第63回 謎の集団
あれから、一週間後――。
荒れ果てた荒野を進む三つの影があった。空は青く一点の曇りも無く、太陽がギラギラと輝き、その日差しで熱しられた乾燥した荒野の道はユラユラと揺らめいて見える。草木も無く川なども無く続くのはただの茶色の乾燥した地面ばかりで、三つの影も暫し疲れを見せていた。
先頭を行く背丈の高い黒髪の少年は、額に汗を滲ませながらも地図を確認し足を進める。その少し後には、この暑さでも表情一つ変えない金髪の少女がおり、白い薄着の服の上に黒の薄いジャケットを羽織り、多少汗を滲ませる金髪の少女は仕切りに後を振り返る。その後には大量の荷物を抱え、汗を滴らす茶髪で幼顔の少年がいた。小柄な体格の少年はその背中に三人分の荷物を抱え、苦しそうな表情を見せていた。
その茶髪で幼顔の少年の事など気にも留めない黒髪で切れ目の少年は、ふと荒野の向うに森を発見した。蜃気楼でないかと我が目を疑う黒髪で切れ目の少年は、振り返り金髪の少女に訊く。
「ルナ。あれは、お前にも見えるか?」
「えぇ、私にも見えますが、一応フォンさんにも確認を取った方が良いかと」
「そうだな。一応、訊いてみるか」
黒髪の切れ目の少年と金髪の少女ルナのやり取りを聞いていた、茶髪で幼顔の少年は二人の傍で荷物を置き、ゼェゼェと、言いながら黒髪で切れ目の少年に言う。
「ティル! 一応って何だよ! オイラじゃ当てにならないみたいな言い方してさ! ルナもルナだ!」
「実際、当てにならんからな」
「そうですね。前にも湖が見えると、走っていって何も無かったって事がありましたから」
黒髪で切れ目の少年ティルはルナの言葉に深々と頷く。以前に、フォンが幾つか森が見えるとか、湖が見えると言っていたが、その全てが蜃気楼だったため、今回も蜃気楼ではないのかと、慎重にその先を見据えているのだ。暫く悩むティルとルナを尻目に、フォンが荷物を担ぎ勢いよく走り出した。
「オイラが一番乗りだ!」
「オイ! まだ、あれが本物だと……」
ティルの声など聞こえてはおらず、フォンは足早に駆け抜けて行く。暫し呆れるティルとルナはゆっくりとした足取りでそのフォンの後を追った。
薄暗く、窓から日差しの入って来ない室内に、薄らと複数の人影が写る。様々な格好で寛ぐ複数の人影は、部屋に響く足音に視線を送った。部屋に入ってきたのは大きな槍を二本背中に担いだ男で、刃の砕けた槍を縦長のテーブルの上に置き、落ち着いた面持ちで近くの椅子に腰を下ろす。窓枠の傍に腰を下ろしていた漆黒の大きな翼を持つ女は、その男を睨み付け立ち上がる。大きく広げたその翼の右翼には何かの突き刺さった様な傷痕が残っており、痛々しく映る。その脇にある小さな机に腰を据える小柄で幼い少年の様な面持ちの男は、大きく翼を広げた女を微笑みながら見据え声を掛けた。
「闘志剥き出しだね。ディクシー。ヴォルガと何かあったの?」
「黙りな。くそガキ」
漆黒の大きな翼を持つディクシーと呼ばれた女は、小柄な幼顔の男の子を睨み付けるが、小柄な幼顔の男の子は表情を変えず微笑む。すると、ディクシーの背後に天井に頭の届きそうな程の巨体の男が現れる。三つの目を持ち不気味な面持ちの男はディクシーを見下し、とても低い声で言い放った。
「ディクシー。フォルトはお前よりも格上だ。もう少し礼儀を慎め」
「レイバースト。お前こそ、礼儀を慎めよ」
「私は礼儀を弁えているつもりだが?」
レイバーストと呼ばれた巨体で三つ目の不気味な面持ちの男は、縦長のテーブルの向かいにいる蒼い髪の大剣を背負った切れ目の男を見る。大剣には鍔は無く、刃を隠す様に包帯が巻いてある。対峙する三つ目のレイバーストと蒼髪の大剣を背負った男は、睨み合い今にも武器を交えそうな勢いだ。徐に背負った大剣の柄に右手を伸ばした蒼髪で切れ目の男に、縦長のテーブルの端でジッとしていた黒いマントを纏った男が言う。
「リオルド。ここでの仲間への攻撃は御法度。分かっているな」
「別に、攻撃する気は無いさ。担いでいるのが辛くなっただけだ」
そう言い不適に笑い大剣を縦長のテーブルの上に置く。その大剣の重さに軋む縦長のテーブルを気に留めるオドオドとした小柄な女の子は、テーブルの下に潜り込み必死にテーブルを支える。その様子を窺っていたフォルトが、窓の脇の小さな机から飛び降り女の子を見据え言う。
「何してるの? そんなカビ臭い所で? もしかして、リリアはカビ臭い所が好きなの?」
「ち、ち違います……」
「まぁ、リリアにはそこがお似合いだけどね」
小さく呟いたリリアの言葉を掻き消すように、天井から嫌味な女の声が聞こえる。その声の方に顔を向けたヴォルガは、天井にぶら下がる陰気な雰囲気の女を見つけ、ふとため息を吐く。その陰気な女は薄ら笑いゆっくりと縦長のテーブルの上に降り立ち、皆の顔を見回す。その陰気な女を睨み付けるリオルドは、怒りごもった声で言う。
「俺の前から消えろ! エリオース」
「あら。そんなに、怒らなくても」
「ジャガラがいなければ、お前などこの剣で両断してやる」
「まぁまぁ、折角集まったんだから、仲良くしようよ」
ニコニコ笑うフォルトはその場を宥め様とするが、そのフォルトに対し蒼髪のリオルドが呆れた様に言い放つ。
「この中で一番格が上だからってリーダー気取りか? 笑わせてくれるな」
「リオルド! いい加減に」
「レイバースト。お前もフォルトのご機嫌取りなんてしてんじゃねぇよ。見てるこっちがムカついて来る」
「私はご機嫌取りなどしては!」
声を張り上げるレイバーストを笑い除けるリオルドは、縦長のテーブルに置いた大剣の柄を右手で掴み持ち上げると、それを床に突きつけた。大きな音と振動が室内を轟かせ、壁が微かに欠け軋みを立てた。黒マントを羽織るジャガラと、槍を担ぐヴォルガは落ち着いた様子で大剣を床に突き立てたリオルドを見据え、沈黙を守る。
一方、テーブルの下に居た小柄のリリアはその振動と音に驚きガタガタと身を震わせ、フォルトはそんなリリアを見て笑みを浮かべていた。天井へとまた戻ってゆくエリオースは、呆れたようにリオルドを見下し薄ら笑う。大剣を床から抜いたリオルドはそれを背負いゆっくりと、部屋を後にしようとした。それに対し、何処からとも無く声が聞こえた。身の毛も弥立つ様な声に室内は一瞬に静まりかえり、皆その声の方に体を向けた。
「リオルド。何処へ行くつもりだったんだい? まさか、この俺の命に従わない気じゃないよね?」
「馬鹿を言うな。俺は外の空気を吸いに行こうと思ったまでだ」
「そう。なら、いいけど」
その声の主は、ゆっくりと奥の部屋から姿を現し、大きな椅子に堂々と腰を下ろす。眠そうに欠伸をするその男は、ヴォルガを見据えると眠たげに問う。
「彼の実験作はどうだったかな? 役に立ちそう?」
「正直に言う。あれはまだ未完だ。あれではただの妙な力を持った人間レベルで、到底役には立たない」
「そう。完全人型はまた失敗か。それで、戦闘データは?」
興味津々と言った感じの態度を見せるその男は、椅子から身を乗り出しヴォルガを見る。その男に事細かに戦闘データを説明するヴォルガに、周りの誰一人として口を挟まずそれを見据える。全てのデータを見せ終えたヴォルガに、椅子に座る男が拍手を送り褒め称える。
「素晴らしいデータだ。やっぱり、君に任せて正解だったよ。アザルとイザルを失ったのはしょうがないけど、まぁ、一体残ってるなら完全人型も時期完成だ」
「これはあくまで俺の推測だが、銀狼の復活の予兆が現れ始めている。計画は早めに進めたほうが」
「そう。銀狼の復活か……。全く、俺達の計画を知っている様に銀狼は現れるな」
「これも、運命なのかもな」
呆れる男に対し、落ち着き払うヴォルガがそう言うと、馬鹿にするかの様にリオルドが笑い出す。皆がリオルドに注目すると、リオルドが大きな声で言う。
「いいじゃねぇ〜か。銀狼か……。五百年前、俺達種族を追い込んだそいつをぶっ殺して、世界中を地獄に変えて見せようぜ」
「フッ。そうだな。五百年間の恨みを……」
椅子に座った男は静かにそう言い薄気味悪く笑った。