第68回 悲しき瞳と優しい思い
今回も外に比べ薄暗い室内に案内された一行。
相変わらず、部屋のいたる所に蝋燭が立てられており、明るくしているつもりなのだろうが、全て壁際に立てられているため中心部は全く持って暗かった。ニコニコと笑みを浮かべるフォンは、時折揺れる蝋燭の火を見つめながら楽しそうにしている。
一方のティルはその鋭い眼光で部屋の隅々まで見回し、結界が張られていないかと確認していた。だが、結界の張られている形跡は無く外の音もまともに聞こえてきており、ティルは少しばかり安心していた。
ルナは相変わらず、無表情で壁に掛けられている掛け軸をジッと見据え、何も言わず黙り込んでいる。
そんな三人の傍らに座るウィンスは、全くバラバラの行動の三人に不安を募らせていた。
暫くして、一人の老人が部屋に入ってきた。相当歳なのか、杖無しでは歩けない程の足取りで、髪も髭も真っ白だった。その真っ白な髪と髭は、薄暗い室内ではとても目立ち、何処にいるのかはっきり分かるほどだった。
「おおっ。お主達こそ、我等の探し求めていた戦士達じゃ」
「族長! 彼等はフォンに、ティルに、ルナ。まるっきし名前が違う」
「何を言う。あっておるではないか。獣人のガリア殿に、人間のバリー殿に、癒天族のメリーナ殿じゃろ?」
「違う。全然違う。誰一人として一文字も一致してないだろ」
ウィンスが素早くそう言う。ハテ? と、一言言って首を傾げる族長は、巻物を取り出しその中を黙読する。その間、沈黙が辺りを包み、外での復旧活動をしている声が室内に響き渡る。読み始め、随分と時間が経ち、フォンが眠そうに欠伸をした時、ウィンスが何かに気付き族長の方を見る。その行動を暫し見据えるティルとルナは、軽く首を傾げた。
そして、次の瞬間、ウィンスが大声で言う。
「族長! 何寝てるんだ!」
「おおっ。すまんすまん……。こうも、薄暗いとついつい……」
「ついついって、族長はここの生活長いんだから、慣れているだろ!」
「わしも歳かのぅ。フォッフォッフォッ」
「笑い事じゃないよ……」
呆れるウィンスに、ティルは同情した。
暫し、族長の他愛も無い話が続き、ティルもフォンも飽き飽きとしていた。ルナの方は始めから聞く耳を持っておらず、部屋を見回している。ウィンスも流石に手に負えないといった感じで、俯いている。延々と続いた族長の話しが遂に終わり、ウィンスが話を切り出す。
「ようやく終った。それじゃあ、本題に入ろう」
「本題……じゃと?」
「はい。村を襲うあの木の根の事」
「そうじゃったのぅ。それじゃあ、わしが――」
「ここは、ワタクシがお話しましょう」
フォン達三人の背後で女性の声がした。欠伸をしながら振り返ったフォンは、その瞬間に顎を蹴り上げられた。横転するフォンは壁に激しく背中をぶつけた。吹き飛ばされたフォンを見て、天翔姫を手に取り振り返ったティルの右頬に蹴りが入る。床を転げるティルの体を受け止めたウィンスはその女性の方を見て叫ぶ。
「あんた何やってんだ!」
「あんた? 誰に口聞いてるの!」
鋭い跳び蹴りがウィンスの腹部に決まった。腹を抱え体をピクピクさせるウィンスの胸を踏みつける黒髪を綺麗に二つ分けのお下げにした女性は、暫し鋭い目付きでウィンスを睨み付ける。黙ってそれを窺うルナに、その女性が歩み寄り頭を軽く殴った。少々涙を滲ませるルナはその女性を見上げ口を開いた。
「痛いです。なぜ、殴るんですか……」
「あんただけ殴らないと不公平だからよ」
「不公平ですか……」
「って、言うか! いきなり何しやがる!」
立ち上がったフォンが大声で怒鳴る。そのフォンを睨んだその女性は、床を蹴りフォンのお腹に跳び蹴りを見舞う。だが、フォンはその足を受け止め女性を睨み付ける。そのフォンの顔に女性のもう片方の足がお見舞いされた。フォンはまた壁に激突した。
「これで、懲りたでしょ?」
「懲りたって、俺達は何もしていない」
ティルが天翔姫を棍に変えて構えている。そのティルの姿を見て、呆れた様な表情を見せる女性は、素っ気無い口ぶりで言う。
「もう止めましょう。あなた方は弱すぎます。これでは、あの植物に食べられてしまうだけですわ」
「落ち着かんか、セフィー」
「でも、お爺様。こんなひ弱な人達では!」
「だ、誰が……。ひ弱だ……」
額から血を流しながらそう言うフォンに全く説得力は無く、ティルは何だか情けなくなった。
セフィーと呼ばれた女性は長老の横に座り、フォンはルナによって治療を受けていた。そんなフォンを見据えたセフィーはもう一度深いため息を吐き、目の前のティルの方を見る。落ち着いた様子のティルは、いつでも天翔姫を手に取れるようにしており、今にも戦闘を始めそうな勢いだ。
「それじゃあ、あなた方は足早にこの里を出てください。その程度の力で、あの植物に挑んで足手まといになると困るので」
「誰が、足手まと――! 痛い! 痛いって!」
「動くからです」
ルナは相変わらずの口調でそう言い、フォンの動きを押さえつけた。そのフォンの行動に、更に深いため息を付いたセフィーは、馬鹿にするかの目付きでティルを見た。イライラとするティルはこれ以上話す事は無いと、この屋敷を後にした。ルナの治療を受けていたフォンも無理やり立ち上がりティルの後を追い、ルナは長老達にお辞儀をして二人を追った。
デコボコになった道を足早に歩くティルを、駆け足で追いかけるフォンは、岩場のコケに足をとられ滑って転倒した。その後を歩むルナは岩場に倒れるフォンに手を差し出し言う。
「大丈夫ですか?」
「う、うん。大丈夫。ルナこそ、大丈夫だったか? 頭殴られてたけど」
「私は軽くでしたから、フォンさんほどじゃ」
「オイラだって、本気でやったら――」
「見っとも無いですよ。そう言う事言うと」
「だけどさ……」
少々いじけるフォンは、ため息を吐きふと上を見る。空など見えず、木の葉が煌くのだけが見える。息を吐くフォンに、優しくルナが言う。
「フォンさんが強いのは知ってますから、そんな事言わなくてもいいんです。さぁ、ティルさんを見失ってしまいます」
「う〜っ。ありがとう。ルナは優しいいんだな。無表情だけど」
「フォンさん。最後のは余計です」
フォンは頭をルナに軽く叩かれた。
暗がりの室内は、フォン・ティル・ルナがいなくなり静まり返っている。今まで強張った表情をしていたセフィーは、人が変わったかのように優しい顔付きになり、お腹を押さえるウィンスの方を見る。その瞳は悲しげで、その悲しげな瞳の理由を知るウィンスは、暫しかすれ声で問う。
「あれで、いいのか……。彼らとなら、あの化物だって倒せる筈だ。なのに、あれで……」
膝に置いた拳を振るわせるウィンスの両肩に手を着くセフィーは、首を左右に振りながらやはり悲しい瞳のまま答える。
「あれでよかったの。あなたはまだ十四。言っても分からないかもしれないけど、彼等には彼らのやる事がある。ここで、勝てるかも分からない戦いに巻き込む訳には行かないの。それに……。あの化物に殺される人をこれ以上見たくないの。木の根だけなら、何とか応戦できるし、これ以上無関係な人を巻き込むのは――」
「分かってるけど……。このままじゃあ、村の秘宝が……」
「村の秘宝は奪われても取り返すことが出来る。でも、人の命は奪われれば二度と取り戻す事は出来ない。それに、村の秘宝を手に入れたら、あの化物もきっといなくなるわ。それまで待ちましょう」
「わかったよ」
優しいセフィーの言葉にウィンスは素直にそう言った。