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第48回 再会

 真っ青な海からは朝日が顔を出し、薄らと砂浜には霧が立ち込めている。

 小波の音が静かに鳴り響き、砂浜を歩く足音が霧の中から聞える。その足音の主は、砂浜に横たわる人を見つける。

 ボロボロで傷だらけの一人の少年。濡れた黒髪には砂が付いている。意識は無いようだが、呼吸はしていた。

 そんな少年の傍に座り込んだ人影は、ゆっくりと傷つき倒れる少年の体を引き摺りながら来た道を引き返す。



 日も大分上がり、サンサンと照り渡る日差し。

 知らない家の寝室で包帯を巻き寝かされる黒髪の少年は目を覚ました。濡れていた服は替えられており、全身には痛みが残る。

 外からは波の音が聞こえ、ここが海の近くである事が分かる。黒髪の少年はその切れ目の目で辺りを見回した後、体を起こしベッドから立ち上がる。部屋に聞えるトントントンと言う物音に、耳を傾けながらゆっくりと部屋をでて、廊下を歩く。その時、背後から明るい男の声が響き渡る。


「おっ! 目が覚めたかティル」

「!?」


 驚き振り返ったティルの目の前にはグレイ色の短髪でティルよりも背の高い男が立っていた。ガッチリとした体格のその男は、穏やかな目つきでティルの事を見据え微笑んでいる。見た目から、歳は三十後半位に見えるその男の顔に、固まるティルに男は首を傾げる。


「どうした? もしかして、ショックで記憶でも忘れたのか?」


 心配そうにティルの顔を覗き込む男は、ティルの頭を軽く二回叩く。暫し固まっていたティルも、我に返り男を指差し大声で叫ぶ。


「お! お前が何で! エッ、待てよ。それじゃあ、ここはアルバー王国か!」


 混乱する頭で考えを広げるティルに、腕組みをしながら笑う男はとても嬉しそうだ。色々と考えるティルは、結局考えが纏まらず、その男に問いただそうとした。だが、その時、廊下の先から可愛らしい少女の声が聞えてきた。


「ブラスト様。どうかなさったのですか?」

「いや。君が連れてきたお客さんが目を覚ました様でね」

「エッ、そうなんですか?」


 バタバタと廊下を走る音が聞え、一人の少女が廊下を走り近付いてくるのが分かった。背後から、聞えるその足音に振り返ったティルの視界には、エプロン姿の少女の姿があった。

 腰まで届くくらいの長い黒髪。パッチリとした大きな黒い瞳の目。顔付きは少々ふっくらとしているが、それがまた可愛らしい。体格は小柄でまだ幼さの残る体つき。そんな少女の顔を見たティルは、頭の中に浮かぶ一つの顔を思い出す。

 そして、小さな声で呟いた。


「エリス……」

「エッ? どうして、私の名前を知ってるんですか?」


 不思議そうな表情を見せるその少女は、首をかしげてブラストの顔を見る。

 やっぱりかと、言う表情を見せるブラストは、ティルの驚く表情を見た後、エリスの肩に手を置きゆっくりと語りだす。


「エリス。驚くかもしれんが、お前の連れてきたこのお客さんは……」


 少し間を空けるブラストに、真剣な表情をするエリス。そのブラストの後では目に涙をためるティルの姿が。

 そんな事など知らず、ブラストはニコッと笑い言う。


「このお客さんが、エリスに一目ぼれしたらしくてな。名前を何ていうか聞かれて教えたんだ」

「そうなんですか」

「そうなんだよ。さぁ、エリス。早くキッチンに戻らないと大事な昼食が丸焦げになっちゃうぞ」

「ああっ! そうでした。それじゃあ、お客様楽しみにしてくださいね」


 エリスは微笑み一礼すると廊下を走り去ってゆく。

 そんなエリスに手を振るブラストの背後では、涙を流そうとしていたティルが額に青筋を立て怒りに燃えていた。何が、一目ぼれだと言いたげな表情をするティルは、ゆっくりとブラストの右肩を掴み、怒りに震える声で言う。


「どういうつもりだ……。ブラスト」

「オイオイ。俺はお前よりも十二も年上なんだぞ。呼び捨てにするなんて、どういうしつけをうけてるんだ?」

「黙れ……。それより、お前俺が、エリス…妹を探している事知ってるだろ!」


 そんなティルの言葉を聞き、ブラストは右肩を掴むティルの手を払いのけ、振り返り睨み付ける。そして、小さな声でティルに言い聞かせる。


「エリスにお前との記憶は無い。と、言うより彼女は自分の名前以外全ての記憶を失っている」

「どう言う事だ!」

「俺が彼女を見つけたのは、お前と別れてすぐだ。森の近くで倒れていた彼女を見て、俺はお前に見せてもらった写真の人物だと、すぐにわかった。だが、目覚めた彼女は自分の名前だけしか覚えていなかった」

「そんな、話信じられるか」


 そう言ってティルはブラストを突き飛ばす。だが、ブラストは悲しげな瞳でティルを見据え、「お前が信じなくても、これは本当の話だ」と、一言言い背を向け歩みだす。

 ティルだって知っていた。ブラストがこんな嘘をつく筈無いと。だが、信じたくなかった。折角、妹に会えたのに――。

 そんな思いにティルは苦しみその家を出た。


 家をでたティルは、切り立った岬に立ち尽くし真っ青な水平線を眺めていた。遠くの方で水平線と空がぶつかり合い、綺麗に煌いているのが分かる。

 下では、波の音が繰り返し聞え、潮風がティルの黒髪を優しく揺らす。

 ここは、小さな島らしく、砂浜と木の実が沢山取れる森と、この切り立つ岬以外は無い。家もあの一軒だけらしく、殆ど無人島に近い感じの島だ。

 岬に立つティルは、自分が何のために旅を続けていたのか考えていた。そんな、ティルの背後でエリスの声が。


「お客様。お食事の準備が済みましたので、お呼びに参りました」

「俺はいい。お腹は空いていないから。だから、ほっておいてくれ」

「ですが、すでに三人前用意してしまいまして……」

「……」


 これも、ブラストの仕業だと思いつつも、ティルはエリスを困らせたくないと、「わかった」と返事をした。

 エリスに連れられ家に戻ったティルをテーブルの前の椅子に座るブラストが、軽く笑いながら「ヨッ」っとこえを掛ける。その態度に苛立つが、エリスの前では怒りを表に出さなかった。

 ギクシャクと食事をする三人には会話は無く、静まり返っている。そんな静かな食事中でもティルはことあるごとに、ブラストの事を睨み付け威嚇を続けていた。一方のブラストは、そんな事は全く気にはしていなかったが、エリスはとても心配そうにしていた。

 暫く、食事が進みティルはサラダを食べようとしてドレッシングを探す。そして、それがブラストの前にあるのを確認し低い声で言う。


「ドレッシングをとってくれ」

「……」

「オイ。聞えてるだろ! ドレッシングを――」


 苛立ちの見える声でそう言いかけたティルの目の前で、ブラストがドレッシングを手にし、自分のサラダにかけ元あった場所に戻す。エリスの前では怒りを出したくなかったティルは、握り拳を作り顔を引き攣らせながら怒りを堪える。額に浮かぶ青筋は今にもはち切れそうで、その場は更に険悪になる。

 少々オドオドするエリスは、この場を和ませようと笑いながらドレッシングを手に取りティルに手渡す。その光景を見ながら、ブラストは黙々とサラダを口に運び、どんな会話をするのか伺っていた。


「ドレッシングですよね。どうぞ。手作りのドレッシングなんでお口に合うか分かりませんが」

「す…すまん。ありがとう……」


 エリスにドレッシングを手渡され、少々照れるティルは顔を赤くする。そんなティルを見て、ブラストは複雑そうな表情でパンを口に運ぶ。

 その後、エリスのおかげで大分和やかに食事を終え、ティルは何故か薪割りを手伝わされていた。いつものティルならすぐに断るが、これがエリスの頼みだったので喜んで引き受けたのだ。中々重たい斧を振り上げ、ストンと薪に向って垂直に落す。薪が良い音を奏でながら割れ左右に倒れる。

 そんな作業を続けていると、背後で両手で拍手する音が聞えた。とても、嫌味に聞えるその拍手にティルは薪を割りながら言い放つ。


「俺は薪割りで忙しい。用があるなら後にしろ」

「助けてもらったのに、随分な口の利き方だな。言っておくが俺はお前がエリスの兄貴だと、伝える気は無いぞ」

「そうか。それなら、それで、俺の口からエリスに伝えるまでだ」

「いいのか。それで……」


 その言葉にティルの手は止まる。斧を振り下ろしたまま、動かず色々な事が頭を過ぎる。フォンやミーファの事が――。確かに短い間だったが、あの二人との事がやけに頭から離れない。特にミーファの事が心配だった。あの後、船は海に呑み込まれティルは運良くこの島に辿り着いたが、ミーファは果たして無事なのだろうか。そんな思いに下唇を噛むティルに、ブラストは腕組みをしながら、壁にもたれ穏やかな口調で言う。


「あれから、お前に何があったか分からんが、まだやる事があるんじゃないのか?」

「……」

「以前のお前は、冷酷でもっと冷たい目つきをしていたが、今は暖かみ溢れる良い目付きをしている」

「……」


 黙りこんだまま一言も話さないティルは、斧の柄から手を放しゆっくりと息を吐く。しかし、ティルは何も言わず下唇を噛み締め、少々息を荒げる。

 そんな時、島の上空に翼を羽ばたかせる音が響く。聞き覚えのある音に、ティルはハッとし空を見上げる。蒼い空には浮かぶ大きく黒い翼の魔獣と茶色の翼の魔獣が五体見えた。それは、まさしく貨物船を襲った魔獣達だった。

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