第7回 トカゲの化物
一本道を歩くフォンはパンを銜えていた。これが、最後のパンとなるため、フォンはゆっくり味をかみ締めている。しかし、あの村を出て数日経つが、次の町が見えてくる様子も無ければ、近くに人の気配すら感じない。
一本道は木々に囲まれ少しばかり狭く感じるが、実際は結構な道幅がある。道は小さな窪みが沢山あり、馬車が走るには不便な道だ。青々と生い茂る木の葉が、風に煽られ枝から離れ宙を舞う。
「う〜ん。もう春なんだな。冬よりは暖かくなったなぁ〜」
のん気に独り言を言いながら楽しげに一本道を歩く。地図も無く何処に行けば町に着くかなんて、フォンには分からない。その為、分かれ道に来た時は大抵、今の自分の気分でその道を決めていた。そして、今回も……。
「分かれ道か……。今回はどっちに行くかな」
右の道と左の道を交互に見る。右の道は広原に線を引くように緩やかに伸び、左の道は更に木々が多いい密林に伸びる細い道。腕を組み悩むフォンは、「う〜ん」と唸り声を上げる。調子の良い日や気分が乗っている時は、すぐにどの道を行くか決めるのだが、今日は結構な時間悩んでいた。
「安全そうなのは右の道だけど……。実はそう見せかけて左の道が安全とか……。いや、やっぱり右の道が――」
ブツブツ言いながら悩みまくるフォン。そうこうしている内に、日は沈み辺りは暗くなり風も冷たくなっていた。この寒さを凌ごうとフォンは木の側に腰を下ろし、膝を立てて背中を丸めた。
「ウウッ……。さみぃ〜よ〜。焚き火が欲しいよ」
寒さに耐えながらフォンは小さな声でそう呟く。遠くで響く不気味な遠吠えが、木々の隙間から聞こえてくる。魔獣の遠吠えなのか、ただの獣の遠吠えなのか分からないため、フォンはいつでも動ける様な体勢で木に凭れる。
草を踏む足音がフォンの方に向って来る。血の生臭い臭いが風に乗りフォンの鼻に届く。本の微かな血の臭いだが、それは人間の血の臭いだ。
「魔獣か獣か……。どちらにしても、あんまりいい気はしないな」
ため息を吐くと背負っていた鞄を下ろして立ち上がる。すると、茂みから二本足歩行のトカゲの様な化物が現われた。鋭い爪が三本手からはえ、鋭い牙は無いものの二本の鋭い角が頭から生えている。
「不味いな……。このタイプは、瞬発力があるんだよな……」
「シュゥゥゥ」
「しかも、変な鳴き声だし」
呆れてため息を吐くフォンに、一瞬にしてトカゲの化物が間合いを詰め、右腕を振り抜く。鋭い爪が風を切りながらフォンに襲い掛かる。フォンはとっさにしゃがみ爪をかわした。その瞬間、フォンの背後の木が大きな音を起てて倒れる。
「イッ!? あと少し遅かったら細切れにされてたぞ……」
「シュゥゥゥ」
トカゲの化物の目がフォンの事を見下ろすと、左腕を振り上げる。振り上げた左腕が振り下ろされる前に、フォンはトカゲの化物の足を払おうとするが、トカゲの化物はその瞬発力でフォンのと間合いを一気に遠退く。
「チッ、何ちゅう瞬発力なんだ……」
「シュゥゥゥ」
「ムカつく鳴き声。っていうか、戦いって好きじゃないんだよね。なるべく話し合いで解決したいんけど、魔獣って話しても言葉分からないからな」
頭を掻きながらトカゲの化物を見るフォン。口から何度も長い舌を出し入れするトカゲの化物はフォンを睨んだまま動かない。その瞬発力に余程の自信があるのだろう、トカゲの化物は余裕の表情をしている様だ。
「何か、オイラ馬鹿にされてる気がしてきた」
「シュゥゥゥ」
「何がシュゥゥゥだよ。人を馬鹿にしやがって! 大体、大した瞬発力じゃないのに、なんだよその余裕は! オイラだって、本気だしたらその位出来るんだぞ!」
怒りの篭った声でフォンは怒鳴り散らすが、トカゲの化物に言葉が通じている訳も無く、「シュゥゥゥ」っと言う鳴き声だけが返って来る。そして、ついにフォンが着ている厚手のコートを脱ぎ捨てた。