第56回 噛み合わない二人(ティル)
荒れた荒野を進む二つの影。
緑など一色も無くただ延々と茶色の岩が立ち並び、木々は枯れ生暖かな風だけが吹く。日差しはサンサンと降り注ぎ、空には薄雲が張っており蒼い空が少し淡く映る。
黙々と歩み進める茶色のコートを羽織った背丈の高い少年は、汗でベタベタする黒髪を仕切りにかき上げる。顔立ちの良いその少年は、少し切れ目のその目で道の先を見据える。
一方、その切れ目の少年の少し後ろでは、汗一つ流さず爽やかな笑顔を振りまく金髪の少年が居た。背丈は小さく切れ目の少年の肩ほどの身長の金髪の少年は、その黒い瞳で切れ目の少年を見据え口を開いた。
「大丈夫ですか? ティルさん。凄い汗ですよ」
「大丈夫だ……。それより、お前はなぜ汗をかかない? こんなに暑いのに……」
チラッと金髪の少年を見たティルと呼ばれた少年は、不思議そうな表情を見せた。明るく微笑む金髪の少年はティルを追い抜き、ターンして軽い口調で答える。
「僕、炎血族だからだと思います。ほら、炎血族って血液が灼熱の炎みたいに熱いですから、暑さとかは平気なんですよ」
「ハッ……。そんなもんか……」
呆れた様な感じで、金髪の少年を鼻で笑ったティルは俯きながら脚を進め続けた。
その後も何の苦も見せずに歩き続ける金髪の少年に、次第に苛立ちを募らせるティルは脚を止め、ゼェゼェと言いながら金髪の少年の背中を見据えた。ティルが立ち止まった事に、気付いた金髪の少年は、脚を止め振り返る。
「どうしたんですか? ティルさん。お疲れですか?」
「お疲れですかじゃねぇ! カイン、お前俺を馬鹿にするなよ!」
「エッ! 馬鹿にしてないですよ! って、ウワアアアッ!」
天翔姫を細身の剣に変えたティルが、カインと呼んだ金髪の少年に襲い掛かる。素早く逃げ回るカインを、追い回しながらもティルは先へ進んでいった。
その後、カインを追いかけていたティルが力尽き、追いかけっこは終了した。暫し休憩を取るティルとカインの間には沈黙が続いていた。やはり、タイプの全く違うこの二人は、話をしても話が続かないのだ。
「そろそろ、行くか」
「そうですね」
ティルの言葉に軽く返事を返したカインは、ティルとほぼ同時に立ち上がりゆっくりと歩き始めた。会話の無いまま暫く歩いた後、ふとティルが口を開く。
「なぁ、お前はどうして黒き十字架に入ってたんだ?」
「どうしてでしょ? 幼い頃からあそこで生活してたんで良く覚えてません」
軽い口調でそう言うカインは笑みを浮かべる。幼い時からあんな場所に居たから、戦いになればあんなに落ち着いていられるし剣の腕も立つのだろう。またしても、沈黙が続き二人は歩み進める。
その時、遠くの方で何か大きな音が轟き、土煙が舞い上がった。ティルもカインも顔を見合わせすぐにそこに走り出した。そこに辿り着くと、鉄の変な形の乗り物と小太りな中年の男が一人見えた。辺りは小石が飛び散り未だ土煙が立ち上っていた。
「ここで何があった!」
低い声で怒鳴るティルは、中年男の襟を掴みあげる。怯えるようなしぐさを見せる中年の男に、苛立ち激しく中年男を揺さぶった。白目を剥きぶくぶくと口から泡を吹き出す中年男を、地面に放り投げたティルは小さく舌打ちをして、
「気失いやがったか」
と、ぼやいた。驚いた表情を浮かべるカインは、信じられないと左右に首を振った。
「ティルさん。何してるんですか……。気絶させちゃ何も聞けないですよ」
「気絶させるつもりは無かった。ちょっと、脅かすつもりだったんだが」
「脅かすつもりって……。この人が何かやったわけじゃないですし……。それに、僕はその人より、その鉄の乗り物の方が気になりますけどね」
鉄の乗り物の中を覗き込むカインは、不思議そうに色々と弄り回していた。この乗り物の事を以前に見た事のあったティルは、右手を顎に添え軽く首を傾げた。
その時、
バババババッ
と、大きな音をたて始める鉄の乗り物。中に乗り込んでいたカインは甚く驚き外に居るティルに助けを求める。
「てぃ、ティルさん! この鉄の乗り物が!」
「お前、何してるんだ!」
ティルは怒鳴りながら鉄の乗り物に乗り込みカインを降ろそうとした。
その瞬間、カインが足元にあるアクセルを踏み込んだ。土煙を巻き起こし鉄の乗り物は後方に真っ直ぐ突き進み、二人はそのスピードに驚き声を上げる。
「ウオオオオッ!」
驚きのあまりティルはカインの握るハンドルを右に切り、鉄の乗り物は回転しながら岩にぶつかりようやく動きはおさまった。
「ウウッ……。何ですか、あの乗り物は……」
目を回し気持ち悪そうに乗り物から降りたカインは、ティルの方を見る。ティルも、気持ち悪そうに額に手を当て、その場に倒れこむ。
「あれは、東のフォーストで開発された自動車とか言う乗り物だ。向うでは一家に一台あっても可笑しくない乗り物だが、アルバーでは販売されてないから、相当の金持ち位しか持ってないと思うが……」
「あのおじさんが、お金持ちなんですか?」
「お前はそう見えたのか?」
「いえ。どちらかと言えば貧乏そうに……」
正直な言葉を並べるカインは、フラフラと立ち上がり「ウウッ」と、吐き気に襲われていた。横になり調子の戻り始めていたティルは、そんなカインを見て苦笑していた。
ようやく気分が良くなった二人は、地図を広げた。そして、カインが地図の先の村を指差して言う。
「この村です。確か、この村作物の葉がワノールさんの家の前に落ちてたんです。きっと、ここにワノールさんの家を燃やした犯人と奥さんが」
「だが、どうしてこの村の作物だと分かるんだ? どの村も採れる作物は同じだろ?」
「いえ、この村は特別でこの荒地でしか育たない作物があるらしいんです。確か、農家の人の話を聞きましたから」
「農家の人の話か。曖昧だな」
カインを馬鹿にする様な口調のティルだが、近くにここしか村しかないと知り、仕方なく歩みを進める。
カインは少し不貞腐れたような表情でティルの後を進み、時々舌を出してアッカンベーとしていた。それに全く気付かないティルに、カインは調子に乗りティルを馬鹿にする様な動きをとりまわっていた。そんな時、不意にティルが振り返った。
「なぁ、カイ……ン……」
「あっ」
目が合うカインとティル。暫し動きが止まり沈黙が続く。そして、ティルが一瞬にして天翔姫を細身の刃に変え、カインに振り下ろした。
「ヒィ〜ッ。じょ、冗談ですよ。少しふざけただけですって」
青空天で天翔姫の刃を受け止めるカインは、半笑いでティルの顔を見る。額に青筋を立てるティルは、歯を食い縛り口元に笑みを浮かべて、低い声で言う。
「ここで、お前の首を落としてやろうか? 俺は、フォンやワノールの様に甘くないぞ」
「だから、冗談ですって。それに、フォンが言ってましたよ。ティルさんはワノールさんなんかよりも、優しくて甘いって」
「あいつ、今度あったら叩ききる」
怒りはカインからフォンに向けられた。ホッと胸をなでおろすカインは、青空天をおさめ歩き出した。その時、視界に小さな村が映った。遠くからみても分かるほど荒れ果てるその村の入り口に、二つの影が薄ら見える。黒い刃の剣を持つものと、茶色の髪の小柄な体格の男。その姿に見覚えのあったカインとティルは顔を見合わせて言う。
「あれは!」