第77回 壊滅
未だ、復旧出来ぬ都市ディバスター。
瓦礫と化した建物。
今にも崩れそうな高層ビル。
まだ血の臭いのとれない街道。
何もかもが、あの悲劇の後のままで、何にも変わっていない。
静まり返ったその場所は、虚しく風が吹くだけで、他には何の音も聞こえなかった。まるで人が居ないように静まり返ったその町の中心には、大きな城だけが立っており、そこから微かに音が聞こえる。
悲鳴や叫び声、鳴き声。様々な声が混ざり合い、そしてそれは呻き声に変わり、聞こえなくなる。時折雄叫びと威勢の言い声も聞こえるが、それもまた呻き声に変わり、消えてゆく。
そんな城の前には、多くの兵士が血まみれで倒れている。体は冷えて血だけがドクドクと傷口から流れ、もう動かない。
首を撥ねられた者。
腕を切り裂かれた者。
挙句に頭を潰された者。
無残な形で兵士達は横たわり、大量の血だけが混ざり合い、城の周りを真っ赤な血が張り巡らされている。
そして、城内にも、大勢の兵士が動かなくなっていた。
壁に剣で串刺しに去れた者。
頭を柱にぶつけられ頭蓋骨を砕かれた者。
体を真っ二つに引き裂かれた者。
天井に糸の様な物で吊るされている者。
悲惨なその光景は見るも堪えない。壁は深紅に染まり、床にもベッタリ血が広がり、何処も彼処も血で染まっている。そして、所々には糸の様な物が張っていた。
そんな城内に響く二つの足音は、静かにゆっくりとした足取りで奥へと進んでゆく。カツカツと一定のリズムを保ち、進む足音は大きな扉の前で足を止める。ギィィィィッと軋む扉が開かれ、大きく広々とした部屋が視界に広がる。そして、大勢の兵士達の姿も。
部屋に集まる大勢の兵士は剣、槍、銃器。様々な武器を構えていた。部屋に入った二人組みは、そんな兵士達を見ながら笑った。その瞬間、銃器を持った兵士達が一斉に二人組みに発砲する。銃声が響き渡り、銃弾が二人組みを襲う。爆音が轟き、大きな音を立て扉と二人組みの居た場所の床が崩れ落ちた。土煙が舞い上がり二人の生死は確認できないが、あれだけの銃弾を受けて生きている者など、居るわけが無いと皆が思った瞬間だった。
土煙の中で何かが閃光を放ち、一番手前にいた兵士の体が臙脂の血飛沫を上げながら、体が上下と真っ二つにされる。銃器を持った兵士達が驚き、銃器を構えた刹那、今度は細く煌く糸状の物が土煙から飛び出し、銃器を持った兵士達の動きを拘束する。
「な、何だこれは!」
「か、体が!」
兵士達が悲鳴に近い声を上げると、土煙の中で陰気な笑い声が響く。
「フフフフフッ。残念ね。私に銃器は効かないのよ」
「クッ! 貴様ら、今すぐ奴らを殺せ!」
奥に隠れていた王様、グラトニーが大声で怒鳴る。その声に兵士達は怯えながらも、土煙に向って突き進む。だが、土煙が消え視界が良好になるが、その場にあの二人組みの姿は無かった。驚く兵士達が辺りを見回していると、背後で背筋の凍る様なおぞましい声が、
「人間如きが、俺を殺せると思うな」
兵士達は振り返る事が出来なかった。振り返る前に既に首が切り落とされていたからだ。だから、悲鳴を上げる事も出来なかった。
刀身が太く大きな鍔の無い大剣の刃には、兵士達の血が付着しており、それが刃先から点々と滴れる。それを持つ男は、蒼い髪をしており、その蒼い髪の所々に赤い血が付いていた。鋭い切れ目でその瞳はとても冷たい冷酷な眼差し。その目はまるで人を切るのを楽しんでいるようだった。
「これだ。この感触が、たまらないんだ」
未だ手に残る兵士を切った感触に、不適に笑みを浮かべる男の横で、陰気な雰囲気をか持ち出す国王グラトニーを見ながら言う。
「フフフッ。良いわね。あの恐怖に歪んだ表情が」
薄気味悪く笑うその女は、漆黒の長い前髪で顔の左半分隠れているため、更に気味悪く見える。そして、淡い赤色の瞳で部屋の中を少々見渡す。そんな女の姿に、蒼い髪の男が言う。
「エリオース。あいつは、俺の獲物だ。手は出すな」
「良いわよ。リオルドの好きにしなさい。私、ああ言う不細工は駄目なのよ」
「ヒィーッ! や、止めてくれ! な、何が望みなんだ!」
二人の会話に溜まらずグラトニーは叫ぶ。そして、リオルドと呼ばれた蒼髪の男が鍔の無い大剣を振りかぶり、グラトニーへと直進する。その瞬間、部屋の脇のドアが開かれ、大柄の筋肉質の男と、少々細い体の男が飛び出し、剣でリオルドに飛び掛る。大柄の筋肉質の男の剣がリオルドの右肩を斬り、細い体の男の剣がリオルドの左脇腹を斬る。すぐさま後方に飛び退き、掠り傷で済んだリオルドは、服に染み出る自分の血を見て表情が更に恐ろしく変わる。
「隠れて不意打ちとは、姑息なマネをしやがって!」
「もう一度行くぞ! クラウス」
「はい! ザンゲン隊長!」
クラウスと呼ばれた細い体の男は剣を構え直す。そして、ザンゲンと呼ばれた大柄の筋肉質の男も剣を構えなおした。
怒りを露にしているリオルドの背後で、薄気味悪く笑うエリオースがザンゲンとクラウスの二人に忠告する。
「あなた達、自分達のした事を後悔なさい。跡形も無く消え去るんだから」
「グオオオオオッ!」
その言葉の後、リオルドの雄叫びが城内に響き渡った。そして、眩い蒼い光が城内の窓と言う窓を衝き抜けた。城内で何が起こったかは、分からないが光が収まった後、すぐに悲鳴が聞こえた。ザンゲン、クラウス、グラトニー、三人の悲鳴が。
だが、彼ら三人の死体は城内に残されておらず、その部屋の壁には何か鋭利な物で切られた後が無数あった。
「あら。まだ、怒りが治まらないの?」
随分と時間が経ち、腐敗した兵士達の死体の臭いが漂う城内にエリオースの声が響く。ガッガッ、と壁を大剣で切り裂く音を響かせるリオルドは、未だ怒りの冷め遣らぬ様子で、眉間にシワを寄せ怖い顔でエリオースを睨み付ける。
「黙れ! お前も消されたいのか!」
「怖い怖い。全く持って怖いわ」
「くそが! 人間如きが!」
壁は崩れ破片が落ちるが、それが落ちる前にリオルドの振るう剣の刃がそれを木っ端微塵に砕く。
その後も、壁を破壊するリオルドは、城内の壁と言う壁を破壊しようやく気が済んだのか、エリオースの居る部屋に戻ってきた。天井が高く美しいシャンデリアのあるその部屋の天井に、糸で張り付くエリオースは部屋に入ってきたリオルドに叫ぶ。
「もう、気は済んだかしら?」
陰気で不気味な声のエリオースに、リオルドが天井に顔を向け目付きを鋭くして答える。
「あの程度で怒りが治まるか。俺はこの付近の町を全て破壊して来る」
「ゼロの指示は国王抹殺。命令に逆らって言いのかしら?」
「ゼロ? 第一席に座っているから何だというんだ? 俺には関係ないさ」
「まぁ、あなたがそう言うなら私は止めないわ。行ってらっしゃい」
エリオースがそう言うと、リオルドは静かにその部屋を後にした。部屋にはリオルドの足音だけが響き、それは次第に聞こえなくなっていった。