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第43回 ビルの上の少女

 多くの建物が火を噴き崩れ逝く中に、中心部から響く鈍い音と地響きが続く。もう、あの美しい光景など留めてはいないディバスターには、恐怖に叫ぶ人々の悲鳴と生臭い血の臭いしか残っていない。

 そんな中、未だビルの屋上にはバンダナを巻いた空色の髪の少女が居た。地響きで激しく揺れ、今にも崩れそうなビルの屋上で、その少女は目を閉じ祈りを続けている。何を祈っているのか分からないが、祈りを続けるその少女の背後には、金髪で無表情の少女が悲しげな瞳をしながら、立ち尽くしている。

 幾度と無く激しく揺れるビルは、悲痛の叫びを響かせながら徐々に崩れ始め、悲しげな瞳で祈りを捧げる少女の背中を見つめる、金髪の少女は落ち着き払った声で言う。


「ここは、もうすぐ崩壊します。あなたも安全な所に急ぎましょう」

「……大丈夫。私はここに残ります」

「それでは、崩壊と同時にあなたの命も…」

「安心してください。きっと彼が助けてくれます」


 空色の髪の少女は振り返り微笑む。今の状況を吹き飛ばす程の明るい笑顔に、金髪の少女も薄らと口元に笑みを浮かべた。


「そうですか。わかりました。あなたの無事を祈りますよ」


 金髪の少女は優しく暖かな声でそう言い、その場を去って行く。激しく揺れるビルの屋上に、一人残った空色の髪の少女は、目を閉じ小さな声で呟く。


「……フォン。獣になんか負けないで……」



 地面を激しく叩き続けるフォン。黒き十字架の本部を囲む石塀は完全に崩れ落ち、石畳の地面も大きく罅割れが起きていた。両手の拳は地面を殴りすぎて皮が剥け、真っ赤な血が流れ出している。

 一方、フォンに殴られたティルは、意識がハッキリと残っており、痛みに堪えながらボックスを銃へと変えてゆく。ボックスを組み替える音は、フォンの地面を叩く音にかき消され、誰聞こえてはいない。だが、右肩からは止め処なく血が流れ出し、右手はその血で真っ赤に染まり、上手くボックスを組み替えることが出来ない。


「クッ……。手が滑る……」


 苦痛に顔を歪めるティルは、小さく呟きながら必死にボックスを組み替える。

 その時、ワノールの埋まった瓦礫の山が崩れ、その下からワノールがゆっくりと姿を現す。右目にしていた眼帯は切れ、潰れたワノールの右目が露になっている。額からあふれ出す血で、顔の殆ど真っ赤に染まり、着ていた鎧は砕け散り完全に効力を失っている。右手には黒い刃の剣が確りと握られており、その刃先からは点々と血が滴れる。

 そんなワノールに気付いたフォンは、地面を叩くのを止め、ゆっくりとワノールの方に歩みだす。ワノールの霞む視界の中に映るのは、ぼやけたフォンの姿と歪んだ真っ赤に燃える町並みだけだった。そのワノールの姿を目視するティルは苦痛に表情を歪めながら呟く。


「あの身体で、何をする気だ……。まさか、戦う気じゃ……」


 ボックスを未だ銃に変える事の出来ないティルは、フラフラするワノールの姿に焦りを見せる。だが、焦れば焦る程、手は滑り思う様に組み合わせる事が出来ない。焦り怒りがこみ上げるティルは、激しく言い放つ。


「クッ! 何で組み合わないんだ!」

「ウガアアアアアッ!」

「――!?」


 焦るティルの耳にフォンの雄叫びが聞こえる。それと同時に鈍い音が響き、少し遅れて爆音が轟く。振り抜かれたフォンの右腕、そして舞い上がる土煙。目の前にフラフラながらも立っていたワノールの姿は無く、黒き十字架の本部が音を立てて崩れてゆく。数分後には、本部は跡形も無く消え去り、瓦礫だけが残されていた。それは、黒き十字架と言う組織が崩れ去ったと言う事を示していた。そして、ワノールの姿は瓦礫の下へと消えた。

 息を更に荒げるフォンは、顔をゆっくりと上げある建物を見据える。その視線の先には、大きく豪勢な城が――。何が目的なのか、分かったティルは何が何でもフォンを止めようと、必死にボックスを組み替える。それは、フォンが罪を犯す前に止めるためだ。

 そんな時、カインが爆音に気付いて駆け付けてきた。しかし、崩れ落ちた処刑台と瓦礫と化した黒き十字架本部、そして、ワノールの姿が無いのに驚き慌てふためきながら声を上げる。


「な、なななな! 何ですかこれは! わ、ワノールさんは何処に! それに、フォンも!」


 事態を呑み込めていないカインは、困惑し辺りをウロウロと走り回る。そのカインの足音に気付いたフォンは、ゆっくりと振り返り顔をしかめる。確実にカインが襲われると思ったティルは、何とかこの事を伝えようと大声で叫んだ。


「そこのチビ! 今すぐここから逃げろ!」


 だが、その言葉は無駄に終わる。すでに地を蹴ったフォンが、カインに向って鋭い爪を振り下ろす。その瞬間、鉄と鉄がぶつかり合う様な澄んだ音が辺りに響き、その後に激しい爆風が吹き荒れる。石畳の街道は音を起て砕け、その破片が宙に舞う。


「ウーーーーッ!」

「何ですか、いきなり! それに、僕はチビじゃありません!」


 振り下ろされたフォンの爪を、蒼く煌く刃の剣で受け止めるカイン。先程まで見せていた表情は、いつの間にか消え真剣な顔付きに変貌している。鋭い眼で睨み付けるフォンはもう一方の腕でカインに襲い掛かる。それを察知したカインは受け止めていた爪を弾き上げ、振り抜かれる腕を後方に跳びかわす。だが、勢いよく空をを切ったフォンの腕は突風を巻き起こし、カインの小さくて軽い体を軽々と吹き飛ばす。


「うわっ!」


 驚きの声を上げ地面を転げるカインは、大分離れた位置に仰向けに倒れ動かない。差ほどダメージは無いはずだが、暫く蒼い空を見たまま動かずにいる。そんなカインの身体には、地面をゆっくり歩むフォンの足の振動が伝わってきていた。


青空天せいくうてん。やっぱり、戦わなきゃいけないのかな?」


 仰向けになったまま、持っている蒼い刃の剣に話掛けたカインは、ジッと考え込む。青空天を見つめるカインに、返事を返す様に蒼く輝く。そして、カインは身体を起こして意を決したように答える。


「そうだね。今は僕が戦うしかないよね。ワノールさんもどこ行ったかわかんないし」


 体を起こし、ゆっくり獣と化したフォンを見据える。その瞬間、急に足を止めたフォンはカインの後ろに見える今にも崩れそうなビルに目をやる。動かなくなったフォンにカインは首を傾げ、ゆっくりとその視線の先に目をやる。その視線の先はビルの屋上に向いており、その先に微かに人が見えた。空色の澄んだ髪をした少女の姿が――。


「あんな所に、人が!」


 驚き声を上げるカインの背中で、微かにフォンの声が聞こえた。その声にカインは驚き耳を疑い目の前の獣の姿を見たまま固まる。信じられないと言った目でフォンを見つめるカインに、もう一度フォンの声が聞こえる。


「い…ま…た…す…け…に…い…く…ぞ…」

「た、助けに行くって、無茶だよ! 間に合わないって」


 獣の姿のフォンに、普通にそう言い放つカインは、必死にフォンを止めようとする。先程まで戦っていたのが嘘の様だ。それでも、フォンはぎこちない声で言う。


「それ…でも…、いく……。あいつ……待ってる……」

「エッ、で、でも……」

「カイン…。ワノールは…瓦礫の下…早く…助ける…」


 ぎこちなくそう言うフォンは、ゆっくりとカインの右肩を叩きすれ違い、ビルを見上げる。微量の風が吹きビルの壁が微かに崩れる。もう、長くは持ちそうに無いそのビルに、複雑そうな表情を見せるフォンの姿は、徐々に元に戻りつつあった。そんなフォンの後姿を見て、カインが言う。


「分かった。僕はワノールさんを助ける。でも、ワノールさん見つけたらすぐに行くから」

「ああ……。あと……ティルの……事も……任せる……」


 苦しそうにそう言ったフォンは、フラフラとした足取りでビルに向って歩き出す。壁が崩れ始め、窓ガラスの破片が落下する。

 少しフォンの事を気にしつつ、カインはティルの傍へと駆け寄る。ティルは手からボックスを落としゆっくりと息を吐く。そんなティルにカインが心配そうに声を掛ける。


「大丈夫ですか? 血が大量に出てますけど……」

「俺よりもあんたの隊長さんの方がやばいと思うぞ」

「あの人は、大丈夫ですよ。殺しても死なない人ですから」


 そう言いながらニコヤカに笑うカインは、戦っている時の顔とは別人の様だった。そんな時、大きな物音と共にフォンが入っていったビルの壁が土煙を上げながら崩れ落ちていった。

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