第61回 傷の痛みに耐え
暗がりの室内に金髪の少年と金髪の長い髪の少女がいた。金髪の少年は、胸の傷痕に右手を当てた後、ニコリと微笑む。一方、金髪の少女の方は横たわる黒髪の少年の傷口に両手を翳していた。輝くその手の平を見据える金髪の少年は、脇に立つ黒髪の女性に目をやった。心配そうなその眼差しの女性に、金髪の少年が優しく言葉を掛けた。
「大丈夫です。ワノールさんは強いですし、僕も一緒に戦いますから」
「すみません。カインさん。夫の事をお願いします」
金髪の少年カインは、女性にそう言われ照れるように微笑むが、そんなカインに金髪の長い髪の少女が言う。
「カインさん。あなたの傷は、まだ完全に塞がっていません。激しく動けるのは約二十分位です。気をつけてください」
「うん。わかったよ。ルナ」
カインは微笑み金髪の長い髪の少女ルナにそう言い、小屋を後にした。
そして、暗がりに映る幼い子供の様な姿の者に頭をつかまれる黒髪の男の姿が見えた。右腕は垂れ下がり、動く事の無いその男の姿に、カインは素早く蒼い刃の青空天を抜き、頭を掴むその腕を切り落とした。
血が吹き出るその腕を全く気にも留めない幼い姿の者は、ゆっくりと暗がりに立つカインの方に体を向けた。一方、黒髪の男は地面に倒れ動かなくなった。カインはすぐに駆け寄り、男の体を抱き上げる。
「ワノールさん! 大丈夫ですか! 右腕折れちゃってますけど」
「黙れ……。俺の事より自分の心配しろ」
「僕の傷は、殆ど完治してますから、大丈夫です」
カインはそう言って笑いながらワノールを地面に寝かせる。傷が完治していると言う嘘を言ったカインは、ワノールに心配掛けまいと表情一つ変えずに青空天を構えた。そんなカインにアザルが怒りを露にした顔でにらみつける。吹き抜ける冷たい風を浴びる二人は、対峙したまま呼吸を整える。
始めに飛び出したのはアザルの方だった。乾燥した地面が砕ける音が響き、何処からともなく糸を出すアザルは、それを刃へと変化させカインい斬りかかる。青空天でそれを押さえ込んだカインは、歯を食い縛り胸の痛みを堪える。痛みから思う様に戦う事の出来ないカインは呟いた。
「ルナのウソツキ……。こんなに痛んだら二十分も激しく動けないよ……」
「ウオオオオッ!」
勢いよく振り下ろす糸で出来た刃を、カインは青空天で防いだ。その瞬間、衝撃で胸の傷が開き血があふれ出た。すぐにアザルの体を弾き返したカインは、その場に跪き息を荒げる。そんなカインの姿を見据えるアザルは、不適に笑い言い放つ。
「フフフフッ。もう、おしまいだね」
「ウウッ……。まだ、全力で戦えてないのに……。これじゃあ、ただの足手まといだよ……」
カインは下唇を噛み締め表情を引き攣らせながらアザルを睨んだ。疼く胸の傷に左手を当てるカインは、苦しそうに立ち上がり青空天を構えなおす。その間も流れ出る血は、足先から地面へと流れ落ちる。真っ赤な血は乾燥する地面に見る見ると吸収されてゆく。その血を見ながらカインは苦笑し、青空天を地面に突き立てる。
そんなカインに向ってアザルは刃を振り抜く。空を切る音と共に風が舞い起き、辺りは静まり返る。アザルの手に手応え等無く、少し離れた場所にカインの姿が見えた。驚くアザルの足元には、地面に突き刺さる青空天があり、その周りは熾火が点々と真っ赤に光る。苦痛に表情を歪めているカインは、アザルの方を見て呟く。
「僕は……炎血族……。流れる血は……炎の如く熱く……。僕の意思により……燃え上がる! 焼き尽くせ! 青空天!」
カインの叫びと同時に青空天の刃が蒼く輝き、その周りだけ地響きを起こし大きな音を轟かせる。赤く煌く熾火は地面を突き破り、真っ赤な炎と化し青空天の周りに立つ者全てを焼き尽くす。夜空に舞う砕けた石は炎により熱しられ、真っ赤になり湯気を上げていた。その石は地面に降り注ぎ、アチコチでジュゥゥゥッと、音を響かせていた。
カインはその光景を見ながら、地面に腰を下ろした。胸の傷を押さえ苦痛に息を荒げるカインは、臙脂に輝く青空天を見てゆっくりとした口調で言った。
「熱かっただろ、青空天。次からこんな荒技は使わないようにするよ……」
と、カインはそう言いその場に倒れこんだ。
その戦いを窺う者がいた。近くの家の二階からその様子を窺っていた影は、妙な機械に先ほどの戦いを全て記録し静かに横たわる二人を見据える。
そして、落ち着いた様子の声で呟いた。
「完全人型は失敗か……。まだまだ、研究の余地が必要だな。しかし、烈鬼族と炎血族か……。銀狼の復活も近いかも知れんな……」
ワノールとカインを見据え、その場を後にした。