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第59回 救出

 日が暮れ、荒れ果てた荒野に冷たい風が吹き抜ける。村の入り口に吊るされる茶髪の幼顔のフォンと、切れ目で胸から血を流すティルと、未だ意識の戻らない金髪のカイン。三人の体は冷たい風に煽られ小刻みに揺られ、その度に傷口が疼き表情を歪めていた。徐々に意識の薄れ始めるティルは、既に体に感覚がなくなっていた。

 そんな事とも知らず、フォンは寒さに身を震わせながら夜空を見上げる。暗色の空には無数の星が煌き、それが美しく見える。


「星が綺麗だなティル」


 不意にティルに声を掛けるが、返事が返ってこない。いつもの事なので、フォンは気にせずもう一度言う。


「星が綺麗だなティル」


 しかし、返事はない。いつもなら、ここで「うるさい」だの「黙れ」だの言うはずなのだ。張り合いの無い状況にため息を吐くフォンは、ティルの方を見る。瞼を閉じ、虫の息のティルの姿に驚くフォンは大声で言う。


「オイ! 確りしろティル!」


 その時、フォンの左隣からか細い声が聞こえた。今にも息絶えそうなその声は、ブツブツと何かを唱えており、フォンには何を言っているのか聞き取れない。ブツブツと言うカインに不思議そうな表情を見せるフォンは恐る恐る問う。


「……カイン。目を覚ましたのか?」

「ブツブツ……ブツブツ……」

「……カイン?」


 フォンが首を傾げると同時にカインの言葉が止まる。すると、カインの足元に溜まっていた血が燃え上がり、三人を縛るロープを焼ききった。カインとティルは力なく地面に横たわり、フォン一人が着地に成功した。火は勢いを増し、入り口の木の柱に燃え移り炎々と燃え上がる。フォンは意識の無いティルとカインを担ぎ上げ近くの小屋に隠れた。外では妙な口調の喋り方の奴と幼い声の二つがヒソヒソと聞こえた。


「おっかし〜っ。急に火の手が上がるなんて〜ッ」

「それに、あの三人の姿がないね。困っちゃった」

「あれれ〜っ。もしかして、これも奴等の仕業〜ッ?」

「どうだろう? 僕分かんない」


 そんな会話をする二人は、暫く燃え上がる炎を見つめていた。全く火を消すそぶりも見せなかった。その後、炎は消え被害は家一軒だけに止まった。

 虫の息のティルとカインの姿に、フォンは呟く。


「早くルナを助け出さないと、カインもティルも手遅れになっちまう」


 目立たない所にティルとカインの姿を隠し、フォンは裏口から外にでた。



 薄暗く静まり返る室内に、二つの影が映る。一人は金髪の長めの髪をした可愛らしい顔つきの少女。もう一人は黒く肩に付く程度の髪の大人しそうな顔付きの女性。二人とも背中で両手を縛られ、逃げ出す事は出来ない。部屋には窓が一つあるが、外の様子が分からないように黒いテープを何重にも貼られていた。言葉も交わさぬ二人だが、不意に金髪の可愛らしい少女が、暖かな声を響かせる。


「もうすぐ、助けが来ます」

「エッ?」


 その言葉に黒髪の女性が不意に声を漏らした。薄暗いため互いの顔は微かにしか見えないが、女性は少女が無表情なのが何故かはっきりと見えた。きっと、彼女がこの状況でも一切表情を変えていないため、はっきりわかるのだと思う。

 そんな少女に恐る恐るだが女性は言う。


「助けと言うのは、あなたの知り合いなの?」

「そうなります」

「そう……」


 悲しげな表情をする女性の声は小さく、少女には届いては無かった。



 静かな荒れ果てた村を一人探索する小柄なフォンは、建ち並ぶ家々の陰に隠れ移動していた。足音一つ立てる事無く移動するフォンは、入り口から三軒目の家の裏に隠れていた。木で出来たその家は、いたる所が痛んでおり窓ガラスも皹が入っていた。裏口がある様だが、完全に錆付きドアノブは回らない。

 そんな時、荒地を踏み鳴らす足音が裏手に近付いてくる。ゆっくりと、軽い足取りの足音にフォンは、必死に逃げ場を探した。


「あれ〜っ? さっき物音が聞こえた気がしたのに〜っ」


 妙な声が家の裏手に響く。ほっそりとした体格の長身の男は、体をくねらせ首を傾げ来た道を引き返す。

 その頃、フォンは間一髪窓から家の中に入り込んでいた。


「ふ〜っ。間一髪だ。しかし、このままだとティルとカインが見つかるのも時間の問題かもしれないな」


 薄暗い室内でフォンの幼い声が響き渡る。キッチンらしき場所だと言う事が窺えるその場所は、コンロやら水道やら食器棚やらがある。フォンはそれらの物に気をつけ足元を確認しながら部屋の中を探索する。

 外から見た感じだと、二階建てのこの建物は二階の窓にだけ黒いテープが貼られており、フォンはそれが何と無く気になったのだ。一歩一歩歩みを進めるが床が痛んでいるのか、所々で軋む音が響きその度にフォンは驚き身をかがめていた。ようやく、階段に辿り着いたフォンは極度の緊張から大量の汗を掻いていた。


「よ、ようやく階段まで辿り着いたけど、本当にあいつら気付いてないのか?」


 そんな不安を抱えながらもフォンは階段を上り始めた。一段一段足の裏で感覚を掴みながら、ゆっくりと上り進める。外の様子が分からないため、時折後を振り返るフォンは、微かにルナの匂いを感じ取った。かび臭い家の臭いにかき消されていたが、二階に近付くにつれルナの匂いが強くなっていく。


「やっぱり、ルナの匂いだ。何て運がいいんだ。入った家にルナがいるだなんて」


 嬉しさに微笑むフォンは二階のルナの匂いが強い部屋の扉を開いた。


「遅かったですね」


 薄暗い部屋の中からルナの声が扉を開けると同時に聞こえ、フォンはその言葉に表情を曇らせた。助けに来たのにそれは無いだろうと、言いたげなフォンの表情など見えていないはずのルナだが、続けざまに言う。


「フォンさんならもっと、早く来てくれると思ってたので」

「そう言う意味ね……。まぁ、オイラ達も色々とあってね」

「達? すると、他にも誰かいるのですか?」


 フォンの言葉に疑問の声を上げるルナの言葉に、フォンはティルとカインの事を思い出し焦り上手く口が回らなくなる。


「おおっ、あえ、その」

「落ち着いてください。フォンさん」

「う〜っ。ごめん。つい……」


 フォンはそう言いながら暗闇の中をルナの声のする方へ向った。そして、ルナの声の方に辿り着いたフォンは、縄を解こうと紐を掴むがすぐさまルナが言う。


「それは、縄じゃなくて衣服の紐です。解かないでください」

「衣服の紐? う〜っ。紛らわしいぞ! 全く」


 ぼやきながらルナの腕を辿り縄を捕らえた。すぐに結び目が分かったが、解けそうに無かったため、フォンは縄を引きちぎった。それ位の力は左腕が負傷してても出るのだ。縄を解かれたルナは立ち上がり、手を首の後ろに回しフォンの解こうとした紐を結びなおした。それから、もう一人の女性の縄を解いた。


「よし、そんじゃ、逃げ出しますか」

「あれ〜っ? 逃げ出すだって〜っ?」

「!」


 驚き振り返るフォンの背後には、いつの間にか妙な口調の細身で背丈の高い男が立っていた。全く足音も無く気配も感じさせぬこの男は、細長い体をくねらせフォンを見据える。


「あれれれ〜っ? 他の仲間はどうしたのかな?」

「お前こそ、他の仲間はどうした」

「あれれ〜っ? 質問してるのは、俺の方なんだけどな!」


 細身の男がフォンに向って右腕を振りぬいた。右腕はギューンと鋭い音を響かせながらフォンの顔面を殴打する。薄暗い室内に横転するフォンは壁に背中をぶつけ、苦痛に表情をゆがめた。何が起ったのかわからないが、一瞬細身の男の腕が伸びた様だった。体を起こすフォンは、辺りを見回し一つの考えを思いついた。

 それは、逃げると言う事だった。この狭い室内ではルナ達もいるし、戦うには不利だと感じたのだ。それに、今の目的はルナを助け出しティルとカインの傷の手当をする事だと、フォンは分かっていたからだ。


「確りつかまれよ!」

「あれ〜ッ? もしかして逃げる気じゃないの〜っ」


 ルナと黒髪の女性を両手に抱え、フォンは勢いよく黒いテープの巻かれた窓ガラスをぶち破った。テープのおかげでガラスは飛び散らず、フォンは無事に地上に辿りついた。ルナと黒髪の女性をおろしたフォンは、すぐにティルとカインの居場所をルナに伝えた。


「わかりました。あの家にティルさんとカインさんが居るのですね」

「ああ。オイラはここで時間を稼ぐから、なるべく早く二人の傷を治してくれよ」

「傷の深さにもよりますが、私も力を尽くします」


 そう言い、フォンはルナ達を先に行かせた。去り行く二人の後姿に妙な声の細身の男が窓から飛び降りてきて言う。


「あらら〜っ。人質を逃がしちゃって、俺をあんまり怒らせるなよ!」


 細身の男がもう一度右腕を振り抜く。あの妙な鋭い音が響き、またしてもフォンの顔面を殴打する。地面を転げるフォンは、体勢を整え立ち上がり細身の男を見据える。やはりあの腕が一瞬伸びたのだ。この瞬間、フォンはこの細身の男を人間ではないと判断した。


「お前、何者だ! 人間じゃないだろ!」

「あら〜っ。わかっちゃった? 俺は魔獣人、完全人型のクローゼル様だ」

「魔獣人? 人型?」


 全く意味の分からないと言う表情のフォンを見るクローゼルは不適に笑う。

 そして、ゆっくり右腕と左腕を交互に振り抜いた。右腕がしなりフォンの左頬を殴打し、少し遅れて左腕が右頬を殴打する。その場を一歩も動かず攻撃を続けるクローゼルに、なす術なくフォンは殴られ続けた。

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