第84回 タッグトーナメント
アルバー王国北部にある港町ウォールズ。その東地区にある巨大な競技場には、多くの観衆が集まりつつあった。
東地区の半分を占めるこの競技場は、広々としており真ん中に四角いリングの様なものがたてられていた。そして、それを囲むように観客席が作られていた。興奮する人々の叫び声などが響くこの競技場には、タッグトーナメントに参加する者達も沢山集まっていた。フォン達六名は、ここに皆が集まっている事など分からず、タッグトーナメントの予選に挑んでいた。
フォン・ウィンスのペアはCブロックの予選を意外とあっさり突破し、ティル・ワノールのペアはEブロックの予選で圧倒的な力の差を見せ付け突破し、カイン・ルナのペアはAブロックの予選を何とか突破していた。お互いの存在を未だ知らずに居る六名だが、本選の控え室で遂に互いに顔を合わせた。
驚き固まる六人はほぼ同時に叫んだ。
「アーッ!」
六人の叫び声は控え室一杯に響き渡り他の選手達は迷惑そうな表情を浮かべていた。それでも、六人は話をし始めた。
「何で、お前らがここに居るんだ!」
と、ティルが低い声で言うと、
「それは、コッチの台詞だぞ!」
と、フォンが大声で言い返し、
「それより、僕達皆本選に進めたんですね」
と、ニコヤカにカインが言う。
その時、控え室内に設置されるスピーカーから、このタッグトーナメントの説明が言い渡された。皆は黙ってその説明を聞いた。
『タッグトーナメント本選についての軽い説明をしたいと思います。戦い方は予選と変わらず、二対二のタッグ戦。リングから落すか、相手を気絶させれば勝利となります。それから、これも予選同様ですが、戦いの際真剣ではなく木刀を使用していただく形になります』
スピーカーの説明を聞きながらフォンがうんうんと頷いていると、その目の前を小柄で幼顔の少年が通り過ぎる。美しく煌く黒髪に不意に目を奪われるフォンは、その少年が何処と無く気になった。その少年の後に続く様に、少年よりも少し小柄な少女が続く。長く腰まで伸ばした茶色の髪は、所々跳ねている部分があり、俯き前髪で表情は窺えないが、何だかオドオドとした感じを出している。
妙に気になる二人を見据えるフォンだが、ウィンスに肩を叩かれ我に返った。ウィンスは不思議そうにフォンを見据えスピーカーから聞こえる声に耳を傾けた。
『それでは、只今より第一試合一回戦の組み合わせを発表いたします。まず、Aブロックを難なく突破したカイン&ルナペア。対するは、Bブロックを軽やかな動きで突破したフォルト&リリアペア。両ペアは急いで中央のリングの前に』
第一試合一回戦の組み合わせを聞いたフォンは、カインの方を見て明るく笑いながら言う。
「まずは、カインとルナか。無理だと思ったら、すぐにリングアウトしていいからな」
「カインはお前とは違う。一回戦など簡単に突破するさ」
「何言ってるんですかワノールさん」
満更でもないと言った感じで笑うカインだった。
リングの中央に立つカインとルナ。その前には先程フォンの目の前を通過した二人の少年少女が立っていた。少年の方はカインよりも少し背が低く両手に木刀を持っている。少女の方は更に身長が低く何だか怯えているようだった。向かい合いたがいに微笑みあうカインと少年フォルト。そして、遂に試合開始の合図の花火が青空に放たれた。
それと同時にカインはルナを抱えリングの端に移動し木刀を構える。フォルトの方もすぐにリリアを抱えリングの端に行き二本の木刀を構える。端と端から睨み合うカインとフォルトの二人はジリジリと右足を出し相手の出方を待つ。
「あの――。フォルト様、私は何を……」
「リリアは、そこに居るだけで言いよ。戦いは僕がやる」
「そうですか……」
少し落ち込むように肩を落としたリリアは、地面を見つめていた。
「カインさん。大丈夫ですか? あの方、何か不思議な力を感じますが……」
「大丈夫――だと思うよ。でも、僕がやられたら、ルナはすぐにリングから下りるんだよ」
「はい。気をつけてください」
心配そうにルナはそう言い真っ直ぐにフォルトの方を見据える。
そして、遂にカインとフォルトが動き出した。ほぼ同時に地面を蹴りリング中央で激しくぶつかり合う。木刀と木刀がぶつかり合い奏でる音色は観衆の胸に響く。二刀流のフォルトに若干押され気味のカインは、振り出される木刀の刃を見事に受け流していた。右から振り出される木刀を真下に弾き、左から振り出される木刀を真上に弾く。何度もそんな攻防を続けるカインとフォルト。
この攻防が楽しいのか、フォルトは笑みを浮かべ更にスピードを上げる。その攻防に観衆は息を呑み沈黙する。木刀と木刀のぶつかり合う音だけが響き、辺りに穏やかに風が吹く。そして、それが強風と変わった時、両者の動きが止まった。
「う〜ん。中々って所かな?」
「ハァ…ハァ……。防戦一方って感じだよ……」
息を切らせるカインに対し、疲れを微塵とも感じさせぬフォルト。しかし、フォルトの額には薄らと汗が滲み出ていた。流れる汗は、点々と滴れ、それを隠す様にフォルトはニコッと笑みを浮かべる。それに対し、カインもニッコリと微笑み互いの顔を見合わせる。
今まで沈黙していた観衆も、この気を逃すなといわんばかりにザワメキだす。だが、カインもフォルトもその観衆の声など聞こえていないかの様に二人で会話をする。
「嬉しいな。君みたいに強い人と戦えるなんて」
「僕なんてまだまだですよ。もう、限界って所ですし。それに比べて、あなたは全然疲れも見えてませんから」
「限界そうには見えないんだけどね」
ニコニコとそう言うフォルトは、木刀を構え直す。それを見て、カインもゆっくりと木刀を構える。対峙する二人は暫し息を整え、ほぼ同時に地を蹴る。フォルトの右手に持った木刀が、素早くカインに振りぬかれるが、それを素早くかわしカインは攻撃を仕掛けようとする。だが、フォルトの左手に持った木刀がもう一度振り抜かれ、カインは攻撃をする事も出来ずそれを木刀で防ぐ。
両手にその衝撃が伝わり、ジンジンと痺れる。後方に弾き飛ばされたカインは、体勢を整えフォルトを見据える。素早くフォルトがカインに迫り、もう一度右手の木刀を振り抜く。体勢もままならないカインは仕方なく木刀を振りぬきそれを受け止める。
衝撃が互いの手を襲い風が二人の体を吹き飛ばした。転げるカインの体は場外へと投げ出され、フォルトはぎりぎりで踏み止まった。
「イチィィィィッ。危ない危ない」
「大丈夫ですか? フォルト様」
「あ〜っ。大丈夫だよ。全然平気。直撃したわけじゃないし」
ニッコリと微笑むフォルトに、リリアがホッとした様に表情を和らげた。その後、すぐさまルナは場外へと下りた。観衆からはブーイングがこだました。
「ちゃんと戦え!」
「俺達は戦いを見に来たんだぞ!」
「逃げんじゃネェ!」
ルナはそんなブーイングを無視して、カインに駆け寄る。その時、観客席から飛んできた空き缶がルナの頭に直撃する。鈍い音が一瞬響いたが、観衆のブーイングでその音は掻き消されていた。額からスッと血を流すルナだが、そんな事気にせずにカインに駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「そんな事より、血が出てるよ!」
「私は、どうって事無いです」
静かにそう言ったルナだが、カインはそれを許せなかった。
お前達にルナを責める理由があるのか? 戦いもしないのに――。なぜ、文句を言われなきゃいけない? 何故、物を投げられなきゃいけない?
怒りが込み上げてくるカインの髪がゆっくりと、赤く染まり始めていた。そんな時、リングの中央からフォルトが叫んだ。
「黙れ! 見ているだけのくせに、文句ばっかり言うな! 文句があるなら、そこから下りてきて、戦ってみろ!」
一瞬にして静まり返る。そんなフォルトに歩み寄ったリリアは、小さな声で言う。
「フォルト様。何もそこまで言わなくても」
「だってさ。折角、いい試合出来たのにさ……。だから、人間は嫌いなんだ」
「ですが……」
控え室に歩き出したフォルトの後を追うリリアは、心配そうな表情を浮かべていた。そして、その途中で、フォルトとリリアはフォンと出くわした。フォンは深々と頭を下げ、フォルトに言う。
「ありがとうな。ルナやカインのためにあんな事言ってくれて。あんたが、言ってくれなきゃ、オイラどうなってたか分からないよ」
それだけ言って、フォンはリングに向って歩いていった。そんなフォンの後姿を見ながら、フォルトは呟いた。
「ありがとう……か……」
「どうかなさいました?」
「いや。あんなつもりは無かったんだけどね。ただ、むかついただけなのに」
フォルトはそう言いリリアに微笑んだ。