第58回 吊るされる三人
荒野に横たわる小柄で金髪の少年カイン。服は胸の部分で裂け、胸からは血が流れ出ていた。
静まり返るその場に立ち尽くす茶髪で幼顔のフォンは、左腕から血を流しカインの方を見据えていた。その足元には、カインと同じ様に胸から血を流す切れ目の大人びた顔付きのティルが、表情を引き攣らせる。
その様子を窺う右目に眼帯をしたワノールは、黒い刃の剣を鞘におさめゆっくりと荒れ果てた村の方に向って歩き出した。荒れた村の入り口をワノールがくぐろうとした時、妙な声が複数響き渡る。
「あれ〜っ? 止めは刺さないのかな?」
「僕達ちゃんと見てるんだよ」
「きちんと仕事して貰わないと、あんたの奥さん殺されちゃうよ」
歩みを止めるワノールは強気に答える。
「奴らは止めを刺さずとも、時期に死ぬ。無駄に力を使う必要も無い」
「あら〜っ。そんな事言っちゃって」
「それを、判断するのは僕達だよ」
「あんたの意見なんて必要ないから、さっさと殺しちゃって」
交互に聞こえるその声は、ワノールに命令を下す。渋々とフォン達の方を振り返るワノールは、もう一度黒い刃の剣を抜いた。鉄の擦れ合う音が響き、露になる黒い刃は、日差しを浴び一閃する。ワノールと向かい合うフォンは、圧倒的に不利な状況に表情を曇らせる。
静かに吹き抜ける風がまたしても土煙を舞い上げ、フォンの視界を遮る。立ち尽くすフォンは、ワノールの攻撃に備え受身の体制をとるが、一瞬にして体が地面に倒れた。脹脛をティルに叩かれたのだ。
仰向けに倒れるフォンの顔の前を、何か鋭い物が通り過ぎ、逃げ遅れた前髪が少し宙に散った。その後、奥で大きな爆音が響き、岩が崩れ落ちる音が響いた。
「な、何だ今の……」
目の前を通り過ぎた鋭いものに、驚きを隠せないフォンは心臓が張り裂けそうだった。
一方、落ち着いた様子のティルは、ワノールとの間に舞っていた土煙を見据える。土煙には、薄らと横線が引かれていて、あそこから何かが飛んできたのだと分かる。
だが、それが何なのかティルには予測できなかった。
「気をつけろ。俺やカインを切り裂いた技を、ワノールは持っているんだ。何も考えずに立ってると、すぐ斬られるぞ」
「わ、分かってるさ! オイラだって、見てたんだから」
「そう言う割には、ぎりぎりで避けたな。しかも、俺に助けられて」
「ぎりぎりまで見極めようとしただけだ」
強がりを言うフォンは、立ち上がり消え行く土煙の奥に居るワノールを睨む。その更に奥からは色々と声が聞こえるが、その場に居る誰一人として耳を貸さなかった。土煙が晴れフォンの姿を目視するワノールは、黒い刃の剣を構え言い放つ。
「あの時は、邪魔が入り処刑出来なかったが、今ここでこの漆黒の刃、黒苑が貴様の命を貰い受けよう」
勢い良くフォンに迫り来るワノールは、黒苑と呼んだ黒い刃の剣を振り抜く。鋭利な黒い刃を防ぐ術も無く、後退しながら必死に避け続けた。時折、茶色の髪だけが宙に舞うが、今の所何とかかわし続ける事が出来た。連戦から疲れの見えるワノールは、黒苑を振り抜く勢いが衰え始めていた。
このまま行けば、逃げ切れると確信した矢先、フォンは何者かに背後から殴られた。視界が揺らぎ全てが霞み始めた。
「グッ……。油断した……」
そんなフォンの言葉に村の中から聞こえた声が言う。
「あれれ〜っ? 油断したって? それは、違うよ〜ッ」
「俺の邪魔をするな」
「あれ〜っ? 俺にそんな口の利き方していいの〜? あんたの奥さん殺しちゃうよ〜」
「クッ……」
妙な口調の声に、ワノールは下唇を噛み締めた。妙な口調の主は、不適に笑いながらフォンを見下し言う。
「さ〜っ。止めを刺しちゃって?」
その言葉に、ワノールが意見を述べる。
「一瞬で殺してしまうより、長い時間を掛けて苦しみながら殺す方がお前達の楽しみになるんじゃないか?」
「あれ〜っ? 俺に意見するの?」
妙な口調の者に対して、村の中から少し子供っぽい口調の者の声が響いた。
「それって、いいね」
「じっくり苦しむ所を見るって楽しそう」
「あれ〜っ? もしかして、反対なのは俺だけ〜?」
妙な口調の者は、残念そうな声を上げその場を去った。一人荒野に立ち尽くすワノールは横たわるフォン、ティル、カインを見回して、黒苑を鞘にしまった。そんな、ワノールに未だ意識のあるティルが言い放った。
「お前が誰かの言いなりになるなんてな」
「黙れ。この場で殺されたくなければな」
「本当に、殺す気があるのかと、俺は問いたい位だがな」
挑発的な言葉を発するティルに、ワノールが大声で言い放つ。
「黙れ! この場で貴様の息の根を!」
鉄の擦れる音が聞こえ、ワノールが黒苑を振り上げティルの方に走り出す。だが、その動きはすぐに止まった。両手両足にいつの間にかロープを巻かれ、背後には小柄で幼い表情の顔の良く似た二人が立っていた。楽しげに微笑む二人はロープを引き、ワノールの体を地面に倒した。
「駄目だよ。苦しむ所を見るんだから」
「自分の言った事は、ちゃんと守ってもらわないと」
二人はそう言って消えた。ワノールは立ち上がり黒苑を鞘におさめ、残されたロープで三人を縛り上げ村の入り口に吊るした。暑い日差しの中吊るされるフォンとティルは額から汗を流し、胸から血を流すティルとカインは足先から血を滴らせていた。
ようやく、意識の戻ったフォンは、今の状況を把握しようとするが、左腕が痛み考え切れなかった。
「やっと、お目覚めか」
フォンの右隣でティルが辛そうな表情を浮かべていた。血を流しすぎたのだろう、顔色も少し青ざめてきている。そんなティルの表情に驚くフォンは、恐る恐る声を掛ける。
「大丈夫か? ティル。顔色悪いぞ」
「大丈夫なわけ無いだろ。俺はお前よりもひどくやられてるんだから」
「だよな。見てるだけでも痛みを感じるぞ」
ティルの胸の傷を見て、フォンは表情を引き攣らせる。そんなフォンに、ティルは暫し疑問に思った事を訊く。
「お前、ルナと一緒だったんじゃないのか? 姿が見えないようだが」
「実は、ルナがさらわれてさ。オイラはここまでルナを追って来たってわけなんだ。オイラが不甲斐無いばっかりに」
悔しそうにフォンはそう言う。もちろん、ティルはそれに対して嫌味を言う様に言う。
「そうだな。お前がもっと確りしてれば、こんな傷ルナに治してもらうのにな」
「お前の言葉は少し棘があるぞ。訊いてると心がズキズキ痛む。それより、お前は何でこんな所に居るんだ? 北の大陸に行ったんじゃないのか?」
フォンの言葉に黙り込むティルは、深刻そうな表情を見せた。もちろん、フォンもこの瞬間に何か会った事はすぐに分かった。
その後、ティルは経緯を全て話した。それを訊き、フォンは大分落ち込んだように静かに言う。
「結局、オイラ達何のためのボディーガードだったんだろう」
「まぁ、そう言うな。過ぎた事は忘れ次からは、守り抜けばいいんだ」
以外なティルの言葉に目を丸くするフォンに、ティルが少し恥かしそうに言う。
「何だその目は」
「いや……。お前の口からそんな言葉が聞けるなんて……。これは、夢に違いない」
「黙れ馬鹿」
ティルはそう言って顔を背けた。
その後、吊るされたまま沈黙が続きフォンが妙な事を口にした。
「オイラ達、よく吊るされるよな」
「よく吊るされる? 吊るされたのはまだ二回目だ。それに、お前の場合よく捕まるの間違いだろ?」
「確かに、オイラよく捕まるよな……。何だか悲しくなるな」
フォンはそういいながら過去を振り返る。一方のティルは呆れた様子でフォンの事を見ていた。