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第82回 消えない炎

 草原を炎々と炎が燃え上がり、白煙が辺りに立ち込めていた。

 雨の音など聞こえぬほどメラメラと音をたてる炎は、雨風関係なくその火力を更に強めてゆく。次第に広がりつつある炎は、草原全体を焼き尽くそうな勢いで、誰もそれを止める事は出来ない。

 そんな白煙の中身動きできずに居るティルは、目を細めると辺りをゆっくりと見回す。雨の蒸発する音が四方から聞こえてくるため、更に神経を尖らせていた。そんな中、ワノールの声がティルの後で聞こえた。


「グッ! 気をつけろ! 奴は他の奴に化けているぞ!」

「チッ! 厄介な相手だ!」


 ティルが舌打ちをしてそう言った矢先、背後から殴り倒された。倒れたティルの後に立っていたのは、黒い服装のワノールだった。ワノールはティルを見下ろすと、口元に笑みを浮かべ小さく呟いた。


「後二人」



 ウィンスは右手に風を集め、立ち込める白煙を取り除こうとするが、蒸発する水は延々と降り注ぐため、白煙は一向に取り除けない。辺りに漂う白煙は更に濃くなり、遂にウィンスの視界も真っ白に変わった。何も見えず蒸発する水滴の音と燃え盛る炎の音に耳を傾けるウィンスは、静かに深呼吸を繰り返す。

 そこに、足音が聞こえウィンスが刀の柄に手を伸ばすと声が聞こえた。


「皆、大丈夫か!」

「ティルか? 俺は平気だ」

「そうか。それは、残念だ!」


 その声と同時に白煙の中から手が伸びウィンスの体は弾き飛ばされた。ウィンスはすぐに体勢を整えたが、目の前に広がる白煙に遮られそいつが何処に行ったのか見失っていた。歯を食い縛り悔しそうに俯くウィンスは、ハッとして白煙の中で叫ぶ。


「皆! 奴は誰かに化けて攻撃してくる! 誰の言葉も信じちゃ駄目だ! って、それじゃあ、俺の言葉も信じてもらえないじゃないか。あれ? でも、信じてもらえないって事は信じてもらって……」


 自分の言った言葉に頭がこんがらがって来る。そして、最終的に思考回路がショートし、何も考えられなくなっていた。



 白煙に包まれ誰の姿も見えずに居るルナは、目を閉じ両手を握りしめていた。

 不安? 恐怖? 今まで感じた事の無い思いに、体が震えた。誰かに助けて欲しい。誰かに――。

 そう思うルナの耳に、フォンの声が微かに聞こえた。だが、返事は返せない。それが、本物なのか、偽者なのか判断できないから。もし、本物なら守ってくれる。でも、偽者なら――。必死で考えるルナだが、その声は徐々に近付いてくる。


「ルナ! 何処だ! 返事しろ!」


 怯え、体が震える。そんな時、背後から口を押さえ込まれた。ハッとして、逃げようとするがそんなルナの耳元でフォンが囁いた。


「大丈夫。オイラだ。匂いを辿ってここまで来た。あいつは偽者だ」


 そんなフォンの言葉にルナは安心した。顔は確認できないが本物に違いないと。ルナの体を抱き抱えたフォンは、白煙の中を駆けその声の主を蹴り飛ばした。小さく「グッ」と聞こえた後、水溜りの上に倒れるような音が微かに聞こえた。

 暫くルナを抱えたまま走り続け、白煙の外に飛び出した。暗く稲光の煌く空、大粒の雨が勢いよく降り注ぐ道。何もかもがようやく視界に見える。その時、ルナは異変に気付いた。なぜ、フォンが白煙を抜けれたのかと。そして、その答えが明らかになった。

 ルナを地面に投げたフォンは、みるみるカインの姿へと変貌していったのだ。その瞬間、ルナの表情が一瞬で恐怖に歪んだ。今まで一度も表情を変えなかったルナが――。


「残念だね。実は僕が偽者でした。フフフフフッ。完全に信じ込んじゃってさ。聞こえなかった? 誰の言葉を信じちゃ駄目だって」


 カインの姿をウィンスに変えながらそう言う。愕然とするルナは、首をゆっくり左右に振り頭を抱えて悲鳴を上げた。


「イヤァァァァァッ!」



 白煙で視界の遮られている五人は何とか合流していた。嗅覚の鋭いフォンが五人の匂いを辿って集めたのだ。だが、偽者が居るのではないかと、互いに疑いあうメンバーは相手を信用していなかった。その為、言葉も無くただ集まっただけの形になっていた。

 そんな中、初めに口を開いたのはティルだった。


「フォン。お前、本当に本物か?」


 疑う様にティルが聞く。完全にフォンの事を信用していない。そんなティルの言葉に、呆れた様にフォンが言う。


「さっきから、何度も言ってるだろ? オイラは本物だって。第一、オイラが偽者だったら、こうやって全員集めるか?」

「そう言って、信用してもらってから俺達を殺そうってか? それに、ルナが居ないじゃないか?」


 怪しむ様にワノールが言い放った。ムスッとした表情をするフォンは、見えないがワノールの居る方に顔を向け力いっぱい言い切る。


「だから、途中でルナの匂いが消えたんだって! だから、こうして皆を集めたんだろ?」

「本当かな? イマイチ信用できないんだよな」


 続けてウィンスが怪訝そうにそう言う。流石のフォンも腹が立ち叫ぼうとしたその時、何処からとも無くルナの悲鳴が響いた。


「イヤァァァァッ!」


 その悲鳴に五人の表情が一瞬で変わる。悲鳴のしたほうに体を向けるが白煙が立ち込め、何処にどう進めばいいかわからず動けずにいた。その時、カインが急に声を上げた。


「ああっ!」

「ど! どうした!」


 カインのすぐ隣に居たワノールが驚き声を上げる。白煙で見えないがカインはワノールの方に顔を向け、希望い満ちた様に笑みを浮かべながら嬉しそうに答えた。


「大事な事を思い出したんですよ!」

「大事な事? 何だそれは?」

「実はですね――」


 カインは小声で五人に話をした。皆、「そんな事できるのか?」と、不安そうな声を上げたが、カインは「もちろんです」と軽く了承した。



 白煙の外に居るルナとウィンスの姿をした黒い影。辺りに漂う雨音が更に勢いを増し、草原の葉に当たり音を轟かせる。雨でぬかるむ道をゆっくりと座りながらも後退するルナだが、ウィンスの姿のそいつは、一歩また一歩と歩み寄ってくる。水溜りに映ったその男の顔は雨の雫が落ち、環状模様が幾つも広がって歪んで映る。

 怯えるルナはふとウィンスの姿になっている黒い影の背後の白煙に目が行く。そして、白煙が徐々に薄れていくのに気付き、耳を済ませた。雨の音と風の音、あと暗雲の中で轟く雷鳴だけが耳に届く。いつしか、炎の燃える音は消え水の蒸発する音もなくなっていた。その事に全く気付いていないウィンスに化けた黒い影が、不適に笑みを浮かべたその時、背後から足音も無く小柄の少年が駆けて来る。

 腰にぶら下げた鞘から刀を抜き、力いっぱい振り抜く。刀を抜いた時の音で初めてそれに気付き、ウィンスに化けた黒い影がとっさに腰の刀を抜き後ろ向きのまま刀を受け止める。澄み渡る刃と刃のぶつかり合う音の後、ウィンスが笑みを浮かべた。


「俺の剣を防いで良いのか? 後悔する事になるぜ」

「何を馬鹿な――」


 ウィンスに化けた黒い影がそう言うと、ウィンスの刀の刃先から真っ赤な血が点々と零れ落ち、偽者の体に滴れる。確かに受け止めたはずだと、驚く黒い影は体に痛みの無い事を不自然に思い、刀を弾いて振り返った。弾かれたウィンスは、素早く刀を地面に突き刺し偽者の背後にへたり込むルナを抱えその場を離れる。ウィンスに化けた黒い影はすぐに追いかけようとしたが、その視界に映った少年に動きが止まった。

 その視界に映った少年は、髪を真っ赤にしたカインだった。濡れていた髪は白煙を上げ、次第に乾きつつあった。そして、辺りの火が消えている事にここで初めて気付き、唖然とし言葉も出ない。一歩一歩前進するカインはウィンスの姿に化けた黒い影にゆっくりと言う。


「君は幾つかのミスを犯した。まずは、君のその能力。一見便利そうに見えるが、僕に化けて炎を起こしたのはまずかった。炎血族は、自分の体に流れる血を自由に燃やす事が出来る。そして、その逆も。姿形、能力、種族までもコピーした君は、僕の血液までもコピーした事になる。つまり、僕の血で起こした炎は、僕自身で消す事も出来るんだよ」

「そ、そんな馬鹿な!」

「そして、もう一つミスを教えてあげるよ。君が僕らを軽んじていた。それが、一番のミスなんだよ」


 優しくそう言うカインはニコリと微笑んだ。みるみる鳥の姿に変える黒い影はその場を逃げ出そうとする。だが、カインは確りと鳥になった黒い影を見据えると、目の色を変え落ち着いた口調で言う。


「我の血は、全てを焼き尽くし灰と化す。今、燃え上がりそのものを灼熱の炎で嚥下する!」


 カインがそう言い終えると地面に突き刺さるウィンスの刀と鳥になった黒い影の体が炎上する。鳥の姿になっていた黒い影は元に戻り、呻き声を上げ草原に落下する。刀の火はすぐに消したが、黒い影の体を覆う炎は雨に打たれても消える事は無かった。

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