第50回 作戦
土煙が辺りを包み込み、近くの木々は衝撃で地面から根っこを突き出し斜めに傾く。木で建てられた家も衝撃でその半分を破壊され、内装が丸見えになっている。地面に転がっていた五体の魔獣の死体も、先程の衝撃で何処かへ飛んで行ったらしく、そこには大きな穴が開いていた。
ティルとブラストは何とか衝撃波を踏み止まり耐え抜いたが、体に飛び散った石が掠めたらしく血がにじみ出ていた。天翔姫の1のボタンと2のボタンを続けて押したティルは、すぐさま細い刃の剣を構える。土煙を挟むティルとブラストは、互いに目で合図を送りあう。ブラストは黒いボックスを槍に変え、警戒している。土煙が消え、現れた穴を離れた位置から見据えるティルとブラストは、唾を飲みゆっくりと穴に近付く。波の音だけが耳に届く中、微かに聞えた土が崩れる音にティルはハッとし叫ぶ。
「ブラスト! 離れるぞ!」
「何!?」
爆音が辺りに響き、衝撃が地面を激しく揺らし穴から大きな黒い翼の魔獣が飛び出す。沢山の石が飛び散り地面に降り注ぐ音が、翼を羽ばたかせる音と共に聞える。巻き起こる突風に、体を吹き飛ばされそうになりながら、ティルとブラストは空に舞う魔獣の姿を見据える。鋭い眼差しの魔獣は、ティルの方に体を向け不適に笑みを浮かべる。あの貨物船の上で見せた笑みを思い返すティルは、背筋が凍りつく思いに身を縮めると天翔姫を構えたまま、二、三歩後退する。手足が小刻みに震え、やはり戦いを拒絶する。そんなティルの様子に、ディクシーはゆっくりとした口調で言う。
「また、振るえちゃってるのね。そんなに怯えなくていいのよ。一瞬で殺してあげるから」
「オイオイ。俺が居る事をすっかり忘れちゃ居ネェか?」
「――!?」
軽く槍を構えるブラストは、体を捻らせ勢い良く右手で槍を投げる。その槍はブラストの方を振り向いたディクシーの右の翼に突き刺さり真っ赤な血を飛び散らせる。悲痛の叫びを轟かせるディクシーの右の翼は、完全に槍が突き抜け痛々しく見える。そんな光景を見ながらパンパンと二度手を叩くブラストは、まるで自分の仕事が終ったかのように、その場にあった切り株に腰を下ろしティルの方を見て微笑む。その目は、後はお前の仕事だと言っている様で、ティルは体中に気合を入れた。
暫く上空で悲痛の叫びを轟かせていたディクシーの目は、完全に怒りに染まり左手で槍を抜くとそのまま握り潰す。黒いディクシーの右の翼は、丸い穴とそこから溢れる血で少し赤黒くなっている。思う様に飛べなくなったのか、ディクシーは地上に降り立ちブラストの方を睨む。
「私を傷つけた罪は重いぞ」
「お前の相手は俺じゃないだろ?」
「殺す順番は私が決める!」
大きな翼で勢い良く飛び出すディクシーは鋭い爪で、ブラストに襲い掛かる。切り株に腰をすえるブラストは、座り込んだままディクシーの体を蹴るとそのまま後ろに転がり立ち上がる。完全にディクシーを馬鹿にする様な態度のブラストは、ゆっくりと背を向け歩き出す。頭に血の上ったディクシーは大声で遠吠えをあげると走り出そうとする。
その時、背後で低い声が響き同時に鋭い閃光が走る。とっさに身を翻しそれをかわすディクシーの目の前には、天翔姫を振り抜いたティルの姿があった。ハラハラと舞う数枚の黒い羽は鋭く真っ二つき切り裂かれていた。
「怯える事しか出来ぬ人間が、私の邪魔をするか!」
「怯える? 何の事だ。俺は怯えちゃいない。第一に何故怯える必要があるんだ?」
「私の強さを忘れたか。ならば、もう一度その体に刻み込んでくれよう!」
「刻み込むのはお前の体にだ!」
天翔姫とディクシーの鋭い爪が同時に、振り抜かれる。鋭い閃光を走らせる天翔姫は、澄んだ綺麗な音を響かせながらディクシーの鋭い爪とぶつかり合う。軽く流れる様に振るう事の出来る天翔姫は、まるでティルと神経が繋がっているかの様に動く。互角に渡り合うティルの動きに、戸惑いを隠せず冷静さを失うディクシーは大きく右手を振り上げる。腰を低くするティルは、その腕が振り下ろされるのを待つ。右手がピクッと動き、ティルは右手が振り下ろされると確信し、天翔姫の柄を確り握った。
その時、鈍い音と共に激しい衝撃が全身を打ち抜ける。吐血するティルは後方に吹き飛び地面を転げ、うつ伏せに倒れこむ。ジリジリと痛む右脇腹からは、薄らと血が滲み出し服を真っ赤に染める。ディクシーは振り上げた右腕をゆっくりと下ろし、振り抜いた左手を口元に持って行き爪に付いた血を舐めた。右腕を振り下ろすと思い込んでいたティルは、左腕が振りぬかれるのに気付かなかったのだ。
「残念ね。私が、怒りや焦りを見せると思う? あれは全部芝居よ。それに、元々二人とも消すつもりなんだし、どっちから消しても同じなのよ」
「グッ……。俺の攻撃は全てよんでいたって事か……。でもな」
「でも、何かしら?」
不適に微笑み首を傾げたディクシーの首筋に鋭く冷たい刃が伸びていた。先程までの笑みは消え、一瞬にして表情が強張るディクシーの背後で、堂々とした態度で剣を握るブラストはいつでもディクシーの首を切り裂く事が出来る。歯を食い縛り悔しがるディクシーは、ティルを物凄い形相で睨む。腹部から流れる血を左手で押さえるティルは、右手に持った天翔姫の刃先をスッとディクシーの鼻先に伸ばし、苦しそうに笑う。
「全てはお前を油断させる作戦だ。俺があそこでワザと攻撃を食らうのも全部」
「ワザと食らっただと、そんなに血を流して強がりを……」
「強がりを言ってるのはお前の方だ。俺はいつでも首を斬る事が出来るし、ティルだってお前の心臓を貫く事が出来る」
「なら、さっさと私を殺すがいい」
「その前に、聞きたい事がある」
目が霞み始めるティルだが、力強い口調でそう言いディクシーを睨む。実際は、ディクシーの姿も霞んで見えるため、何処を睨んでいるのかすら分からないティルは、必死に目を凝らす。だが、ティルの体は無常にも地面に崩れ落ちた。
「ティル!」
ティルに気をとられディクシーから目を離したブラストは、腕を勢い良く開かれた翼に叩かれ剣が手から毀れ地面に突き刺さる。大きな黒い翼を羽ばたかせる突風を巻き起こすディクシーは空高く舞い上がり不適に笑いブラストとティルを見下す。右手を押さえるブラストは、宙を舞うディクシーを睨みながらティルの元に近付く。辺りには吹き荒れる風で舞い上がる木の葉や土煙が、渦巻き木々が慌ただしくザワメク。
「悪いけど、ここで引かせてもらうよ。私もまだする事があるし、この決着は何れつける」
「こっちは今決着をつけてもいいんだが」
「フッ。近い内にあんたを殺しに行く。楽しみにしてな」
激しい風が辺りの砂を全て巻き上げ、ディクシーが素早くその場を後にした。風はシンと収まり木々のざわめきも無くなり、遠くの方で波の音だけが響き渡る。
横たわるティルの手から天翔姫を取り、ボックスに戻してティルを抱え森の奥へと入ってゆくブラストは、そのまま森の奥にある洞窟に入り奥に突き進む。奥は明かりが灯っておりそこにエリスが鼻歌交じりで夕食の準備をしており、物音でブラストの事に気付く。振り返ったエリスはブラストの抱える傷ついたティルの姿に、悲鳴の様な声を上げる。
「ブラスト様! どうなさったんですか!」
「いや、色々と厄介な奴が現れてな。お客さんが怪我を」
「大変です! 急いで手当てを」
「そうだな。任せるぞエリス」
優しく微笑みながらそう言ったブラストは、ベッドにティルを寝かせ傍にあった椅子に腰掛けた。忙しそうにティルの手当てをするエリスを見ながら、ブラストは欠伸をし一眠りする事にした。
祝・第50回!
と、言うわけで『クロスワールド』も、すでに第50回まで消化し、様々な登場人物が現れましたね。まぁ、物語の方は未だ発展の無いままチマチマと進んでおり、こんな感じでいいのかなぁなんて悩んでおります。
それで、皆様にお聞きしたい事があります。実は今まで出た登場人物の紹介をした方がいいか迷ってます。もし、紹介をして欲しいと言うのであれば、登場人物紹介として物語の間に入れて置きたいと思うのですが、どうでしょう?
愛読なさる皆様の意見を聞かせてください。メッセージで送ってください。よろしくお願いします。