第57回 ぶつかり合う思い
荒れ果てた荒野に聳える村の入り口に佇む茶髪で小柄なフォンは、黒い刃の剣を向ける一人の男と対峙していた。
微量の土煙を舞い上げる生暖かな風は、その二人の間を吹き抜け嵐の前触れの様に、それが激しくなる。土煙のせいで視界が遮られるフォンは、額から薄らと汗を滲ませ、土煙の先を見据える。その土煙の中、閃光が輝きフォンの左腕に激痛が走った。左腕には真っ赤な血の線が引かれ、ドロドロと血が流れ出す。
すぐさま土煙の中から飛び出したフォンは、左腕を押さえ土煙が消えるのを待つ。
「グッ……」
左腕の傷が疼くフォンは、表情を引き攣らせた。その時、土煙の中から鋭く黒い刃が突き出された。とっさに身を翻すフォンの横を二人の少年が駆け抜け、黒い刃を澄み渡る音を響かせながら弾き返した。茶色のコートを羽織る少年は細身の刃の剣を構え、金髪の少年は蒼い刃の剣を構え土煙の中を見据える。体勢を整えたフォンは、その二人に驚いたように声を上げた。
「ティル! カイン! 何でこんな所に」
「色々とあって、お前を探してたんだが……」
「まさか、こんな状況になってるなんて思っても見ませんでしたよ」
ティルとカインが剣を構えたままフォンに言い放つ。土煙が晴れ、そこに右目に眼帯をした男の姿があらわになる。顔に傷のあるその男は、三人の顔を見回しゆっくりと口を開く。
「お前達をこの村に入れるわけには行かない。ここで、散ってもらう」
「ワノールさん! どうして、あなたがこの村に居るんですか!」
「お前には関係ない」
冷たくそう言うワノールは、黒い刃を輝かせ戦闘態勢に入る。天翔姫を低く構えるティルと青空天を中段に構えるカインは、柄を確り握りワノールの事をジッと見据える。内心、戸惑いを見せるカインは、複雑な気持ちでワノールと対峙していた。
そんなカインに向け、ワノールの黒い刃の剣が襲い掛かる。閃光が煌き澄み渡る音を起て黒い刃は細身の刃と激しくぶつかり軋みあう。
カインの前でワノールと睨み合うティルは、低い声でカインに怒鳴る。
「気を抜くな! 何があったかは分からんが、こいつは俺達を本気で斬るつもりだ!」
「で、でも、僕は!」
「戦わないのなら、その場を去れ! 居るだけ邪魔だ!」
冷たく言い放ったティルの言葉は、カインの胸を激しく貫いた。頭の中にその言葉が響き何も考える事の出来ないカインの目の前では、土煙を舞い上げながらティルとワノールが激しくぶつかり合っていた。
幾度と無く打ち違う天翔姫と黒い刃の剣は、止まる事無く相手に振り抜かれる。暑さからかティルもワノールも、額から薄ら汗を流し徐々に息遣いも荒くなっていた。
「グッ…ハァ…ハァ……」
「少しは腕が立つようになったか」
「元々、お前に劣る様な腕じゃない」
「それなら、これを受け止められるかな」
一瞬、ワノールの雰囲気が変わり緊迫した空気が漂う。ワノールは息をゆっくり吐きながら、体勢を低くし黒い刃の剣が地面スレスレの位置に構えられる。何をするのか分からないティルは、受身の体勢をとりつつワノールの動きを見据える。生暖かい風が辺りを吹き抜け、何やら静けさが漂う中、カインがワノールの構えを見て叫ぶ。
「ティルさん! 逃げてください!」
「もう遅い!」
ワノールが鋭く言い放ち、ゆっくりとティルを睨み付ける。その直後、黒い閃光が横一線に走り土煙が突如舞い上がり、離れた位置に居たティルの体が血飛沫を上げ弾き飛んだ。枯れた荒地を滑るティルの体は、岩にぶつかり動きを止め血だけが流れ出ていた。
振り抜かれた黒い刃の剣を構えなおすワノールは小声で、
「黒鷲」
と、呟いた。
歯を食い縛り右手に持った青空天を構えるカインは、薄ら目に涙を浮かべながらワノールを睨む。金髪だったその髪は白煙を上げ、真っ赤に変化して行く。静かにカインの方に体を向けたワノールは、口元に笑みを浮かべ言う。
「約10年。お前には俺の剣術の全てを教え込んだつもりだ。俺を殺す気で来ないと、お前はここで命を落す事になる!」
「僕は戦いなんてしたくないけど、ティルさんやフォンは僕の大事な友達で仲間なんです! 幾らワノールさんでも、これ以上傷つけるのであれば、僕も本気で行きます!」
二人は同時に地を蹴り、激しく剣を交える。衝撃でカインの軽い体が後方に吹き飛び、ワノールが堂々とした態度でカインを見据える。すぐにワノールに斬りかかるカインだが、ワノールは軽々とカインの体を弾き飛ばす。
そんなカインとワノールの激しい戦いを窺うフォンは、ティルの元に急いだ。胸の辺りを一太刀で斬られ、血が流れ出しているティルにフォンは声を掛けた。
「生きてるか?」
「何とか……な……」
弱弱しくそう答えるティルは、表情を少し引き攣らせる。その隣に腰を下ろしたフォンは、複雑な心境でカインとワノールの戦いを見つめていた。
響き渡る剣と剣のぶつかり合う音は、暫く鳴り止まなかった。
カインが青空天を右に振ればそれを黒い刃が弾き返し、ワノールが黒い刃を左に振ればそれを青空天が払いのける。カインもワノールもお互いに一歩も引かず、互角の攻防が続く。
「クッ…。やはり、技術では互角の様だな」
「ワノールさん。お願いします……。僕は、ワノールさんとこれ以上戦いたくありません。剣を退いて下さい」
「相変わらず、お前は甘い。だが、それは敵に付入る隙を与えるだけだ」
息を吐きながら体勢を低くしたワノールは黒い刃をもう一度地面スレスレに構える。ティルを一撃で吹き飛ばした攻撃で、カインをも仕留めてしまうつもりなのだろう。そんなワノールに悲しげな瞳を向けるカインは、青空天を鞘にしまい全身の力を抜く。真っ赤な髪は見る見る金髪に戻り、カインはゆっくり目を閉じた。
音も無く振りぬかれる黒い刃は黒い閃光を横一線に引き、カインの体を軽々と吹き飛ばす。着ていた服は裂け、血が噴水の様に噴出し激しく地面を滑るカインの体は、土煙を舞い上げた。黒い刃の剣をゆっくりと構え直したワノールは小声で言う。
「黒鷲」
沈黙が辺りを包み、フォンもティルもその光景に呆然としていた。ティルよりもはるかに遠くに飛ばされたカインは、吐血しながら仰向けに空を見上げていた。薄らと瞼を開くカインはその蒼い空を見上げながら静かに微笑んだ。
「カイン!」
左腕を押さえながら立ち上がったフォンは叫んだ。だが、返事は無く風が静かに吹き抜けた。