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第69回 特訓 思い 決意

 風牙族の村に一つしかない宿にフォン達は一泊した。

 部屋は相変わらず、薄暗く少々ジメジメとしているが、意外と綺麗な部屋だった。ベッドなどなく、畳のその部屋には布団が三つ折にして角においてあり、寝る際はそれを敷いて寝ると言う事だった。それに対し、ティルは「こんな堅い畳で眠れるか」と、不満を漏らしていたが、フォンの方は全く気にはしておらず、物凄く楽しそうだった。

 大きな窓の外には、綺麗とは言い難い小さな池と、これまた綺麗とは言い難い珍しい木が堂々と立ち尽くす。裏手には温泉もあるらしく、フォンは初めての温泉に興奮し、何度も温泉に行き来していた。二人とは別部屋のルナは、窓から見える風景をジッと観察つていた。


 翌朝、フォンが目覚めると、ティルの姿は無く布団も敷かれた形跡が無かった。きっと寝心地が悪かったのだろう。乱れた茶色の髪を右手で更にかき乱し、欠伸をしながらフォンは立ち上がった。


「う〜っ。眠い……。と、言うか……寒い」


 大きく開かれた窓から流れ込む冷たい風に、フォンは身を震わせた。この村の朝は、他の村や町に比べ、気温が低くとても寒い。それも、日の光が木に遮断されているのが原因だ。暫しボーッとしていたフォンは、窓を閉めふと温泉の事を思い出し、上機嫌で足早に温泉に向った。


「うう〜っ。いいなぁ〜。温泉……」


 人気の無い温泉に浸かるフォンは肩まで確り浸かり、嬉しそうに微笑む。その暖かさに、ウトウトとするフォンに、女湯の方から声が響いた。


「温泉で寝ないでくださいね。フォンさん。風邪引きます」

「う……。その声は、ルナか……。危うく寝る所だった……」

「フォンさんは、何処でも寝てしまいますから気をつけてください」

「う、うん。き、気をつけるよ……」


 暫しボーッとしていたフォンはこのままでは、寝てしまうと思いすぐさま温泉を出た。

 そして、裏手のこれまた人気の無い森の近くで軽い運動をしていた。体を解す程度に準備運動をするフォンは、木々のザワメキに耳を傾けていた。ある程度準備運動を済ませたフォンは、吹き抜ける冷たい風を肌に感じながら、ゆっくりと口から息を吐き、その黄色の瞳で正面の大木を見据える。両手を脇腹の位置に構え、軽く握り拳を作り右足を引き、左腕を軽く前に出す。

 フォンは力強く地を蹴った。確実にコケの無い方に足を進めるフォンは、真っ直ぐに正面の大木に向って行き、右拳を突き出す。その瞬間、激しい衝撃が辺り一面を走り、木々が更に騒ぎ立てる。その衝撃で起った風に煽れて、木の葉が無数地上に降り注ぎ、宿もその風に少し軋んだ。しかし、目の前の大木には傷は無くフォンの右拳は大木の前で寸止めされていた。

 それを、背後で観察していたルナがフォンに声を掛けた。


「何をしてるんですか?」

「エッ! も、もしかして、見てたのか!」


 驚いた様子のフォンは、慌てて振り返り早口でそう言う。一部始終を見ていたルナはコクリと頷き、フォンの事を見つめる。呆れた様にため息を吐いたフォンは、重い足取りでルナの方に歩み寄り落ち込んだような声で言う。


「いるなら、いるで言ってくれよ……。一人で新たな技の研究中だったんだからさ」

「新たな技ですか?」


 怪訝そうにそう訊くルナに、苦笑しながらフォンが言う。


「オイラ、戦うの好きじゃないけど、大切なものは守りたい。でも、ここの所魔獣達も強くなってさ、今のオイラって何一つ守れてないんだよ。ディバスターでも、仲間を傷つけただけだったし、あの荒野の村でもオイラは魔獣に手も足も出なかった。だからさ、もっと体を鍛えて大切なものを守れる様になりたいんだ。そんで、今は新たな技の研究中なんだ」


 話の途中、少し悲しい表情を見せたフォンだが、最後は笑顔でルナの事を見ていた。ルナの方は相変わらずの無表情だが、言葉はとても優しかった。


「そうですか。それなら、私もフォンさんに協力します」

「いいって。人に見られるの恥かしいし、集中できないよ。とりあえず、何かあったら呼ぶから、気にしないでよ」

「わかりました。それでは、怪我などには気をつけてください」

「おう。あっ、それから、この事はオイラとルナだけの秘密だ。誰にも言うんじゃないぞ」

「わかってます。誰にも言いません」


 ルナはそういい一礼してその場を後にした。口の堅いルナなら安心だと、フォンは先ほどの続きを開始した。



 木の根にボロボロにされた道を一人歩くティルは、破損した家を建て直す人々を何度も見ていた。少ない人口のこの村の人々は皆協力しているんだと、暫し感心するティルは村の入り口の岩場に腰を据えた。聞こえて来る風の音と人々の声に、ティルは暫し和やかな表情を見せている。

 そんなティルはこの村の風景を見ながらふと、エリスの事を思い出していた。


 今何をしているだろうか?

 もし俺と兄弟だと知ったらどうするだろうか?

 きっと、驚くんだろうな。でも、記憶失ってるんだよな。

 とりあえず、事が落ち着いたらエリスの記憶を取り戻す旅に出よう。

 それで、いつか一緒に――。


 密かにそう願うティルは、知らぬ間に笑みを浮かべていた。



 暗がりの室内。

 風牙族の民族衣装に身を包んだ小柄な体格のウィンスは、部屋の真ん中で座禅を組み静かに精神を沈めている。耳に聞こえてくる木々のザワメキと風の吹き抜ける音。部屋の蝋燭の火がその風で吹き消され、ポッと小さな音をたてる。瞼をゆっくりと開いたウィンスは、床に置いた緑のバンダナを額に巻き立ち上がると、台座に置かれた刀を手に取った。まだ十四のウィンスには、少しばかり重々しいその刀を確りと両手で持ち腰に下げた。少しばかり体が重く感じられるが、ウィンスはこの程度なら大丈夫だと、思い部屋のドアに向って歩き出す。

 その時、部屋の奥の扉が開きセフィーが部屋に入ってきた。驚き振り返ったウィンスとセフィーは完全に視線がぶつかる。急ぎその場を後にしようと走り出したウィンスに、セフィーは後を追いかけようとした。だが、その腰ぶら下がる刀に動きが止まる。


「ま、待ちなさい! ウィンス! あなた、まさか!」

「ごめん。俺、やっぱり待てないよ。この村やこの村の人たちをこれ以上傷つけたくないんだ! それに、あいつは――」


 セフィーの方に体を向けウィンスはそう言う。静かで暗がりの室内を微かに吹き抜ける風がセフィーの前髪を揺らし、ウィンスの着ている民族衣装の裾をバタつかせる。悲しげな瞳のセフィーは一歩一歩とウィンスに近付く。ジッと動かないウィンスはそんなセフィーの事を見据え、静かに口を開く。


「俺、今まで皆には迷惑掛けてきた。だから、今度は俺が村のために命を張る。あいつが、出来なかった事を俺が!」

「ま、待ちなさい! ウィンス!」


 そのセフィーの言葉をウィンスは最後まで聞かなかった。聞いても自分の気持ちはすでに決まっていたからだ。足の裏に集めた風の力を利用し、ウィンスは木々の枝を跳び渡り森を走り出した。


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