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第80回 草原の一本道

 あれから、三日歩き続けようやく森を抜けた一行は、波打つ草原に伸びる小石だらけの一本道を歩き進めていた。

 雲行きが怪しく、少々風が強くなりつつあり、皆髪を乱していた。空に張った灰色の雲の中からはゴーッゴーッと、唸り声を上げるかの様な風の音が轟いている。服の裾やコートの裾を風に煽られながらも前進する一行に、大粒の雨が遂に落ち始めた。初めは静かに音も無かった雨も、次第に雨脚を強め今では雲の中で聞こえる風の唸り声と同じ位の大きさの音をたてていた。

 一本道には雨で水溜りが出来、そこを駆け抜ける六人はその水溜りを踏みつけ、飛沫を上げていた。雨に打たれ、髪も服もビショビショになるフォン達は走りながらも雨宿りの出来そうな場所を探していた。だが、この辺は草原が広がるだけで、木など何処にも見当たらなかった。


「なぁ、このまま走ってても雨宿りできる場所なんて見つからないとおもうだけど!」

「なら、お前一人歩いてろ!」


 フォンの言葉にティルがきつい口調でそう言う。少し肩を落としたフォンは、ブツブツと言いながら最後尾を走っていた。その前を走るルナは雨で濡れている金髪の髪を掻き揚げながら、少々辛そうにしていた。普段、滅多に走らないからか、すでに息は上がっていた。そんなルナを見ているのが嫌だったフォンは、背後からお姫様抱っこをする形でルナの事を抱き抱えた。


「えっ、な、何するんですか!」


 少し驚いた様にルナがそう言い、フォンの顔を見る。微かに笑みを浮かべるフォンは、嬉しそうに答えた。


「何か、久し振りにルナの声聞いた気がする」

「そ……そんな事は……」


 少し恥かしそうにルナは顔を背けた。実際、あれ以来ルナは一言も喋っておらず、この時三日ぶりにルナの声を聞いたのだ。

 他の四人よりも大分後に居るフォンは、急に足を止め一度ルナを降ろした。濡れた髪から滴れる水が、額を通って目の方に流れ込んでくるため、ルナは何度かそれを手で拭っていた。その間に、フォンは鞄の中にしまっていたコートを取り出した。折角貰ったコートが濡れるのが嫌だと、鞄にしまいこんでいたのだ。それを、ルナに渡したフォンは鞄を担ぎなおし、もう一度ルナを抱き抱えた。


「ちょ、ちょっと、フォンさん!」

「暫くこのコート被ってろよ。ルナの服は薄いから雨ですぐ透けてくるから……」

「――すいません。折角、貰ったコートなのに……」

「気にする事ないさ。それより、少しスピード上げるぞ。これ以上皆に離されると道に迷いそうだ」


 フォンはそう言って、少しずつ加速していった。



 フォン達の少し前を走る四人は、フォンとルナを気遣いその場で立ち止まった。四人とも濡れた髪が額に貼りつき気持ち悪がっていた。服も濡れ、体に貼りつき今すぐにでも着替えたいくらいだった。


「近くの村まであとどれ位ですか?」

「さぁな。今地図は広げられんから、正確距離は分からん」


 右目の見えないワノールは、辛そうに左目を細めながらカインの質問に答えた。その答えに少し落ち込んだようにカインが呟いた。


「そうですか……」

「しかし、あいつら遅いな」

「何かあったのかな?」


 多少、フォンの事を心配している様な口調のティルに、ウィンスがそう言った。腕を組むティルは暫し、「う〜ん」と唸り声を上げ口を開く。


「フォンはともかく、ルナが遅いとなると、何かあったかも知れんな」

「フォンよりも、ルナの方が心配なんだ」

「当たり前だ。仮にもルナは女だぞ」

「一応、ティルも女には優しいんだな。俺はてっきり誰に対しても冷たい奴だと」


 ウィンスがそう言うと同時に、細く白い刃がウィンスの顔の前にスッと現れた。笑おうと思っていたウィンスだが、その刃を見た瞬間笑う余裕だの無く、表情を引き攣らせながら隣を見た。そこには、天翔姫をいつの間にか剣に変え構えるティルの姿があった。目は鋭く殺気立っており、背筋が凍りつきそうだった。


「ご…ごめん。さっきの冗談だからさ……」

「分かれば良い」


 ティルはすぐに天翔姫を箱に戻し、ゆっくりと息を吐いた。この時、ウィンスは思った。『やっぱりこの人達と旅に出たのは間違いだった』と。

 聊か心配そうな表情のカインは、小柄な身長で精一杯背伸びをしながら来た道を見据える。見えるのは泥だらけの一本道だけで、カインはガックリと肩を落として三人の方に振り返り、心配そうな眼差しを送る。


「な、何だその目は!」

「ワノールさん。退き返しましょうよ!」

「何で俺なんだ! 他にもティルやウィンスが居るだろ!」


 カインの眼差しに焦りを見せるワノールは、そう言いながらティルをウィンスを見た。だが、カインの眼差しは真っ直ぐワノールの方に向けられており、ティルやウィンスに目もくれず言葉を続けた。


「退き返しましょう。ワノールさん!」

「だ…だから、何で俺に!」


 強い眼差しのカインに徐々に退いてゆくワノールは、表情を引き攣らせた。その様子を見ていたティルとウィンスは、カインが意外にワノールの使い方を知っているんだと感心していた。

 結局、ワノールはカインに押し切られ、一緒に来た道を退き返していった。ワノールとカインの後姿を見据えるティルとウィンスの二人は、その光景が面白くてしょうがなかった。


「あいつ、カインには弱いんだな」

「クッ……ククククッ……。そうらしい。しかし、カインって凄いよね。あんなに小さいのに剣の腕は立つし、人の使い方は上手いし。俺も見習わないと」

「まぁ、お前はカインよりも背が低いからな」


 右手でウィンスの頭を叩きながらティルはそう言った。「うるせぇ」と、小さくぼやいたウィンスは不貞腐れる様に頬を膨らませた。



 来た道を引き返したカインとワノールが暫く走っていると、道で何かが倒れているのが見えた。うつ伏せに倒れ、顔が分からないが、その背丈・髪の色・着ているコートの色からしてフォンだと悟ったカインとワノールは、すぐに駆け寄った。何処にもルナの姿が無く、ワノールが黒苑の柄を左手で握りながら仕切りに辺りを警戒する。すぐにフォンの体を起こすカインは、焦りを見せる声で呼びかける。


「フォン! 何があったんだ! ルナは一体!」

「ごめん……。黒い影に襲われてルナを……。オイラ、皆に知らせようと思って全力で走ってきたんだけど……」

「何で、黒い影を追わなかった!」


 少し苛烈な声を上げるワノールに、申し訳なさそうな表情を見せるフォン。自分のせいでルナが連れて行かれ、相当ショックだったのだろう。そんなフォンの気持ちを悟り、カインがワノールに言う。


「止めてください! フォンは、怪我をしてるんですよ! そんな事言わなくても!」

「お前は黙ってろ! 俺はこいつに言ってるんだ!」

「だから、フォンは!」

「止めてくれ。オイラが悪いんだ。全部……」


 もめるカインとワノールにフォンは、悔しそうにそう言い雨でぬかるんだ地面を殴った。泥は飛び散り雨の音だけが辺りに轟いていた。

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