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第78回 ウィンスの旅立ち

「お世話になりました」


 元気の良く幼いフォンの声が響いた。それに対し、老い耄れた声の族長が顔をシワクシャにして微笑みながら、


「それじゃあ、ウィンスの事を頼んじゃぞ」


と、言った。まだ、包帯を巻いている右手で拳を作ったフォンは、それを胸の前に持ってきて笑いながら答えた。


「任せとけ! オイラがちゃんと面倒みるから」

「ハッ……。一番面倒な奴が他人の面倒を見ることが出来るものか」


 低い声のティルが、冷たい視線をフォンに送る。痛いほど背中に突き刺さるティルの視線に、フォンは苦笑する。そんなフォンに追い討ちを掛ける様に落ち着いた様な声で、ワノールが言い放つ。


「お前の場合、面倒を見るというより、面倒をかけるが正しいだろう」

「ワノールさん。駄目ですよ。本当の事言っちゃ」

「コラー! カイン! 何気にお前もオイラの事面倒だって言ってるじゃないか!」


 フォンは振り返りカインに叫んだ。そんなやり取りを見ていた村の人たちは、笑い声を上げた。

 未だ、村はいたる所が壊れたままだが、フォン達がそろそろ村を出ると言うと、こうして皆集まってくれたのだ。一人を除いては――。



 静かな廊下を軋ませながら足を進めるウィンスの姿があった。今日、ウィンスはこの村を出るのだフォン達と。

 何れは旅をしようと考えていたウィンスは、フォン達がこの村に来た時、この人達と一緒に旅がしたいと思っていたのだ。元々、アルートと一緒に世界中に流れる色んな風を自分達の肌で感じるために旅をしようと考えていた。でも、それは叶わなかった。あの木の根たちが村を襲撃し、アルートは目の前で殺され――。

 だからこそ、ウィンスは今回、村を出る事を強く決心した。アルートの分もこの世界の様々な風を感じるために。

 廊下の軋む音が止む。ウィンスが足を止めたのだ。二つ合わさった襖の前に立ち尽くすウィンスは、目を閉じ静かに深呼吸をする。心を落ち着かせ瞼をゆっくりとあけたウィンスは、襖の向こう側に向って言う。


「――姉さん。俺、村を出るよ。あの人達と」

「……」


 返事は無い。あれから、一度も部屋から出ていないし、食事もしていないようだ。その証拠に、ウィンスの足元には一切手をつけていないご飯の乗ったオボンが置かれていた。困った表情を見せたウィンスは、その場に正座して静かに頭を下げた。


「――ごめん。俺、姉さんにばっかり辛い想いさせて。父さんや母さんの事も。アルートの事も。元々は全部俺が――。なのに、俺……何も出来なくて……。この村を守るとか、大切な人を守るとか、口ばっかりだったけど、決めたんだ。この村やこれ以上大切な人を失わないため、強くなるって。だから、あの人達と一緒に行くよ。アルートよりももっともっと強くなって帰って来る。アルートの代わりにはなれないけどさ、アルートの代わりに姉さんを守る事は出来るからさ。だから――」


 それ以上、言えなかった。涙が止まらなくて、言葉が口からでなかった。沢山言いたい事があったのに……。必死で堪えていたはずなのに、涙は止まらなかった。顔を上げ服の袖で涙を拭くが、袖が濡れるだけで涙は流れたままだった。それでも、ウィンスは言った。


「ウグゥゥッ……。今……今まで……ありがとう……。いつか必ず、この村に帰って来るよ」

「……」


 結局、セフィーは一度も声を出す事は無かった。静かに立ち上がったウィンスは、また廊下を軋ませながら歩き出した。フォン達の所に行く為に。腰にぶら下げていた刀は、置き去りにして。

 廊下を歩いていたウィンスはふと足を止めた。それは、自分のものではない足音が耳に届いたからだ。微かに軋む床に、ゆっくりとウィンスは振り返る。その視線の先には、少しやつれたセフィーの姿があった。

 フラフラとしておぼつかない足取り。その手には先程ウィンスが置いてきた刀が握られていた。重そうに刀を持つセフィーはゆっくりとウィンスに歩み寄り、そっと刀をウィンスに握らせた。

 そして、口を静かに動かす。声を出す力も残っていないのか、全く声が聞こえない。それでも、ウィンスには分かった気がした。


『いってらっしゃい』


と、言っていると。そして、セフィーは最後に微笑んだ。

 優しくウィンスを包み込むように。



 風牙の村の出入口に居るフォン、ティル、ルナ、カイン、ワノールの五人は、ウィンスの事を待っていた。目の前には族長やら村の人やら大勢集まり、盛大に旅立ちの門出を送っている。物静かにしているルナは、まだ疲れが残っているのか、口を右手で覆いながら欠伸をしていた。そんなルナを気遣って、カインが声を掛ける。


「大丈夫? まだ、眠いならまた村に止まったほうが――」

「大丈夫です。そろそろ、ミーファの事が心配ですから」

「そう……。なら、いいんだけど、あんまり無理するのはよくないと思うよ」


 心配そうな表情を浮かべるカインに、ルナは落ち着いた様に言う。


「私は、フォンさんとは違いますから、無茶な事はしません。ですから、心配しないでください」


 ルナにそう言われ、カインは小さく「うん」と答えた。

 四人と少し離れた岩の上に腰を下ろしていたワノールは、腕を組みながらイライラと苛立ち始めていた。と、そこにゆったりとした足取りでティルが来る。ワノール同様、少し苛立ちの見えるティルは、岩の上に座るワノールを見て口を開く。


「相当、苛立っているな」

「当たり前だ。もう、何時間待ってると思っているんだ。それに、あんな十四のガキを連れて行くなど、俺は反対だ」

「まぁ、俺もお前の意見に賛成だが、フォンが連れて行く気満々だからな」


 呆れた様にそう言うティルは首を左右に振った。そして、ワノールは大きなため息を吐いた。

 族長の長話に付き合うフォンは、その視界にウィンスの姿が映った。もう、長話を聞かなくて済むと、フォンの表情はパッと明るくなり大きく右手を振った。そのフォンの姿を見たウィンスも右手を大きく振りながら叫んだ。


「ごめん。少し遅れた!」

「少しじゃないぞ! 大分遅れてるぞ!」


 長話を聞かされていたフォンは、鼻息を荒げながら言う。相当その長話が辛かったのだろう。ウィンスが族長の前に着地すると、族長は「もう来たのか」と、残念そうに呟いた。そんな族長に、深々と頭を下げたウィンスは、静かに口を開く。村の人たちはそんなウィンスの姿に目を丸くしていた。


「今まで、ありがとうございました。俺、村のために何もしてやれなかったけど、この方達と旅をしてこの村を守れるほど強くなって帰ってきます。姉さんの事をよろしくお願いします」

「何を言っておる。お前もセフィーもわしの可愛い孫ではないか。それに、お前は村のために沢山戦ってくれたではないか。お前の様な強い風を操る力を持った者はそうは居ない。この村の誇りじゃ。盛大に見送ってやるぞ」

「ありがとう。じいちゃん」


 そう言ってウィンスが顔を上げると、族長は右手を差し出した。その手には、黄緑色に輝く風魔の玉が握られている。ウィンスも族長も黙ったまま言葉を交わさずにいると、ウィンスの背後でフォンの声が響いた。


「ウィンス! もう、行くぞ」


 その声に、ウィンスは上半身を捻りフォンに向って叫んだ。


「分かった。すぐ行くよ」


 そんなウィンスに向って、族長は静かに口を開く。


「これは、お前が持っておれ。村にあっても何の役にも立たぬものだ。お前が持っている方が、それも喜ぶじゃろうからのぅ」

「でも、村の秘宝だろ?」

「ワシ等の村の宝は次期族長であるお主じゃ。こんな玉など秘宝でもなんでもないさ」

「じいちゃん――」


 ウィンスは右手で風魔の玉を受け取った。そして、もう一度深々とお辞儀をして、背を向け走り出した。村の者達は静かにウィンスに手を振り、風が優しく村の中を吹き抜けた。そして、木々もウィンスの旅路を見送る様に激しく枝を振り、葉を擦り合わせた。

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