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第52回 闇の中の騒音(フォン)

 晴天で蒼く澄み渡る空の下、長く何処までも続く道無き荒野を進むフードを深く被ったフォンと真っ黒なワンピース姿のルナ。

 今まで地図など見た事の無いフォンは、地図など持っていないし今何処にいて、何処に町があるのかすら分からず、完全に迷子になってしまった。大きな岩や小さな岩が転がる荒れ果てた荒野は、草や木など生えておらず、日陰になっている場所など何処にも無い。しかも、ただでさえ歩き辛いなのに雲一つない晴天のため、フォンは疲労が溜まっていた。もちろん、ルナは表情をピクリとも変えず、涼しげな顔をしているが、男の足でも辛いこの道のりを女のルナが平気なはずは無かった。フォンはルナを気遣い度々休憩を取るが、この日差しだと全く休憩にならない。


「ふ〜っ。今日は暑いな」

「そうですね……」

「ゴメンな。オイラが地図とか持ってないせいで、苦しい思いさせてさ」

「大丈夫です。心配しないでください」


 ルナはそう言うが、あんまり大丈夫そうには見えない。それどころか、足元がフラフラとおぼつかないルナに、少々呆れるフォンはため息を吐きルナを見据え、このままだと倒れる恐れがあると感じフォンは、その場に座り込み何か得策は無いかと考える。音も無くジリジリ照らす日差しが、フォンの額から汗をにじませる。その後、刻々と時間が過ぎて行き、いつの間にか入相を迎えていた。日が落ちてくると、冷たい風が辺りを吹き抜け急に温度が下がる。流石に薄着のルナに寒い思いをさせまいと、フォンが考えた苦肉の策は――。


「寒くなってきたし、このコート着ろよ。風邪引くと行けないからな」

「それでは、フォンさんが風邪を……」

「オイラは馬鹿だからさ。ほら、良く言うだろ馬鹿は風邪引かないって」

「馬鹿でも風邪は引くと思いますよ」

「いいんだ。オイラのせいでこんな事になったんだから」


 厚手のコートをルナに差し出し、フォンは堂々と胸を張る。自分はこの程度の寒さくらい平気だと言わんばかりに強がるフォンは、中々コートを受け取ろうとしないルナに強引にコートを渡し日が落ち薄暗い荒野を歩き出す。強引にコートを渡され黙り込むルナは、フォンの優しさを感じつつそのコートを羽織り、早足でフォンの後を追った。

 大分歩いたが全く火の灯火すら見えない荒野は、薄暗く足元がはっきりと見えない。その為、フォンの歩くペースも随分と遅くなっていた。風が吹きそこらへんに転がる岩が欠ける音が妙に響き渡る。とても静かで何の気配も感じないそんな夜道を歩くフォンは、ルナがちゃんと付いて来てるのか不安になり声を掛ける。


「なぁ、ルナは何処の国の出身なんだ?」


 不自然なフォンの問い掛けに、ルナからの返事は無い。大体、予測はしていたが、こうも的中すると何だか虚しい。

 暫く、返事が返って来ないまま歩き続けるフォンに、少々警戒するかの様にルナの声が聞える。


「どうして、私の出身国を知りたいのです?」


 随分と遅い返事にフォンは苦笑し、頭を掻く。

 そして、突き進む道の前に現れた大きな岩の前で足を止め、ルナの事を待つ。すぐにルナもそこに辿り着くが、やはり少し疲れが見えた。その為、ここで休憩を取る事にした。大きな岩にもたれるフォンは、疲労の見えるルナの方を見て、先程の質問に答えを返す。


「オイラさ、つい最近まで小さな村に暮らしててさ。初めて村を出て、今まで旅してたけど……。オイラが見て回ってるのはこの国だけでさ。それで、他の国にも行ってみたいし、様々な人と話したいと思ってるんだ」

「そうですか。珍しい方ですね」

「そうか? 普通は自分の目で見てみたいと思わないのか?」

「どうでしょう? ただ、言える事は旅をしている者は皆目的があると言う事です」

「へ〜っ。目的か……。そうだよな。ティルも何か目的があるから一人で旅をしてたんだよな」


 何と無くルナの言葉に納得するフォンは、腕組みをしながら頭を上下に振ったのち欠伸をする。夜の内にある程度進んで置こうと思ったフォンだったが、やはり眠気には勝てそうに無かった。眠い目を擦り夜空を見上げるフォンは、もう一度欠伸をする。目は虚ろになり今にも眠りそうになるフォンは、頭を左右に激しく振り眠気を飛ばそうとする。それでも、眠気が取れないのか、ルナに眠そうな声で言う。


「あのさ……。オイラの顔を思いっきりビンタしてくれないか? もう、眠くて眠くて……」

「別にいいですけど……。本気でいきますよ?」

「おう……。その方が眠気が飛ぶからな」


 そう言ったフォンの顔に、鋭く重いルナの右手が振り抜かれた。バチンと大きな音を辺りに響き渡らせ、フォンの顔には真っ赤な手の痕が残されていた。ビンタしたルナも、手が痛かったがそこは、痛みを堪え平常心でフォンの事を見据える。

 ヒリヒリとする左頬を擦るフォンの目には涙が浮かんでおり、今にも零れ落ちそうになっている。その涙を右手で拭い、重い腰を上げたフォンは少し震えた声で言う。


「そろそろ、行こう。眠気も覚めたし……」

「また、いつでも言ってください。私で良ければいつでも、ビンタしますから」

「い…いや。多分、二度と頼まないよ……。こんなに痛いのは、もう懲り懲りだから……」

「そうですか。残念です」

「残念ですって……。それは、どういう意味だよ」


 残念そうに俯くルナにそう言ったフォンは、左頬の痛みを堪え歩き出す。相変わらず足元は見えず、悪戦苦闘するフォンとルナだったが、徐々に荒地が平地へと変わりつつあり、足取りも楽になった。

 大分、歩き易くなった夜道を進むフォンとルナは、遠くで聞えるフクロウの声を聞きながら話をする。話をすると言っても、殆どフォン一人で喋りルナが聞き役に回ると言うのがいつもの決まりの様になっていた。


「そう言えば、ルナとオイラは同い年なんだよな」

「そうですね。一応、同じ16歳です」

「何だよ、その一応って……。オイラが子供っぽいとでも言いたいのか」

「いえ。そんなつもりは無いです。ただ、フォンさんが私と同い年に見えないと」

「それって、オイラがさっき言った事と殆ど同じじゃないか?」


 目を細め呆れるフォンはため息を吐き、今までの自分の行いを振り返る。すると、出て来るものは全て、子供っぽい行動をする自分の姿ばかりだ。眉を顰めるフォンは「ムムムーッ」と、うなり声を上げゆっくりと息を吐いた。

 そんな時、妙な騒音が背後から聞え、闇の中に二つの光が見えた。振り返るフォンとルナは遠目でその物体が何かと確認しようとするが、その眩しい二つの光が二人の視界を真っ白にする。


「ウッ! 何だ!」

「キャッ、何ですか!」

「どうした、ルナ!」


 光の中でルナの悲鳴が聞えたかと思うと、光が納まり辺りが元の暗さに戻る。遠ざかる騒音に耳を傾けるフォンは、辺りを見回しルナが居ない事に気がつき、名前を呼ぶ。しかし、フォンの声は闇の中で響くばかりで、けして返事は返ってこない。

 この瞬間、フォンはあの騒音を鳴らす物体がルナをさらったのだと気付いた。


「くぅ〜ッ! オイラとした事が! 女の子を危険に晒すなんて……」


 うな垂れるフォンは、悔しげに地面を叩くが、運悪く岩の尖った場所に拳をぶつけ、血が出て痛みに涙を浮かべる。「うう〜ッ」と、うなり声を上げるフォンは、静かな闇の奥で先程の騒音が微かに聞こえ、立ち上がる。目を閉じその音に集中する。まだ、遠くには行ってない様で一定の音を保っている。


「ゆるさねぇぞ! すぐに追い付いてやるからな!」


 屈伸運動をしながら呼吸を整え騒音の微かに聞える闇を真っ直ぐ見据え勢い良く地を駆ける。岩の砕ける音が響き、フォンの足元にあった岩が飛び散り、暗い空に舞ったのに誰も気付きはしなかった。その後、騒音はフォンと一定の距離を保ち移動していた。

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