第76回 トップスリー
静かな風牙の村では、作業を中断しているせいか、辺りには木々のザワメク音と小川の流れる音しか聞こえない。
そんな中、ミイラの様に包帯を巻かれたフォンは、その包帯をどうにかこうにか引っぺがそうと、色々と試みるが全てが失敗に終っていた。ティル、カイン、ウィンスの三人はそんなフォンの姿を面白がってみているが、本人は真剣そのものだった。
「ガウウウッ! 誰が、こんなに頑丈に巻いたんだ! お昼ご飯が食えないだろ!」
そう、フォンが必死になっているのは、お昼ご飯のためだった。完全に口の方まで包帯で塞がれているため、フォンはご飯を食べる事が出来ないのだ。それを尻目に食事を進める三人は、既に食べ終わろうとしていた。
その時、三人の背後の叢からガサガサと音がなる。ティルは天翔姫に手を掛け、カインは青空天に手を伸ばし、ウィンスは刀に手を添えた。淡々と草を踏みしめる足音は近付き、叢から黒髪に葉を何枚か巻きつけながらワノールが現れた。甚く驚いた様子のカインは、
「ワノールさん!」
と、大きな声で言った。天翔姫から手を引き、すぐに腰を据えたティルは再び食事を食べ始めた。ウィンスもカインの知り合いかと、刀を地面に置き食事を続ける。少々落ち込み気味に見えるワノールの表情に、カインは心配そうな表情を見せ、小さな声で訊く。
「何かあったんですか? 何だか少し元気が無い様に見えますが」
「いや。特に、何かあったわけではない。まだ、己の力が未熟だと知っただけだ」
「ワノールさんは、今でも十分強いと僕は思いますよ。それより、その手に持ってる水晶は何なんですか? 勝手に拾ってきて大丈夫なんですか?」
ワノールが右手に持つ黄緑色の水晶を指差すカインに、ふとウィンスが顔を上げた。そして、水晶を見ると悲鳴に似た声を上げた。
「そ、それ、風魔の玉だ! あんた、何で祭壇から盗って来てるんだよ! それは、風の守り神なんだぞ!」
「そんな事、俺が知るか。それに、大切なものならもっと安全あ場所に保管するんだな」
相変わらずの刺々しい口調でワノールはそう言い、ウィンスに風魔の玉を軽く投げ渡す。慌てながらもそれを何とかキャッチしたウィンスは、ホッと息を吐き風魔の玉を大事にしまった。
薄暗く静けさ漂う室内。相変わらず窓から日差しは入ってこず、黴臭い臭いがその室内に漂っている。
縦長のテーブルの先の豪華なイスには、うたた寝をする男が居た。誰も居ない静かなこの場所は、とても心地よい眠りにつける。だが、少しばかりかびの臭いが気にかかっていた。ふと、目を覚ます男は、廊下から響くゆったりとした足音に耳を済ませる。足音は丁度この部屋の入り口で止まり、戸がギィィィィッと軋みながら開いた。
「起きているか? ゼロ」
「丁度今、起きた所だよ。ヴォルガ」
ニコヤカに笑みを送るゼロと呼ばれた男は、足を組むと眠そうに欠伸をする。まだ、眠り足りないのだろう。靴の踵で床を叩きながらヴォルガは縦長のテーブルの前まで来ると、徐に近くにあったイスに腰掛けた。少々不思議そうな顔をするゼロは、真っ直ぐにヴォルガを見据え口を開く。
「で、何しに来たの? 今日は招集をかけた覚えもないし、君が用も無くここに来る事も無いだろうからね」
「まぁ、ちょっとした野暮用と言った所だ。いつまでも、刃の砕けた槍を背負ってる訳にもいかんのでな」
「それじゃあ、ロイバーンは地下に戻ってるの?」
「ああ。今し方連れ戻した所だ」
落ち着いた口調でそう言うヴォルガは、背もたれに身を任せゼロを見据える。薄暗いため、顔ははっきりとは見えていないが、ゼロが笑っているのは分かった。それは、永年の間のせいだろう。
「何か面白い事でもあったのか?」
「どうしてそう思うのかな?」
「笑っているではないか。何も無いのに笑うのか?」
「そうだね。特に面白い事は無いけど、計画が着実に進んでいるって事が良い事かな?」
「だが、あの二人で大丈夫なのか?」
不満そうにヴォルガがそう聞くが、ゼロはいたって落ち着いた様子で言う。
「大丈夫だよ。仮にも魔獣達を率いる十二魔獣の第五席と第七席だよ? 大丈夫に決まってるじゃない」
「俺が心配しているのはリオルドの事だ。あいつは一匹狼。エリオースもきられるかも知れんぞ」
「心配し過ぎだよヴォルガは。何なら、観察してきてよ。槍が直るまで暇でしょ?」
笑顔でそう言うゼロ。顔は見えないが、その笑顔の裏に隠された圧力にヴォルガは従わざる終えなかった。
その為、暫し考えるフリをして、落ち着いた様子で返事をした。
「暇と言えば、暇だが……」
「何か気になる事でも?」
「ディクシーの捕らえ損ねた時見の姫の事何だが」
聊か不満そうな表情を見せるヴォルガは、薄らとしか見えないゼロの顔をマジマジと見る。相変わらずのゼロは、頬杖をしたまま黙り込む。静寂だけが辺りを包み込み、またギィィィィッと軋みながらドアが開かれた。廊下の光が部屋に差込、奥に居るゼロの表情が映し出される。優しげな面持ちのゼロの顔は楽しげに微笑んでいた。
ドアはすぐ閉じられ、室内はまた暗がりに戻る。カツカツと薄暗い中に足音が響き、それがヴォルガの横で止まった。
「珍しいね。こうしてトップスリーだけが集まるって」
明るく幼い声に、暗がりに映る小さな影。それが、すぐにフォルトである事は、見なくてもヴォルガは分かった。そして、イスから立ち上がりフォルトにイスに座る様に促す。だが、フォルトは、
「格は上でも、ヴォルガは僕よりも年上だろ? 気使う事無いよ。それに、今の力で言えば、ヴォルガの方が第二席に座る値があるんだから」
と、言う。すると、ヴォルガは首を左右に振りながら答える。
「何を言う。俺などお前の足元にも及ばんさ。まぁ、ここは俺が年寄りと言う事で、イスは譲ってもらうとしよう」
「そうしてもらえるとありがたいよ。それより、何の話をしてたの? 僕も混ぜて欲しいな」
楽しそうにフォルトはそう言い、ゼロとヴォルガの顔を交互に見る。この部屋の薄暗さを晴らすくらい明るいフォルトに、ゼロも暫し苦笑いを浮かべる。そんな事とは知らず、フォルトはニコニコと微笑んでおり、ヴォルガも半ば呆れ気味だった。そんな二人を急かす様にフォルトは口を開く。
「ネェネェ。何の話さ。教えてよ」
「まだまだ子供だなフォルト」
「そうだね。フォルトは、まだ少し子供っぽいかな?」
「何だよ! ヴォルガもゼロも、こう見えても十六だよ。僕は」
唇を尖らせながらそう言うフォルトを見て、ゼロもヴォルガも面白がっていた。
その後、膨れっ面のフォルトは、押し黙り腕を組んだまま窓の傍に座り込んでいた。ゼロとヴォルガに遊ばれ結局話しに混ぜてもらえなかったからだ。窓の外を見据えるフォルトを尻目に、ゼロとヴォルガが会話を再開する。もちろん、その会話はフォルトにも聞こえる。
「それで、ディクシーは時見の姫の居場所を見つけたのか?」
「どうだろうね。あんまり俺に情報を流さないから。フォルトは何か聞いていないかい?」
ゼロにそう聞かれ、会話に参加していいんだと気付いたフォルトは、表情が一転しにこやかに微笑み子供の様にはしゃぎながら言う。
「僕も、参加していいの。やった。でも、残念だけど、僕もディクシーとはあんまり親しくないから……」
「そうか。それじゃあ、しょうがないよね」
「ごめん。力に慣れなくて」
「いいよ。別に当てにしてなかったから」
「エッ! 何だよそれ! 僕の事信用してないの!」
「信用はしてるけど、ディクシーと仲良くないの知ってるから」
微笑むゼロに、フォルトは不満そうにもう一度唇を尖らせた。暫し、ゼロとフォルトのやり取りを窺っていたヴォルガは、その光景が面白くてしょうがなかった。そんなヴォルガを尻目に、ゼロとフォルトのやり取りは続いた。