第44回 崩れ落ちるビル
燃え盛る町並みの中、空色の少女の居るビルの壁が大きな物音をたてながら崩れ落ちる。崩れたビルの壁はそのまま石畳の地面に石畳の地面に降り注ぎ、重々しい音を轟かせながら土煙を舞い上がらせる。その衝撃で地響きが起き、近くの建物を破壊する。バランスが崩れ始めたビルは、少し傾いているが何とか崩壊は止まっていた。その光景を下で見ていたティルもカインも一瞬驚いた表情を見せたが、崩壊が止まりホッとする。だが、それも束の間、急に軋む音が聞こえたかと思うと大きな音を起てビルが崩れ始めティルとカインの表情が強張る。
その頃、屋上の手摺に必死にしがみ付く空色の髪の少女は下を見ない様にしている。髪に巻いていた綺麗なバンダナは先程の衝撃で解けてどこかへ飛んでいってしまい、肩までつく程度の髪が風で激しく揺れる。そんな少女の居る場所は、床に亀裂が走り、いつ崩れ落ちてもおかしくない状態だったため、何とか安全な所に行こうと手摺を辿り移動をする。だが、その瞬間に瓦礫の崩れる音と共に床が崩壊する。目の前が揺らぎ体が落ちると分かった少女は叫んだ。
「キャーッ!」
もう駄目だと目を閉じた少女の視界は遮られる。暫く目を閉じていた少女だが、体が宙に浮いたまま落ちていない事に気付き目を開く。その視界には、蒼い空と豪華なお城の奥の方で真っ赤に燃える炎と黒煙が映る。その光景にぼんやりとする少女は、一体何が起きたのか分からずにいる。すると、少女の真下で大きな爆音が轟きその衝撃でビルが大きく揺れる。あの爆音は、崩れた床が地面にぶつかり合って起きた物だと悟った少女は、ホッと肩を落とし体中の力が抜ける。安心しきった少女だが、ふと疑問に思う。『なぜ、私は宙に浮いているのだろう?』と。その時、頭上で苦しげなうめき声が少女に問いかける。
「ウウッ……。重いぞ……ミーファ……。急に……太ったか?」
今にも崩れ落ちそうな足場に両足を踏ん張り、ミーファの洋服の腰の帯を掴み、必死にミーファの体を支えるフォンは辛そうに顔を歪める。だが、それはミーファの体重が重くなった訳ではなく、フォンの体に異変が起きていると言う事にフォンは気付いていない。そんなフォンの言葉と表情に、頭に来たミーファは助けられていると言う事など忘れ、激しく暴れながら怒鳴り散らす。
「ちょっと! 女の子に対して重いとは何よ! 失礼でしょ! 大体、私はそんなに重くないわよ!」
「ううわっ! 暴れるな! 今、体中痛くて力が――あっ!?」
ガキッと妙な音が響いた後、両足が踏ん張っていた床が崩れ落ち、フォンとミーファの体が宙に舞った。ミーファが暴れた衝撃で完全にビルが崩壊を始めたのだ。そんな最小様々な岩が崩れ落ちて逝く中、フォンはミーファの体を抱き抱えながら、その落ちて逝く岩を次々と飛び移り何とか安全に着地しようと考えていた。だが、体は重く抱き抱えるミーファの体は更に重く感じる。
「クッ……はぁ…はぁ……」
「だ、大丈夫? 何だか疲れてるって感じだけど」
「だ、だから、ミーファが重いんだって……」
その言葉の直後、鈍い音と共にフォンの顔面にミーファの右ストレートがクリーンヒットする。この一撃で一瞬にして目の前が真っ暗になったフォンは力なく崩れ落ちるこのビルの様に――。
その光景を下から見ていたティルとカインは、何がどうなってフォンが殴られたか知る由もなかった。
「えっ、えっ、えぇっ! 何で、何でフォン殴られたの!?」
「あの馬鹿……。あの状況で、よくあんな事が……」
「ま、ままままずいよ! このままじゃあ、あの二人が!? どうしましょう!」
「さて、この状況をどうするか……」
「な、ななな何落ち着いてるんですか!」
意外と冷静で落ち着くティルに対し、感情の限り抗議するカインは、頭を抱えながら「どうしよう! どうしよう!」と、その辺を走り回っていた。先程まではあんなに落ち着いた感じで笑っていたのに、今度はこんなに慌てるだなんて、感情豊で面白い奴だと思うティルだったが、正直心の中では冷静さなど失われていた。その為、考えなど纏まるわけも無く、焦りだけが募っていた。
そんな時、走り回っていたカインが、急に立ち止まりビルを見据えたまま立ち尽くす。まるで何かを決心したかのような雰囲気を漂わせるその背中を見据えるティルは、先程まで慌てていたカインとは違うと悟る。そして、恐る恐るカインに問う。
「どうかしたのか?」
「僕が助けなきゃ!」
「?」
カインの言葉に首を傾げるティルだが、カインはそんな事見向きもしない。まるで、ティルの存在など忘れてしまっているかのようだ。辺り一体の空気が変わり、カインの周りには不思議なオーラが漂う。そして、金髪だったカインの髪が徐々に赤みを帯び始め、その髪からは真っ白な煙が立ち上る。まるで、熱でもおびているかの様に。髪が完全に真っ赤に染まる髪の毛は、先程まで出ていた煙も消えていた。
ゆっくりと腰にぶら下げた青空天を抜いたカインは、それを目の前にかざした後その蒼い刃で自分の左手を少しばかり斬る。切り傷から溢れる真っ赤な血は、ドロドロとマグマの様に流れ蒼く輝く青空天の刃を真っ赤に染める。何かの焼ける様な音を辺りに響かせる青空天にカインはゆっくり呟く。
「青空天。少しだけ力を借りるよ」
そう言い目を閉じ風を肌に感じる。荒れる風が火の粉を何処からか吹き上げ、土煙を取り巻きカインの体を拭きぬける。そして、その風が収まると同時にカインはフォンとミーファ目掛けて、勢い良く青空天を振り上げた。青空天を真っ赤に染めたカインの血は、青空天を振り上げると同時に燃え盛る炎と化し、フォンとミーファに向って逝く。それに、ティルは声を上げ、カインを睨む。
「オイ! あのままだと、フォンやミーファまで巻き込むぞ!」
「大丈夫です! あれがフォン達を包み込み守ってくれます。……多分」
「た、多分って!?」
焦りながらティルはカインの放った炎の線を見据える。と、その時、フォンとミーファに真っ直ぐ伸びる真っ赤な炎は、フォンとミーファを包み込む直前で何かの力によって掻き消される。炎がかき消された事にホッとするティルだが、状況は何も変わって居ない事に気付き慌てる。その時、何やら光がフォンとミーファを包み込み宙をゆっくりと降りてくる。何が起ったのかわからないティルとカインは、目を丸くしたまま黙り込む。その時にはカインの髪も元の金髪に戻っていた。
「おい、あれはお前がやった訳じゃないよな」
「えぇ、僕じゃないですよ」
「じゃあ、誰が……」
「あれは、私がやりました」
暖かく優しい声のする方にティルとカインは目を向ける。そこには、長い金髪の髪を靡かせる少女の姿があった。可愛らしい顔付きだが無表情で、身長はカインよりも高くフォンよりも小さいと言った感じ。その割にふっくらとした胸でミーファと比べると月とスッポンくらいの差がある。そんな彼女のパッチリとした二重瞼から覗く黒い瞳が、ティルとカインの二人をジッと見つめた。可愛い顔つきの少女は無表情のままティルとカインの方に歩み寄り、真っ白なワンピースの裾を風に靡かせる。金髪の長い髪に真っ白な服装そして、この暖かく優しい声、全てに見覚え聞き覚えのあったティルはゆっくりと言う。
「君には以前も助けられた」
「そうですね。あの港町で一度お会いしましたね」
「なぜ、あの時俺やフォンを助け、今回もまた助ける」
「それが、私に定められた運命。だから、私はあなた方を助けます命に代えても……」
少々寂しげな瞳でそう言い彼女はティルの傍らに座り込み、傷口に右手を当てる。すると、彼女の掌が光を帯、徐々にティルの流れ出す血を止めてゆく。目の前に起きている出来事に驚くティルとカインは声も出ない。
そして、血が完全に止まると、少女の右手の光は消え傷口も少し塞がっていた。ゆっくりと立ち上がる少女は、疲れているのか表情を少々曇らせながら言う。
「ある程度傷は癒しました。しかし、痛みはあります。完全に治った訳じゃないので……。ちゃんと後から医者に行って下さい」
「あ、あぁ……。分かった」
先程までは体を動かすのも苦に感じていたが、今は随分楽になっている。それが、不思議でたまらなかった。ティルとカインは目の前で起きた不可解な事に驚き、フォンとミーファの事などすっかり忘れていた。その時、ビルが完全に崩れ大きな音を起て土煙を舞い上がらせる。ハッとするカインはすぐに振り返りビルの方に目を向けた。ビルは完全に瓦礫の山となり、原型をと止めては無く、その上に光に包まれたフォンとミーファがゆっくりと降りてきた。
「彼らも無事にたすかりましたし、そろそろワノールさんを瓦礫から助け出した方がいいですよ」
「アーッ! そ、そそそうだった!」
冷静な少女の言葉でワノールの事を思い出し、カインはパニックに陥る。そんなカインに見向きもせず、少女はカインの横を通り過ぎ、ゆっくりとした足取りでフォンとミーファの元へ向った。痛みが大分引いたティルは、カインを落ち着かせ一緒にワノールの捜索をする事に。瓦礫の上を歩き大きな瓦礫を、どかしながらワノールを探すティルは、少々呆れながらカインに言う。
「それにしても、自分等の隊長の事を忘れるか?」
「ほら、ワノールさんって、烈鬼族だし殺しても死にそうに無いじゃないですか。だから、安心できるんですよ。アハハハ……」
「あのな……。笑い事じゃないぞ。烈鬼族だって、体は人間と殆ど変わらないんだぞ。万が一打ち所が悪かったら一瞬であの世行きだぞ」
無邪気に笑いながらワノールを探すカインに、ティルはそう言いながら瓦礫をどかす。だが、いっこうにワノールの姿は見つかりそうに無かった。それから、暫く捜索を続けるティルにビルの瓦礫の上にいるフォンの声が響いた。
「ティール! あんまり動くと、すぐに傷の痛みが戻るから、動かないでくださいって、言い忘れたんだと!」
「なっ! そんな事――!? ウッ……」
フォンの言葉の直後、全身に凄まじい痛みが走り、瓦礫の上でのたうち回るティル。それを見ながら、ミーファがため息を吐き首を左右に振った。そんなティルを『馬鹿だなぁ』と、思いながら見つめるフォンは、深くため息を吐く。その刹那、全身に電撃が走るかの様に痺れが襲い掛かり、手も足も締め付けられるような痛みが――。
「ギャァァァァッ! か…体が……」
全身に走る痛みに体をピクピクとされるフォンの叫び声がこだまする。そんなフォンのお腹に少女が右手をかざし少々呆れた様な声で言う。
「人の事を言えた状態じゃありません。獣化した時点で、あなたの体には相当の負担が掛かっていたんです。元に戻れば反動で暫くは動くのも苦になるほどの痛みが残るの筈なのに、安奈危ない真似をするなんて……」
「そんな体で、ビルの屋上まで私を助けに……」
「そうです。それなのに、あなたときたら……。何を言われたかは知りませんが、こんなに苦しんでる者を殴るなんて……」
「すみません。ついカッとなって……」
「それでも、あれは酷過ぎます。私が居なければ多分助かりませんでした」
二人はフォンの苦痛の叫びなど聞えていないかのように会話を進めていく。その後、瓦礫の下から傷だらけのワノールが救出され、フォン・ティル・ワノールの三人はお城の中の病院へと搬送された。もちろん、フォンの事は王様には告げずに。