第83回 港町 ウォールズ
長い間降り続いていた雨が止んだ。
一週間位だろうか?
その位長い間雨が降り続いていたのだ。雨に濡れながらも、進んでいた一行は今、アルバー王国の北部にある大きな港町ウォールズに来ていた。結構な賑わいのその町の道幅は大きく、多くの者が店を開いていた。八百屋、肉屋、魚屋、雑貨屋、衣服専門店、小物店。色々と店が出ており何処も多くの人が集まっていた。この町の西は住宅地で、様々な人間の他に様々な種族の者達が大勢暮らしている。東の方には学校や病院といった専門の建物が沢山建ち並んでいた。北の方は港になっており、大型の船が幾つも止まっていた。
そんな賑やかな風景に、興奮を隠し切れないフォンとウィンスは、鼻息を荒げながら田舎から来た子供の様にはしゃいでいた。
「すげぇ! 俺の村とは大違いだ。家も綺麗だし、なんたって瓦屋根じゃない。それに、この香り……。すげぇ〜」
「なぁなぁ、ウィンス。あれ見ろよ! あのでかいのが学校っていう建物らしいぞ」
「な、何! あの馬鹿でかいのがか! 俺んちの何十倍の大きさだぞ! あんなとこで何するんだ?」
「遊ぶんじゃないのか? 子供達の集まる所だろ?」
「そうなのか? 学校って、遊ぶ場所なのか。公園みたいなもんか?」
「そうじゃないか?」
大はしゃぎする二人は中央広場であっちに行ったりコッチに行ったりと騒ぎまくっていた。呆れ顔でそれを見ているティルとワノールは、ほぼ同時にため息を吐く。そんなため息を吐く二人は顔を見合わせ呆れ口調で話を始める。
「なぁ、この先大丈夫なのか?」
「さぁな。俺に言われてもな」
首を振りそう答えたティルは、苦笑してまたため息を吐いた。
「ため息ばかりだな」
「当たり前だろ。あんな奴と、一緒に居ればため息ばっかり吐きたくなるさ」
「それもそうだな。しかし、今日はどうする? もう船は出ないそうだぞ」
「そうだな。早い内に宿でも借りて休みたいもんだがな」
「そろそろ、暖かいご飯も食いたいが、宿に泊まる金なんて持ち合わせているのか?」
「ウッ……。お前、痛いところを突いて来るな」
ティルはそう言って表情を引き攣らせる。呆れた様にため息を吐くワノールは冷たい視線をティルに送った。半笑いするティルは、冷たい視線を無視する様に答える。
「さぁ、格安の宿でも探しに行くか」
「ったく、金もないのによく今まで旅が出来たな」
「うるさい! 今までは俺一人だったから、十分な金はあったんだ! あいつの食費がかさんで今は赤字なんだよ!」
怒りの篭った声でそう言うティルの視線はフォンに向けられ、ワノールもその視線で何と無く悟った。だから、小さく「なるほどな」と呟いた。それから、二人はカインとルナに宿を探しに行くと告げ、街中に消えていった。
いつもの落ち着きを取り戻しつつあるルナは、ぼんやりとしながら小さくため息を吐く。何だかいつもと何処かが違う。そう感じたカインは、どうしたものかと思うが中々声を掛けることが出来ずに居た。すると、ルナの方から声を掛けてきた。
「あの……。ちょっと、いいですか?」
突然の事に慌てるカインだが、心を沈め答えた。
「な、何? 僕でよければ、何でも言ってよ」
「少し買い物に付き合ってもらえませんか?」
「買い物? 喜んで付き合うよ。でも、お金あるの?」
「エェ……。それなりに……」
ルナはそう言って財布の中を見た。そんなルナを見ながら微笑むカインは、フォンに向って叫ぶ。
「フォン。僕、ルナの買い物に付き合ってくるから、迷子にならない様にね」
「おう。大丈夫だ。カインも気をつけてな」
「うん。それじゃあ」
カインはフォンに手を振りながらルナと商店街の方に向って歩き出した。
取り残されたフォンとウィンスは、噴水の淵に腰を下ろし、ようやく気を落ち着けた。結構、人通りの多いこの中央広場は、様々な芸が開かれていた。そんな芸に目を引かれるフォンとウィンスは、熱心にその芸を見据えていた。幾つもの玉が宙を舞い、手の平を流れる様に行き来する。まるで糸のついているように。
周りのことなど忘れ、一心不乱にその芸を見据える二人は、芸が終ると同時に拍手を送った。
「すげぇ〜。あんなの始めてみたぞ!」
「オイラもだ。感激だ!」
二人に軽く会釈したピエロは、道具をしまいそそくさとその場を後にした。感動冷め遣らぬ中、フォンとウィンスは話を始める。
「いや〜。凄い芸を見せてもらったな」
「そうだな。でも、あれって、良い金儲けだよな。俺達も何かやるか?」
「何かやるって、オイラあんな風にボール投げられないぞ?」
「馬鹿だな。俺達には俺達の得意な事があるだろ? 俺は風を操る事が出来るし、お前は……。嗅覚が優れてる」
「それって、芸になるか? 風はともかく、嗅覚が優れててもしょうがないだろ?」
呆れた様にフォンはそう言う。その言葉にため息を吐いたウィンスは、「そうだよな」とぼやくとガックリと肩を落とした。その時、足元に一枚のチラシが舞い降りてきた。デカデカと『タッグトーナメント』と、書かれたチラシを手に取るフォンは、その優勝賞金に目を疑い、一度目を擦った。そんなフォンの様子に気付いたウィンスは首を傾げ呟く。
「何だよタッグトーナメントって? 面白い事か?」
「そ、それより、ここ見ろよ。優勝賞金五千万ギガだぞ!」
「ご、ごごごごご五千万ギガ! う、嘘だろ? それ」
「それは、出れば分かる。受付は、まだしているみたいだぞ。急いでいくぞ!」
「お、おう。これで、貧乏生活から開放される」
フォンとウィンスは張り切りながら競技場のある東地区に急いだ。
宿を探すティルとワノールの二人は、今の持ち金で止まれる宿がない事に肩を落とし中央広場に戻ってきていた。流石に、六人も格安で止めてくれる所など無く、結局全ての宿に断られたのだ。ため息を漏らすティルは、苛立ちながら噴水の淵に腰を下ろし辺りを見回す。フォンやルナ、カイン、ウィンスの四人の姿がなくなっているのに更に腹を立てるティルは低い声でぼやく。
「この非常時にあいつらはのん気に観光か……」
「全くだ。また、野宿になるかもしれんと言うのに、何を考えているんだ」
ワノールもティル同様怒りを露にし、ブツブツと二人で文句を言いあっていた。その時、風で飛んできたチラシがティルの顔に飛んできた。すぐさま右手でそれを取ったティルは、チラシに書いてある賞金の方に最初に目が行った。一杯並ぶ0の数を数えるティルは数え終えて大声で叫んだ。
「ゆ、ゆゆゆゆ、優勝賞金五千万ギガだと!」
「何! 賞金が五千万ギガ! それで、何の大会なんだ!」
「え〜っ、タッグトーナメント。本日開催だと! 受付は――。まだやってる。行くぞ!」
「ああ。これで、暖かい飯が食える!」
ティルとワノールは希望に満ち溢れた瞳でチラシを盛ったまま競技場のある東地区に向った。
買い物に出かけたルナとカインは、落ち込んだ様子で中央広場に帰ってきた。買いたい物は見つかったらしいのだが、お金が足りなかったのだ。その為、ルナは少し寂しげな瞳をしていた。何を買いたいのか知らないカインだが、何とかしてやりたいと思うが、自分も今はお金がないためどうしようもなかった。落ち込んだように遠くを見据えるルナに、声をかける事の出来ないカインは俯き、ふと地面に落ちるチラシを手に取る。
やはり、フォンやウィンス、ティル、ワノールの二組が拾ったチラシと同じチラシをカインも手に取った。『タッグトーナメント 賞金五千万ギガ』と書かれたチラシ。0の多さに目を丸くするカインは、思い立ったように叫ぶ。
「ルナ。これに出ようよ!」
「いきなり、どうしたんですか?」
意外と冷静なルナが首を傾げると、カインが顔を近づけて言う。
「優勝賞金が五千万ギガなんだ。僕達で出場して優勝しようよ!」
「でも、私戦えませんよ?」
「戦えなくても回復が出来るじゃない。僕がルナを守るから、ルナは僕の傷を治してくれればいいんだ」
「ですが……」
暫し考え込むルナだが、頭の中で買いたい品物が浮かびあがる。そして、葛藤の末に決断を下した。
「わかりました。頑張ります」
「よし。まだ、受付はしてる。急ごう」
「はい」
そう言ってカイン、ルナの二人も東地区にはしりだした。