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第81回 黒い影 現る

 草原に伸びる道に立ち尽くす五人の影があった。

 空は暗雲に覆われ、今もなお激しく雨粒を地面に叩きつけ、時折暗雲の中で青白い光が見え、ゴォォォォォッと風の唸り声が聞こえる。その音に負けじと鳴り響く雨音は、その雨量が相当なものだと物語っていた。

 完全に髪も服も全てをびしょ濡れにしている五人は、髪から流れ出る水が顔を流れ出て涙の様になっていた。暗い雰囲気の中、鋭い切れ目の目でフォンを睨み付けるティルが低い声で言う。


「次から次へと問題ばかりを起こすんだな」

「ごめん。オイラ……」

「でも、僕らだって悪いんじゃないですか! 二人だけを置いて先に行っちゃったんだから」


 フォンを責めるティルに対し、カインがそう言うと、


「まぁ、それもそうだがな……」


と、静かにティルは言った。

 皆少し反省し、辺りは更に暗い雰囲気になる。これからの事を考え込む五人の間には暫し沈黙が続き、また、雨の音と風の音だけが響いた。その間、ティルは何度もフォンを睨み付けていた。それだけ、怒っているのだと誰もそれを口にはしなかった。

 暫くして、腕組みをしたティルが来た道を引き返し始めた。一体何事だと、四人は不思議そうに首を傾げるが、ティルは振り向かず相変わらずの声で言った。


「行くぞ」

「待てよ。行くって、ルナは連れて行かれたんだろ? どうするつもりだよ」


 不満そうにウィンスがそう言うと、呆れた様な表情をしたままティルが振り返り、半笑いを浮かべると天翔姫を一瞬にして細い刃の剣に変え、その刃先を静かにフォンの方に向けた。皆はティルのこの行動の意味が分からず、唖然としていた。その次の瞬間だった。

 ティルは天翔姫を引き、一瞬でフォンとの間合いを詰めて天翔姫を振り抜く。体を反り返らせ刃をかわすフォンの目の前を、白い天翔姫の刃先が通り過ぎる。雨で濡れた茶色の髪がその刃先に触れ、一部宙に散りすぐに地面に落ちた。すぐに体勢を整えたフォンは、真っ直ぐにティルを睨み付け叫ぶ。


「いきなり、何するんだ!」

「そうですよ! 幾ら、フォンのせいでルナが連れて行かれたからってそこまですること無いでしょ!」


 怒りを露にしながらカインがそう怒鳴る。だが、ティルは表情を変えず真っ直ぐフォンを見据え天翔姫を構えたまま動かなかった。驚き動く事の出来ずに居るウィンスは、慌てながらも腰に下げた刀の柄を握り締め、カインはすでに青空天を抜いていた。そんなカインの目に、落ち着いた様子でティルが口を開く。


「奴は偽者だ」

「偽者? 何で、ティルさんがそんな事分かるんですか!」

「お前達よりもフォンとの付き合いは長い。それなりの事は分かるさ」

「それじゃあ、理由を聞かせてください!」


 カインがそう叫ぶと、ティルが呆れた様に首を左右に振った。すると、その後でワノールが口を開いた。


「俺も、ティルと同意見だ」

「ワノールさんまで! 何を根拠にそんな事を!」

「俺はただの勘だ。少しいつもと違う違和感を感じる。それだけだ」

「勘だけで判断するんですか!」

「俺の勘は結構あたるからな」


 腕組みをしてワノールがそう言う。その言葉に、驚いたように目を丸くするウィンスは、大丈夫かよなんて思っていた。それでも、カインはティルを睨んだままで、納得がいっていないようだった。そんなカインにティルがゆっくりと答えた。


「俺も、そんなにフォンとの付き合いは長くないが、お前達よりもフォンを知っている。あいつは仲間や友の為なら命に代えてでも戦い抜く男だ。途中で諦めて仲間に助けを求めに来る様な奴じゃない」

「オイラの事大分分かってきたんじゃないか!」

「――!」


 来た道の向うの方から、フォンの幼い声が響き皆がその方向を振り向く。少し離れた場所に、ルナを抱えたフォンの姿があり急にスピードを上げてコッチに向ってくる。カインの後ろに居るフォンの偽者は、小さく舌打ちをしてその場を去ろうとした。だが、その偽者に青空天をカインが振り向きざまに振り抜いた。二つに裂かれた偽者は真っ黒に変わり地面に横たわった。地面に横たわる真っ黒な物体を見て、ルナを抱えて走ってきたフォンが声を上げた。


「こ、コイツ!」

「何だ? 見覚えがあるのか?」


 フォンの言葉にワノールが少々目を鋭くしながら言う。抱えていたルナを降ろしたフォンは、黒い物体に近付き更に確認し答える。


「やっぱりだ! コイツ、あの森で現れた黒い影だ!」

「コイツが、黒い影か。誰だ、幽霊だ何て言ったの」


 少し怒りを込めつつそう言うティルが、黒い影に目を落としたその時、両断された黒い影の体が、幾つもの黒い線を延ばし体が一つに繋がったのだ。その光景に表情の引き攣るティルは、指を差したまま悲鳴に近い声を上げる。


「い、いいいい、生き返った!」

「――!」


 その声に振り返るフォン、カインの二人だが、黒い影に体を弾かれ水溜りの上に倒れる。鉄の擦れ合う音を響かせ黒苑を抜いたワノールは、ぬかるむ地面を蹴り黒い影に刃を向ける。黒い影は、みるみるカインの姿へと変貌し、腰にぶら下げた青空天を抜き黒苑を受け止める。互いに相手の剣を弾き間合いを取ると、睨み合い静かに口を開く。


「コイツ、触れた者に変わる事が出来るんじゃないのか」

「その通りだ。流石は、元黒き十字架の総隊長だ」


 そう言うとカインの姿のまま不敵に笑みを浮かべ、青空天で自分の左手を軽く傷つける。真っ赤な血が腕から流れる雨水と混ざり合い、指先からポタポタと地面に滴れる。この瞬間、カインには嫌な予感がしていた。もし、相手が姿形、技術、種族まで完璧にコピーできるとしたら――。そう思うと、更に胸騒ぎが起きカインは叫んだ。


「皆さん! この場を離れましょ!」

「ど、どうしたんだよ! カインらしくないよ!」

「もし、相手が僕の全てをコピーできているなら、あいつはとんでもない事をしでかすつもりなんだ!」


 慌てている口振りでそう言うカインだったが、既に手遅れだとすぐに悟った。滴れる血は水溜りに広がり、それが更に広がり草原にまで伝わっていた。悔しげに唇を噛み締めるカインは、立ち上がり青空天を構えると、雄叫びを上げながら偽者に突っ込んでゆく。雨の雫で濡れる青空天と、真っ赤な血の付いた青空天がかち合い鉄と鉄のぶつかる澄んだ音が、辺りに殷殷と響いた。

 刃が交差したままギシギシと軋みあい二人のカインが睨み合う。片方が不適に笑みを浮かべると、片方は表情を強張らせ更に力を加える。両者とも一歩も譲らないが、不適に笑みを浮かべるカインが、ゆっくりと口を開く。


「我が血は燃え上がり、全てを焼き尽くす。例え水があろうとも、それを蒸発させ白煙を立ち上がらせながら炎々と燃え上がれ!」

「止めろおおおおおっ!」


 もう一方のカインが大声で叫んだ。だが、その声は掻き消された。雨の音、風の音、そして、炎の燃え上がる音に。

 滴れたカインの血が火の手を上げ、水溜りを白煙を上げながら蒸発させる。辺りは一瞬で白煙に覆われ、視界は遮られた。その炎は更に勢いを増し、水で湿った草原をも嚥下していく。シュゥゥゥゥッと水の蒸発する音が辺りから響き、雨など寄せ付けないほど火力が上がってゆく。


「ウグッ! 何にも見え無い!」


 目を細めながらそう言うフォンに、ワノールが言う。


「気をつけろ! 奴が何処から仕掛けてくるか分からんぞ!」

「気をつけろって、見えなきゃ意味無いだろ!」


 フォンの声が目の前から聞こえてすぐ、白煙の中から鋭く拳が突き出された。それは腹部に突き刺さり、ワノールの体が吹き飛び地面に倒れた。


「あと三人」


 白煙の中でそんな声が響いた。


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