第51回 旅の再開(フォン)
ちょっと、話が複雑になりそうなので、一応タイトルに名前を書かせて貰いました。今後、フォンとティルの話がゴチャゴチャ混ざりそうなんで、取り合えずこんな感じです。読み辛い作品になるかもしれませんが、よろしくお願いします。
静かな森の中に佇む古家のベッドで、ボサボサに伸びきった茶色の髪を風に揺らす稚けない顔の少年が、今日も目を覚ます。多少乱れた服装の少年は眠そうな表情をしながら体を軽く動かした。もう体に痛みは無く随分と体か軽くなった感じのする少年は、ベッドから起き上がり欠伸をしながら、窓の外に広がる静かな森を眺める。風が吹き抜ける度に聞える草木のザワメキは、とても安らかで心が落ち着いき、一方で聞える小鳥達の歌声は、静かな森を活気付けている様だ。
少々暖かな日差しを浴び、更に眠気が漂う少年は、欠伸をしてボサボサの髪を掻き毟った。随分と髪を切ってなかったせいか、頭が大きく見えるほど髪がフサフサになっていて、何と無く頭が重く感じていた。その髪を触る少年は木の床を軋ませながらゆっくりと部屋を出て、廊下を進み階段を下る。少年は幾度と無く欠伸をして、眠そうな表情を見せ一階へと辿り着いた。キッチンから漂う朝食の香りを嗅ぎながら少年は、口元に笑みを浮かべ嬉しそうにキッチンに向う。
そこには、エプロンを着た真っ黒なワンピースに身を包んだ、金髪の少女が居た。長い髪を櫛で巻いて糸巻き状にしたその姿は、何だか愛らしい。少女はそんな視線に気付き、少年の方を見据えると軽く頭を下げる。パッチリとした二重瞼の少女は可愛らしい顔付きだが、表情は無表情だった。
「おはようございます。随分と、体の調子がいいみたいですねフォンさん」
「まぁな。痛みもひいたし何だか体が楽になった感じだな。それより、その話し方止めくれよ。もっと自然体にしようよルナ」
フォンと呼ばれたボサボサの茶髪の少年は、笑いながら椅子に座りルナと呼んだその金髪の少女の背中を見据える。朝食の準備を終え皿をテーブルに運ぶルナは、無表情のまま全ての料理を運び終えフォンの向かいに座る。微笑むフォンは先程の答えが返ってくるのを待つが、一向に返事は返って来ず沈黙が続き、外で歌う小鳥達の声が聞えてくる始末。微笑み自分を見つめるフォンに、ルナは首を傾げ小さな声で言う。
「どうかなさいました?」
「いや……。何でも無いよ。それよりさ、ティルとミーファ大丈夫かな?」
「さぁ、私にはわかりません。ですが、町で聞いた話ですと、北の大陸に向けて出港した貨物船が一隻、残骸となって発見されたそうです。奇跡的に一命と取り留めた人物の話では、魔獣に襲われ黒髪の少年が立ち向かったが歯が立たなかったとの事です」
「黒髪の少年? 何だか、大雑把だな。黒髪の少年なんてこの世界に何人居ると思ってるんだ」
「全くです」
無表情のため少し冷たいような口調のルナだが、ここ数日一緒に居たフォンは何と無くだがルナの気持ちが少し分かってきた感じがした。
ティルやミーファの事を考えるフォンは、パンを口に銜え腕組みをしながら俯く。ルナから見れば完全に寝ている様な格好のフォンだが、微かに銜えているパンがモゴモゴ動くので、寝ては居ない様だ。フォンが黙ってしまうと完全に静まり返る食卓は、食器の音だけが響き何だか妙な感じが漂っていた。
フォンがパンを銜え五分が過ぎた。気になったルナは席を立ち、フォンの傍に歩み寄り口からパンを抜く。フォンの銜えていたパンには涎が滲み込みグチャグチャになっていて、食べられるものではない。その為、ルナはそのパンをゴミ箱に捨て深いため息を吐き、暫しフォンの姿を見て考え込む。そんなルナの心配を知らず、フォンは椅子に座ったまま器用に眠っていた。
暫くし、フォンは妙な音で目を覚ました。ザクッザクッと何かを切る音が耳元で聞え、ハラハラと茶色の髪がフォンの肩から滑り落ちた。突然の抜け毛に驚き気が遠のくフォンは、また眠りに就いた。いや、性格には気を失ったと、言う方が正しい。そんな事とも知らず、フォンのボサボサの髪をハサミで切るルナは、慣れた手付きで髪を整えてゆく。静かに小鳥の歌を聞きながらザクッザクッとリズム良く茶色の髪を落としてゆく。
ボサボサだった茶色の髪はバッサリと切り落とされ、随分とすっきりとした感じのフォンは、吹き抜ける風を肌に感じ目を覚ます。寝ぼけているのか、フォンは辺りを見回し暫し怖い表情を見せ、そんなフォンをテーブルの向こう側に座るルナは、不思議そうに見つめていた。
何度か辺りを見回したフォンはようやく落ち着いたのか、ホッと息を吐き笑みを浮かべる。そんなフォンにルナが遂に言葉を掛ける。
「どうかなさいました? 先程からキョロキョロとしているようですが」
「いや〜。変な夢を見てさ」
「変な夢……ですか?」
「そうそう。妙な音で目を覚ますと、オイラの髪の毛が抜けていたって言う恐ろしい夢なんだ。もう、ビックリしちゃってさ。アハハハハッ」
「髪が抜けた? それは、違います」
笑い声を上げるフォンに落ち着いた様子でルナは、鏡をフォンの方へ向ける。鏡に映る自分の髪に驚き思わず、仰け反るフォンは椅子ごと後に倒れこんだ。髪を両手で触るフォンは驚きで腕が震えていた。あれは夢じゃなかった、現実だったのかと、目を丸くするフォンは、周りに髪の毛が落ちていないという疑問にぶち当たった。暫し考えゆっくりと立ち上がるフォンは、ルナの方を見て恐る恐る口を開く。
「あ…あのさ……。勝手に抜けたわけじゃないよね?」
「勝手に抜けたわけじゃありません。私がこのハサミで切っただけです」
「切っただけですって……。それならそうと、先に言ってくれよ」
「言おうとおもったんですが、タイミングが分からなくて……。すみません」
鏡をテーブルに伏せるルナは、そう言い俯く。バッサリ切られた髪を右手で触るフォンは、倒れた椅子を元に戻し風呂場に向った。とりあえず、髪を洗おうと思ったのだ。風呂場に行くと既にお湯が沸かしてあり、フォンはゆっくりと湯船に浸かり体を温める。
「フーッ。良いお湯だ〜。生き返るぞ〜」
親父臭い事を言う稚けない顔のフォンは、湯船に浸かりながら上機嫌で鼻歌を歌っていた。それに釣られる様に外からは鳥の囀りも響き渡る。その後もフォンは湯船に浸かり鳥と共に鼻歌を歌いながら、ゆっくりと風呂から上がった。茶色の髪の先から滴れる雫を確りと、タオルで拭きながらキッチンに来るとルナが身支度を済ましていた。ゆったりと身構えるフォンは、少々首を傾げ不意に言葉を投げかける。
「何で、身支度なんかしてるんだ?」
「フォンさんも大分、体の調子が良くなったようなので、そろそろ旅を再開した方いいかと」
「あぁ……。そうだな。オイラもそろそろ、別の国に行きたいからな」
「それでは、これに着替えてください。一応、ミーファからどういう服が良いのかとかは聞いていますので」
「わかった。それじゃあ、着替えてくるよ」
暫しキッチンから離れ、服を着替える。綺麗な黒いシャツにブカブカな長ズボン。そして、フード付きの紺色のフカフカなコートを来て、荷物を詰め込んだ大きな鞄を担ぐ。その格好でキッチンに現れたフォンに、少々冷たい視線を送るルナはため息を吐き、自分の荷物を持つ。
「それでは、行きましょうか」
「目的地は何処なんだ?」
「さぁ? 私はあなたの行く場所に付いていくだけなので」
「なら、暫くこの国見て回ってからティル達の後でも追うかな」
「どうしてティルさん達の後を?」
何気ないルナの質問に、フォンは少し戸惑い考え込む。
そして、考え込んだ末に出した答えは、
「何だろうな。上手く言えないけど、オイラとティルはまだミーファのボディーガードをやめちゃいけない気がするんだ。それに、ティルが一人旅をしてるなんて、寂しそうだろ」
「そうですか? 彼は彼なりに一人旅を楽しんでいるんじゃないですか?」
上機嫌に笑うフォンにそう言うルナだが、その声は小さくフォンに届かなかった。その後、フォンは浮かれ気分で外に出て行き、ルナは不安な思いを顔に出さずにフォンの後を追った。