第66回 結界の中の三人
意外と広々とした部屋に敷き詰められた畳の上に座る小柄で茶髪のフォンと、大人びた顔立ちで切れ目のティルと、金髪で相変わらず無表情のルナの三人は、暗がりに灯る蝋燭の揺れる火を見据えている。部屋の壁には幾つかの蝋燭が立てられており、室内は外にもまして薄暗い。静かなこの部屋に案内された三人だが、あれから随分と時間がたつが、一向に誰も出てこない。それどころか、誰一人の足音も聞こえず、この部屋だけ隔離された様な雰囲気が漂う。
薄暗く静かなこの部屋にいるためか、フォンは徐々に睡魔に襲われ欠伸をしている。一方のティルとルナは落ち着いた様子で室内を見回していた。部屋の奥には妙な鎧と花瓶が置いてあり、花瓶には枯れた花が活けられていた。
そんな静かな室内に、遂にフォンの寝息が聞こえてくる。始めは我慢していたティルだが、段々その寝息がムカついて来て、フォンをたたき起こし怒鳴り散らす。
「何、寝てるんだ!」
「ンッ? な、何?」
寝ぼけた様子のフォンは、口元の涎を拭き辺りをキョロキョロを見る。そして、窓から見える外の様子にフォンは眠そうに言う。
「何だよ。まだ、夜じゃないか……」
「夜じゃない! ここは日の光が入らないだけだ!」
フォンを起こそうと必死になるティルだが、それも虚しくフォンは深い眠りに落ちた。そんなフォンに嫌気の差すティルは、額を右手で押さえ軽く首を横に振った。
その後も、静かな部屋の中にはフォンの寝息だけが響き時間が過ぎて行く。ティルは次第に苛立ち、ルナは相変わらずと言った感じだ。そんな時、フォンが何かの臭いに目を覚まし体を起き上がらせて言う。
「血の臭い! 外から血の臭いがする!」
「血の臭い? まさか、魔獣か? でも、それにしては静か過ぎる」
フォンの言葉にそう言ったティルは静かに立ち上がり、窓から外を見る。だが、窓の外は相変わらず平凡な人々の様子が窺えた。その様子に何の違和感も感じないティルは、首を捻り静かに振り返りフォンを見据える。しかし、フォンの敏感な嗅覚には微かにだが血の臭いが感じ取れる。険しい表情のフォンに、流石のティルもこれは何かあると感じ天翔姫を細い刃の剣へと変形させた。相変わらずのルナは、暫し黙って窓の外を見ていたが静かに口を開いた。
「どうやら、私達は特殊な結界の中に入れられた様です。外とは完全に隔離され、中には外の音は聞こえないようです」
「何でそんな事をする必要があるんだよ!」
「多分、俺達を巻き込まないためか、俺達を逃がさないためか」
「どちらにしても、余所者は邪魔みたいです」
ルナは落ち着いた様子でそう言うが、フォンはいきり立ち外に飛び出そうと戸に手を掛ける。その瞬間、何かの力にフォンの体は吹き飛ばされ、向かいの壁に背を直撃させた。うなり声を上げるフォンはすぐに立ち上がり、何度も戸を開けようと試みる。だが、その度にフォンは向かいの壁に体を叩きつける。
そんなフォンの姿を見ていたティルは呆れ顔でため息を吐き、天翔姫を構えた。そして、戸に向って刃を突き立てる。だが、結界は天翔姫を弾き飛ばし、同時にティルの体をも弾いた。何度も戸に向っていくフォンとティルだが、結界には全く歯が立たず二人の体の方がボロボロになっていた。
「こ…こうなったら……、オイラの一撃で……」
フォンがそう言った時、ティルが天翔姫をボックスに戻した。その行動に少々首を傾げるフォンは、ティルの方を見る。息を整えるティルは、落ち着いた面持ちで天翔姫の数字の書いてあるボタンを見据える。物珍しそうに天翔姫を見据えるルナは、ティルの手にある白いボックスをジッと見つめている。ブツクサと独り言を言うティルは、何やら楽しそうに口元に笑みを浮かべていた。それが、フォンには少し不気味に見えた。
「なぁ、どうかしたのか? ティル」
「いや。こんな結界があるなら、天翔姫の他の武器の性能も試せると思ってな。そう思うと何だか嬉しくてな」
「変わってるなティルって……」
フォンがそう言うと、ティルは天翔姫の二のボタンを押して、続いて三のボタンを押す。ボックスは見る見る形を変え、銃口の大きな銃の形に変形した。それを見るなり、フォンもルナも興味津々に目を見開く。こんなに大きなものが、あんなに小さな箱に入っているなんてと、思うティルとルナに対し、少々呆れたような口調でティルが言う。
「二は銃か。しかし、こんなでかいのをこんな所で放ったら、俺達がどうなるか分からんからな」
そう言いながら、零のボタンを押しボックスに戻すと、今度は三のボタンを押して四のボタンを押す。すると、ボックスは両端に大きな鉄の塊の着いたハンマーへと形を変えた。それを、ティルは持ち上げようとするが、重くて持ち上がらず、結局元のボックスに戻した。
「こんなに重いもの、何の役に立つ!」
などと、苛立ちを見せるティルだが、相変わらずフォンとルナは目を輝かせている。その後も、ティルは天翔姫を様々な武器に変え、ようやく一つの武器に辿り着いた。刀身の幅の大きな鋭く尖った鋭利な片刃の剣。その大きさは、柄も合わせると殆どフォンと同じ位の剣で、見た目よりも軽くティルも何とか片手でもてるくらいだった。
少々鼻息を荒げるティルは、今までの苛立ちを全てその剣に込め、戸に向って鋭く振り下ろす。閃光が走り電気の走る様な音が響き、一瞬目の前が眩く輝くと、急に辺りに人々の叫び声と何かの鳴き声が響いた。戸は真っ二つに裂かれ、ゆっくりと外の風景が映し出された。
そこには、逃げ惑う人々をミミズの様な生物が襲っている光景が映っている。必死に戦っている者達もいるが、その数は、村を覆い隠す様な数おり、皆悪戦苦闘している。ティルとフォンはすぐに外に飛び出した。
「村の人たちが! クッ! 何てひどい事を!」
「そんな事を言っている場合じゃない! 来るぞ!」
外に出たフォンとティルに向かい、複数のミミズの様な生物が襲い掛かる。クネクネと妙な動きをしながら直進してくるそのミミズの様な生物を、フォンは右拳で殴り飛ばす。その瞬間、他のミミズの様な生物の動きが止まり、その全てがフォンの方に向く。それと戦っていたウィンスはそんなフォンとティルに気付き驚いた様に叫んだ。
「お前達! あの結界を破壊したのか!」
「ひどい事してくれるじゃないか。俺達を結界の中に閉じ込めるなんて」
「仕方ないだろ! 見ず知らずの旅の人を巻き込む訳には行かないし、あの中が一番安全なんだよ!」
屋根の上で叫ぶウィンスに対応するティルは、村の中を見回しながら天翔姫を右肩に乗せる。以外に落ち着いた感じのティルに対し、慌てた様子で屋根から下りてきたウィンスは、怒りの篭ったような声で言う。
「早く、ここから逃げろ! 今なら俺が時間を稼ぐくらいならできる!」
「悪いが、何処かのお人よしが逃げる気が無いらしくてな。俺も、勝ち目の無い戦いはしたくないが、人に恩を売るのは嫌なんで」
やる気十分といった感じのティルは、フォンを軽く指差しながらウィンスにそう言った。そんなウィンスは未だ部屋の中にいるルナの方を見て大声で叫ぶ。
「あんたからも、何とか言ってくれ! あんた達だって、ここで死にたくないだろ!」
「そうですね。ですが、私にフォンさんとティルさんを止める理由はありませんし、怪我人は放って置けませんから」
「だからって……」
「それに、あのお二方なら大丈夫ですよ。この村を救ってくれます」
落ち着いた様子でルナはそう言い無表情でウィンスを見据える。
フォンは指の骨をボキボキと鳴らし既に戦闘態勢に入っており、ティルも刀身の幅の太い鋭く尖った鋭利な刃の天翔姫を肩に乗せ戦闘態勢になっている。そんな二人の後姿にウィンスは何もいえなかった。