第6回 暖かいスープと焼きたてのパン
春の陽気漂う静かな一本道。その道の脇には綺麗な花が無数咲き乱れ、風で花びらが舞う。そんな一本道を黒い厚手のコートを着て頭にフードを被ったフォンが歩いている。背中に背負った大きな鞄に、フードからチラチラ見える茶色い髪が風で靡く。
「は…腹減った〜」
幼い声でそう言うが、その一本道にはフォン一人のため、返事は返って来ない。フォンのお腹の音だけが虚しく鳴り響く。空腹で動く事が出来ず、フォンはその場に仰向けに寝そべった。
視界に広がる真っ青な空に、薄らと掛かる白い雲が綿菓子に見えて来る。その時、大地を蹴る蹄の音が聞こえてくる。幻聴まで聞こえて来るとはと、フォンは瞼をゆっくりと閉じる。
その横たわるフォンの横で馬車が止まる。老人が馬車から降り、フォンのもとに駆け寄り言葉をかける。
「オイ。若いの、こんな所で寝ていると危ないぞ」
「ウウッ……、幻聴が……」
未だに幻聴だと思い込むフォンに、老人がもう一度声を掛ける。
「オイ! 起きろ! 確りせんか!」
完全に反応しないフォンを、老人は仕方なく馬車に乗せて村に戻っていく事に。フォンが目を覚ましたのは暖かい部屋の中でだった。着ていたコートは脱がされ、ふかふかのベッドの上に居た。
「オイラ……。って、言うかここどこ?」
部屋の中をキョロキョロと見回すフォン。そんな時、部屋のドアが開き、老人が入ってくる。体を起こしているフォンに、老人が言う。
「目を覚ましたか。しかし、驚いたぞ」
「オイラも驚いたぞ。まさか、倒れるなんて……」
「お腹空いておるんじゃな。待っておれ、今パンとスープを持ってくるから」
白髪の老人はそのまま部屋を出て行く。フォンが獣人である事に気付いていないのか、その事には全く触れなかった。人間にこんな風に優しくされ、フォンは穏やかな気持ちになった。
「優しくされるっていいな」
ニコニコと笑みを浮べながらベッドから窓の外を見る。薄い桃色の花びらを満開させる桜の木が一本見えた。フォンはそれに心奪われる。
「綺麗だな…。何ていう木かな」
フォンが見とれていると、老人がパンとスープを持って部屋に入ってくる。フォンも匂いで老人が入ってくるのが分かったので、ドアの方を見ていた。老人はパンとスープをベッドの脇の小さな棚の上に置く。パンは焼き立てなのか、まだ湯気が立っている。スープの方も湯気が立っていて暖かそうだ。
「オオッ!」
「さぁ、沢山あるからのぅ。一杯食べるといい」
「ありがとう、じいさん」
フォンはスプーンでスープを口に運び、パンに被り付く。外はカリカリで中がフワフワなパンは、口の中に入れたスープを吸い柔らかくとろける。それが、たまらなく美味しかった。お腹も空いていた事もあり、パンとスープはすぐに無くなってしまった。
「う〜ん。美味しかった。やっぱり、暖かい食べ物はいいな〜」
暖かいスープとパンの余韻に浸るフォンに、老人が優しく言う。
「まだ、残っておるから、食べるならもって来るぞ」
「う〜ん。今は、いいかな」
「そうか。それじゃあ、あんたはゆっくり休んでいくと良い」
「いや、早い内に出て行くよ。迷惑掛けられないから」
フォンはそう言ってベッドから立ち上がり、黒い厚手のコートを着て、大きな鞄を背負う。老人は裏口からフォンを見送った。フォンの右手には沢山の焼きたてのパンが入った袋が握られていた。
村を後にしたフォンは道端に腰を下ろし、袋に入ったパンを手に取り口に運ぶ。外はカリカリで中はフンワリ。このパンの味をフォンはゆっくりとかみ締めた。