投げ込まれる。フォルトもウィンスもそれを気にはしていなかった。空き缶が当たって血を流しても、未だ向かい合ったままのフォルトとウィンスは静かに呼吸をする。そんな時、遂に投げ込まれた空き缶がリリアの頭に直撃した。


「キャッ!」


 空き缶が額に直撃し、よろめくリリアはゆっくりと地面にへたり込む。その小さな悲鳴は観客の悲鳴で誰にも聞こえてないように思えたが、フォルトの耳には届いていた。すぐに、リリアの元に駆け寄りフォルトは声を掛ける。


「大丈夫? リリア」

「――はい」


 俯いたまま静かにそう答えたリリアだが、地面に点々と血痕が落ちているのに気付いたフォルトは無理やりリリアの顔を上げさせる。額がざっくりと切れ、血が止め処なく流れていた。それでも、それを隠そうと右手で傷口を覆うリリアは、静かに答える。


「――大丈夫です。大した怪我じゃないです」


 少し焦りを見せるリリアは、フォルトに何度も「大丈夫です」と言い聞かせた。

 フォンは飛び交う空き缶をかわしながら、リリアの事を心配していたが、ウィンスが俯いたまま動かないのが何と無く気になっていた。何処からとも無く飛び交う空き缶が、ウィンスの頭や体を直撃し、血が所々から流れていた。


「おい、ウィンス。大丈夫か?」

「……」


 声を掛けるが、無反応のウィンスが何かブツブツと口を動かしているのが分かる。そして、今までゆったりとしていた風が、少々荒々しくなってきていた。それは、風がウィンスの意思と共鳴している事を示しており、次第にウィンスの体を風が取り巻きつつあったのだ。物凄く嫌な予感のするフォンは、すぐさまリングに上がりウィンスに駆け寄る。その時、フォンは初めて気がついた。リリアが額から血を流しているのを。

 その瞬間にフォンの脳裏に第一試合の事が蘇ってきた。空き缶を額に直撃させ血を流していたルナの事が、脳裏を過ぎり急に怒りがこみ上げてきた。何度も何度も同じ事を繰り返すこの観衆達に、人を思う気持ちは無いのかと、問いただしたかった。

 控え室のモニターで、それを見据えるティル達は、既に嫌な予感がしていた。心配そうにモニターを見るルナを、カインは何とか励ましてやりたいと思ったが、何も言わなかった。いや、いえなかった。自分ではどうしようもないと知ってしまったからだ。


 リリアの傍で俯いたまま動かないフォルトの奥歯がギシギシと軋み音を微かにだが響かせた。観衆の声でその音は掻き消されているが、リリアにはその音が明白に聞き取れていた。もう、自分の問い掛けには耳を貸さないと分かったリリアは、一言も言葉を喋らなかった。その次の瞬間だった。

 飛び交っていたゴミがピタリと止んだのは。リングを多い尽くす大きな竜巻が、飛び交う全てのものを弾き飛ばしていたのだ。驚いた様子を見せるリリアが、その竜巻を起こしたであろう人物の方へ顔を向けた。

 その視線の先に居るウィンスは、完全に風の渦に覆われ服の裾がバッサバッサとはためいていた。驚いているリリアはフォンと目が合い、フォンがニッコリと微笑んだ。


「大丈夫? 額の傷」

「あっ、はい。大丈夫です」


 恥かしそうにそう答えたリリアはふとフォルトの方を見た。目の色が徐々に赤く変わり、二本の牙がメキメキと音を立て抜きん出て来る。両肘からは鋭く尖った骨の様な物が突き出し始めていた。あの幼い面影は無く、もう半分化物の様になっていた。リリアはそれに気付き、フォンとウィンスの方を見て叫んだ。


「に、逃げてください!」

「ンッ? 逃げる?」

「い、急いでここから――」


 遅かった。リリアが言い切る前に、フォルトが体を反転させ爆音轟かせ大地を蹴った。砕けた地面は破片を撒き散らし大きく陥没する。フォルトが足を着いた所は、次々と爆音を立て砕け散り、それが勢いよくフォンに向ってきていた。何とか動きを捉える事が出来るフォンだが、体がまるっきし着いて来れなかった。振り抜かれたフォルトの右拳を、受け止める事も交わすことも出来ず、フォンは左頬を殴打し体が宙に舞った。

 先程までのフォルトとは全く別人で、スピードもパワーも桁違いだった。激しく地面を転げるフォンの体は、地面を砕き抉りようやく止まった。ガクガクと小刻みに震える膝を両手で支えながら立ち上がったフォンは、息を荒げながらフォルトを真っ直ぐに見据えた。

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