第60回 アザルとイザル
薄暗い家々の裏手を走る金髪の少女ルナと黒髪の女性。冷たい風が吹き、二人の髪が激しく揺れる。
ルナは走りながらフォンの事を気にするが、決して足を止める事無く走り続ける。だが、二人の体は急に動きを止めた。いや、止められたと言う方が正しい。両手両足にロープを巻かれ、動きを止められた二人の背後には、いつのまにか幼い声の小柄な顔のよく似た二人が立っていた。ニコニコと微笑みながらルナ達の背中を見据える二人は、ロープを徐々に手繰り寄せていく。ルナ達も抵抗するが、ロープは全くほどけようとはしなかった。
「フフフッ。無駄だよ」
「このロープからは逃げられないよ」
笑みを浮かべる二人の体は突如後方へと吹き飛んだ。ルナ達の体も前方に倒れ、ロープが鋭く切り裂かれていた。二組の間には長めの黒髪の男が堂々と立ち尽くし、暗闇に薄らと黒い刃が煌く。黒髪の女性はすぐにその男に気付き声を上げた。
「あなた!」
「今は何も言うな。早くここから離れろ」
「わかりました。あなたも、気をつけて……」
嬉しそうに瞳を潤ませる黒髪の女性は、そう言うとルナとその場を去った。右目に眼帯をした黒髪の男は、立ち上がった幼い顔付きの二人の方に体を向けた。不貞腐れたような表情の二人は、その男を見据え言う。
「裏切り者だ! ワノールは!」
「裏切った! 裏切った!」
「黙れガキども。妻は助け出した。貴様らの言う事を聞く理由は無くなった」
二人を睨み付け黒苑の刃先を向ける。だが、二人は顔色一つ変えず顔を見合わせる。まるで、こうなる事が分かっていたかの様に笑みを浮かべる二人は、楽しそうに言い放つ。
「僕らの楽しみが増えたね、イザル」
「そうだね。アザル」
「それじゃあ、沢山甚振ろう!」
「そうだね。やろうやろう!」
この会話の後、二人の姿がワノールの視界から消えた。辺りを警戒するワノールだが、全く気配が無い。風の音だけしか耳には届かず他には何の音も聞き取れない。全神経を研ぎ澄まし気配を探るが、何も感じず何処からとも無くロープが飛び交う。向かい来るロープをかわし続けるワノールの周りにはロープが張り巡らされていた。
「フフフッ。上手く避けてるつもりだった?」
「避けてるんじゃなくて、ワザと狙ってたんだよ」
「これで、ここ一帯は僕らのエリアだよ」
「沢山、遊んであげるね」
その言葉の後、ワノールに向って鋭くロープが襲い掛かった。前方から飛んできたロープを避けたワノールだが、後方から飛んできたロープに気付かず、ロープに右腕を捕られた。黒苑が右手から零れ落ち、地面に突き刺さる。右腕を締め付けるロープは徐々にワノールの体を宙に浮かせる。
「ぐぐっ!」
「始めに右腕折っちゃおう」
歌を歌うようにそう言うイザルとアザル。ワノールの右腕を締め付けるロープは二人の歌の言うとおりに、ワノールの右腕を折るような勢いで締め付ける。その痛みに歯を食い縛るワノールだが、骨の折れる音と同時に声を上げた。
「ぐわああああっ!」
ワノールの右腕は変な方向に曲がり、そのままロープが解ける。地面に落ちたワノールの体に、次のロープが飛んでくる。苦痛に動く事の出来ないワノールの左足に巻きつく。そのまま、宙に持ち上げられるワノールは、左手で黒苑の柄を握った。その瞬間、次の歌が聞こえてくる。
「今度は左足粉々に」
「ふざけるな!」
黒苑をロープに目掛け振り抜くと、ワノールの体が地面に落ちる。ロープは切れワノールの左足から外れる。すると、イザルがいう。
「あ〜っ。ロープ切られちゃった」
「しょうがないな。もっと細い糸を使おうよ」
「そうだね。あれだと、見えないからね」
二人の会話の後、闇の中から何かが一閃する。そして、ワノールの左頬を掠めた。一瞬痛みを伴い左頬から血が滲み出した。それが、糸であると気付いたワノールは体勢を低くし、黒苑を低く構えた。その間も飛び交う糸は、ワノールの右足をかすめ、左太股をかすめる。力が入らず垂れ下がった右腕にも何度かかすめていったが、その痛みなど感じなかった。
暗闇の中に佇む二人の姿を思い浮かべるワノールは、勢いよく左腕を振り抜く。黒苑の黒い刃が横一線に閃光を放ち、波動を飛ばして張り巡らされるロープを切り裂いてゆく。だが、それはアザルにもイザルにも命中しなかった。
「残念残念。はずれだよ」
「僕らこっち、こっちだよ」
「グッ……。この状況では、黒鷲も不発か……」
下唇を噛み締め、左目を凝らすワノールはもう一度黒苑を低く構える。だが、先ほどの構えよりも腰の位置が高く、刃先が地面に触れていた。ジッと動かないワノールは目を閉じ気配だけに集中する。だが、気配は全く感じない。
「僕らの気配を探っても無駄だよ」
「見つかるわけ無いじゃん」
イザルとアザルの声など聞こえていないのか、ワノールは何も言わずただ耳を澄ませる。時折聞こえる何かの飛び交う音にだけ聞き耳を立てるワノールは、何かに気付いたように左目を見開き、地面に黒苑の刃先を当てたままその場で回転する。地面を走る黒苑の刃先は火花を舞い上がらせ、真っ赤な円がワノールの足元に描かれる。黒苑の刃が紙面を走る音は徐々に大きくなり、火花も序所に強くなり始める。
その状況に、いたって落ち着いた様子のイザルとアザルの不適な笑い声が闇の中から響く。
「あはははっ。何をやっても無駄だよ」
「そうそう。僕らには勝てないよ」
「俺が、お前らの様なガキ共に負けるはずは無い」
「言っておくけど、僕らただのガキじゃないよ。一応、魔獣人、完全人型だから」
「だから、普通の子供だと思ってると、一瞬であの世行きだよ」
楽しげにそう言うアザルとイザルに対し、苦痛に表情を歪めるワノールは徐々に左腕に力が入らなくなり始めていた。黒苑の黒い刃も地面との摩擦で熱を帯び真っ赤に変色していた。円を描くワノールの足元からは湯気が上がり暗がりに、白煙が立ち込め始める。
イザルとアザルは何かに気付いた様子で、面白おかしく笑い出し更に糸を張り巡らせる。
「駄目駄目。そんな湯気を目晦ましにする気?」
「僕らそんなに甘くないよ」
「そうそう。でも、これもターゲット見えなくて楽しいよ」
「炎・黒鷲」
その言葉の後に、湯気の中から鋭い波動が真っ赤な炎を纏い横一線に伸びながら、イザルに直撃した。イザルの体は軽々と吹き飛び、胸の辺りからは血が流れ体は炎で燃え上がっている。湯気が消え息を荒げるワノールは燃えるイザルの方を見据える。懇親の一撃が決まりホッとしたのか、ワノールの体は地面に崩れ落ちた。
そのワノールの背後から現れたアザルは、燃え上がるイザルを見て身を震わせる。怒りと憎しみがアザルの表情を強張らせる。一歩一歩足を進めるアザルは、横たわるワノールの頭を掴み上げ睨み付ける。薄らと目を開けたワノールはアザルと目が合い、静かに鼻で笑って言う。
「フッ……。あとは……お前だけか……」
「五月蝿い! お前だけはこの手で!」
手に力を入れようとしたアザルだが、閃光が走りワノールの頭を掴む腕は急に感覚が無くなり痛みが伴った。ワノールの体は地面にもう一度崩れ落ち、アザルの腕は離れた場所に音を立て落ちた。腕から真っ赤な血を霧の様に撒き散らすアザルは、痛みなど感じないのかゆっくりと暗がりを睨み付けた。
遂に第60回までやってきました。
長過ぎます。長過ぎますよこの物語。皆さん、徐々に飽きて来たりするんですよね。そうならない様に努力するんですが、どうも同じ表現法ばかり使っちゃうんですよね。
しかし、この物語本当に終わりが来るんでしょうか? 何だか心配です……。
グチっぽくなっちゃいましたが、あんまり気にしないでください。皆さんが楽しめる様に表現法も、色々勉強したいと思いますので。では、また何処かで……。