第70回 風
薄暗い村の入り口付近で、エリスの事を考えるティルは森の妙なザワメキに、ふと我に返る。風で揺られ擦れ合う木々の音ではなく、意図的に誰かが木の枝を揺らしておきる擦れる音。それは、誰かが森へと入っていったという事を表していた。だが、ティルはすぐにある言葉を思い出し、それを追う事はしなかった。それどころか、宿に向って足を進めだした。木の根によって破損されたその道は少しばかり歩き辛いが、ティルはそれを気にせずのんびりと歩みを進める。と、そこに、黒髪を揺らしながらセフィーが走ってきた。非常に慌ただしいそのセフィーの姿を見たティルだが、全く気付かないフリをしてその場を去ろうとした。そんなティルに、セフィーが気付き今にも泣きそうな声で言う。
「た、助け――」
「悪いが、俺達はこの村をもうでる。足早に立ち去れと言われたのでな。まぁ、ひ弱な俺達など何の役にも立たんのだろうがな」
全くセフィーの言葉に耳を貸さないティルは、そう言ってセフィーの横を通り過ぎる。セフィーは振り返り、立ち去るティルに向って泣きながら言う。
「お願いします……。助けてください!」
「さっきも言ったが、俺達はこの村を出る。俺も、勝ち目のない戦いはしたくは無いからな」
立ち止まらずティルはセフィーにそう言う。冷たい態度のティルだが、セフィーは諦めず更に言葉を続けた。
「お願いです。ウィンスを……。私の弟を……」
この言葉にティルは足を止めた。その頭の中には一瞬エリスの顔が浮かび、ティルは下唇を噛み締める。もし、自分が同じ立場だったらと、頭の中で色々な考えがぶつかり合い、ティルは一つの答えを見出した。
振り返りセフィーの方を見るティルは、真剣な面持ちで言い放った。
「気が変わった。俺も少し暴れたくなった。その木の化物の居場所は何処だ?」
「こ…この先を真っ直ぐ行けば……」
「俺は、少し暴れてくると、宿にいるフォン達に連絡しておいてくれ。心配するといけないんでな」
「わかりました。ウィンスの事をお願いします」
「さぁな? 俺はただ暴れにいくだけだ」
ティルはそう言うと、森の中へと入っていった。
すぐに宿に向ったセフィーはティルが森に入った事をフォンに伝えた。技の開発中のフォンは、特に表情も変える事なくその話を聞いていた。
「そっか。ティルは暴れに行ったのか」
「その様ですね。どうしましょうか?」
「まぁ、ティルなら心配無いだろうけどさ……。もしもって事があるからさ……」
暫し腕組みをしながら考え込むフォンは、唸り声を上げる。相変わらずのルナは、全てフォンに任せると言った感じで、全く考えるそぶりを見せない。刻々と時間だけが過ぎ行き、辺りに木々のザワメキが時折聞こえる。それは、時折その場に吹き抜ける冷たい風が原因だ。暫し考え込むフォンに不安を募らせるセフィーは口を開く。
「あの……」
「よし、朝食にしよう!」
「朝食ですか。わかりました」
セフィーが言葉を発する前に、フォンがそう言いルナがその言葉に同意し立ち上がった。その言葉に驚きを隠せないセフィーは、どうすればいいかわからずにいる。もちろん、それは冗談ではなく、フォンはルナと一緒にのんびりと朝食を食べ始めた。
それが、信じられないセフィーは少しばかり怒りをあらわにして言う。
「あなた方は心配じゃないのですか! こんなのん気に朝食などと!」
「んっ? 相手が誰か何て、知らないけどさ。ティルなら何とかなるかなって。それに、オイラお腹空くと力でなくてさ。腹が減っては戦は出来ぬなんて、言葉があるでしょ?」
のん気な口ぶりでそう言うフォンに、セフィーはその場に立ち上がり背を向けて、
「もう、いいです。勝手にしてください」
と、言ってその場を後にした。箸を銜えるフォンは、そのセフィーの背中を確りと見据える。これまで、静かに食事をしていたルナは、横目でフォンの事を見た。何かを考え込むフォンのその顔に、ルナは何と言葉を掛けて言いか分からず、結局何も言う事は無かった。
静かに食事を済ませたフォンは、箸をおくとゆっくりと息を吐き立ち上がった。立ち上がったフォンの顔を見上げるルナは、小さな声で呟いた。
「行くんですか?」
だが、その言葉に対して、フォンが返した言葉は意外な言葉だった。
「いや。行かない」
その言葉にルナは何の反応も見せず、「そうですか」と、小さく言っただけだった。
静かで薄暗い森の中を、枝から枝へと駆け巡るウィンスは、ようやく足を止めた。音も無くただ異様な空気の流れるその場所に、ウィンスは近くにあれがいるとすぐに気付く。多少擦れ合う木々の葉が、小さな音をたてるがその音が大きく聞こえる。腰にぶら下げた刀の柄に右手を添えたウィンスは、息を殺しジッと先を見据える。大地をゆっくりと何かの移動する音が微かに聞こえ、妙な声が響いてきた。
「ヌハハハハッ。もうすぐ、もうすぐあれが手に入るぞ。ヌハハハハッ」
その声は濁った様な声で、その笑い声はとても聞くに堪えない笑い声だった。その声の方に顔を向けるウィンスは、ゆっくりと刀を鞘から抜く。鞘と刃がこすれ音をたてるが、その音はウィンスにしか聞こえていなかった。少しばかり重々しいその刀の柄を確りと握り締めるウィンスは、奥から現れた巨大で動く木を目視する。その上には白髪で眼鏡をかけた白衣の男がいた。ウィンスはこの時、こいつが全ての根源であると悟った。
「あいつが、あの植物を!」
下唇を噛み締め、その白衣の男を睨み付けるウィンスは、木の枝を蹴りその白衣の男に向って刃を向ける。向ってくるウィンスに気付く白衣の男は、不適に口元に笑みを浮かべる。その瞬間、地面から木の根が突き上がり、ウィンスの体をなぎ倒した。弾かれた衝撃で、手から離れた刀はウィンスの更に後の地面に突き刺さっていた。その白衣の男を睨み付けるウィンスに白衣の男は言う。
「その衣服からすると、風牙族の者ですね。また、殺されに来たんですか?」
「黙れ! 俺は、お前を殺しに来たんだ」
「私が、お前の様な子供に殺されるわけないでしょ? ヌハハハハッ!」
ウィンスを見下し嘲笑う白衣の男の笑い声は森中に響き渡っていた。そんな白衣の男に怒りをおぼえるウィンスは、すぐさま刀を取りに走る。だが、そのウィンスの前に木の根が立ちはだかり道を遮った。
「おや? どうしたんですか? 相手に背を向けるなんて、恥かしい事ですよ。まぁ、前に来た者も逃げようと試みましたが、私のこのフローリーからは逃げられませんよ」
「ふざけるな! 誰が逃げるか! 俺は命に代えてもお前を殺す! これ以上村は壊させない!」
「ふ…フフフッ……。これ以上村は壊させない? 面白い事を言いますね。なら、守ってみてください。あなたの大事な村とやらを」
「――!」
白衣の男の言葉に、ウィンスはハッとした。フローリーと呼ばれた木は、地面に張り巡らせる根を土を抉るように村に向って走らせたのだ。それを止めようとしたウィンスだが、すでに止める事は不可能だった。
ガックリとうな垂れるウィンスは、地面に両膝を付きうつむいたまま動かなくなっていた。白衣の男はそんなウィンスの姿を見て笑い出す。
「ヌハハハハッ。 どうした? 村を守ってみろ。所詮、お前達種族も人間と何も変わらぬ。何も出来ぬ種族なのだ! ヌハハハハッ」
「だ…黙れ! 黙れ! 黙れ!」
声を徐々に大きくしていくウィンスは、走り地面に刺さる刀を抜くと白衣の男を真っ直ぐに睨み付けた。そんな事全く気にしない白衣の男は、濁った声で笑い続ける。静かに吹き抜ける風が、落ち葉を舞い上がらせ、ウィンスの周りに渦巻き始める。衣服の裾が風でバタつき、ウィンスの首の飾りが激しく暴れる。風はウィンスの怒りに共鳴するかの様に、徐々に強まり辺り一体の木々の葉を激しく煽る。
そのウィンスの体を取り巻く風に興味を示す白衣の男は、風で飛ばされそうになる眼鏡を右手で押さえながら真っ直ぐウィンスを見据える。フローリーもその葉を激しく揺らし、大きく煽られている。
「ヌハ…ヌハハハハッ。これが、風牙族の力か。こんなにも大量の風を自由に操る事が出来るとは、私の次の実験テーマに相応しい」
「風は刃の如く鋭く、その刃は岩をも切り裂く!」
白衣の男には聞こえないほどの小さな声でそう呟いたウィンスは、右手に持った刀を軽く振る。すると、風が鋭い刃の如くフローリーに向って打ち放たれた。何をされたかも知らない白衣の男はウィンスを馬鹿にする様に笑い言い放つ。
「そんな所で、そんなものを振るっても、私には傷一つつかんぞ!」
「刃は音も無く触れたものを切り裂き、その者は自分が切られた事も知らずに死に逝く」
ウィンスがもう一度刀を振るう。風の刃はもう一度フローリーに向って打ち放たれた。何事も無かったかの様にフローリーはしていたが、すぐに異変が起きた。
フローリーの体は鋭利な刃物で切り裂かれた様な痕を残し崩れ落ちた。その体の崩れ落ちる音が聞こえて初めて、白衣の男はフローリーが斬られた事に気付いた。聊か驚いた様子の白衣の男は、崩れたフローリーの姿に悲しむ様な態度を見せる。
「私の愛しいフローリーを――……。な〜んて。ヌハハハハッ。こんなもん、また作ればいいさ。今は、最高の実験材料をいかに傷つけずに持ち帰るかだ」
白衣の男はそう言い、眼鏡を右手で上げると、真っ直ぐにウィンスを見た。その口元には不適な笑みが浮かんでおり、頭の中には様々な考えが集まっていた。
早くも、クロスワールドは70回に突入しました。
とても長いですね。未だに、初期設定で考えられたキャラクターが出ていない中、アドリブで出来たキャラばかりが登場しております。
それに、四大陸といってますが未だ、一つの大陸に止まったままで、物語も全く進んでおりません。このままでは、終わりが全く見えませんね。書いている本人は楽しんでいるのですが、ここまで膨れ上がると携帯で読む人は大変ですよね色々と。
ちゃんと読み手の事を考えて書かなくてはと、反省しております。
感想やアドバイスなどありましたら、メッセージの方で送っていただけると嬉しいです。