第62回 未完成
暗中に浮かぶ二つの影。
茶髪の髪の少年と細長い体の男。一方的に殴られ続ける茶髪の髪の少年は、乾燥した地面の上を激しく転げる。冷たい風と土煙は、二人の間を吹き抜け不適に笑う細長い体の男が、更に不気味に見える。少し霞む視界の茶髪の少年は、立ち上がりフラフラながら細長い男を見据える。そんな茶髪の少年を嘲笑う細長い体の男は言い放った。
「フォンとか、言ったっけ〜? もう、諦めたら〜ッ? お前は俺にかてないよ〜」
「オイラだって、お前には負けない……」
「あれ〜? もしかして、それって強がりってやつ〜」
馬鹿にするかのようにそう言うクローゼルに、茶髪の髪を靡かせるフォンは、息を荒げ首を振る。
そんなフォンに、クローゼルは右腕を振り抜く。フォンの体は踏み止まる力も無く、左頬を殴られ軽々と吹き飛ぶ。足にはもう力が入らず膝が諤々と震え、立ち上がるだけでも精一杯のフォンだが、またフラフラながら立ち上がる。その光景に呆れるクローゼルはため息交じりに首を左右に振りながら言う。
「おいお〜い。まだたつか〜? いい加減、くたばれよ〜」
「オイラ。まだ、やる事沢山あるから、死ねないな……」
「お前のやる事なんて、俺に関係ないから〜」
次は左腕を振り抜く。離れた位置に立つフォンに向け、伸びてゆく左腕の動きを見据えるフォンはそれを受け止めようと試みるが、体が言う事を利かず軽々と大地を転がった。朦朧とする頭で、色々と考えるが全く考えは纏まらず、フォンはその場で這い蹲っていた。動かないフォンに、ようやく一息つくクローゼルは近くの岩の上に腰を下ろし欠伸をする。
その時、近くの家の屋根の上から落ち着いた感じの声が聞こえる。
「こっちは片付いた様だな。クローゼル」
「何だ〜? 監視してたのか〜?」
妙な口調でクローゼルは屋根の上の人物にそう言う。声の主は鼻でそれを笑うと、
「それが、俺の仕事だからな」
と、小さく呟き屋根の上から降り立った。クローゼルよりも体格の小さなその人物は、背中に大きな槍を二本担ぎ雄雄しい顔付きで、クローゼルの方を見据える。クローゼルと同じ完全人型なのだろうか、見た目は完全に人と言っても過言ではなかった。
その男は、横たわるフォンに息があるのを知ると、複雑そうな表情でクローゼルに問う。
「まだ、息がある様だが、止めはささないのか?」
「あれ〜っ? 言ってなかったっけ〜? こいつおとりだよ?」
「囮だと? まぁ、お前が何をしようと俺には関係ないが、アザルとイザルの二人は消滅した。その事は伝えておこう」
その言葉を聞き、嬉しそうに笑うクローゼルは、
「そうかそうか〜。あいつら、死んだのか〜。俺に、指図してたわりに弱い連中〜。プププ〜ッ」
と、言ってお腹を抱えて笑い出す。そんなクローゼルを哀れむような目で見る男は、首を左右に振りゆっくりと言う。
「完全人型はまだ、改善の余地がある。お前はまだ未完成だと言う事を忘れるな」
「何だ〜? 俺はこんなに強いのに、未完成だっていうのか〜?」
「そうだな。魔獣人の俺から言わせて貰えば、魔獣化も出来ないお前は、所詮人間と何も変わらない」
「そういうなら〜、俺がここで力の差を見せてやるぜ〜」
クローゼルがそう言って右腕を振り抜く。と、同時に男は高々と空に舞い、背後に聳える家の壁が音を起て崩れ落ちる。夜空に舞う男を睨むクローゼルは素早く右腕を引くと左腕を男に振り抜く。ビュッと、空気を切り裂く音が響き、左腕が男に伸びる。だが、男は落ち着いた様子でその腕を防ぐと、体を一回転させ家の屋根に着地する。左腕を引いたクローゼルは屋根の上の男に言い放つ。
「あれ〜? もしかして、俺が怖くて逃げる事しか出来ないわけ〜」
「フッ。俺が反撃すれば、お前など一瞬で消える事になる」
「やれるもんなら、やってみろ!」
右腕と左腕をクロスするように振り抜く。鋭く伸びる右腕と左腕を見据える男はため息を一つ吐く。爆音と共に屋根が崩れ木々が夜空に舞う。土煙が舞いおき辺りは木々の破片の落ちる音だけが響く。両腕を引いたクローゼルは額に汗を滲ませながら不適に笑う。
「ふ、フフフッ。見たか! これが、力の差だ!」
「言っただろ? お前は未完成だと」
土煙の中から男の声が響き、男が地上に降り立つ。傷は一つも無く服に付いた埃を払う男はクローゼルを見据え、呆れた様に首を左右に振る。驚くクローゼルは右腕と左腕を交互に振り抜くが、男は意図も簡単にその腕をかわす。クローゼルの腕は男の背後に聳える家の壁だけを貫き、土煙を舞い上がらせるだけだった。
その二人が攻防を繰り広げる中、息を荒げながらフォンがゆっくりと立ち上がった。視界は霞んでいるが、何とかクローゼルの姿だけは確認する事が出来るフォンは、小刻みに震える膝に力を加え、右足をゆっくりと引き静かに息を吐く。
そのフォンの姿に気付いた男は、それをクローゼルに伝えようとするが、クローゼルは聞き耳を持たず攻撃を続ける。
息を吐いたフォンは、鋭くクローゼルを一直線に睨み付け、乾燥する地面を力強く蹴った。地面は大きな音を轟かせ砕け散り、その音で振り向いたクローゼルの顎に向ってフォンの右拳が真っ直ぐ伸びる。そして轟く鉄の砕ける音と同時にクローゼルの体が地面を滑った。
「グッ! ウウッ……」
「一点……貫通……」
そう言ってフォンは倒れた。地面には鉄の刃が粉々に崩れ落ちており、その傍に刃の砕けた槍を持つ男の姿があった。クローゼルの顎にフォンの右拳が届く前に槍の刃の平を差し出し、拳を防ぐはずだったが、フォンの力が勝り刃は粉々に砕かれたのだ。何とかクローゼルへの直撃は避けたが、その衝撃で吹き飛んだクローゼルは未だ地面にはいつくばったままだった。
「恐るべき獣人の力か……。後一歩遅ければ、お前の頭がこの槍の刃と同じ運命を辿っていたな」
「ふ…ふざけるな……。俺はこんな奴に!」
立ち上がったクローゼルは倒れるフォンに、止めを刺そうとするが手足が急に諤々と痙攣しその場に倒れこむ。クローゼルは何とか立ち上がろうとするが、体は言う事を利かない。そのクローゼルに歩み寄った男は、静かに言い放つ。
「時間切れだ。お前はここで失うわけにはいかないのでな」
「黙れ! 俺は奴らを!」
その時、暗がりから声が響く。低めの声が足音と共に近付き、横たわるフォンの傍にその姿が現れた。サラサラとした黒髪を靡かせ、右手には白く細身の刃の剣を握り締めた切れ目の少年。服の裂け目から見える胸の傷は、まだ痛々しく血が流れているが、その少年は鋭い眼差しでクローゼルと男を睨み付ける。
辺りに漂うクローゼルの殺気を感じる切れ目の少年は、それに負けない程の気迫を漂わせゆっくり刃先をクローゼルと男に向ける。暗がりに目立つその白い刃を見据える男は、背中に担ぐ大きな槍を右手で構え、切れ目の少年の方に向け言う。
「今回、俺はこの戦いに関与してはいけないのでな。大人しく負けを認めこの場を去る。だが、追い討ちを掛けると言うのであれば、俺はお前らと全力で戦おう。まぁ、分かっていると思うが、今のお前らでは俺の足元にも及ばん。俺も無意味な戦いはしたくないし、手傷を負っている奴と戦ってもつまらんからな」
「お前に追い討ちを掛けるほど、俺も動く事は出来ない。ここで大人しく去ると言うのであれば、俺にとっては好都合だ」
切れ目の少年のその言葉に、男は苦笑し静かに大きな槍を背中に担ぎなおす。切れ目の少年も剣の柄の先に備え付けられているボタンを押し箱に戻し、フォンの体を担ぎ男を見据える。その切れ目の少年に男はゆっくりと口を開いた。
「俺は、ヴァルガだ。お前の名は何と言う」
「俺は、ティル=ウォースだ」
切れ目の少年ティルはヴァルガと名乗った男に、素直に名前を教えると薄暗い闇の中へと姿をけす。クローゼルは納得がいかないとわめくが、ヴァルガはそんな言葉は聞かず小さく呟いた。
「ティル=ウォースか……。面白い事になりそうだ」