第65回 見慣れぬ村へ
鬱蒼と生い茂る草木の合間を、小柄で黒髪の短髪を逆立てた男の子のあとに続き歩み進める、茶髪で幼顔のフォンと、黒髪で切れ目のティルと、金髪無表情のルナはある村へと案内されていた。生い茂る草はティルの胸くらいの高さがあり、フォンとルナには殆ど前は見えていない。もちろん、フォンよりも小柄な短髪の男の子は全く前は見えておらず、草の根を掻き分けながら進んでいる。
周りの木々は妙な形をしており、日の光を遮断する様に伸びた枝には緑の葉が多く生えている。その為、少し暗く感じ荒野を歩いている時よりも涼しく、とても心地が良かった。時折聞こえる何かの鳴き声の様な物が暫し気に掛かるが、短髪の男の子は気にするなと一言言っていた。そう言われると更に気になるフォンは、辺りをキョロキョロとしていた。そんなフォンの前を歩くルナが心配そうに声を掛けた。
「前を見て歩かないと転びますよ」
「うん。大丈夫だよ」
そう言った矢先、フォンは石に躓き激しく横転する。暫し呆れた様子を見せるルナに向って、急にフォンが立ち上がり笑いながら指を差す。何故指差されたのか分からないルナが首を傾げると、フォンが明るく言い放つ。
「今、表情が変わったぞ。油断したろ? ワザと転んでルナが呆れる顔を見る作戦。上手く行ったぞ!」
「別に、表情を変えたつもりはありません。そんな事していると、迷子になりますよ」
「それもそうだ。以後、気をつけるよ」
笑いながらフォンはそう言うが、ルナは表情を変えずため息を吐いた。その後もフォンは辺りをキョロキョロとしながら、森を抜けた。
鬱蒼と生い茂る草木の合間を抜けると、広々と広がる村へと出た。木で出来た和風造り家が多く建ち並び、その村の真ん中を小川が音をたてながら流れている。村の合間合間には大きな木が立ち誇り、それが空を隠す様に枝を伸ばしているため、全く日の光は入って来ない。その為、少し薄暗いがこの村の人々は全く気にはしていないようだ。畑仕事をするものがいれば、食用の動物を飼育するものもおり、多くの人が有意義に暮らしている。
フォンは初めて見るこの村の造りに何やら嬉しそうに目を輝かし、ティルも暫し興味をそそられ村を見渡している。一方のルナも物珍しそうに村を観察しており、各々初めて見る村をその目に焼き付けていた。そんな三人に静かに口を開く短髪の髪を逆立てた男の子。
「なぁ、案内するコッチの身にもなってみろ。キョロキョロしやがって、子供じゃないんだぞ。おじさんにおばさん」
「人の事、おじさんおじさんって、オイラまだ十六だぞ!」
「まぁまぁ、落ち着けフォン。相手は子供なんだぞ」
「そうですよ。大人気ないですよ」
笑いながらフォンをなだめるティルと無表情のルナ。そんな二人に対しても短髪の髪を逆立てた男の子が呆れたように言い放った。
「そうそう。おじさんとおばさんは物分りがいい。自分をおじさんおばさんと認めてるんだか――!」
短髪の髪を逆立てた男の子が言葉を言い終わる前に、ルナが男の子の頭に優しく右手を乗せる。すると、ルナの右手が光を放ち、急に男の子がうなり声を上げながら苦しみ出した。その現場を目撃したフォンとティルは、暫し呆然とし額から汗を流す。短髪の髪を逆立てた男の子は地面に這い蹲り、ビクビクと痙攣したまま動かず、ルナも右手をソッと離して小さく息を吐いた。
「い、今の……見た?」
「ああ……。一応……、ルナも怒るんだな……」
「みたいだね……。しかも、おばさんって言われてあれって事は……」
「俺達も気をつけないとな」
小声で会話するフォンとティルの視線に気付いたルナは振り返り、右手を隠す様なしぐさを見せながら言う。
「傷の手当を……」
あからさまな言い訳に、フォンとティルは嘘だと思ったが、それを口には出さずその場を笑って過した。暫くして、短髪の髪を逆立てた男の子が目を覚まし、ルナの顔を見るなり言い放つ。
「ば、ば……モゴモゴ!」
とっさに口を押さえたフォンとティルは、笑いながらルナの顔を見上げた。軽く首を傾げたルナは、村の方が気になるのか、背伸びをしながら村全体を眺めようとしていた。その間、短髪の髪を逆立てた男の子の口を押さえるフォンは小さな声で言う。
「お、お前、さっき何されたか覚えてるだろ」
小さく首を立てに振る短髪の髪を逆立てた男の子。それに、今度はティルが低い声で言う。
「口は災いの元だ。次、変な事言ったら、完全に命が無いぞ」
それに対して激しく首を立てに振る短髪の髪を逆立てた男の子の口を開放した。開放された短髪の髪を逆立てた男の子は、暫し息を荒げながらルナの事を見ていた。短髪の髪を逆立てた男の子は、息が整うと少しなれない口調で言う。
「俺は、ウィンス=カージェス……です。族長の命によって、あんた、違った。あなたがたを、ここに案内する為に……」
「分かり難いから、いつも通りの口調で良いんだが……」
「で、でも、あの女……」
ティルの言葉に小さくそう言ったウィンスは、チラッとルナの方を見る。その瞬間、ルナと目が合い、すぐに視線を逸らす。表情を変えないルナはいつも通りの口調で訊く。
「私がどうかしましたか?}
「いや、何でもないよ。気にしないで」
「そうですか」
フォンの言葉にルナは視線を逸らし、村の方を見据える。やはり、珍しい造りの村に興味があるのだろう。そんなルナには聞こえない声でティルがウィンスに言い聞かせる。
「いいか。おばさんとかおじさんとか、失礼な言葉だけは使わずにいつも通り言ってくれ」
「わ、わかった。いつも通りの口調で良いんだな」
「ああ」
「それじゃあ、いつも通り……。俺は、族長の命により、お前達三人をこの村に案内した。族長はこの奥のあの屋敷にいる。何か話したい事があるとの事だ」
そう言い一礼するウィンスに対し、唖然とする三人は顔を見合わせ、暫し困り果てる。その後、何やら小声で相談した後、ティルが答えた。
「なぁ。俺達、ここに来るのは初めてだし、知り合いなんていない。人違いじゃないのか? 大体、俺達の名前すら確認してないのに」
「へっ! ま、まさか。そんな事は無いと……。確か、獣人のガリアと人間のバリーと癒天族のメリーナで、合ってるだろ?」
「まぁ、一応、獣人と人間と癒天族と種族は合っているが、肝心の名前が違うな。俺はティルだ」
落ち着いた様子でそう言ったティルは、残念だったなと言った感じで笑みを浮かべる中、フォンは初めて獣人を嫌わない種族がいると嬉しそうな表情を見せる。そんなフォンに変わって、ルナが紹介する。
「彼は獣人のフォンさんです。それから、私はルナです」
「それじゃあ……。人違い……」
「まぁ、そうなるな。しかし、珍しいな。獣人と人間と癒天族の三人組なんて」
「そんじゃあ、オイラ達は珍しい組み合わせなのか?」
「そうですね。珍しい組み合わせです」
フォンの質問に静かに答えたルナは、首を縦に振った。少し悲しげな表情をするウィンスは、ため息を吐き顔を上げて微笑みながら言う。
「すいません。一応、仕来りで村に入った者は族長に会うと言う決まりがあるんで」
「わかった。それじゃあ、会いに行くか」
「それじゃあ、付いて来てくださいね」
ウィンスは元気なく肩を落として、舗装された道をゆっくりと歩み進める。それにティル、ルナ、フォンの順に続き、相変わらず珍しそうに三人は村の中を見回していた。そんな三人の事をまた珍しそうに村の人たちは眺めているのだった。